2023年09月29日

施行まで半年、医師の働き方改革は定着するのか-曖昧さが残る宿日直や自己研鑽、地域医療の確保でトレードオフが発生?今後の行方を展望する

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

文字サイズ

5自己研鑽、オンコールの取り扱いは不明確
「隠れ蓑」になる危険性という点では、自己研鑽やオンコールも同じような側面を有している。いずれも「手続きガイド」では、位置付けが曖昧になっているためだ。

まず、自己研鑽に関しては、医師という仕事の専門性と特殊性が表れているように見える、そもそも医師は高度な専門職であり、技能水準の向上が常に求められており、労働時間と自己研鑽の境目は曖昧である。

例えば、「学会の準備に向けて、自宅のパソコンで資料を作る」「少し気になったので、学会の臨床ガイドラインを自宅のパソコンから軽くチェックする」「業務が終わった後、臨床関係のオンラインセミナーのアーカイブを聞く」といった行動は業務に絡んでいるとはいえ、「労働」に当たるかどうか微妙な部分が残る。このため、臨床家や研究者、教育者として医師自らの技術や知識を磨く活動と、実際の勤務時間の線引きは必ずしも明確とは言えない。

そこで、「手続きガイド」は線引きの目安として、労働時間を「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義。その上で、自己研鑽を労働時間に含むかどうかの判断については、使用者の指揮命令に服しているか否かで判断されると定めた。つまり、同じ臨床ガイドラインの勉強でも上長の命令を伴う場合には労働時間、それ以外は自己研鑽という整理になる。

しかし、医療現場は複雑かつ多様であり、実際の線引きに曖昧さが残らざるを得ず、「手続きガイド」は医療機関に対し、区分けの考え方を明確にするように求めている。言い換えると、この部分は超過勤務時間の規制を骨抜きにする要素を持っていると言える。

実際、神戸市の甲南医療センター(神戸市)の若手専攻医が自殺した痛ましい一件では、労働基準監督署が「長時間労働で精神障害を発症した」と認定。これに対し、医療機関側は「知識や技能を習得するための自己研鑽の時間も含まれており、全てが労働時間ではない」と主張し、自己研鑽の取り扱いが一つの論点になっている4

同じように「オンコール」も曖昧な位置付けとなっている。オンコールとは、勤務時間外でも患者の急変時に呼び出されても対応できるように待機すること。これについて、「手続きガイド」では、「オンコール中の待機時間(診療等の対応が発生していない時間)が労働時間に該当するかどうかは、実態として、待機時間中に『労働から離れることが保障されているかどうか』を踏まえて個別に判断されます」との考えが示されている。

この点も曖昧さを残している点で、医療機関サイドの裁量が働きやすいと言える。言い換えると、宿日直と同様、自己研鑽やオンコールも運用次第では労働強化に繋がり、医師の働き方改革と逆行するような結果をもたらす危険性がある。
 
4 2023年8月31日・18日『朝日新聞デジタル』配信記事、2023年8月30日・9月2日・同3日『m3.com』配信記事などを参照。

3――現場の状況

3――現場の状況

1|厚生労働省の調査
では、本格施行まで半年を切る中で、どんな準備状況なのだろうか、最初に参考になるのが2021年3月に公表された厚生労働省の委託調査である5。この調査では、回答に応じた医師531人に対し、A~Cのどの水準に該当するか尋ねる質問が設定されており、A水準は40.1%、連携B水準は27.3%、B水準またはC水準は9.4%、B水準・C水準を超過した医師が23.2%となっていた(大学病院・兼業先ともに待機時間を含む数字)。

要するに、法律が2021年5月に成立する直前の段階では、A水準で働いている医師は半分に満たず、B水準や連携B水準、C水準に該当する医師が勤務する医療機関では、勤務時間の制限とか、シフトの変更などの対応が必要になる可能性があった。

その後、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療部会に提出された厚生労働省の調査6を見ると、一定程度の対応が進んでいる様子を見て取れる。具体的には、2022年7~8月に実施された調査(対象は81の大学病院)では、自院および兼業・副業先における超過勤務時間が1,860時間を超える医師は1,095人、56病院だった。さらに、2022年8~9月調査では、労働時間短縮の取り組みを実施しても、副業・兼業先も含めた超過勤務時間数が年通算1,860時間相当超となることが見込まれる医師数は69人、8病院だった。

一方、都道府県に対する調査によると、兼業先・副業先を含めて年1,860時間を超えて超過勤務に従事している医師は2022年7~8月調査では993人であり、2022年8~9月調査では時間短縮の取り組みを実施しても年1,860時間相当超になる医師は237人にとどまるという結果が示された。

その後も同様の調査7が実施されており、2023年5~6月時点の数字として、年1,860時間を超える医師の数は993人から472人に減少したという。さらに、時間短縮の取り組みを実施しても年1,860時間相当超になる医師も237人から49人に減った。つまり、厚生労働省の調査では、短期間で一定程度、超過勤務の抑制が進んでいる様子を見て取れる。

このほか、国立大学病院長会議が2022年12月に公表した調査結果8でも、同様の結果が示された。それによると、2022年8月の時点で年1,860時間を超える医師は2.2%の484人に上っていたが、2022年11月の調査では2024年4月までに上限を超える医師は4人に減る見通しという。

一方、医師の宿日直許可件数についても、2020年は144件だったが、2021年は233件、2022年は1,369件と急増しているという9。これらの調査結果を総合すると、宿日許可の曖昧さなどの課題は残るにしても、医師の働き方改革に関する準備は一定程度、進んでいると言ってもいいだろう。
 
5 2021年3月公表の「新型コロナウイルス感染症への対応を踏まえた医師の働き方改革が大学病院勤務医師の働き方に与える影響の検証とその対策に資する研究」(厚生労働行政推進調査事業費補助金)を参照。
6 2022年11月28日、医療部会に示された資料を参照。
7 2023年9月18日『週刊社会保障』No.3235を参照。医師の働き方改革に関する自民党のプロジェクトチームで説明された数字。
8 2022年12月7日、国立大学病院長会議記者会見資料を参照。
9 宿日直許可の取得件数については、2023年9月17日『朝日新聞デジタル』を参照。なお、同じ数字は2023年2月の「都道府県医療勤務環境改善担当課長会議」で説明された模様だが、厚生労働省ウエブサイトから検索できなかったため、新聞報道を用いた。
2|不安を感じさせる?2つの調査結果
しかし、今年に入って不安を感じさせる調査結果も示された。まず、2023年2月に公表された全国医学部長病院長会議の調査10では、81大学病院のうち、76病院が滞在時間(大学に出勤している時間)を把握できていると回答した半面、兼業・副業先の勤務時間を把握しているのは51病院に過ぎなかった。

さらに、2023年7月に公表された全国自治体病院協議会の調査11でも、「自院の医師を派遣している病院等での当該医師の労働時間」について、把握していないと答えた数は回答数の22.3%に当たる43医療機関に上った。

つまり、2つの調査を総合すると、自院以外での勤務時間の把握が必ずしも進んでいない可能性に気付く。特に、後者の全国自治体病院協議会の調査については、回答率の低さが目を引く。元々、同協議会には858医療機関が加入しており、加盟する全ての医療機関に対して調査が実施されたものの、回答率は全体で28.6%、兼業・副業先の勤務時間把握に関する回答率は22.5%にとどまった。質問に答えなかった医療機関がどういった対応を取っているのか分からないが、調査結果が必ずしも現場の実態を反映していない可能性に留意する必要もありそうだ。

2つの調査を見ると、共通する傾向として、宿日直許可の取得でも遅れが見られる。このうち、全国医学部長病院長会議の調査では、「希望する箇所の許可を得られている」と答えたのは66.7%の54病院であり、残りの27病院は許可を得ていないという回答だった。さらに、全国自治体病院協議会の調査でも、宿日直を実施している全ての診療科で許可を取っているのは41.0%の100医療機関だったのに対し、10.2%の25医療機関は一部の診療科にとどまっており、「全く取っていない」と答えたのは23.0%の56医療機関に及んだ。さらに、この調査の回答率の低さ(宿日直の質問では28.4%)も鑑みると、宿日直に関する対応が万全かどうか、もう少し状況を詳しく見極める必要がありそうだ。
 
10 2023年2月公表の全国医学部長病院長会議「大学病院における医師の働き方に関する調査研究報告書」(文部科学省大学における医療人養成の在り方に関する調査研究委託事業)を参照。
11 全国自治体病院協議会が2023年7月に公表した「医師の働き方改革の取組状況に関する調査」を参照。
3|対応の遅れの原因は?
以上の結果を踏まえると、超過勤務時間の短縮は図られているものの、宿日直許可の取得などで対応の遅れも目立つ。こうした対応の遅れに関しては、いくつかの理由が考えられそうだ。第1に、新型コロナウイルスの影響である。ここで簡単に経緯を振り返ると、5年の猶予期間が設定されたのを受け、厚生労働省は「医師の働き方改革に関する検討会」を2017年8月から2019年3月まで開催し、日医や有識者などとともに議論を積み重ねた。さらに制度設計の詳細を詰めるため、2019年7月からは「医師の働き方改革の推進に関する検討会」で議論を継続し、2020年12月には「中間とりまとめ」が公表された。

しかし、医師の働き方経緯を整理した図表3の通り、2020年前半から国内で新型コロナの感染が拡大したため、厚生労働省、都道府県、現場の医療機関が対応に忙殺された面は否めない。
図表3:医師の働き方改革に関する主な経緯
第2に、「医師=労働者」の認識が徹底されていない可能性も想定される。医療現場では従来、労務管理が十分だったとは言えず、取り組みが遅れている医療機関は少なくないと思われる。このため、今後の対応策として、それぞれの医療機関で、経営陣や現場の医師、他の専門職が合意形成を図りつつ、労働時間の短縮にとどまらず、職場の環境改善に向けて創意工夫を積み重ねていく必要がある。次に、その対応策を検討する。

4――求められる現場の対応

4――求められる現場の対応

1|医師の健康確保、長時間時勤務の解消
現場の医療機関で求められる最初の対応として、医師の健康確保や長時間勤務の解消が求められるのは間違いない。そもそもの前提として、超過勤務の原則的な上限とされている年960時間は月ベースに換算すると80時間になり、厚生労働省が公表している過労死ガイドラインの水準と同じである。これだけでも如何に医療現場が医師の過剰労働で支えられているか読み取れるし、増してや、B水準、連携B水準、C水準に至っては、超過勤務時間の上限が年1,860時間という異様に高い水準に設定されている。

こうした過剰労働は医師の健康を害すだけでなく、医療過誤のリスクを高める危険性がある12。このため、勤務時間の抑制を図るとともに、医師の健康確保に留意する必要がある。さらに、そのための前提として、兼業・副業先を含めた勤務時間の把握が急がれる。
 
12 ここでは詳しく触れないが、医師の働き方改革の制度化に向けた検討過程では、「医療事故やヒヤリ・ハットを経験した割合は勤務時間が長くなるほど上昇する」「睡眠不足は、作業能力を低下させたり、反応の誤りを増加させたりする」といった調査結果が示された。2018年11月19日開催の「医師の働き方改革に関する検討会」資料を参照。
2|勤務時間削減に終わらせない対応が必要
しかし、医師に限らず、働き方改革は本来、医療機関で働く人のワーク・ライフ・バランスの確保とか、働き甲斐を確保することにあり、単に残業時間の規制をクリアすればいいわけではない。増してや、他の産業と比べると、年960時間や年1,860時間という水準自体が異様な高さであり、「上限をクリアすればOK」「上限まで働ける、または働かせられる」と考えるのではなく、勤務環境の改善まで考慮する必要がある。特に、グレーゾーンとなっている自己研鑽や宿日直、オンコールの取り扱いの「悪用」など、超過勤務時間の帳尻合わせに終わらせると、改革の意味合いが失われるリスクがある。

このため、医師の働き方を全体的に見直す努力も求められる。例えば、診断書の作成や電子カルテへの入力などを担う「医師事務作業補助者」への権限移譲とか、薬剤師や看護師に対する業務移管などが想定されており、これらは一般的に「タスクシフト」「タスクシフティング」と呼ばれている。さらに、ICT(情報通信技術)の活用やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進などを通じて、現場の生産性を上げていくことも必要になる。

実際、厚生労働省が2023年3月に示した『勤務環境改善に向けた好事例集』では、労務管理だけでなく、▽他の医療機関との連携(病病連携、病診連携)や多職種連携の強化、▽子育て・介護などの環境整備、▽治療や検査の標準的な経過を示す「クリニカルパス」の作成、▽複数の分野を横断的に診察できる「病院総合医」の配置、▽医師のキャリアアップ支援、▽ICTやAI(人工知能)の活用、▽メンタルヘルスを含めた職員の健康管理強化、▽医療事故やトラブルが発生した際に患者と医療機関双方の意見を傾聴しつつ関係性を作り直す仲介役である「医療メディエーター」の配置――など、勤務環境の改善を図る方策が事例とともに広範に紹介されている13。その際には、出産・育児後の復職支援も含めて、女性が働きやすい職場づくりという視点も求められる。好事例集で挙げられている施策の項目については、末尾に【参考資料】として掲載したので、参照されたい。

さらに、タスクシフトあるいはタスクシフティングについても、現行制度で可能な権限移譲を明確にする通知が2021年9月に示されており、▽医師が事前に示す手順書に沿って、高度かつ専門的な研修(特定行為研修)を受けた看護師による人工呼吸管理、▽医師の指示の下による看護師による注射、採血、静脈路の確保、▽周術期における薬剤師による薬学的管理――などが列挙されている。

しかし、こうしたタスクシフトあるいはタスクシフティングにしても、「医師の勤務時間を減らすため、他の専門職に仕事を移す」と単純に考えるのではなく、医療機関全体の業務見直しを意識する必要がある。この点については、タスクシフトを検討しようとした医師が「コメディカル自身も仕事の多さに悩んでいる」「医師の働き方改革をするためにはまずは看護師の働き方改革、看護師の働き方改革をするためには病院事務職の働き方改革をすることが大切」14と指摘している点とも符合する。

その証左として、既述した「手続きガイド」では、医療機関全体の働き方に関して、各職種・世代を交えた会議体を院内に設置することで、労働状況の共有や今後の取り組みを議論することが推奨されており、医療機関全体の取り組みが問われる。さらに踏み込んだ対応として、地域全体を俯瞰しつつ、他の医療機関との連携とか、人員・資源を集中させる選択肢も含めて、自院の立ち位置を明らかにする努力も求められる。

しかし、医師の働き方改革には患者、自治体、大学病院など様々な利害が絡むほか、本格実施に伴う「副反応」も懸念されている。誤解を恐れずに言うと、ここまでは「教科書的な説明」であり、現場レベルで医師の働き方改革を定着させる上で、その実行は「言うは易く行うは難し」の面がある。特に医師の働き方改革は罰則を伴う強制力を有しているだけでなく、労働時間の投入に制限が入る点で、医療現場に及ぼすインパクトは大きい。

以下、懸念されている「副反応」として、(1)医師の引き揚げが起きる危険性、(2)コストアップになる可能性、(3)患者にとってアクセスや質が悪化する可能性――という3つを論じる。
 
13 このほか、現場における様々な事例や工夫が専門誌で紹介されている、本稿の執筆に際しては、『日経メディカル』『m3.com』の配信記事に加えて、『病院』(2023年4月号)82巻4号、『臨床整形外科』(2023年1月号)Vol.58 No.1などを参照。
14 佐藤文彦(2020)『地方の病院は「医師の働き方改革」で勝ち抜ける』中央経済社p130から引用。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【施行まで半年、医師の働き方改革は定着するのか-曖昧さが残る宿日直や自己研鑽、地域医療の確保でトレードオフが発生?今後の行方を展望する】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

施行まで半年、医師の働き方改革は定着するのか-曖昧さが残る宿日直や自己研鑽、地域医療の確保でトレードオフが発生?今後の行方を展望するのレポート Topへ