2024年01月11日

2024年総選挙に向かう英国-減税で流れは変わるのか?

基礎研REPORT(冊子版)1月号[vol.322]

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

2024年は1月の台湾の総統選挙に始まり、春にはロシア大統領選挙、インドの総選挙、6月には欧州連合(EU)の欧州議会選挙、そして11月の米国大統領選挙と主要国・地域の選挙が集中する年だ。

2025年10月末に衆議院の任期が満了する日本、2024年12月17日に下院の任期が満了し、2025年1月28日までに総選挙を行う必要がある英国でも、2024年中に前倒しで総選挙が行われる可能性が高いと見られている。
 
* 本コラムはWeeklyエコノミストレター2023-10-30「英国スナク政権発足から1年~視野に入る次期総選挙と政権交代」の続編として、その後。

減税を打ち出した日本と英国

2024年の総選挙が視野に入る日本と英国には共通点がある。日本では自由民主党がおよそ10年、英国では保守党が13年あまり政権を維持しており、長期政権が続いていること。足もとの政権支持率が低迷していること。総選挙が視野に入るタイミングで減税を打ち出したことだ。

減税の理由付けも似ている。日本の岸田政権は「税収増の還元」と銘打ったが、英国のハント財務相は11月22日の「秋期財政報告」で、今年3月の「春季財政報告」時点での「予想を上回る力強い成長による歳入の増加(図表の23年3月予測と23年11月予測の乖離部分に相当)」で生まれた余地で「企業を支援し、労働に報いる」と説明した。

減税の内容は日英で異なる。日本の所得税・個人住民税の定額減税は1回限りの措置、英国は2本柱で減税、設備投資額の100%を課税控除とする企業向けの特別減税措置の恒久化と被雇用者負担の国民保険料率引き下げ(12%→10%)からなる。

支持回復につながらなかった減税

国民の受け止めは、英国の方が好意的だ。報道各社の調査によれば、日本の定額減税は「評価しない」が6割,「適切な説明をしていない」が8割を占める*1。英国の場合は、ユーガブの調査*2によれば、国民保険料率引き下げは61%が「よい案」と答えている。但し、設備投資減税恒久化は「よい案」の割合が43%で過半数以下、「優先順位が間違っている」を選んだ割合も34%に上る。「秋期財政報告」に盛り込まれた措置では、最低賃金の引き上げ、高インフレ、高賃金を反映した公的年金、社会保障給付額の引き上げ率の決定などが高い支持を得ている。英国のインフレは、ピークアウトしたものの、今も生活費危機が最大の関心時であることを反映した結果と言えよう*3

減税を含む財政方針が比較的好意的に受け止められた英国でも政権支持率は向上していない。保守党は、前回2019年12月の総選挙でEU離脱の実行を掲げて地滑り的勝利を収めたが、次期総選挙では労働党が単独過半数を確保する可能性が極めて高いと見られている*4
 
*1 「減税「説明が不適切」81% 自民党支持層も評価厳しく 日経世論調査」日経電子版2023年11月27日
*2 23年11月22~23日実施のYouGOV/Times Survey Resultsによる
*3 More in Commonの調査によれば23年12月調査でも回答者の73%が生活費危機を主要な問題と答えている。
*4 Electoral Calculus UK General Election Predictionによれば労働党単独過半数の確率は97%

市場は冷静、専門家の評価は厳しい

スナク政権の減税策は、トラス政権の減税策のように市場の激しい反応を引き起こすことはなかった。利上げ警戒が強かった当時とは金融市場の雰囲気も異なるが、今回の減税は、英国の独立財政機関・予算責任局(OBR)の財政目標と整合的な見通しを伴う[図表]。財政ガバナンスの枠組みを事実上無視したトラス政権期の減税策とは違う。
[図表]英国の公的部門純債務残高と純借入額の実績と見通し、財政目標
それでも問題はある。英シンクタンク財政研究所(IFS)*5は、減税として還元された歳入増はインフレ見通しの上方修正によるものであり、財政目標達成の見通しには、インフレに応じて所得税と国民保険料率の閾値を見直さないことによる実質的な増税と歳出削減という痛みが織り込まれているという。債務の増加と金利上昇で利払い費がGDP比2%相当増大していることも、増税しても公共サービスの改善にはつながらない理由とし、基礎的財政収支の黒字化を目指すべきとする。

将来の負担増大につながる減税では支持回復にも経済の好転にもつながらない。金利のある世界へと戻りつつある日本の財政への警鐘とも受け止められよう。
 
*5 Collection Autumn Statement 2023,Institute for Fiscal Studies
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2024年01月11日「基礎研マンスリー」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【2024年総選挙に向かう英国-減税で流れは変わるのか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

2024年総選挙に向かう英国-減税で流れは変わるのか?のレポート Topへ