コラム
2023年09月29日

「結局タイパって何なの?」-タイパという体のいい言葉の裏にある消費者の欲求

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――まだまだ下火にならない「タイパ議論」

「ユーキャン新語・流行語大賞」は、その一年話題となった出来事や流行語が選出されるイベントであるが、昨年の年間大賞は、史上最年少で三冠王となったプロ野球東京ヤクルトスワローズの村上宗隆選手をたたえる呼び方「村神様」が選ばれた。ここではその一年でよく使われた言葉や流行が選ばれるが故に、爆発的に広がりはしたものの、一過性であり、ある意味寿命の短い言葉という特徴をもっている。一方で国語辞典などを手がける出版社・三省堂は、今後辞書に載ってもおかしくない言葉を選出する「今年の新語」を発表しているが、ここで選ばれる言葉は、我々の生活に根付き始め、今後も間違いなく定着していくと思われる言葉である。
図1 三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語 2022」
昨年の大賞は時間的な効率を意味する「タイパ(タイムパフォーマンス)」が選ばれた1。公開された映画を勝手に短い動画にまとめて配信する違法な「ファスト映画」や動画コンテンツを「倍速視聴」するといった情報が過剰に供給された現代消費社会におけるコンテンツ消費への姿勢が世間をにぎわせたことが選出された背景にある。

ファスト映画に関しては、2022年4月に刊行された稲田豊史著『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)がベストセラーになったこともあり、その概念や目的などが広く知られるきっかけとなっていた。また当時メディアでも連日のように「ファスト映画」視聴と抱き合わせで「タイパ」についても扱われており、筆者の中では「タイパ」というトピックは当時十分に認識されているネタであると思っていた。しかし、筆者自身、「今年の新語」に「タイパ」が選ばれる数日前にたまたま「コスパ」 から 「タイパ」へ といったレポートを執筆した2が、予想をはるかに上回る反響があった。2023年に入ると「今年の新語」に選ばれたこともあり、スーパーマーケットなどの販売促進のPOPで目にするようになり、日常会話でも耳にする機会が増えるなど、タイパという言葉は、世間に対して徐々に浸透してきている。

また中央公論新社が主催する「新書大賞2023」では、1年間に刊行されたすべての新書3から、その年「最高の一冊」が選考されているが、前述した稲田豊史著『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)は2位、タイパ良く教養を仕入れることに対して一石を投じたレジー著『ファスト教養』(集英社新書)は10位に選ばれるなど4、筆者の印象に反してタイパに対する世間の関心はまだまだ高いようである。
 
1 PRTIMES「今後の辞書に載るかもしれない新語を三省堂が発表!「タイパ」「○○構文」「きまず」などがランクイン!」2022/12/01 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000121.000014647.html
2 廣瀨涼(2023)「Z世代を1000文字くらいで語りたい(4)-「コスパ」 から 「タイパ」へ」研究員の眼 2022/11/28 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=73056?site=nli
3 2021年12月~2022年11月に刊行された1200点以上の新書を対象
4 https://chuokoron.jp/shinsho_award/

2――「結局タイパって何なの?」

一方で筆者は昨今の「タイパ」関連の報道に関して疑問を抱いていることがある。それは、どのメディアにおいても総じてタイパを「時間対効果のことで、かかった時間に対する満足度をあらわす言葉」と定義している点にある。タイパという言葉そのもので言えばこの定義でもおかしくないのかも知れないが、「若者はファスト映画を視聴しています」「時間の効率化のために倍速視聴をする人が増えています」というのはもちろんタイパの代表だし、「電子レンジ調理食品でタイパ良く献立作り!」「タイパのいい家電ランキング」といった時短追及、「無駄な会議を減らしてタイパの良い職場」「リモートワークでタイパ向上!」といった業務の効率化にも使われている。このように、昨今のタイパ議論においては、ファスト映画から電子レンジ調理食品までとりとめのないトピックすべてが時間対効果=タイパとしてひとくくりになってしまっているのである。これは、「結局タイパって何なの?」というシンプルな問いが複雑化しているひとつの要因になっていると思われる。

筆者はこの問題を考える上で、タイパが追求される目的に着目した。まず、家事の効率化のために追求されるタイパは自身の作業負担を減らしたり、時間を節約することで時間的余裕を生み出し、他の生産(労働)に時間を割く事が期待されている。一方で、ファスト映画や倍速視聴によって追求される動画視聴の省時間化は作業負担の軽減が目的ではなく、感動や興奮という動画コンテンツの本来の使用価値そのものともいえる視聴経験を省略したり、ネタバレ動画を視聴することで「観た気になる」という合理的でない消費行動である。また、家事や労働を必要不可欠な事とするのならば、動画コンテンツの消費は必要不可欠な事ではないし、観るのが面倒ならば最初から視聴しなければいいにもかかわらず、必死に追及されるタイパ。このタイパという体のいい言葉の裏にある消費者の欲求(目的)は何なのであろうか。

現代消費社会におけるタイパ追求の目的やその意味を筆者の専門である消費文化論の視点から考察し、この度、幻冬舎から『タイパの経済学』を出版した。本著ではタイパの定義を明確にすることを第一の目的とし、タイパが追求される背景やケース、タイパと同じように使われている「コスパ(コストパフォーマンス)」との比較、タイパ市場の性質について触れながら、現代人にとってタイパとは何なのかを考察している。現代消費者を読み解く上で重要なキーワードとなる「タイパ」。「結局タイパって何なの?」「タイパの追求って何の意味があるの?」と、疑問を持つ全ての方々に是非手に取っていただきたい。
図2 『タイパの経済学』
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2023年09月29日「研究員の眼」)

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