2023年07月24日

かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか-決着内容の意義や有効性を問うとともに、論争の経緯や今後の論点を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか~

2022年末に決着した社会保障制度改革では、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医」に関する議論が活発に交わされた。かかりつけ医は新型コロナウイルスの発熱外来などで注目を集めたが、かかりつけ医になるための要件とか、能力の基準などは特に定められておらず、制度的な位置付けは曖昧だった。

そこで、医療の質の向上や外来医療費の効率化などを図る観点に立ち、財務省や健康保険組合連合会(以下、健保連)が「かかりつけ医の制度化」を提唱した。これは患者がかかる医師を事前に指名する「登録制度」などを指しており、患者が自由に医療機関を選べる「フリーアクセス」の実質的な軌道修正を意味していた。

これに対し、日本医師会(以下、日医)は「かかりつけ医機能の強化」は重要としつつも、「患者の受療権を確保する必要がある」として、「制度化」に反対し続けた。さらに、関係団体や有識者、メディアなども絡み、かかりつけ医の制度化に関して活発な議論が展開された。

結局、2022年末に決着した議論では、(1)かかりつけ医機能の定義の法定化、(2)医療機関が果たしている役割を都道府県が公表している「医療機能情報提供制度」の見直し、(3)在宅医療など医療機関が担っている機能を都道府県に報告させる「かかりつけ医機能報告制度」の創設、(4)継続的な医学管理を要する患者が希望する場合、かかりつけの関係を示す書面を発行する仕組みの創設――などが決まり、主な内容が今年の通常国会で成立した改正医療法に盛り込まれた。

本稿では、かかりつけ医の制度化、あるいは機能強化を巡る経緯を振り返りつつ、今後の論点を考察する。このうち、前半では今回の決着について、上記4つの内容を細かく見るとともに、医療機能情報提供制度の有効性や書面交付制度の論点など、それぞれについて有効性を問う。

後半では、2021年秋から本格化した今回の議論や攻防を振り返ることで、「ケアの包括性強化」「患者の受療権確保」という二律背反の下、「神学論争」と言えるような状況に陥った点を指摘し、今後の論点や方向性を論じる。

2――4つに整理できる今回の制度改正の概要

2――4つに整理できる今回の制度改正の概要

まず、今回の制度改正の概要を考察する。概要は2022年12月に示された社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療部会の意見書に示されており、かかりつけ医機能の制度整備に加えて、▽2025年をターゲットに病床削減や在宅医療の充実などを目指す「地域医療構想」1の充実、▽2024年度に本格施行が迫っている「医師の働き方改革」2――に言及するなど、様々な論点が網羅されている。

このうち、かかりつけ医機能の強化には多くの紙幅が割かれており、「慢性疾患を有する高齢者の増加や生産年齢人口の減少が加速していく 2040 年頃までを視野に入れて(筆者注:地域医療構想の)バージョンアップ」が必要と指摘。さらに、バージョンアップを図る上での一つの方策として、「かかりつけ機能が発揮される制度整備」が言及された。

その上で、部会意見では表1のような形で、(1)かかりつけ医機能の定義の法定化、(2)医療機能情報提供制度の「刷新」、(3)「かかりつけ医機能報告制度」の創設、(4)書面交付の仕組みの創設――という4つの施策を通じて、機能整備を図る方針が言及された。

これらの内容を含む「全世代対応型の持続可能な社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律」が2023年2月、通常国会に提出され、2023年5月、与党などの賛成多数で可決、成立した3

以下、(1)~(4)の順で内容を考察し、その後に私見を述べる4。なお、かかりつけ医に期待される医療とは本来、一般的に「プライマリ・ケア」5と呼ばれ、筆者自身は「プライマリ・ケアの強化は医療制度改革で最も重視される必要がある」と考えている。さらに、かかりつけ医を巡る議論を考える上では、「どうやってプライマリ・ケアを医療制度に組み込むか」という点を意識する必要があると認識している。このため、必要に応じてプライマリ・ケアにも言及する点をご留意頂きたい。
表1:かかりつけ医機能が発揮される制度整備に向けて、部会意見で示された内容
 
1 地域医療構想は2017年3月までに各都道府県が策定した。人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年の医療需要を病床数で推計。その際には医療機関の機能について、救急患者を受け入れる「高度急性期」「急性期」、リハビリテーションなどを提供する「回復期」、長期療養の場である「慢性期」に区分し、それぞれの病床区分について、人口20~30万人単位で設定される2次医療圏(構想区域)ごとに病床数を将来推計した。さらに、自らが担っている病床機能を報告させる「病床機能報告」で明らかになった現状と対比させることで、需給ギャップを明らかにし、医療機関の経営者などを交えた「地域医療構想調整会議」での議論を通じた合意形成と自主的な対応が想定されている。地域医療構想の概要や論点、経緯については2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。
2 医師の働き方改革については、2021年6月22日拙稿「医師の働き方改革は医療制度にどんな影響を与えるか」を参照。
3 この法律には出産育児一時金の引き上げに加えて、▽65~74歳の前期高齢者医療費の負担方法見直し、▽75歳以上の後期高齢者に課される保険料上限の見直し、▽3年に一度の介護保険制度の見直し――など広範な内容が盛り込まれた。本稿で取り上げているかかりつけ医に関しては、医療法の改正がメインとなる。介護保険制度の見直し論議に関しては、2023年1月12日拙稿「次期介護保険制度改正に向けた審議会意見を読み解く」を参照。
4 なお、本稿の執筆に際しては、首相官邸や厚生労働省、日医、健保連などのウエブサイトに加え、『朝日新聞』『日本経済新聞』『毎日新聞』『読売新聞』『共同通信』配信記事を参照した。さらに専門媒体として、『社会保険旬報』『週刊社会保障』『日経メディカル』『m3.com』『Gem Med』なども参考にした。煩雑さを避けるため、公知の事実や報告書、提言、論考・論文などに関する引用は最小限に止める。
5 本稿では、プライマリ・ケアを「国民のあらゆる健康上の問題、疾病に対し、総合的・継続的、そして全人的に対応する地域の保健医療福祉機能」と定義する。日本プライマリ・ケア連合学会ウエブサイトを参照。
https://www.primary-care.or.jp/paramedic/index.html

3――今回の決着の内容(1)

3――今回の決着の内容(1)~かかりつけ医機能の定義の法定化~

1|かかりつけ医とは何か
第1に、かかりつけ医機能の定義の法定化である。そもそもの問題として、かかりつけ医の定義や制度的な位置付けは不明確であり、日医など診療団体が定めた定義と、次のページで詳しく述べる「医療機能情報提供制度」で「かかりつけ医機能」が示されているに過ぎなかった。

このうち、日医など診療団体の定義は2013年8月の報告書で示されていた。日医などの定義では表2の通り、「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」とされていた。

さらに、定義に対応する機能としても、「日常的に行う診療で、患者の生活背景を把握し、適切な診療と保健指導を行い、自己の専門性を超えて診療や指導を行えない場合、地域の医師、医療機関などと協力して解決策を提供」「地域住民との信頼関係を構築し、健康相談、健診・がん検診、母子保健、学校保健、産業保健、地域保健などの社会的活動、行政活動に積極的に参加するとともに保健・介護・福祉関係者との連携」「地域の高齢者が少しでも長く地域で生活できるよう在宅医療を推進」「患者や家族に対して、医療に関する適切かつわかりやすい情報の提供」など多様な活動が列挙されていた。
表2:かかりつけ医の定義
2|コロナ対応で注目されたかかりつけ医の曖昧さ
しかし、かかりつけ医の制度的な位置付けは曖昧だった。一例を挙げると、上記の定義を満たす医師が明確になっているわけではないし、法律や制度に位置付けられているわけでもないためだ。こうした曖昧さが新型コロナウイルスへの対応で浮き彫りになった6

具体的には、政府は2020年9月以降、発熱相談の対応について、かかりつけ医を中心に据える方針を掲げたが、「発熱相談に対応してもらえない」という患者が続出し、発熱外来にたどり着けない「発熱難民」が多数発生した7

それにもかかわらず、内閣府の世論調査8によると52.7%の人が「かかりつけ医を持っている」と答えており、同じような傾向は日医など他の調査にも共通している。つまり、半数近くの人がかかりつけ医を持っていると認識しているのに、実際には「発熱難民」が生まれる矛盾が起きた。

さらに、新型コロナウイルスのワクチン接種でも、かかりつけ医の接種が推奨されたことで、かかりつけ医の曖昧さが浮き彫りになるとともに、かかりつけ医の重要性が関係者の間で共有されるに至った。

例えば、2022年6月に示された政府の「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」の報告書では、発熱難民の問題などを指摘しつつ、「かかりつけ医の医療機関(特に外来、訪問診療等を行う医療機関)についても、各地域で平時より、感染症危機時の役割分担を明確化」することで、「かかりつけ医機能が発揮される制度整備」が必要と訴えた。
 
6 なお、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ医』の意味を問い直す」では、かかりつけ医が争点化している理由について、(1)新型コロナウイルス対応、(2)オンライン診療、(3)外来機能分化、(4)上手な医療のかかり方――という4つで、かかりつけ医が注目された理由を整理した。
7 医療機関が発熱外来に応じられない要因として、▽電話対応の人手が足りない、▽多数の発熱患者を受け入れると新型コロナ以外の患者との時間的・空間的分離が難しい――といった事情があるとされていた。2022年2月9日の記者会見における日医の中川俊男会長(当時、本稿の肩書は全て発言当時で統一)による発言。同日『朝日新聞デジタル』『m3.com』配信記事。
8 2019年11月公表の内閣府「医療のかかり方・女性の健康に関する世論調査」を参照。有効回答数は2,803人。
3|オンライン診療でも論点に
さらに新型コロナウイルス禍を機に、大幅に規制が緩和されたオンライン診療でも、かかりつけ医が話題となった。この問題では、オンライン診療の対象について、初診を対面で診察した患者に限定する「初診対面原則」の是非が焦点となり、2020年4月に特例的に原則が撤廃されたほか、菅義偉政権の方針を踏まえ、初診対面原則を撤廃する特例も2022年度から恒久化された9

その際、初診からのオンライン診療を認める対象を「かかりつけ医の医師」に限ることが決まった。ここで言う「かかりつけの医師」も、かかりつけ医と同様に定義が曖昧であり、「かかりつけ医」との違いも明確になっていないが、オンライン診療を巡る議論も、患者を継続的に診る医師の重要性がクローズアップされる一つの要素になった。

実際、先に触れた新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議報告書も、「かかりつけ医機能が発揮される制度整備」が必要な理由の一つとして、特例の導入後もオンライン診療が普及しなかった点を挙げた。
 
9 オンライン診療に関しては、2021年12月18日拙稿「オンライン診療の特例恒久化に向けた動向と論点」、2020年6月5日拙稿「オンライン診療を巡る議論を問い直す」を参照。初診対面原則を撤廃した後の診療報酬については、2022年5月16日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(上)」を参照。
4|部会意見で示された方向性
こうした経緯を踏まえ、部会意見では、かかりつけ医機能の定義を医療法に位置付ける必要性が示された。具体的には、医療法第6条の2第3項において、国民が適切な医療機関を選ぶように努力義務を課している点を踏まえ、「その選択に資するべく『かかりつけ医機能』の定義を法定化する」との方針を明記した。

その際には、後述する医療機能情報提供制度の根拠となっている医療法施行規則で、「身近な地域における日常的な医療の提供や健康管理に関する相談等を行う医療機関の機能」と定められていることを踏まえる方針が示された。これを受けて、通常国会で医療法などが改正された。2024年4月から施行される予定。

4――今回の決着の内容(2)

4――今回の決着の内容(2)~医療機能情報提供制度の刷新~

1|医療機能情報提供制度とは何か
次に、医療機能情報提供制度を「刷新」するという方向性である。そもそも医療機能情報提供制度とは、患者の適切な医療機関の選択などをサポートするため、2006年の医療法改正で創設された仕組みであり、医療法施行規則(厚生労働省令)に基づき、それぞれの医療機関の機能を都道府県に公表させている。

これに基づき、現在は都道府県のウエブサイト上で、医療機関や薬局などの役割について多くの情報が開示されており、かかりつけ医機能に関しても、医療機能情報提供制度では表3のような機能が記述されている。

しかし、部会意見では、「情報提供項目について、内容の具体性に乏しい、あるいは診療報酬点数そのままでは理解しづらいため、実際に医療機関を選択するツールとしては不十分といった指摘があった」として、見直しが必要との見解が示された。
表3:医療機能情報提供制度における「かかりつけ医」の記述
2|部会意見で示されている「刷新」の方向性
さらに部会意見では、具体的な情報提供の項目として、▽かかりつけ医から医療を受ける対象者の別(高齢者、障害者、子どもなど)、▽日常的によく見られる疾患(いわゆるコモン・ディジーズ)への幅広い対応、▽かかりつけ医機能に関して、医師が受講した研修、▽入退院時の支援など他の医療機関との連携の内容、▽休日・夜間の対応を含めた在宅医療や介護との連携内容――などを列挙。その上で、刷新の方策として、医療機関は上記の機能などを都道府県に報告する一方、都道府県が報告された機能に関する情報を国民・患者に分かりやすく提供することが望ましいとの見解が示された。

今後の進め方については、部会意見では「有識者や専門家などの参画を得つつ詳細を検討することとしてはどうか」と指摘しつつ、2024年度以降、公表する医療機能情報の全国統一化を図る方向性が示された。

さらに、今後の議論に際しては、住民・患者目線での分かりやすい情報にする点とか、かかりつけ医を必要としない健康な人に対する配慮、職域の目線や保険者(保険制度の運営者)の視点、医療機能情報提供制度の認知度アップなどを求める意見が部会で出たことに留意する必要性も示された。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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