2024年01月19日

2024年は欧州も選挙イヤー-右派ポピュリスト勢力伸長の行方-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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2024年は主要国・地域の選挙が相次ぐ「選挙イヤー」だが(表紙図表参照)、欧州でも重要な意味を持つ選挙が実施される。

今秋にも実施の英国総選挙

今秋にも実施の英国総選挙では14年振りの政権交代が見込まれる

欧州の主要国では、現時点で国政選挙は予定されていないが、英国は2024年中、おそらく下半期に総選挙(議会下院、任期5年)を実施すると見られる1

スナク首相は、23年の年頭に、有権者の関心時を5つの優先課題((1)インフレ半減、(2)経済成長、(3)政府債務の削減、(4)国民保険サービス(NHS)の待機リストの削減、(5)英仏海峡を渡る小型ボートの停止)として取り組むことを約束した。しかし、これまでのところ、総選挙に向けた追い風となるほどの成果は上がっていない。

5つのうち明確に達成されたと言えるのは、(1)のインフレ半減(22年10~12月期平均:10.8%→23年10~12月期平均:4.2%)のみである。(2)の経済成長は、11月までの月次GDPはほぼ横這いで推移していることから、達成されたとは言い難い(図表1)。(3)の政府債務の削減も、英国国家統計局(ONS)の暫定値によれば純債務のGDPが97.5%で1年前より1.8%増加している。昨年11月の「秋期財政報告」で辛うじて「5年目までに低下」という財政目標との整合性を確保している綱渡りの状況だ2。(4)のNHSの待機リストも、ストライキの影響もあり、最新の11月の時点で760万人と23年初よりも約40万人増加、(5)の小型ボートと移民の数はピークの2022年に比べて減少傾向にはあるものの、「停止」には至っていない3

結果として、与党の保守党の支持率は、最大野党の労働党に大差のリードを許し続けており、14年振りの政権交代の可能性は依然濃厚だ(図表2)。
図表1 月次GDPとCPI/図表2 政党支持率(英国)
 
1 スナク首相は1月4日に記者団に対して「私の作業上の想定は下半期の総選挙の実施」と述べた。しかし、実施時期は依然として流動的である。
2 「秋期財政報告」で打ち出した減税策と財政目標との整合性については、「2024年総選挙に向かう英国減税で流れは変わるのか?」(ニッセイ基礎研基礎研REPORT(冊子版)1月号[vol.322])をご参照下さい。
3 BBC “Rishi Sunak's five promises: What progress has he made?

ドイツでは9月

ドイツでは9月に旧東独3州の議会選挙が予定

ドイツの次期連邦議会選挙(任期4年)は2025年秋だが、今年9月には3つの州議会(任期5年)選挙が予定されている。景気停滞下での支持率低迷に喘ぐショルツ政権への更なる打撃となるおそれがある。

2023年のドイツの実質GDPは、エネルギー危機、インフレ高進、金利上昇、輸出環境の悪化など複合的な要因から前年比0.3%のマイナス成長に沈んだ。

相次ぐ危機への対応を迫られる難局にありながら、社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の連立与党3党の足並みは乱れ、政策は迷走気味だ。

連立与党3党の支持率は、21年9月の前回総選挙時から揃って低下、中道右派の最大野党・キリスト教民主社会同盟(CDU/CSU)ばかりでなく、極右のドイツのための選択肢(AfD)の後塵を拝するようになっている。(図表3)。
図表3 政党支持率(ドイツ)/図表4 独連邦憲法裁判所判決と連邦政府の財政措置の概要

連邦憲法裁判断を受けた予算見直し

連邦憲法裁判断を受けた予算見直しは歳出削減中心。景気回復を阻害するリスク要因に

昨年11月のドイツ連邦憲法裁判所による新型コロナ対策予算の未使用分の600億ユーロ(GDP比1.5%相当)の「気候・変革基金(KTF)」への転用は違憲との判断に対するショルツ政権の対応(図表4)も混乱や反発を招いている4

連邦憲法裁の判断を受けて、連立与党3党は、2023年度は、2020年度から続いた財政赤字をGDPの0.35%以内とする「債務ブレーキ」を停止する例外措置を延長する一方、2024年度からは再適用する方針を維持することで合意した。対応策の一環として、24年12月末に終了予定だった低排出ガス車購入時の助成制度を、2023年12月16日に突然打ち切った。2024年予算の修正の方針は、「明確な優先順位を設定した歳出の削減」であり、気候変動に悪影響がある補助金として農業用ディーゼル車への税制優遇措置などが停止の対象となった。エネルギー価格高騰で1年延期されていた炭素税も引き上げとなる。

ドイツの研究機関が予測する2024年の実質GDPは前年比0.6%~0.9%となっており5、緩やかな回復が期待されているが、予算の見直しによる補助金削減や炭素税の増税による負担増は、景気回復を阻害するリスクとなり得る。

2023年はインフレ率が2022年の前年比6.9%から同5.9%に鈍化した。名目の可処分所得の伸びは2022年が同6.3%、2023年が同5.9%であり、実質所得の減少は止まったものの、2022年のインフレ加速による目減り分は未だ取り戻せていない段階にある。

2024年度予算案は、2月2日の成立に向けて審議が進められているが、首都ベルリンでは、補助金停止や負担増の措置の影響を受ける農業事業者、輸送業者など反発した抗議行動が展開されている。

旧東独3州ではAfDが支持率トップ

旧東独3州ではAfDが支持率トップ

今年9月に州議会選挙を予定する東独の3州のすべてでAfDが支持率のトップに立ち(図表4)、第1党となる可能性が高い。すでに2023年には複数の自治体でAfDの首長が誕生しており、ザクセン州、チューリンゲン州、ザクセン・アンハルト州では、憲法擁護庁がAfD支部を極右組織と認定しているにも関わらず、支持を広げている。

AfDの躍進の要因として、移民・難民問題への懸念の高まりが指摘されることが多いが、環境規制による負担の増大など主流派の政党が推し進めてきた政策への不満も影響を及ぼしているようだ。さらに、人々が、コロナ禍、ウクライナ戦争、気候危機など、ここ数年間で立て続けに生じた危機から強いストレスを受けたことで、AfDの主張が魅力的に響いている。人々に大きな安心感を与えていたメルケル前首相が去った真空を、連立政権が埋め切れていないとの社会学者の分析6は興味深い。

AfDの伸長は反発も引き起こしている

AfDの伸長は反発も引き起こしている

AfDへの支持の広がりは、一方で、AfDの排外主義、反民主主義的傾向への反発も引き起こしている。1月10日には、非営利の調査報道団体「コレクティーフ」が、昨年11月、東部ポツダムで、AfDのワイデル共同党首の最側近や、連邦議会議員、ネオナチ、起業家らが参加した秘密会合が開催され、数百万人の移民の背景のあるドイツ国民のアフリカへの移送を協議したと報じた。7これを契機とする反AfDの抗議活動が広がりつつある。CDUの議員からは、AfDの政党活動の禁止を求める声も上がっている。仮に、AfDは州議会選で勝利しても、各党が連立参加を拒否することで、政権を樹立できない可能性はある。しかし、AfDの政党活動の禁止などの措置は、AfDの言説に活路を求める人々への政治不信を深め、既存政党への反発を強める恐れもあろう。

ドイツは、景気の停滞、右傾化ばかりでなく、政治的な分断の深まりも憂慮される状況にある。
 
7 Correctiv “Geheimplan gegen Deutschland(ドイツのための秘密計画)”。AfDは、ポツダムの会合は私的な会合であり、AfDの連邦議員らも個人として参加しており、党とはつながりがないとの声明を指している。

6月の欧州議会選挙

6月の欧州議会選挙は執行機関の欧州委員会人事、EUのルール形成機能に影響

2023年の年後半5年に1度のEUの欧州議会選挙が6月6~9日に予定されている。欧州議会は、ルール作成と監視を担う政策執行機関・欧州委員会の委員長並びに委員の選出、ルールの承認権限を有する。

EUの世界経済におけるプレゼンスは、グローバルサウスの躍進や英国の離脱により、後退を余儀なくされているが、「ブリュセル効果」と称される通り、グローバルなルール・メーカーとしては依然高い影響力を誇っている。議会選挙の結果は、EUのルール形成の機能に影響を及ぼすものとして注目される。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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