2021年08月12日

提案されたEUのデジタルサービス法案-Digital Services Act

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

2020年12月15日に欧州委員会は、オンラインプラットフォーム事業に係る包括的な規制として、デジタルサービス法案(Digital Services Act)とデジタル市場法案(Digital Market Act)の2つの規則案を公表した。前回の基礎研レポートではデジタル市場法案を解説(「提案されたEUのデジタル市場法案-Digital Market Act」)したので、今回はもう一つの法案であるデジタルサービス法案(以下、単にDSAという)を解説したい。この二つを簡略に言えば、DMAは、オンラインプラットフォームという市場において、競争を維持・促進するためのものである一方、DSAは、オンラインプラットフォーム上の違法コンテンツ(情報や商品、サービスなど)への対応を定めるものである。

前回レポートでも触れたDMAと同様、現在検討されているのは、欧州加盟国に立法を求める指針(Directive)ではなくて、加盟各国内で直接法的効力を有する規則(Regulation)としてのルールである。DSA(第3条~第5条部分)の前身にあたるe-Commerce Directiveが指針であったのを、規則に格上げするものでもある。

今回も欧州委員会によって公表されたDSAの提案書をベースに検討を行う1
 
1 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52020PC0825&from=EN 参照。Proposal for a Regulation of the European Parliament and of the Council on a Single Market For Digital Services(Digital Services Act) and amending Directive 2000/31/EC

2――DSAの立法目的・概要(前文及び第1章)

2――DSAの立法目的・概要(前文及び第1章)

1|DSAの立法目的
提案書に従いながらDSAの提案理由を抜き出してみたい。まず、提案書では、情報社会サービス、特に仲介サービスが、欧州経済と人々の生活の重要部分になってきたという認識が示される。ここで情報社会サービスとは、DSAは「通常は報酬を条件として、離れた場所から (at a distance)、電子的な手段を通じて(by electronic means)、サービスの受け手(recipients of service、コンテンツを送信(あるいはアップロード)する人と受信するとの両方が含まれる)の個別リクエストに対して提供される (at the individual request of a recipient of services)サービス」のことと定義されている(第2条(a)、図表1)2
【図表1】情報社会サービス
DSAにいう仲介サービスとは情報・サービスを仲介するサービスのことを言う。DSAは三つに分けているが、その詳細は後述する。

そして、情報社会サービスに基づく新しく革新的なビジネスモデルは、ビジネスユーザーと消費者に対して情報を提供し、新たな方法による日々の取引を可能にした。しかしデジタル移行とこれらのサービスの利用増加は個別の利用者と社会全体に対して新たなリスクと課題を生じさせることとなった(提案書の前文(1))。

DSAの目的としては、安全で予測可能かつ信頼できるオンライン環境を確保すること、および欧州及び他の市民の表現の自由、営業の自由および差別からの自由などの欧州憲章の基本的権利の行使を許容することとされている。このために仲介サービス提供者の責任ある誠実な行為が不可欠であるとする(提案書の前文(3))。

そして、域内市場機能の安全確保と改善のために、EUレベルで統一された効果的、かつ比例的な義務的なルール群を策定することが必要だとする(提案の前文(4))。

ところで、DSAが安全で予測可能かつ信頼すべきオンライン環境構築のために、対処すべきとされるものは「違法コンテンツ」(illegal content)である。違法コンテンツは、違法なコンテンツ・製品・サービス・行為にかかわる情報を広くカバーするものである。提案書が例示するのは、それ自体が違法な情報、たとえば違法なヘイトスピーチ、テロ扇動情報、不法な差別的言動があり、またそれが違法な行為となるもの、たとえば児童虐待画像の共有、同意のないプライベート画像の共有、オンラインストーキング、規則違反または偽造製品の販売、著作権で守られた素材の無断使用、消費者保護法違反となる販売行為を含む(提案書の前文(12))。
 
2 (EU)2015/1535第1条(1)(b)を引用
2|DSAの概要
DSAの内容は、第1条第1項を解説することでおおむね概観することができる。同項は、DSAが域内市場の仲介サービスの提供に関しての調和のとれたルールを定めるものであるとし、特に

(a)仲介サービス提供者の責任の条件付き免除の枠組みを定め、
(b)仲介サービス提供者の特定のカテゴリーごとに設定された誠実義務(due diligence)のルールを定め、さらに
(c)DSAの導入と執行に関するルール、特に管轄当局の協調と連携について定めるものである。

ここで、責任免除とあるが、これは上述した違法コンテンツを仲介することにより生ずる責任である。DSA第2条(g)では、違法コンテンツとは、どのような情報であっても、それ自体、あるいは特定の行動(製品の販売あるいはサービスの提供)に関するもの(reference to)として、欧州法あるいは加盟国の法律を遵守していないもの(正確な対象や法律の性格を問わず)を意味するとしている。

仲介サービス提供者における違法コンテンツ仲介の責任は、条件付きで免除する一方で、誠実義務を果たさなければならないとする枠組み、そしてそれを監督する枠組みを構築するものがDSAだということができる。

3――DSAの規制対象(第2章)

3――DSAの規制対象(第2章)

1|仲介サービス提供者の定義
仲介サービス提供者の定義であるが、提供する仲介サービスには三つのものが含まれる(第2条(f))。一つ目は「単なる導管」(mere conduit)サービスである。コミュニケーション情報ネットワークの中で、サービスの受け手から提供されたものの送信あるいはコミュニケーションネットワークへのアクセスの提供を行うものである。単なる導管には伝達された情報は残らない(図表2)。
【図表2】単なる導管(情報Aの伝達)
二つ目が「一時保管(キャッシュ)」(caching)サービスである。これはコミュニケーション情報ネットワークの中で、サービスの受け手から提供されたものの送信を行うもののうち、情報の伝達をより効果的に行うことだけを目的として自動的、即時的、一時的に情報を保管するものを指す。一時保管(キャッシュ)は、キャッシュと呼ばれるデータを一時保管するメモリーに一時的に保管するが、ログアウトするなどにより情報は削除されることとなる(図表3)。
【図表3】キャッシュサービス(情報Aの伝達(一時保存含む))
三つめが、「ホスティング」(hosting)サービスである。これはサービスの受け手から提供され、要求された情報の格納(storage)を行うものである(図表4)。
【図表4】ホスティングサービス(情報Aの格納)
なお、ホスティングサービス提供者のうち、サービスの受け手からの要求により保管し、かつ一般情報として広く公開する提供者(ホスティングサービスが付随的にとどまるなど一定の要件に該当するものを除く)はオンラインプラットフォームと定義されている(第2条(g))YouTubeやFacebookなどは最後のオンラインプラットフォームに該当する可能性があると思われる。
2|仲介サービス提供者の責任の免除
DSAの主要な目的の一つが仲介サービス提供者の責任免除である。上記で述べた3種のサービスの相違により、免責とされる条件が異なる。一つ目の単なる導管サービスの提供者については、提供者が(1)送信を開始しない、(2)送信先を選択しない、および(3)送信に含まれる情報について選択あるいは修正しないときには責任を負わない(第3条第1項)。

二つ目の一時保管(キャッシュ)サービスの提供者については、提供者が(1)情報を修正しない、(2)情報のアクセス条件を遵守している、(3)業界で広く理解されている方法により情報のアップデートのルールを遵守している、(4)業界で広く理解されている方法により、情報の利用についてデータを得るための技術の合法的な利用を阻害するものでない、および(5)送信されたソースとなった情報がネットワークから削除されたか、アクセスが遮断されたという事実、または裁判所や行政が削除やアクセスを遮断するように命じたという事実を実際に提供者が知ったときに、迅速に情報を削除するか、アクセスを遮断するように行動したという条件の下で、免責を受けることができる(第4条第1項)。

三つ目のホスティングサービスについては、提供者が(1)違法活動や違法コンテンツについて実際に知らなかったとき、および損害賠償請求については違法行為や違法コンテンツが事実や状況から明らかに認識できなかったとき、あるいは(2)実際にそのことを知ったか気が付いたときに、迅速に違法コンテンツを削除するか、アクセスを遮断したときには、提供者は責任を負わない(第5条第1項)。
3|仲介サービス提供者の基本的な義務
仲介サービス提供者は、違法コンテンツを検知し、特定し、削除し、およびアクセスを遮断すること、あるいはDSA等の法律遵守のための必要な措置を取ることを目的として自発的な調査を行わなかったという理由のみで、上記2|で述べた免責規定の適用がないとされてはならない(DSA第6条)。

また、仲介サービス提供者は、送信・蓄積する情報を監視(monitor)し、あるいは違法行為を示す状況や事実を積極的に探査する(seek)する一般的な義務を負わない(DSA第7条)。このように仲介サービス提供者に何も情報がないときに、積極的に調査する義務を負わないことが明記されている。

他方、管轄権を有する司法、行政当局から特定の違法コンテンツへの対処命令を受領したときは、当該管轄当局に、不合理な遅滞なく、どのような行動をいつとったかについて報告をしなければならない(DSA第8条)。

また、仲介サービス提供者は、管轄権を有する司法、行政当局から特定のサービスの受け手についての情報提供命令を受領したときは、不合理な遅滞なく、管轄当局へ命令を受領したことと、命令の効果について情報提供を行う(DSA第9条)。ここで命令の効果といっているのは、たとえば違法コンテンツが送信され、送信者を特定・通知せよとの命令だったとしても、単なる導管や一時保管(キャッシュ)サービスの提供者では、発信者の特定まではできないであろうし、また、ホスティングサービスにおいても、たとえばIPアドレス(=ネット上の住所に該当するもの)しか知りえないことがあるからと推測される。

4――透明で安全なオンライン環境のための誠実義務

4――透明で安全なオンライン環境のための誠実義務(第3章)

1|すべての仲介サービス提供者に関する規定
全ての仲介サービス提供者に適用される規定は以下の通りである。

仲介サービス提供者は、加盟国の管轄当局、欧州委員会、デジタルサービス欧州会議(European Board of Digital Services、DSA第47条で設立される。後述)が電子的手段を通じて直接連絡が取れる単一の窓口を設置すべきものとされる(DSA第10条)。

仲介サービス提供者が域内にサービスを提供するが、域内に施設(establishment)を有さないときには、サービスを提供している加盟国のひとつに、法的代理人を指名するものとする(DSA第11条)。第10条で定めるものは連絡窓口である一方、第11条は管轄当局が法的手続きを進めるときの送達先となるものである。

仲介サービス提供者は、サービス利用条項の中に、サービスの受け手により提供されるコンテンツについて、仲介サービスの利用にあたって利用者に課す条件についての情報を含めるものとする(DSA第12条)。この条件についての情報には、アルゴリズムによる決定や人の評定によるコンテンツの修正(moderation)のために利用される、方針、手続、手段およびツールについての情報を含む。ここでコンテンツの修正とは、仲介サービス提供者により実施される行為で、サービスの受け手から提供された違法コンテンツや利用条件違反のコンテンツを調査、特定、対処することをいう。対処とは、違法コンテンツ等の利用、視認性、アクセス可能に影響を及ぼすこと(コンテンツの表示順位の引き下げ、コンテンツ削除やアクセス遮断など)である(DSA第2条(o))。

また、仲介サービス提供者は、少なくとも年一回、明確かつ簡潔で包括的であって詳細な、該当期間中に実施したコンテンツの修正に関する報告書を発行するものとする(DSA第13条)。
2|ホスティングサービス提供者に関する追加規定
次に、ホスティングサービス(オンラインプラットフォーム含む)提供者についての追加規定である。ホスティングサービス提供者は、個人または団体が違法であると考える特定のコンテンツについて、ホスティングサービス上に掲載されていることについて、個人または団体が提供者に通知する仕組みを導入するものとする(DSA第14条)。

この仕組みは誠実な運営者(diligent economic operator)がコンテンツの違法性が特定できるための基礎となるような、十分に正確で十分に裏付けのある通知となることを促進するものである必要がある。特に(a)個人または団体がなぜその情報が違法コンテンツであると考えたかの理由の説明、(b)違法コンテンツの電子的な所在、正確なURLや追加情報など、(c)通知を行った個人や団体の名前と電子メールのアドレス、(d)個人または団体が提出した通知に含まれる情報や主張が正確で完全であることを誠実に信じている旨の確認文言があること、といった要素が含まれるようにすべきである(DSA第14条第2項)。このような要素を満たしている通知の到達により、DSA第5条において、ホスティングサービス提供者が違法コンテンツについて実際に知ったという要件を満たすことになる(DSA第14条第3項)。

第14条が違法コンテンツの削除やアクセス遮断を求める個人や団体に対する規定である一方、次の第15条は違法コンテンツをアップロードしたサービスの受け手(投稿者)に関するものである。すなわち、ホスティングサービス提供者が、サービスの受け手から投稿された特定のコンテンツを削除あるいはアクセス遮断するにあたっては、削除あるいはアクセス遮断よりも前に、削除等を決定したことと、決定に至った明白かつ特定された理由について、サービスの受け手(投稿者)に通知しなければならない(DSA第15条)。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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【提案されたEUのデジタルサービス法案-Digital Services Act】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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