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社会保障から見たESGの論点と企業の役割(4)-高齢者や認知症ケアの官民連携で可能なことは?
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
1――はじめに~高齢者・認知症ケアの官民連携を考える~
しかし、医療・介護を中心に社会保障政策・制度に関心を持つ研究者として、筆者は「ESG」の「S」について、高齢者ケアや障害者への配慮なども含めて、もっと幅広く考える必要性も感じています。そこで、本コラムの第1回では、社会保障政策・制度における様々な論点と「S」の共通点を指摘した上で、社会保障の担い手として企業も重要な役割を果たせる可能性を論じました。
さらに、第2回では合理的配慮の提供を企業にも義務付けた改正障害者差別解消法への対応、第3回では障害者雇用を巡る論点を考察し、ESGの「S」との共通点を探りました。第4回は高齢者や認知症のケアについて、自治体との官民連携も含めて、企業に可能なことを模索したいと思います。
2――認知症の人の暮らしから考えると…
しかし、要介護状態の高齢者や認知症の人が地域で暮らす際、頼るのは医療・介護サービスだけでしょうか。医療機関に入院したり、介護施設に入所したりした場合を除けば、高齢者や認知症の人が地域で暮らしている限り、企業が提供するサービスとの接点は続きます。
さらに、認知症になっても全ての記憶や感性が失われるわけではありませんし、要支援認定を受けた人やMCI(軽度認知障害)と呼ばれる人も含めて、地域には少しの手助けを受ければ、従来通りの生活を続けられる高齢者や認知症の人が数多く暮らしています。こうした高齢者は身体、認知状況に関わらず、何かしら企業のサービスや商品を消費・購入しているはずです。
そもそも、福祉とは制度に基づくフォーマルサービスだけを指すのではなく、インフォーマルケアと呼ばれる地域の繋がりも含めて、「普通(ふ)の暮らし(く)の幸せ(し)」を表していると考えられています1。もしESGの「S」から、地域社会の一員としての企業の役割を考えるのであれば、地域で暮らす高齢者や認知症の人の暮らしを支える上で、企業の役割を再考することは重要と思います。
ここで「身体機能は低下していないものの、軽度な認知症を発症している高齢者の暮らし」を想像します。この高齢者の暮らしを支援する上では、医師による定期的な認知機能の把握、薬剤師による服薬指導、介護保険サービスを使っている場合にはケアマネジャーによるケアマネジメントなど、医療・福祉による専門的な支援が必要になります。その結果、認知症のない人と比べ、医療・介護サービスのウエイトは大きくなります。
しかし、医療・介護サービスだけで生活を全面的に支えられるわけではありません。例えば、この高齢者が週1回の頻度で近所の食堂を訪ねている場合、地域包括支援センターの担当者が地域の見守り組織や食堂の経営者に対し、「高齢者は少し認知機能が下がっており、コミュニケーションに難があるかもしれないので、心配なことがあったら連絡して下さい」と伝えるだけで、高齢者の楽しみや習慣が継続されるかもしれません。
同じような点は生活に関係する小売業や交通業、金融業などにも言えます。例えば、スーパーやバス停、駅、銀行の窓口やATMなどで立ち往生している高齢者に対し、従業員が自然に声を掛けてあげることができれば、外出や買い物などを続けられるかもしれません。
要するに、企業サイドが高齢者や認知症の人の暮らしとか、困り事に配慮できるようになれば、企業も重要な地域の資源になり得ます。しかも、従業員の接遇改善や案内・説明方法の工夫、分かりやすい商品やサービスの表示、商品の並べ方など、少しの工夫で対処できる困り事も少なくありません。
このように考えると、地域で暮らす高齢者や認知症の人を支える上で、生活に密着する企業の役割は決して小さくないし、企業が高齢者や認知症の人の困り事に対してビジネスの範囲で貢献できるのであれば、ESGの「S」に通じる部分が大きくなると思います。これは国連のSDGs(持続可能な開発目標)で「住み続けられるまちづくり」が掲げられている点とも符合します。
1 日本福祉大学ウエブサイト(https://www.n-fukushi.ac.jp/hajimete/)を参照。
3――国や自治体・地域の動向
こうした考え方は筆者の思い付きではなく、国や自治体の取り組みにも反映されつつあります。例えば、認知症ケアに関して言うと、政府は2019年6月、認知症施策の方向性を定めた「認知症施策推進大綱」(以下、大綱)で、「認知症の人の多くが、認知症になることで、買い物や移動、趣味活動など地域の様々な場面で、外出や交流の機会を減らしている実態がある」とした上で、「移動、消費、金融手続き、公共施設など、生活のあらゆる場面で、認知症になってからもできる限り住み慣れた地域で普通に暮らし続けていくための障壁を減らしていく『認知症バリアフリー』の取組を推進する」という考え方を示しました2。
さらに、大綱では、認知症に配慮した商品設計や接遇などに配慮する企業が自ら宣言する「認知症バリアフリー宣言」の開始も打ち出され、これに沿って金融業界を中心に18の企業・組織が2022年4月、「認知症バリアフリー」を宣言しました。
その後、金融、小売、住宅、レジャー・生活関連、交通の業界で、認知症の人の特性や接遇時の配慮などを定めた手引も相次いで公表されています。
2 認知症施策推進大綱に関しては、2019年8月13日「認知症大綱で何が変わるのか」を参照。
自治体・地域レベルでも企業との連携を意識する事例が少しずつ増えています。例えば、愛知県豊明市は高齢者の暮らしを支える一つの資源として、民間企業との連携を重視しており、アイシンとタイアップした移動支援の「チョイソコ」というサービスを作り上げました3。
これは乗り合い送迎の形式で主に高齢者の移動を支援するサービス。事業主体であるアイシンが運行システムとオペレーター業務を担っており、会員登録した住民の乗車予約を受け付けると、車の運行を請け負っている地元のタクシー会社に伝達し、利用者は最寄りの停留所で配車を待つ流れです。
その際、利用者は1回200円の料金を支払うほか、停留所を置く自治体や地元企業、医療機関などが協賛金を支出することで、運営資金が賄われています。同様のサービスは既に約50の地域に広がっており、公共交通の衰退や高齢者の免許返納、要介護高齢者の増加などで高齢者の移動支援が大きな課題となる中、市町村や業界関係者の関心を集めています。
さらに、地域包括支援センターを中心に高齢者の暮らしを支える東京都大田区の「みま~も」という取り組みでは、高齢者の見守りネットワークに病院や薬局、介護施設だけでなく、地元の民間企業の協賛も得ています4。
認知症ケアに関しては、独自の条例を定める自治体が少しずつ増えており、ここでも企業との連携が意識されています。認知症に関する条例を制定、または検討しているのは表2の通り、19の自治体に上り、その全ての条例で企業との連携が意識されています。
2022年7月施行される千葉県浦安市の「認知症とともに生きる基本条例」でも移動、金融、小売などの企業(条文は事業者)が認知症の人と家族にとって利用しやすくなるような環境を整備するため、従業者が認知症に関して正しい知識を習得できるような教育機会の確保とか、認知症の人や家族が働きやすい環境の整備や雇用継続の重要性に言及しています。
さらに、企業との連携を意識する動きとして、草津、浦安両市では、従業員が認知症サポーター養成講座を受講した企業などの認証制度も独自に創設しています。
このほか、福岡県大牟田市と鹿児島県姶良市では、ヤマト運輸などと連携し、配送の一部を認知症の人に担ってもらう取り組みが展開されています5。
東京都町田市では市と民間企業が連携することで、認知症の人の外出機会確保に向けた取り組みが実施されているほか、デイサービス事業所がカーディーラの洗車作業などを有償で請け負うことで、認知症の人の就労と社会参加の機会を作っています6。認知症の人が使いやすいサービスの充実を目指す官民協議会として、2019年6月に発足した京都府の「認知症にやさしい異業種連携協議会」、2021年6月に始動した福岡市の「認知症フレンドリーシティ・プロジェクト」などの動きもあります。
3 チョイソコに関しては、ウエブサイト(https://www.choisoko.jp/)に加えて、2022年2月にニッセイ基礎研究所のウエブサイトに掲載された座談会「AIオンデマンド乗合タクシーの成功の秘訣」(全3回、リンク先は第1回)、2020年10月9日開催の「基礎研シンポ」を参照。
4 「みま~も」に関しては、おおた高齢者見守りネットワーク編(2013)「地域包括ケアに欠かせない多彩な資源が織りなす地域ネットワークづくり」ライフ出版社を参照。
5 ヤマト運輸と自治体の連携に関しては、2019年6月20日『西日本新聞』を参照。
6 町田市における取り組みに関しては、2019年4月11日『東京新聞』、同6日『東京新聞』のほか、前田隆行(2021)「認知症のある人の仲間づくり、役割づくりが社会を変える」矢吹知之ほか編著『認知症とともにあたりまえに生きていく』中央法規出版を参照。
4――自治体、企業の現状
実際、国の委託調査9によると、認知症に関して地域との連携に取り組んでいないと答えた企業は62.6%に及んでいます。さらに、官民連携に関する取り組みについても、関係機関との情報共有などにとどまっており、課題を尋ねる問いに対しては、「認知症に関して他の事業者や自治体担当者と情報共有する場がない」(36.3%)、「自社に連携を推進する担当者を置く人的余裕がない」(28.6%)、「誰に相談してよいかわからない」(27.5%)、「連携をすすめたいが、地域の資源がわからない」(19.8%)といった答えが寄せられています。
7 日本医療政策機構(2021)「住民主体の認知症政策を実現する認知症条例へ向けて」報告書を参照。この時点で認知症条例を制定したのは11 自治体だった。2021年4月28日拙稿「自治体の認知症条例に何を期待できるか」も参照。
8 浦安市の認知症条例の制定プロセスは下記を参照。https://www.city.urayasu.lg.jp/fukushi/koureisha/anshin/1016228/1033579.html
9 日本規格協会(2021)「認知症に関する企業等の『認知症バリアフリー宣言(仮称)』及び認証制度の在り方等に関する調査研究報告書」(老人保健健康増進等事業)。有効回答は182社、複数回答可。
(2022年07月01日「研究員の眼」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
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