2023年02月01日

サステナビリティ開示の動向-国際サステナビリティ審議会の基準案および国内の取り組み

金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 梅内 俊樹

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1――サステナビリティ情報に係る国際的な開示基準

1PRI署名機関数は大きく増加
PRI(Principles for Responsible Investment:責任投資原則)への署名機関数の増加が加速している。2021年3月末時点で3,826機関だった署名機関は、 2022年3月時点では4,902機関へと28%増となっている(図表1)。2022年3月末以降はペースダウンしているが、9月末までの半年間に277の機関が新たにPRIに署名しており、署名機関は9月末時点で5,179機関と5,000を超える水準にまで達している。

2022年4月以降のペースダウンについては、ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、石炭火力の依存度引上げや化石燃料の確保など、ESGに逆行する動きを余儀なくされる国・地域が散見されるなか、ESG投資においても運用方針の見直しを迫られるケースが見られたことが影響している可能性もあろう。しかし、エネルギー安全保障を巡る環境が大きく変化するなか、エネルギー自給率の引上げに向け、中長期的には再生可能エネルギーへの投資など、カーボンニュートラルに向けた取り組みの加速が見込まれる。地政学的緊張の長期化が想定される状況ではあるが、ESG投資の拡大基調そのものが大きく変わることはないものと想定される。
図表1 PRI署名機関数および資産残高の推移
2国際サステナビリティ基準審議会の2つの基準案
2021年11月、国際会計基準(IFRS)を策定するIFRS財団は、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB:International Sustainability Standards Board)の設立を公表し、サステナビリティ情報の国際的な開示基準の策定を進める意向を正式に表明した。背景には、ESG投資の増大に伴い、投資家などが資本提供に際して求める情報が環境や社会、ガバナンスを含むサステナビリティにかかわる情報へと拡大したことに加え、信頼性が高く比較可能な情報を求めるようになってきたことがある。投資家などが企業のサステナビリティ関連情報を活用した意思決定が可能となるよう、開示基準の包括的なグローバルベースラインを提供することがISSB設立の目的とされる。

開示基準の第一段として2021年3月に公開されたのが、「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項(IFRS S1号)」と「気候関連開示(IFRS S2号)」の2つの公開草案である。前者は投資家などが企業価値を評価する上で重要なサステナビリティ全般に関する開示要求である。TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)の4つの要素に沿ってサステナビリティ全般にかかわる重要な情報の開示を要求する。後者は気候変動というテーマに特化した開示基準で、TCFD提言を概ね踏襲しつつ、サステナビリティ会計基準審議会(SASB:Sustainability Accounting Standards Board)が開発した産業別開示基準が組み合わされた構成となっている。前者を適用する企業は、気候関連の情報については後者に基づき開示することが求められる。

この2つの開示基準を含むISSBが公表するIFRSサステナビリティ開示基準は、投資者や融資者、その他の債権者を主な利用者として、投資先企業の企業価値の評価に有益なサステナビリティ関連情報を要求するところに特徴があり、IFRSサステナビリティ開示基準で要求される情報については、企業の一般目的財務報告の一部として、関連する財務諸表と同じタイミングで開示することが求められる。ただし、開示タイミングについては、サステナビリティ開示実務の実情を考慮し、一般目的財務報告の後に開示することを容認する経過措置を一定期間設ける方向で検討されている。具体的には前年度のサステナビリティ関連財務情報を上半期の業績報告と同時に報告することが容認される見込みである。

2つの公開草案については、開示タイミングにかかわる経過措置を含め、現在、2022年7月29日のコメント期限までに寄せられたフィードバックを踏まえた審議が行われており、2023年前半の最終化が予定されている。
3ISSBの今後の取り組み
気候変動に次ぐテーマ別の基準化の候補として、「生物多様性、生態系及び生態系サービス」、「人的資本」、「人権」の3つが挙がっている。「生物多様性、生態系及び生態系サービス」については、2022年12月に開催された第15回生物多様性条約締約国会議(COP15)で、生物多様性の観点から2030年までに陸と海の30%以上を保全する「30by30目標」が主要な目標の一つとして定められるなど、環境領域においては気候変動問題に次いで世界的に関心が高い分野である。「人的資本」は、日本でも岸田政権のもとで有価証券報告書での記載が義務化されたが、日本では女性活躍や人材育成が中心的な課題とされるのに対して、ISSBでは多様性・公平性・包摂性にまずは焦点を当てる方向で検討が進められている。「人権」に関しては、まずはバリューチェーンにおける労働者の権利と地域社会の権利を対象とする方向にある。いずれのテーマも投資家やサステナビリティ開示基準の設定機関の関心が高いテーマであることから、今後、情報提供依頼などを経て基準化の是非が協議される見通しである。

なお、ISSBでは、EUなどでサステナビリティ情報の義務化に向けた独自の検討が進められていることを踏まえ、主要な国・地域と情報連携が図られる場を設定するなど、IFRSサステナビリティ開示基準と各国・地域の開示基準との整合性や比較可能性を確保する取り組みも進められている。IFRSサステナビリティ開示基準が包括的なグローバルベースラインとして位置づけられるが否かは、各国・各地域の対応次第といった面は否めないが、最初の2つの基準がG20首脳などからの要請に基づき策定された経緯を踏まえると、将来的にグローバルベースラインとなっていく可能性は高い。引き続き、IFRSサステナビリティ開示基準の動向には注視が必要だろう。

2――日本におけるサステナビリティ情報開示

2――日本におけるサステナビリティ情報開示

1TCFD提言に沿った情報開示
ISSBの「気候関連開示(IFRS S1号)」でも踏襲されるTCFD提言については、全世界で賛同する企業・機関が大幅に増加している。2021年10月に2,616だった賛同企業・機関は2023年初には4,100となり、わずか1年強で57%増加している。日本における賛同企業・機関の増加ペースは更に顕著で、2023年初の賛同企業・機関は1,158と、2021年10月の527の2倍以上となっている。

日本でTCFD提言への支持が広がっていることは、開示状況からも確認される。日本取引所グループの「TCFD提言に沿った情報開示の実態調査(2022年度)」によれば、TCFD提言が推奨する11項目に該当する情報を開示している会社の割合は、2021年に11項目平均で62%であったのに対して、2022年には85%へと上昇している(図表2)。当該調査の対象企業が、2021年度と2022年度の調査のいずれにも含まれるTCFDに賛同する165社と少ないことには注意が必要だが、気候変動にかかわる情報開示は、任意開示書類での開示を中心に上場企業の間で浸透しつつある。

背景には、2019年にTCFD 提言に沿った効果的な情報開示や適切な利用に向けた議論の場として設立されたTCFDコンソーシアムなどを通じて、企業のTCFD提言に沿った自主的な開示の促進が図られてきたことがある。ただこの1年における急激な進展については、2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂によって後押しされた面が強い。2021年の改訂では、上場会社に対して、サステナビリティを巡る課題への積極的に取り組みや、その取り組みを適切に開示することを求めており、特に、プライム市場上場会社に対しては、気候変動に係るリスクや収益機会についてのTCFDなどに基づく開示の充実を進めるべきことが明確化されている。開示内容が必ずしも十分とは言えないことは、図表2で開示項目によっては開示割合に格差があることからも伺えるが、コンプライ・オア・エクスプレインというソフトローのもとでも気候変動にかかわる情報開示が広がっているのは、日本が2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言し、気候変動に対する社会的な関心が高まるなか、企業においても気候変動を巡る課題が重要な経営課題であるとの意識が高まってきた証左とも捉えられる。今後の更なる開示情報の充実が期待される状況と言えよう。
図表2 TCFD提言が推奨する11項目の開示企業割合
2法定開示書類におけるサステナビリティ情報開示
我が国ではサステナビリティ情報の任意開示は増加傾向にあるが、ISSBのIFRSサステナビリティ開示基準では日本の有価証券報告書に相当する一般目的財務報告での開示が要求される。こうした国際的な動向を踏まえ、本年6月に公表された金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告においては、海外との整合性を確保する観点や国内における情報開示の比較可能性を高める観点から、有価証券報告書にサステナビリティ情報を開示すべきことが提言されている。これを受け、有価証券報告書の記載事項については、以下のような改正(2023年1月31日改正)に至っている。

サステナビリティ全般に関する開示においては、「サステナビリティに関する考え方及び取組」という記載欄が新たに設けられ、TCFDの4つの要素に基づく開示が求められるようになっている。4つの要素のうち、「ガバナンス」と「リスク管理」については全ての企業が記載を求められる一方、「戦略」と「指標及び目標」については各企業が重要と判断するものの記載が求められる。なお、サステナビリティ情報には多分に将来情報が含まれる可能性があるが、記載した将来情報と実際の結果が異なる場合であっても、直ちに虚偽記載の責任を負うものではないことが「企業内容等開示ガイドライン」で明確化されている。法定開示である以上、情報の信頼性が重要ではあるものの、より充実した情報開示を促すための配慮と言える。

今回の改正では、多様性を含む人的資本の情報開示も求められるようになっている。上述の「戦略」では、人材の多様性の確保を含む人材の育成に関する方針及び社内環境整備に関する方針を、「指標及び目標」では、「戦略」に記載した方針に関する指標の内容やその指標を用いた目標と実績を、重要性の判断にかかわらず記載することなどが、新たに求められることになる。これらの改正は2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から適用される。
3期待される今後の取り組み
サステナビリティ情報については、ISSBのほかEUをはじめとする諸外国においても、開示基準策定の動きが進んでいる。ただ諸基準に基づく情報がグローバルな投資家によって有効活用されるためには、何よりも国際的な比較可能性や整合性の確保が欠かせない。その上で重要な役割を期待されているのがISSBだろう。そのISSBでは上述のとおり、開示基準の充実に向けた取り組みが進められており、今後はこうした動きを参照しつつ、国内においても、サステナビリティ情報の開示基準の検討が進められるものと想定される。

こうした中、企業においてはISSBの開示基準の動向を見極めながら、投資家が必要とする開示情報の充実に向けて、必要なデータの収集や開示が効率的に行える体制整備などの準備を進めることが求められる。一方、投資家は拡充されるサステナビリティ情報の活用法を深化させ、建設的な対話などに活かすことで、対象企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことが期待される。こうした取り組みを通じた好循環の創出によって、企業と投資家、ひいては社会全体のサステナビリティの向上が図られることが望まれる。
 
 

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金融研究部   企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

梅内 俊樹 (うめうち としき)

研究・専門分野
企業年金、年金運用、リスク管理

経歴
  • 【職歴】
     1988年 日本生命保険相互会社入社
     1995年 ニッセイアセットマネジメント(旧ニッセイ投信)出向
     2005年 一橋大学国際企業戦略研究科修了
     2009年 ニッセイ基礎研究所
     2011年 年金総合リサーチセンター 兼務
     2013年7月より現職
     2018年 ジェロントロジー推進室 兼務
     2021年 ESG推進室 兼務

(2023年02月01日「基礎研レポート」)

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