コラム
2020年10月02日

映画で考える日本の歴史と感染症-結核との長い闘い、保健婦の活躍を中心に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3|療養所が登場する『いつでも夢を』
さらに結核対策として、患者の隔離が実施されました。具体的には、結核病床が整備されたほか、空気がきれいな地域に「サナトリウム」という療養所が置かれました。実際、結核病床や療養所は先に紹介した『おとうと』を含めて幾つかの映画に描写されており、ここでは吉永小百合主演の『いつでも夢を』(1963年公開)のシーンを取り上げます。

映画の舞台は高度成長期における下町の定時制高校。ここに通う三原ひかる(吉永小百合)、木村勝利(浜田光夫)、松本秋子(松原智恵子)の青春物語を取り上げており、療養所は後半に登場します。具体的には、秋子は結核で高校中退を余儀なくされ、ひかるが秋子を見舞うため、「武蔵野療養所」を訪ねるシーンです。その際、ひかるに対し、秋子は以下のように述べています。
 
この病棟だと、随分と軽症な方なのよ。喀血してもね、病棟が新しいから、回復率が早いんですって。このまま順調に行けば、1年ぐらいで帰れるだろうって、先生が仰ったわ。

ここでのポイントは「病棟」「1年ぐらいで帰れる」という部分です。この時点で結核の特効薬が開発され、結核で亡くなる人は少なくなっていた半面、結核患者を受け入れる病床(映画では「病棟」となっています)の整備が問題となっていました。

さらに、後者の「1年ぐらいで帰れる」という部分については、社会復帰支援が課題になっていた点を示唆します。実際、1956年に初めて発刊された『厚生白書』は「結核は依然最大の国民病」としつつ、結核患者を受け入れる病床の整備のほか、結核患者の社会復帰支援に言及しています。

つまり、『いつでも夢を』のセリフは結核を克服した後も、社会復帰という課題に直面していた事実や、結核に苦しめられてきた歴史的な経緯が分かります。今でも毎年2,000人程度の方が結核で亡くなっていることを考えると、「結核は過去の遺物」と言い切れないのですが、戦後の一時期まで結核は大きな脅威になっていたことを読み取れます。言い換えると、戦後に医療制度を整備したり、公衆衛生を改善したりしたことで、結核を中心に感染症の封じ込めに成功したと言えます。

5――保健婦の活躍

さらに日本の公衆衛生の改善には保健婦(現在は保健師)が大きく貢献しました。こちらも幾つかの映画に取り上げられており、『明日は咲こう花咲こう』という映画(1965年公開)に注目します。

主役の小日山ひろ子(吉永小百合)は山梨県の山村で働く保健婦。東京で研修を受けた後、恋人の新聞記者(中尾彬)の制止を振り切る形で、姫虎村という山村に単身で飛び込みます。

しかし、上水道が整備されていないなど村の衛生状態は良いとは言えず、ひろ子は「沢で食器を洗ったり、お米を研いだりするのは衛生上、良くありません」と農家の女性に指導したり、村役場の幹部に掛け合って飲料水と洗濯の区域分けに取り組んだりしますが、なかなか村民の理解を得られません。さらに地域の面倒な政争に巻き込まれたほか、結核の子どもを隔離したことが村民の反発を招き、ひろ子は疲弊してしまいます。

そんな中、村で集団赤痢が発生するものの、村の政争に明け暮れる村役場の幹部は赤痢ではないと言い張るだけでなく、ひろ子を追い落としに掛かり……、詳細はインターネットで鑑賞して頂くとして、こうした保健婦の存在は当時、決して珍しくなく、幾つかの映画で取り上げられています。

例えば、炭鉱での生活を取り上げた『にあんちゃん』(1959年公開)という映画では堀かな子(吉行和子)という新人保健婦が登場します。さらに、『孤島の太陽』(1968年公開)という映画では高知県の離島で働く保健婦の荒木初子(樫山文枝)や、県職員として初子の指導に当たる保健婦の上村聖恵(芦川いづみ)が登場します。いずれも実話を基にした映画であり、中でも後者については、高知県が市町村に保健婦を派遣していた「駐在保健婦」という制度と、その制度に関わった実在の登場人物をベースにしています。

しかも、いずれのストーリーも「若い新人保健婦が僻地に派遣→『飲み水に気を付けろ』などの公衆衛生の指導に住民が反発→赤痢などの急性感染症が発生→保健婦が大活躍→保健婦が住民の支持と信頼を獲得」という共通点を持っており、それだけ保健婦が身近な存在だったことを示していると言えそうです。

実際、保健婦の存在感については、駐在保健婦を取り上げた書籍(木村哲也『駐在保健婦の時代』)とか、専門誌に出ている「日本の公衆衛生の発展で特筆すべきことは、保健婦の総数を大幅に増やすことができた点」(『公衆衛生』2003年第67巻第1号)といった有識者のコメントと符合しています。今回の新型コロナウイルスへの対応でも、保健所に勤務する保健師が陽性者の行動把握などで活躍していますが、当時の存在感は今よりも大きかったと言えるかもしれません。

6――ポリオ騒動を取り上げた2つの映画

1|厚相を経験した政治家が厚相役で出演する映画『われ一粒の麦なれど』
以上のように日本社会は戦後、結核などの感染症を克服したことで、医療政策に占める感染症対策のウエイトは下がりました。むしろ、疾病構造が慢性疾患に変わった上、急速に高齢化が進んだことで、高齢者の健康づくりが重視されるようになりました。今回の新型コロナウイルスで政治や行政の対応が後手に回っているのは、戦後の日本社会が感染症の脅威を減退させた結果、医療政策から感染症対策の視点が見落とされていた反映と考えられます。

そんな中で、感染症対策に関して政治決断を強いられたシーンがありました、1950年代後半から1961年に蔓延したポリオへの対応です。身体をマヒさせるポリオに関しては、WHOを中心とした国際保健協力の下、撲滅運動が展開されたため、先進国では脅威とは言えないレベルに抑え込まれていますが、当時の日本では多くの子どもが小児マヒとなっていました。

特に、1960~1961年の感染拡大では、輸入ワクチンが品薄となったため、母親たちが抗議運動を展開。最終的に古井喜実という厚相の政治決断の下、ソ連から生ワクチンが輸入されました。当時、ソ連は先進国と見なされていたものの、冷戦下で「鉄のカーテン」に閉ざされていたため、副作用などのデータは不十分だったのですが、古井の政治判断で輸入が決まりました。

こうした経緯を取り上げた映画として、『われ一粒の麦なれど』(1964年公開)、『未来への伝言』(1990年公開)があります。いずれもDVD化されていないのですが、前者ではポリオ問題に関心を持った農政省の役人、坂田昌義(小林桂樹)がメディアに勤める田神(田崎潤)などと連携し、ソ連からの生ワクチン輸入に向けた世論工作を仕掛けて行く様子が描かれています。しかも、わずか5秒ぐらいですが、古井自身が生ワクチン輸入に関する記者会見の再現シーンで登場しています。

後者はポリオ輸入運動を展開した母親サイドの視点に立った映画で、主人公の圭子(栗原小巻)が厚相(久米明)などに対し、ソ連からの生ワクチン輸入で奔走する様子を描いています。

なお、私が知っている限り、厚相、厚生労働相が登場する映画は決して多くなく、ここで紹介した『感染列島』『われ一粒の麦なれど』『未来への伝言』に加えて、『シン・ゴジラ』(2016年公開)で少し登場するとか、人口調節を話題とした『愛のお荷物』(1955年公開)で厚相役の政治家(山村聡)が主人公になっている程度です(政治のダイナミズムや政策決定過程を真正面から正確に取り扱う良質な映画が少ない影響と思われます)。そんな中、『われ一粒の麦なれど』については、厚相だった政治家自身が厚相として登場する唯一の映画かもしれません。
2|『われ一粒の麦なれど』に観るワクチン接種の二律背反
『われ一粒の麦なれど』では感染症対策、中でもワクチン接種を巡る二律背反を描いています。感染拡大を防ぐ上では、集団で免疫を付けるワクチン接種が一つの方策になりますが、副作用を伴う時があります。つまり、「副作用という少数の犠牲を想定しても、ワクチン接種で多くの人を助けるか」「それとも副作用という少数の被害を減らすため、多数に対するワクチン接種を慎重にするか」という二律背反です。今回の新型コロナウイルスでもワクチン開発を巡って各国が競争していますが、副作用の問題があるため、多くの人に接種できる状態になるには相応の時間が必要とみられています。

こうした難しさについて、『われ一粒の麦なれど』では生ワクチンの輸入と早期接種を望む坂田が「1人を犠牲にして99人を助けるのか、1人を助けて99人を見捨てるのか」といった形で持論を展開。これに対し、ポリオの患者を義弟に持つ医師の根本倫子(高峰秀子)は副作用を恐れてワクチンを接種すべきかどうか悩んでおり、坂田と口論になるシーンがあります。

つまり、多数の利益を重んじる坂田に対し、1人の命を助けることを重視する臨床家の倫子としては、少数が被害を受けることを見過ごせないという設定になっており、「感染拡大を抑える上ではワクチンの早期接種が必要では」「だが、副作用が出た時にどうするのか」といったワクチン接種を巡る難しい判断が描写されているわけです。

実際、ポリオ対策で生ワクチンを輸入する時も、副作用などに関するデータがソ連から十分に開示されていないとして、古井の決断に対しては反対意見が多くありました。最終的に古井は「一つの勝負」と振り返るほどの賭けに出たわけです(小山路男・山崎泰彦編著『戦後医療保障の証言』)が、今回も政治、あるいは社会全体が難しい判断を強いられるかもしれません。

7――おわりに~映画を通じて現状を客観視する意味~

全ての映画がDVD化、あるいはインターネット公開されていない(最もお薦めの『われ一粒の麦なれど』『孤島の太陽』が鑑賞できないのは本当に残念です)のですが、これらの映画を見ると、結核を中心とした感染症との関わり合い、あるいは公衆衛生の改善史を見て取れます。さらに、感染症が大きな脅威とは言えなくなったのは50年ほど前に過ぎないこと、公衆衛生の改善や医療技術の発展、医療制度の拡大などを通じて、感染症の脅威を克服して来たこと、今回の新型コロナウイルスとの共通点なども把握できます。

今回のような混乱に直面すると、ややもすると私達の視点は近視眼的になりがちです。自宅で過ごす時間帯が多くなっていると思いますので、ここで取り上げた映画をDVDあるいはインターネットで鑑賞することを通じて、コロナ禍の現状を少しでも客観視して頂けると幸いです。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2020年10月02日「研究員の眼」)

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