コラム
2021年11月17日

医療提供体制に対する「国の関与」が困難な2つの要因(下)-分権的な制度における司令塔機能などを考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3――制度改正の方向性

1|短期的に「国の関与」をどう強化するか
では、「国の関与」を強化する上で、どういった制度改正が必要になるでしょうか。短期的には都道府県を中心とする対策に注力する一方、今夏の「第5波」のような医療逼迫の場面では、国や関係法人が管理する病院(例:国立病院機構、国立大学病院、地域医療機能推進機構)に対し、国が病床確保を指示するような施策は有り得ると思います。この点では(中)でも述べた通り、2021年10月、厚生労働省が国立病院機構と地域医療機能推進機構に対し、それぞれの根拠法に基づいて病床確保を初めて要求しましたが、もっと早く手を打っても良かったと思います。

さらに医療機関の受け入れ状況とか、専門人材、医療機器の状況などについて、国が都道府県を介して情報を収集した上で、可視化することも重要になると思います。この点で言うと、政府が11月12日に決定した「次の感染拡大に向けた安心確保のための取組の全体像」で言及した病床の可視化は重要な取り組みと考えられます。
2|司令塔機能を巡る議論
一方、中長期的な「国の関与」の強化策として、以前から司令塔機能の議論が取り沙汰されています。例えば、厚生労働省の若手・中堅職員や有識者などで構成した会議が2015年6月に公表した報告書「保健医療2035」では、感染症対策に関するグローバルな貢献だけでなく、平時には公衆衛生の司令塔としての機能を持つ「健康危機管理・疾病対策センター(仮称)」の設置に言及しました。2020年7月に公表された自民党の行政改革推進本部報告でも、司令塔となる組織の創設が盛り込まれた。

その後、首相に就いた岸田文雄氏も今年9月の自民党総裁選公約で、▽公衆衛生上の危機発生時に、国・地方を通じた強い司令塔機能を有する「健康危機管理庁(仮称)」の創設、▽臨床医療、疫学調査、基礎研究を一体的に取り扱う「健康危機管理機構(仮称)」の創設――を提言していたのも同じ流れですし、この点は主要政党の衆院選公約を見ても、大差は見られません。いずれもアメリカのCDC(疾病予防管理センター)を意識した提言となっています。

ただ、「司令塔」機能のイメージが論者によって異なる印象を受けます。例えば、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会長の尾身茂氏は今回の教訓の一つとして、「(筆者注:非常時という)ボタンが押されれば、すぐにそうした専門家集団が集まって、政府あるいは総理に助言するという仕組みを(略)作るべき」8と述べており、司令塔の研究者が科学的な知見を首相に助言する機能に期待している様子です。さらに、複数の省庁で縦割りになっている感染症対策を総合化する視点とか、時に利害が対立した国と都道府県の意見調整9に関して司令塔が必要という指摘を耳にします。

つまり、「司令塔(機能)」という言葉自体に様々な意味や機能が込められており、もう少し整理する必要があると思います。もちろん、それぞれ全て重要な論点ですし、中でも科学者の意見を政府に反映する「科学と政治の関係」は大変重要なテーマですが、今回は分権的な制度を主な論点としているため、国の役割とか、国と自治体の関係について論じたいと思います。
 
8 2021年9月9日、菅義偉首相記者会見における尾身氏の発言。
9 例えば、第1波の「緊急事態宣言」に際しては、対象業種の線引きなどを巡って国と東京都の意見が対立した。新型コロナウイルス対応に関する国と地方の対立については、日本経済新聞社政治担当論説委員編(2021)『コロナ戦記』日本経済新聞出版、片山善博(2020)『知事の真贋』文春新書、アジア・パシフィック・イニシアティブ編(2020)『新型コロナ対応・民間臨時調査会調査・検証報告書』ディスカヴァー・トゥエンティワンなどに詳しい。
3|司令塔をどうするか
まず、厚生労働省の出先機関が主力になり得ない経路依存的な限界を考慮すると、今回の新型コロナウイルスへの対応で経験値を積み重ねた部分から制度化して行く方法が考えられると思います。例えば、感染が深刻な地域に対するテコ入れ策として、厚生労働省や全国知事会、日本看護協会などが音頭を取る形で看護師、保健師が派遣されたほか、国からも自衛隊が送り込まれました。こうした対応を円滑に進めるため、国が有事に備えて官民の専門人材をプールし、必要に応じて人員を派遣するのは一案と思います。

このほか、患者の広域調整も考えられるかもしれません。今回の新型コロナウイルスへの対応では、大阪府や兵庫県の軽症患者を近隣県で受け入れる協力体制が取られました。こうした調整を国主導で制度化し、事前にルールを決めておくことは重要と思います。

司令塔機能を考える上では、災害対策との対比も役立ちそうです。2001年の省庁再編では、総合調整機能にとどまっていた国土庁(現国土交通省)の防災部門が内閣府に移管されたことで、首相のリーダーシップが振るいやすい環境になり、南海トラフ地震や首都直下地震、富士山噴火などの防災対策が省庁横断的に進みました。さらに災害時の対応に関しても、政府内で防災訓練を定期的に実施するとともに、関係省庁が連携して応援人員の確保、支援物資の手配などを進められる経験値が政府内に蓄積されつつあります。このため、新興感染症への対応策に関しても、内閣官房や内閣府に同様の組織を設置する方策が考えられると思います。

ただ、地震や水害が起きた時には、国土交通省の地方整備局などが現場で対応に当たることが多いのに対し、厚生労働省は直轄で手足となる部署を有していないため、現時点では新興感染症について、災害対策と同じ対応を期待しにくいと思います。実際、大規模感染が起きた豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス号」への対応では、厚生労働省の政務三役が自らの人脈で専門家派遣を要請しました10

そこで、司令塔となる組織の機能としては、官民の専門人材とか、対応可能な医療機関、医療機材の備蓄などを事前に把握した上で、有事の際には人材派遣や広域調整などの方法を通じて、都道府県を支援することが考えられると思います。その際には、ダイヤモンド・プリンセス号への対応などで活躍した厚生労働省が所管する「災害派遣医療チーム(DMAT)」に加えて、国土交通省の「緊急災害派遣隊」(TEC-FORCE)など他省庁による組織の運用も参考になるかもしれません。

中でも、重要なのは情報の集約と思います。有事に対応できる病床、専門人材、機材などの情報をデジタル化した上で、感染症対策を現場で司る都道府県や保健所から情報を集約したり、逆に国から現場に情報を共有したりする役割が求められると思います。19世紀イギリスの思想家、ジョン・スチュワート・ミルは「情報の集中、権力の分散」という格言を残している11のですが、司令塔機能を考える上での有益な視座になると考えています。
 
10 ダイヤモンド・プリンセス号への対応では、現場に入った当時の厚生労働省副大臣による橋本岳(2021)『新型コロナウイルス感染症と対峙したダイヤモンド・プリンセス号の四週間』日本公衆衛生協会を参照。
11 John Stuart Mill(1861)“Considerations on Representative Government”[水田洋訳(1997)『代議制統治論』岩波文庫)pp369-370]では「権力は地方に分散されていいが、知識はもっとも有益であるため、集中されなければならない」と記されている。
4|有事と平時の両立
中長期的な視点として、有事と平時の両立という問題があります。具体的には、有事に備えて「国の関与」を強化しても、平時には分権化の方向性が求められている点を意識する必要があります。

実際の問題として、両者の仕組みが違い過ぎると、有事に備えるための人員・予算を確保するコストが必要以上に掛かってしまう可能性がありますし、現場が機能しない危険性があります。このため、平時の改革は都道府県に担ってもらう一方、有事の際には国の司令塔が都道府県をバックアップするような責任関係が必要になると思われます。この点については、今回の対応の教訓として、「感染症対応への権限と責任を明確化」を挙げる意見と符合しています12。その際には平時モードから有事モードに切り替える際の判断基準なども一定程度、事前に示す必要もあると思います。

有事と平時の両立という点では、都道府県が策定する医療計画、あるいは医療提供体制改革で重視されている地域医療構想との整合性を取る必要もあります13。中でも、医療計画の一部として2017年3月までに策定された地域医療構想では、病床再編や医療機関のネットワーク化などを目指しており、これと整合性を取る上では、片方で病床のスリム化を進めつつ、もう一方で感染症対応が可能となる病床・人員を確保する対応が必要となります。

このため、医療計画(地域医療構想を含む)の推進主体である都道府県としては、有事と平時の両立を普段から意識する必要があります14。実際、政府は今年の通常国会で医療法を改正し、都道府県が策定する医療計画に新興感染症を位置付けることにしました。このため、都道府県は2024年度にスタートする次期計画策定に向けて対応が求められます。その際には都道府県に「丸投げ」するのではなく、国としても必要なデータの提供に加えて、引き上げられた消費税収を充当している「地域医療介護総合確保基金」などを通じた財政支援も検討する必要があると思います。

なお、地域医療構想と新型コロナウイルス対応を比較すると、前者は病床削減の要素を持つ一方、後者は病床を確保する必要があり、「地域医療構想を止めるべきだ」という意見が一部にあります。しかし、将来的な人口減少を踏まえると、病床はスリム化する必要があります。

さらに、両者には相違点だけでなく、共通点もあります。例えば、地域医療構想では急性期病床で入院した患者が治癒した後、リハビリテーションなどに力点を置く回復期病床に転院させ、さらに自宅を中心とした在宅医療までカバーする医療機関のネットワーク化が意識されています。

これに対し、新型コロナウイルスへの対応でも、治癒した重症患者を中等症、軽症者の病棟に移す転院調整が焦点となっており、両者には共通点があります。確かに地域医療構想の病床推計には感染症対応を意識していないため、前提が覆った面はありますが、平時モードの改革を進めることが有事に備えることにも繋がる面があり、「地域医療構想を全てストップする必要はない」と考えています。

むしろ、医療機関の役割分担に向けて、都道府県が音頭を取るような形で、医療機関同士の連携を強化する対応が必要になります。その際には(中)でも述べた通り、都道府県と医療機関が対等な関係で結ぶ契約制度を活用することで、感染症への対応に関する予見可能性を高めつつ、民間医療機関の公共性を高める方法が考えられるのではないでしょうか。

さらに言うと、医療機関同士の連携を促す「医療情報連携ネットワーク(EHR)」などデジタル技術の活用に加えて、「連携以上、統合未満」の形で連携する「地域医療連携推進法人」などの枠組みを活用することで、地域全体でネットワークを確立して行く方法もあり得ると思います。
 
12 砂原庸介(2020)「中央政府と地方自治体」アジア・パシフィック・イニシアティブ編『新型コロナ対応・民間臨時調査会調査・検証報告書』ディスカヴァー・トゥエンティワンp371。
13 この点は別の原稿でも考察した。2021年10月26日「世界一の『病床大国』でなぜ医療が逼迫するのか」を参照。
14 ここでは詳述しないが、保健所を所管する政令市、中核市、東京特別区と、都道府県の関係も整理する必要がある。
5|通知依存の見直しを
数多く発出(乱発?!)されている通知の整理も必要と考えられます。現時点では、厚生労働省が自治体に多くを頼らざるを得ないにしても、通知に頼り過ぎるのも問題が多いと思います。

そこで、例えば国一律で実施しなければならない施策は法律、政令、省令に位置付けることで、自治体を拘束する必要もあると思います。さらに先に触れた通り、法定受託事務に関する通知は一定の拘束性を有するため、この旨を自治体に明示した上で、地域の実情に応じて判断しても良い方針を追記すれば、ある程度は国の考え方や責任が分かりやすくなると思います。それと同時に、国の基準と異なる判断を下した場合、議会や住民に対する自治体の説明責任も問われます。

4――おわりに

これで医療提供体制に対する「国の関与」をキーワードにしたコラムの連載を終えたいと思います。(上)では制度改正を考える上の視座として、過去の経緯に引っ張られる点を踏まえる経路依存性とか、現場を機能させる「作動学」という考え方を論じました。その上で、(中)では民間中心の提供体制が「国の関与」を強化する上での阻害要因になる点を指摘し、民間医療機関の公共性を担保する方法として契約制度の導入を提案しました。さらに、今回の(下)では「国の関与」を強化する際に障害となる分権的な制度の経緯や構造を論じました。特に、厚生労働省が伝統的に自治体を介して事務を処理して来た以上、短兵急に「国の関与」を強化することは難しいと言わざるを得ません。

一方、関係者が口を揃えて指摘している通り、有事の司令塔機能は必要であり、災害対策に範を求める制度設計が必要と思います。今後、政府や国会で司令塔機能が議論されると思いますが、単なる組織いじりに終わらせず、現場が機能(作動)するような制度改正を目指して欲しいと思います。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2021年11月17日「研究員の眼」)

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