2021年03月04日

「こち亀の両さん」は老人なのか-新しいシニアマーケティング・世代間マーケティングを考える

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――両津勘吉69歳

タイトル通り、本レポートの目的は「両津勘吉(通称両さん)が老人なのか」という疑問が出発点となっている。両津勘吉はマンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公である。『週刊少年ジャンプ』において1976年から2016年まで連載され、「最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」として、ギネス世界記録に認定されている1>国民的マンガの一つである。両津勘吉は作中において35歳(諸説あり)という設定であるが、誕生日は1952年3月3日であり、仮に現代に生を受けている場合2021年3月現在69歳ということになる。老人という言葉をタイトルではあえて使用しているが、一般には高齢者という表現の方がより丁寧で、且つ定義も明確である。世界保健機関(WHO)の定義では、65歳以上の人のことを高齢者とし、 65-74歳までを前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と呼んでいる2。この定義に従えば両津勘吉は前期高齢者に属するわけである。確かに身体的には年を重ねるにつれ、身体の機能として若いころと同じというわけにはいかない処もあるだろう。しかし、精神的な側面から見れば、筆者のように戦時中に戦火を目の当たりにしてきた祖父母を持つ者からすれば、昨今の高齢者に対するイメージ像は大きく変化しているといえるのではないだろうか。マンガやドラマに出てくる軒先でお茶を飲みながら将棋をしたり、はかま姿で竹刀を振っているおじいさん像は当に筆者の祖父母世代にあたると思われるが、例えばZ世代(1996~2012年の間に生まれた世代)の「おじいさん・おばあさん」層は、筆者の父母世代にあたり、言うまでもなく祖父母世代と父母世代ではライフスタイル、趣味嗜好が大きく異なる。同じ高齢者と言う言葉を使ったとしても実態は大きくかけ離れており、持たれているイメージは異なるのである。本レポートのタイトルで「両津勘吉が老人なのか」と問いているが、両津以前の高齢者のイメージが高齢者像を今でも形成しており、そのイメージと比較すると両津は、その高齢者像より若い世代として位置づけられてしまうと筆者は考える。

本レポートでは「両津勘吉」を一つのロールモデルとして、現在の前期高齢者がどのような消費を行ってきたかを検証し、それ以前の世代と比較する。そして、そこから高齢者のイメージ再構築の必要性をコンテンツ消費の視点から述べていく。また、コンテンツマーケティングにおいて世代間で消費されてきたコンテンツの差異や共通性を考慮に入れる「世代間コンテンツマーケティング」の必要性についても併せて論じる。
 
1 ITmedia NEWS「「こち亀」ギネス世界記録に認定 「最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」」(2016年9月12日)https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1609/12/news066.html
2 厚生労働省e-ヘルスネット「高齢者」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/alcohol/ya-032.html
 

2――両津が過ごした青年期

2――両津が過ごした青年期

大衆的な音楽、アニメ、マンガ、ドラマ、映画といった娯楽コンテンツの消費は、成熟した社会でのみで実現できるものである。当然のことながら物資が不足し、娯楽も少なかった戦後において、充実したコンテンツ消費は不可能である。人々が充実した娯楽消費を行うには、(1)「消費するコンテンツ」と(2)「それを消費する余裕」があって初めて成立するわけである。大量生産・大量消費が消費と生産の様式であった高度経済成長期においては、使用価値に重きがおかれ、生活の利便性が追求される社会であった。一方でこの時期には、1959年に「週刊少年マガジン」と「週刊少年サンデー」が同時刊行され、1963年には連続テレビアニメ第1号として『鉄腕アトム』が放送開始、1967年にはタカラ(現:タカラトミー)からリカちゃんが発売されている。翌年となる1968年には「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が連載された『週刊少年ジャンプ』が発売されるなど、1960年代はコンテンツ消費の土壌が生まれ始めた時期でもあった。両津勘吉の歴史に沿ってみれば、彼が生まれて幼少期を過ごしたのは、昭和30年代がテーマになって大ヒットした映画『Always三丁目の夕日』のまさにあの時代である。一足先に大衆消費社会を実現したアメリカの大衆文化を、両津が幼少期には消費する環境が整っていた。大衆文化の歴史として、ディズニーを例に挙げると、ディズニーは日中戦争が勃発した1937年に、世界初の長編アニメーション映画『白雪姫』を公開し、以後、数々の名作と呼ばれる映画を製作した。日本の終戦十年後にあたる1955年(両津が3歳の頃)には、カリフォルニアにディズニーランドが建設されるなど、エンターテインメント産業の先駆者として、今日にもわたる巨大ディズニー帝国の礎を築いている。ディズニーに限らず、両津の小学生時代にはエルビスプレスリー、ビートルズ、ビーチボーイズといった今なお愛されるロック、ポップスのスターが大衆文化として誕生していたのだ。

次に、両津の15歳から20歳の頃の時代背景についてもみてみよう。17歳の時には、池袋に「パルコ」がオープン、19歳時には銀座にマクドナルド1号店がオープンしている3。ジャクソン5やビージーズ、エルトンジョンがデビューしたのもこの頃であり、今日オールディーズと呼ばれる洋楽の名作たちが数多く誕生した。20歳~30歳の青年期についても見てみよう。音楽で言えばディスコブーム真っただ中であった。両津が26歳であった1978年には、ジョン・トラボルタ主演の映画 「サタデー・ナイト・フィーバー」が日本でも公開され大ヒットしたことで新宿、渋谷、六本木、池袋などの繁華街に多数のディスコが開業し、第二次ディスコブームが巻き起こった。彼が青春を過ごした1970年代以降は「多品種少量生産」と「個性的消費」の時代が徐々に訪れ、ブランドを始めとした消費による差別化や趣味(コンテンツ)に対する熱心な消費が活発になり、高度経済成長以前には見られなかった必要不可欠ではないモノを熱心に消費する消費者が散見されるようになっていたのだ。
 
3 年代流行1970年代出来事https://nendai-ryuukou.com/1970/
 

3――両津銀次(両津の父)の青年期

3――両津銀次(両津の父)の青年期

一方で、両津勘吉の父である両津銀次は、作中推定年齢70歳前後とされており、それに準ずれば彼が20歳だったのは奇しくも日中戦争が勃発した1937年頃になるわけである4。NHKがテレビ放送を開始したのが1953年であるため、それ以前のコンテンツは本やラジオ、映画が中心であった。子供の娯楽を見れば1931年の「黄金バット」が人気になるなど紙芝居が子供たちの身近なコンテンツともいえたのかもしれない。銀次が過ごした青年期は、日本が高度経済成長を迎える前であり、同じ20歳でも両津と消費してきた娯楽に大きな違いがあることは言うまでもない。銀次が若いころに消費していたコンテンツは昨今でいうレトロ市場にあたるものであるが、勘吉が消費していたジャクソン5やビートルズを現代の若者は普通に消費されている。このことからも、銀次世代と勘吉世代では消費されていたコンテンツに大きな違いがあり、勘吉世代以降の世代は、勘吉世代が親しんでいたコンテンツに触れる機会も多く、コンテンツに共通性を持っているのである。このコンテンツの共通性が、昨今の高齢者に対するイメージの変化の一要因であると筆者は考える。
 
4 勘吉が1952年生まれで作中35歳(1987年)とされている。銀次が作中70歳前後なので生まれたのは1917年前後と推量できる。1917年に生まれたと仮定すると1937年に20歳になる。
 

4――シニア層のスマホ普及率は7割を超える

4――シニア層のスマホ普及率は7割を超える

高齢者は電子機器を使用するのが難しい、というイメージも今後変化していくだろう。例えば任天堂の「ファミリーコンピュータ」は1983年(両津勘吉が31歳)に発売されており、今後の前期高齢者はテレビゲームネイティブ層の割合が増加していく。またスマートフォンについても、MMD研究所の60歳~79歳の男女10,000人を対象とした「2020年シニアのスマートフォン・フィーチャーフォンの利用に関する調査」5によると、モバイル端末の所有率は92.9%であり、その内77.0%がスマートフォンをメインで利用していることがわかっている。2012年の同調査ではスマートフォンの所有率は12.7%であり、わずか8年の間に大きく増加している6。もちろんモバイル端末が所謂ガラケーからスマートフォンへとシフトしていることも要因であるが、調査年月を重ねる度にコンピューターガジェットに慣れ親しんだ層が調査対象になっていることも大きな要因であると思われる。2020年調査における60歳(最年少の調査対象者)は、2012年の調査時は52歳であり、一般企業において一線で活躍していた年齢であるといえるだろう。また、2012年は「iPhone5」が発売された年であり、スマートフォンの出荷台数は2011年度比42.1%増の2,848万台となり、国内携帯電話に対するスマートフォン出荷比率は前年の52.8%から70.5%へと上昇していた。まさに人々にとってスマートフォンが広く利用された頃であり、2020年に新たにシニア(60歳)として調査対象になった人々にとって、スマートフォンは慣れ親しんだツールであると言えるだろう。今後はシニア層でもスマホに慣れ親しんだ人々の割合が年々増加していくのである。このような市場変化も高齢者に対するイメージが変化している要因と言えるだろう。
 
5 MMD研究所「2020年シニアのスマートフォン・フィーチャーフォンの利用に関する調査」https://mmdlabo.jp/investigation/detail_1877.html
6 MMD総研「2012年から2018年のシニアのスマートフォン利用率の推移」 https://mmdlabo.jp/investigation/detail_1771.html
 

5――何が現代の高齢者にとっての「懐かしさ」なのか

5――何が現代の高齢者にとっての「懐かしさ」なのか

若者の消費において、マーケターは彼らの生み出す新しいトレンドを追究するが、シニアをターゲットにする際は「懐かしさ」を前面に出したマーケティングを展開することがよくある。しかし、現代の高齢者の懐かしいは、お手玉やメンコではなく、ダッコちゃん(1960年)、プラレール(1961年)、リカちゃん(1967年)、人生ゲーム(1968年)である可能性も大いにある7。懐かしい曲も石原裕次郎ではなくマイケルジャクソンかもしれない。このように高齢者とされる人々の「懐かしさ」が、常にアップデートされていることをマーケターは認識する必要がある。例えばバンダイは2018年7月に往年のロボットアニメ「鉄人28号」「マジンガーZ」「ゲッターロボ」とステッキ(杖)をコラボレーションさせた歩行補助具の販売を開始し、50代以上の男性をターゲットにしたシニア市場に参入している。シニアの若返りという言葉を耳にすることがよくあるが、平均寿命、健康寿命など身体的な側面に焦点が置かれて議論されることが多いが、シニアマーケティングにおいては、高齢者が消費してきたコンテンツとの関係も考慮に入れる必要があると筆者は考える。
 
7 年代流行したおもちゃ https://nendai-ryuukou.com/1960/toy.html
 

6――「世代間コンテンツマーケティング」の必要性

6――「世代間コンテンツマーケティング」の必要性

また、コンテンツを消費する土壌が消費社会として成立することで、世代間で消費されてきたコンテンツの差異や共通性を考慮に入れる必要性もあると筆者は考える。例えば『スラムダンク』を例に挙げると、『スラムダンク』は1990年に週刊少年ジャンプで連載が始まった漫画で1993年にアニメ化されるとバスケットボールブーム成る社会現象を起こした。しかし、アニメ放送は1996年に終了しており、Z世代の若者はそのブームを経験してはおらず、「スラムダンク」を古いアニメの一つと認識している。2021年1月7日に新作映画の作成が発表されたが、彼らにとってスラムダンクは自身にとっては知らない時代の作品であり、映画館に足を運ばせるには「スラムダンク」というコンテンツ自体に興味を持たせる必要がある。一方でスラムダンクブームを経験した世代には懐かしさを呼び水とした「ノスタルジアマーケティング」を展開することも可能なのである。

また、同じコンテンツを消費していても、世代間でギャップが生まれることもある。週刊少年ジャンプで連載されていた「ドラゴンボール」シリーズは全世界累計で2億6000万部の発行部数を記録した人気コンテンツである。アニメとしては『ドラゴンボール』『ドラゴンボールZ』『ドラゴンボールGT』『ドラゴンボール改』『ドラゴンボール超』と、5つのシリーズが放映されたが、放送期間は大きく分けると『ドラゴンボール』から『ドラゴンボールGT』までが放映された1986年~1997年の11年間と『ドラゴンボール改』から『ドラゴンボール超』が放送された2009年~2018年の2つに分けられる。仮に2つを前期と後期に分類した場合、後期は前期放送終了後に生まれてきたドラゴンボールを知らない世代をターゲットとして新たな市場を開拓することを目的としたリブート版として捉える事ができるだろう。放送期間をみると前期放送終了から後期の放送開始まで12年ある。前期視聴者の子ども世代が後期視聴者として想定されており、親子2世代でドラゴンボールというコンテンツが消費されることが推測できる。しかし、同じドラゴンボールというコンテンツにおいても、前期と後期で登場するキャラクターの立ち回りが異なり、持たれている印象が異なる可能性がある。例えば「フリーザ」というキャラクターは、「ドラゴンボールZ」において最強の敵の一人として登場しており、主人公たちがフリーザ打倒に苦戦するところをハラハラ見守った人を多いのではないだろうか。しかし、後期においては2017年6月4日放送回で利害の一致から主人公たちと共闘することとなり、後期視聴者の中にはフリーザを主人公の仲間と認識している者もいるのである。
 

7――2世代消費から3世代消費へ

7――2世代消費から3世代消費へ

山岡拓が『父子消費』を執筆した2007年以後、親子でコンテンツを消費することに注目が集まった。2020年に大ヒットした『鬼滅の刃』のように親子で同時にコンテンツと出会い消費するパターンや、前述したドラゴンボールのように、親が子どもだった頃消費したコンテンツがリメイクやリブートを経て、その子ども達がメインターゲットとして消費されるパターンもある。また、ポケットモンスターのように長寿コンテンツとして世代を超えて消費され続けているモノもある。第一パンが販売する「ポケモンパン」シリーズの現在放映されているCMは、父が子どもの頃、自分の息子と同じようにパンについてくるシールを集めていたという内容であり、親子で消費させるコンテンツが改めて注目されている。

また前述した通り、現代の高齢者世代のコンテンツに対する受容度は高く、3世代にわたって消費されるコンテンツが、今後はより増えていくと考えられる。2021年で38周年を迎える東京ディズニーリゾートは「3世代ディズニー」の特別サイトを作成している8。現在69歳である両津(祖父母世代)を例に挙げれば、オープンした1983年は30歳前後であり、現代にいたるまでディズニーランドを訪れるチャンスは多々あったと思われる。そのため、以前からあった親子ディズニーにディズニーを詳しくない祖父母が家族旅行としてついてくるという構図から、祖父母世代の中にも主体となってディズニーというコンテンツを消費してきた人々も数多く存在し、文字通り3世代でディズニーを消費する市場環境が整っているのである。

他にも株式会社タミヤ(旧:株式会社田宮模型)が展開する「ミニ四駆」シリーズは1982年から販売され、いくつものブームを繰り返し国民的玩具として多くの子どもたちに消費されてきた。大会などを覗くと祖父と一緒に参加する孫世代や、3世代で出場する家族を見かけることもある。

ディズニーやミニ四駆の例からもわかる通り、(1)コンテンツの長寿化と(2)高齢者世代が多くのコンテンツに触れてきた、という2つの要因から今後3世代で消費されるコンテンツは増えていくだろう。また従来の「親×子」、「親×子+祖父母」、「親×子×祖父母」と言う組み合わせから、リブートやリメイクコンテンツによっては、祖父母世代は知っていても親世代は知らないコンテンツを孫世代が消費するといった「孫×祖父母」というコンテンツ消費も増えていくと思われる。
 
8 現在サイトは新型コロナウイルスの影響から休止中
 

8――さいごに

8――さいごに

過去のレポートでも述べたが、世代論はレッテルを貼る行為と同じであり、多様化する社会においては時代錯誤なものである。しかし、その世代世代でどのようなモノを消費し、どのような時代を生きてきたかをみることで消費に対する価値観の理解に繋がると考えている。高齢者という言葉が「老化による身体的機能の低下」という側面からイメージづけられる傾向がある一方で、本レポートで述べてきたように、消費してきたコンテンツ(娯楽)という側面からみると、それ以前の高齢者世代と消費に対する価値観が変化してきていることにも注目する必要があると言えるのではないだろうか。今回はロールモデルとして両津勘吉を挙げたが、今後の高齢者層は若いころから今日に至るまで、消費してきたコンテンツが多く、若い世代と分かち合える価値観が増えていくと思われる。そのため、今後は若いころと同じようにコンテンツを消費する高齢者も増え、年を重ねても趣味に没頭するということが普通になっていくのではないだろうか。「大人だから」「年甲斐もなく」といって消費することや、消費させることを躊躇させる言葉もあるが、ライフステージを重ねるにつれ、趣味(コンテンツ)から離れていくことも多かった従来の価値観から、好きなモノをいつまでも追求できるような社会へ近づいていくことを筆者は望む。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

(2021年03月04日「基礎研レター」)

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【「こち亀の両さん」は老人なのか-新しいシニアマーケティング・世代間マーケティングを考える】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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