2021年09月09日

米国経済の見通し-個人消費主導で堅調な景気回復の持続を予想も、デルタ株感染拡大の影響を注視

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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(図表14)「米国雇用計画」および超党派インフラ法案の比較 (政府支出、債務残高)バイデン政権が目指す成長戦略は経済の上振れ要因
バイデン政権は成長戦略としてインフラ投資や介護の拡充などを盛り込んだ2.6兆ドル規模の「米国雇用計画」、子育て支援などを盛り込んだ1.8兆ドル規模の「米国家族計画」の実現を目指している。「米国雇用計画」については、上院の超党派議員が研究開発や製造業支援、在宅介護などの分野を外し、インフラの規模を絞った5,480億ドル規模のインフラ投資案(「インフラ投資と雇用法」)を策定し、8月11日に上院で可決された(図表14)。下院でも9月27日までに可決する見通しとなっている。

一方、民主党は「インフラ投資と雇用法」で除外された研究開発、製造業支援や気候変動対策などに加え、「米国家族計画」の内容を盛り込んだ総額3.5兆ドル規模の投資計画の実現を目指している。民主党は財政調整措置3を活用して民主党単独で実現するために、これらの投資計画を盛り込んだ予算決議を8月10日上院で可決した後、8月24日に下院で可決した。このため、民主党は成長戦略を単独で実現するための一歩を踏み出した。
(図表15)成長戦略のGDP押上げ効果 仮に、バイデン政権の計画通りにこれらの成長戦略が実現した場合、経済効果は大きい。IMFは、「米国雇用計画」と「米国家族計画」が実現した場合のGDP押上げ効果を22年が1.4%となるほか、22年から24年に累積で5.3%と試算4している(図表15)。このため、成長戦略が実現する場合には米経済に大幅な上振れ要因となろう。

もっとも、予算決議では合意できたものの、民主党内では上院議員のマンチン氏やシネマ氏など財政規模や財源として富裕層や企業に増税することに反対する議員もおり、バイデン政権が目指す計画通りに成長戦略が実現するか予断を許さない状況となっており、今後の議論で財政規模の縮小や財源の見直しなどは不可避だろう。なお、実現できる成長戦略が依然不透明なこともあって、当研究所では経済見通しに未だこれらの成長戦略の実現を反映していない。

一方、米国では7月末の期限までに法定債務上限の引き上げで合意できなかったことから、8月1日から28.4兆ドルで法定債務上限が復活した。財務省は連邦職員退職制度が米国債で運用する基金に対する再投資の延期などにより、連邦政府債務残高が法定上限に抵触しないようにオペレーションを開始した。イエレン財務長官は10月中に政府の資金が枯渇するとしており、議会はそれまでに債務上限の引き上げか債務上限の不適用を決定する必要がある。野党共和党は民主党が単独で巨額の成長戦略を実現しようとする中で債務上限の引き上げで民主党に協力することに消極的となっているため、議会の債務上限に対する対応は非常に不透明になっている。
 
3 「財政調整法」に基づく審議手法で審議時間が20時間に制限され、上院での法案は単独過半数で可決することを可能とする。一方、財政調整措置を使うためには財政調整指示を含む予算決議を成立させる必要がある。
4 https://www.imf.org/en/News/Articles/2021/07/01/na070121-boosting-the-economy-the-impact-of-us-government-spending-plans
(貿易)海外経済の回復から外需の成長率寄与度はプラス転換へ
実質GDPにおける外需の成長率寄与度は21年4-6月期に4期連続のマイナス寄与となった。輸出入の内訳をみると輸出が前期比年率+6.6%(前期:▲2.9%)となったほか、輸入が+6.7%(前期:+9.3%)となっており、当期は輸入の増加が輸出を上回ったことが貿易赤字を拡大させた。

一方、先日発表された21年8月の貿易収支(3ヵ月移動平均)は季節調整済で▲706億ドル(前月:▲695億ドル)の赤字となり、前月から赤字幅が▲11億ドル拡大した(図表16)。輸出入別では、輸出が+20億ドル増加した一方、輸入の増加幅が+31億ドルと輸出を上回ったことが貿易赤字の拡大の要因となっている。このため、7月以降も堅調な国内需要を背景に外需の成長率寄与度はマイナスが続いているとみられる。

もっとも、IMFの見通しに基づく米国の輸出相手国上位10ヵ国の平均成長率をみると、20年は相対的に米国のマイナス成長が小幅に留まった一方、21年と22年は輸出相手国の成長率が当研究所の米国成長率見通しを小幅ながら上回るとみられる(図表17)。このため、純輸出の成長率寄与度は今後プラス寄与に転換することが見込まれる。
(図表16)貿易収支(財・サービス)/(図表17)米国の輸出相手国の成長率と外需の成長率寄与度
一方、外需に影響を与えるバイデン大統領の通商政策については、同大統領は対中政策で同盟国を巻き込む国際協調路線をとる方針を示しているものの、当面対中関税を維持するなど、トランプ政権の強硬な対中政策路線の継続を示唆している。

また、米国が将来的にCPTPPに復帰する可能性はあるものの、お膝元の民主党議員や世論の反発が予想されるため、短期的な復帰は困難だろう。いずれにせよ、バイデン政権は当面内政を重視する姿勢を明確にしており、通商政策の優先順位は低いため、通商政策が大幅に変更される可能性は低いだろう。

3.物価・金融 政策・長期金利の動向

3.物価・金融 政策・長期金利の動向

(物価)インフレは当面高水準もピークアウトした可能性
消費者物価の総合指数(前年同月比)は、21年7月が2ヵ月連続で前年同月比+5.4%と08年7月以来の水準となった(図表18)。また、物価の基調を示す食料品とエネルギーを除いたコア指数は+4.3%と、91年11月以来の水準となった+4.5%からは小幅ながら5ヵ月ぶりに低下し、上昇が一服となった。

8月の中身をみると、エネルギー価格が前年同月比+23.8%と2桁の伸びとなっているものの、21年5月の+28.5%から2ヵ月連続で低下した。また、中古自動車価格が+41.7%(前月:+45.2%)、航空運賃が+19.0%(前月:+24.6%)と依然として高い伸びを示しているものの、前月から低下した。このように、これまで物価上昇を牽引してきた一部項目では伸びが鈍化してきており、今般の急激な消費者物価の上昇はピークアウトした可能性がある。

一方、家計や専門家によるインフレ予想は、家計の短期予想は足元で前年比+4.6%(前月:+4.7%)と前月から低下したものの、11年4月以来の高水準となっているものの、経済専門家の今後5年間、10年間の期待インフレ率は足元の急激なインフレ上昇にも関わらず概ねFRBの物価目標(2%)に沿う水準で安定しており、中長期のインフレ予想からはインフレが持続的に加速する兆候はみられない(図表19)。
(図表18)消費者物価指数(前年同月比)と原油価格/(図表19)家計、専門家のインフレ率予想
このため、インフレは当面高い水準が継続するものの、今般のインフレ上昇は既にピークアウトした可能性が高いとみられる。当研究所は消費者物価の総合指数は21年が前年比+4.2%と、20年の+1.2%から大幅に上昇した後、22年は+2.6%に低下することを予想する。
(金融政策)21年12月のテーパリング開始、23年9月の政策金利の引き上げを予想
FRBは、新型コロナによる米国経済、資本市場への影響を軽減すべく、20年3月以降、実質ゼロ金利政策、量的緩和政策など異例の金融緩和政策を実施してきた。
(図表20)政策金利およびPCE価格指数 FRBは量的緩和政策の債券購入額の引き下げ(テーパリング)開始条件として、雇用の最大化と物価安定に向けて一段と顕著な進展が必要としている。FRBが物価指標としているPCE価格指数は、総合指数、コア指数ともに21年3月以降は物価目標である2%を超える状況が続いているほか、21年7月は総合指数が前年同月比+4.2%、コア指数が+3.6%と目標水準を大幅に超過している(図表20)。

また、雇用についても6月の雇用増加数が90万人超となったことを受けて、7月のFOMC後の声明文ではテーパリング開始条件の達成に向けた進展がみられたことが示された。

さらに、8月上旬に発表された7月の雇用統計は6月に続き、労働市場の順調な回復を示す結果となったため、パウエル議長をはじめ複数のFRB関係者からテーパリングの年内開始の方針示された。このため、テーパリングの年内開始の可能性が一気に高まった。テーパリングを年内に開始するためには9月か11月のFOMC会合でテーパリング開始を決定する必要がある。仮に、8月の雇用統計が好調であったならば、9月会合で決定の可能性もあったが、実際には雇用増加ペースが大幅に鈍化したことから、9月会合での決定は見送り、11月会合で決定される可能性が高まった。

一方、FRBは政策金利の引き上げ開始の条件として、労働市場の状況が雇用の最大化との評価に一致し、インフレ率が2%に上昇して、しばらくの間2%をやや上回るとしている。このうち、インフレについては21年6月時点のFOMC参加者のインフレ見通しで21年末に+3.4%となった後、23年末の+2.2%まで2%を上回ると予想されており、既に利上げの条件を達成している可能性が高い。もっとも、労働市場については足元の失業率が5.2%と新型コロナ流行前の3.5%を大幅に上回っている。FOMC参加者の失業率見通しは23年末に3.5%まで低下することが予想されており、政策金利引き上げの条件を達成するのは23年以降とみられる。これは、FOMC参加者の政策金利見通しで23年に利上げ開始を予想していることと整合している。

このため、当研究所はテーパリングの開始時期を20年12月、政策金利の引き上げ開始時期を23年9月と予想する。もっとも、足元のインフレ上昇が期待インフレ率の継続的な上昇に繋がる場合にはFRBは早期の利上げに追い込まれよう。
(図表21)米国金利見通し (長期金利)21年末1.6%、22年末2.0%を予想
長期金利(10年金利)は米国の追加経済対策に伴い景気回復期待が高まったほか、インフレ懸念が高まったことから、21年5月には一時1.7%近辺まで上昇した(図表21)。もっとも、その後は早期利上げ観測後退や、デルタ株の感染拡大などから8月上旬に1.2%割れまで低下した。足元はテーパリングの年内開始観測が強まる中で1.3%台で推移している。

当研究所は、インフレ率が当面高止まりするほか、景気回復の持続や、テーパリング開始に伴う米国債需給の悪化から、長期金利は21年末に1.6%、22年末に2.0%への上昇を予想する。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2021年09月09日「Weekly エコノミスト・レター」)

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