2023年02月13日

かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか(上)-年末に示された部会意見を読み解き、論点や方向性を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5――今回の決着の内容(3)~「かかりつけ医機能報告制度」の創設~

1|かかりつけ医機能報告制度のイメージ
第3に、部会意見では「かかりつけ医機能報告制度」を創設する考えも示された。部会意見では、少子高齢化が一層、進展する点に加えて、地域ごとに人口動向の変化が大きい点に言及しつつ、「地域ごとに必要なかかりつけ医機能を適切に確保していく必要がある」との問題意識が披露された。

さらに、「在宅を中心に入退院を繰り返し、最後は看取りを要する高齢者が今後更に増加する」としつつ、▽持病(慢性疾患)の継続的な医学管理、▽日常的によくある疾患への幅広い対応、入退院時の支援、▽休日・夜間の対応、▽在宅医療の提供、▽介護サービスなどとの連携――を挙げつつ、必要なかかりつけ医機能の充実・強化を図る仕組みとして、「かかりつけ医機能報告制度」を創設する考えが提示された。

具体的には、医療機関が上記のニーズに対応する機能や、今後担う意向などを都道府県に報告。この報告に基づき、都道府県は地域の充足状況や医療機関の意向などを公表するとともに、医療機関の経営者など地域の関係者が集まる「協議の場」で不足する機能を強化するための方策を具体的に検討し、その結果を公表する。具体的なイメージとしては、議論の過程で図1が示されている。

さらに、多様な機能を1人の医師、1つの医療機関だけでは担い切れないため、医療機関の連携を強化する必要性も強調されている。強化された機能についても、上記の医療機能情報提供制度に基づき、住民や患者に分かりやすく提供する必要性も言及されている。

今後の進め方に関しては、有識者や専門家などの参画を得つつ、さらに詳細を検討する方針が定められており、その際には部会の議論で出た意見を踏まえつつ、▽全国統一の報告基準の策定、▽研修受講の必修化、▽公的な認定を通じた一定の質の担保――などの留意点が示された。

スケジュールに関しては、▽2025年度をメドに個々の医療機関から機能報告を受けて、地域の協議の場における「かかりつけ医機能」に関する議論を開始、▽具体的方針などが決定した段階で必要に応じて、都道府県が6年周期で策定する「医療計画」に反映、2024年度から始まる第8次医療計画の中間見直しを想定――という流れも盛り込まれた。つまり、かかりつけ医機能が地域レベルで実際に可視化され、協議が具体的に進むのは2026~2027年度頃になりそうだ。
図1:かかりつけ医機能報告制度のイメージ
2|都道府県と厚生労働省の役割
部会意見では、協議を進める際の都道府県、厚生労働省の役割も提示された。まず、都道府県を中心とする協議のテーマとして、病院勤務医が地域医療を担うための研修、医療機関同士の連携強化、在宅医療を積極的に担う医療機関や在宅医療の拠点整備、多職種連携の推進、地域医療連携推進法人の活用などが挙げられている。

ここで言う地域医療連携推進法人とは、2015年改正医療法で設立された仕組み。医療機関が持ち株会社のような形態で「連携以上、統合未満」で緩やかに連携しつつ、病床数の融通や研修・資材購入の共同化などに取り組む法人形態であり、2023年1月現在で全国33カ所の法人が認可されている。

一方、厚生労働省の役割としては、▽標準的な基準の設定などを通じた研修の量的・質的充実、受講の促進、▽医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を含めた国民の健康・医療情報の共有基盤の整備、▽かかりつけ医機能の診療報酬による適切な評価――などが言及された。

その上で、詳細については有識者や専門家などの参画を得つつ、議論を進めるとしている。さらに、かかりつけ医機能を有する医療機関に中小病院を含める点とか、医療機関同士で連携する重要性、医療DXを含めた患者と医療機関側のデータ基盤の整備の必要性など、部会で出た意見に留意する必要性も示された。

6――今回の決着の内容(4)

6――今回の決着の内容(4)~書面交付の仕組みの創設~

第4の点として、継続的な医学管理を必要とするケースについて、かかりつけ医と患者が交わす書面交付の仕組みの創設にも言及があった。具体的には、慢性疾患を有する高齢者が在宅で医療を受けるケースなど、「患者が継続的な管理を必要とし、患者が希望する場合に、医療機関がかかりつけ医機能として提供する医療の内容」について、書面交付などを通じて説明できる仕組みの創設が盛り込まれた。こちらも詳細に関しては、有識者や専門家の意見を聞きつつ議論するとしている。

では、こうした今回の決着に関して、どのように評価したらいいだろうか。プラスの側面として、(1)外来医療に制度的な担保が入った意味合い、(2)地域の医療情報が可視化される意味合い――を指摘できる。

7――今回の決着の評価(1)

7――今回の決着の評価(1)外来医療に制度的な担保が入った意味合い~

1|曖昧だったかかりつけ医の位置付け
まず、かかりつけ医機能の定義が法定化されることで、医療制度に位置付けられる意義は大きいと考えられる。そもそも、かかりつけ医の制度上の位置付けは曖昧だった。その一例として、「かかりつけ医」の名前を冠した医科の診療報酬制度は存在しておらず、管見の限り、「かかりつけ医」という言葉が使われている仕組みは「かかりつけ薬剤師・薬局」「小児かかりつけ医」「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」などに留まる7

元々、日医が「『かかりつけ医』とは、患者が医師を表現する言葉」と指摘していた8通り、かかりつけ医を決めるのは患者自身であり、医師サイドの判断や意識は考慮されていない。極論を言うと、患者―医師の関係性ができていなくても、患者が「何かあったら見てね」と旧知の医師に依頼するだけで、医師の判断に関わらず、患者が勝手に「A先生はかかりつけ医」と認識する可能性さえ想定される。言い換えると、患者の受療行動や意識に依拠する曖昧な概念だった。

しかし、今回の議論を経て、慢性疾患を持つ患者に対するケアや継続的な医学管理、在宅医療、入退院支援などの機能が例示され、しかも定義が法定化される意味合いは小さくない。

特に、高齢者は複数の疾患を持っているケースが多く、その人の生活や性格、人となりなどを踏まえた継続的な医学管理や、介護・福祉との連携などが重要になる。近年、支援策の強化が講じられている「医療的ケア児」についても、同様に継続的な医学管理や生活支援が求められる9。こうした患者に対して、かかりつけ医機能が果たせる役割は大きい。

さらに、全人的かつ継続的に対応できる医師のサポートがあれば、新型コロナウイルスのような有事に際しても、健康な人の安心感を高められる。実際、かかりつけ医の定義を決めた当時の日医会長の書籍10では、患者と日頃から信頼関係を築いているかかりつけ医だからこそ、家族の存在や会社、学校などコミュニティにおける社会的な立場、経済的な生活環境などの事情も勘案したり、患者本人の意思も尊重したりしつつ、その時々で最善の方法を提供できると記されている。

さらに言うと、今の制度改革の流れを作った2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書でも「治す医療」から「治し、支える医療」への転換を訴えており、「支える医療」が上記の医療に符合するし、かなりの部分でプライマリ・ケアとも重複する。こうした医療について、制度的な担保が入った意味合いは大きいと言える。
 
7 このほかにも予算・研修制度としても、「かかりつけ医等発達障害対応力向上研修事業」「保険者とかかりつけ医等の協働による加入者の予防健康づくり事業」などがある。
8 2022年4月27日記者会見における日医の中川俊男会長(当時、本稿の肩書は全て発言当時で統一)の発言。同日『m3.com』配信記事を参照。
9 医療的ケア児とは、NICU(新生児特定集中治療室)などに長期入院した後、自宅などで引き続き人工呼吸器などを使用しつつ、経管栄養などの医療的ケアを必要とする子どもを指す。2021年通常国会で支援法が成立し、国や自治体で支援策が本格化している。2022年度診療報酬改定では、医師が関係機関に情報を提供した場合の加算措置などが創設された。2022年5月16日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(上)」を参照。
10 横倉義武(2021)『新型コロナと向き合う』岩波新書p223。
2|遅きに失した?制度的な関与
むしろ、筆者自身は遅きに失したと考えている。かかりつけ医が曖昧になっていたのは、「家庭医」に関する1980年代の攻防が影響していた11。当時、厚生省(現厚生労働省)は開業医の高齢化や医療の専門分化などに対応するため、全人的かつ継続的なケアを提供できる「家庭医」の育成を目指し、1985年6月には日医代表や有識者などで構成する「家庭医に関する懇談会」をスタートさせ、教育課程などの詳細を詰めようとした。

この時の議論では、▽初診患者への対応、▽健康相談・指導、▽医療の継続性重視、▽総合的・包括的医療の重視、▽医療福祉関係者チームの総合調整――などの機能を満たす家庭医が必要という議論が展開されており、かなりの部分で今回の議論と重複していた。実際、家庭医に関する懇談会報告書が示した「家庭医」に求められる機能は表4の通りであり、表2~3で示したかかりつけ医機能と相似している。
表4:厚生省報告書が示した家庭医に期待される機能
しかし、日医は「イギリスのような国家統制の強い仕組みに変えるのではないか」「診療報酬制度の変更を通じて、医療費適正化の手段に使われるのではないか」などと反発。厚生省が実施しようとしていたモデル事業にも非協力の構えを見せた。

結局、両者が歩み寄った結果、現行制度の枠内で緩やかに体制整備を進める「かかりつけ医」という言葉が考案され、1993年度からモデル事業がスタートした。つまり、かかりつけ医は敢えて曖昧に設定されており、制度的な位置付けも不明確なままだった。

この点については、1980年代に創設された医療計画制度の歪みにも表れていた。制度が始まる前後の論文などでは「医療提供の方法論上の1つの大きな問題は住民と医療提供側の『最初の接触』」12、「病床総数を規制する部分的な手直しによって全体としてシステムがどうなっていくかを考察しなければならない。プライマリ・ケアに関する明確なビジョンと推進の環境を整備することこそ医療計画の課題」13といった期待感が示されていたにもかかわらず、議論は病床コントロールに終始し、プライマリ・ケアを含む外来の視点が完全に抜けていた。

近年の動きとして、外来医師の偏在是正を目指すために2020年度から始まった「外来医療計画」制度14とか、2022年度に制度化された「外来機能報告制度」15など、外来医療にも少しずつ国や都道府県の関与が始まっていたが、今回の決着を通じて、プライマリ・ケアに関して、一定程度の制度的な担保が入った意味合いは大きいと言える。

付言すると、今回の制度改正を通じて、従来の外来医療計画の不備を解消できた面もある。外来医療計画では、新規開業希望者だけに対応を促す点で、非対称的な内容を含んでいたが、今回のかかりつけ医機能公表制度では、既存の医療機関にも対応を促す点で、イコール・フッティングが確保された面がある。

具体的には、外来医療計画では外来医師の偏在を是正するため、「外来医師が多い区域(外来医師多数区域)の公表による可視化→外来医師多数区域に新規開業を希望する医師に対し、協議の場に説明を要請→協議の場では、在宅医療など地域で足りない機能を実施するように要請」という流れが意識されている。

しかし、これでは新規開業者だけに対応を促している点で、筆者は「競争政策的に問題が多い」と考えていた。その点で言うと、今回のかかりつけ医機能公表制度に基づく対応は既存の医療機関にも対応を促す点で、条件の均一化は図られていると言える(ただし、外来医療計画は継続しているので、同じ問題は引き続き残されている)。
 
11 1980年代から1990年代前半に至る攻防については、厚生省健康政策局総務課編(1987)『家庭医に関する懇談会報告書』第一法規出版、『週刊社会保障』『社会保険旬報』『国保実務』などを参照。2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ』の意味を問い直す」も参照。
12 倉田正一・林喜男(1977)『地域医療計画』篠原出版社p203。
13 郡司篤晃(1991)「地域福祉と医療計画」『季刊社会保障研究』Vol.26 No.4。
14 医師偏在を是正するため、外来の医師が多い地域では、新規開業する医療機関に対し、在宅医療など地域で不足する機能の実施を促す仕組みである。都道府県が2020年3月までに策定し、2024年度から始まる次期医療計画に包摂される。2020年3月2日拙稿「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か(下)」を参照。
15 医療機関に対して、自らが担っている外来機能を報告させる仕組み。さらに、報告されるデータを基に、都道府県を中心とする協議の場で、外来機能に関する役割分担を議論し、紹介患者の受け入れを重点的に担う「紹介受診重点医療機関」を選定する流れが想定されている。外来機能報告制度が創設された際の医療法改正については、2021年7月6日拙稿「コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか」を参照。外来医療機能の役割分担については、2022年10月25日拙稿「紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと今後の論点を考える」を参照。

8――今回の決着の評価(2)

8――今回の決着の評価(2)医療機能が可視化される意味合い

さらに、かかりつけ医機能公表制度を通じて、医療機能の可視化が進む意味合いも大きいと考えられる。既に病床に関しては、病床機能報告制度が2014年改正医療法で創設されており、これを基に、都道府県を中心に、地域の病院の役割を再検討する地域医療構想の議論が2017年度から本格始動している。

さらに既述した通り、外来機能報告制度も2022年度から開始しており、かかりつけ医機能報告制度も加わったことで、地域における医療機能の全体像が見えやすくなった面がある。
しかも、これらの仕組みでは単なる機能の可視化にとどまらず、情報をベースに地域の関係者が合意形成しつつ、地域の実情に応じた医療提供体制改革を進めることが意識されている。こうした見直しを進める上で、「司令塔」「行司」のような役割を果たす都道府県の存在感が一層、大きくなったと言える。

一方、今回の決着内容について、積み残された課題もある。例えば、かかりつけ医機能の定義の法制化では曖昧さが残るし、医療機能情報提供制度の「刷新」、地域医療連携推進法人の活用、創設される書面交付制度についても、実効性に疑問も残る。以下、「狙い通りに機能するかどうか」という批判的な視点で、今回の決着内容の将来を展望する。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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