コラム
2019年07月18日

映画『体操しようよ』で占う2021年度介護保険制度改正の動向-住民主体の「通い」の場を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~介護保険制度改正の柱である「通い」の場を映画で考える~

「通い」の場という言葉をご存知でしょうか。これは今、2021年度に予定されている介護保険制度改正で焦点の一つになっています。具体的には、高齢者が体操や運動などで気軽に外出できる場を指しており、高齢者が「通い」の場に足を運ぶことで、「高齢者の社会性や身体機能の維持→介護保険の給付費抑制→介護保険制度の持続可能性確保」という結果が生まれることを期待しています。一見すると、これは素晴らしい内容に聞こえます。

しかし、高齢者が「通い」の場に足を運ぶのは「介護保険制度のため」なのでしょうか。さらに、厚生労働省は住民主体の「通い」の場の拡大を通じて、誰もが住みやすい地域社会である「社会的包摂」を実現できる旨を強調していますが、そんなに地域(コミュニティ)は美しいのでしょうか。

今回は2018年11月に公開、2019年5月にDVDの販売、レンタルが始まった映画『体操しようよ』(http://taiso-movie.com/)を通じて、これらの点を考察し、2021年度介護保険制度改正の動向を占いたいと思います1
 
1 介護保険制度改革の論点については、2019年7月5日、同16日に掲載した拙稿レポート「介護保険制度が直面する『2つの不足』」(上下2回)を参照
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=61975
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=62044

2――ネタバレしない範囲で映画の内容

映画の主人公は佐野道太郎(草刈正雄)というサラリーマン。妻とは18年前に死別しており、近くのパン屋で働く一人娘の弓子(木村文乃)と一緒に、郊外の一軒家で暮らしています。

しかし、道太郎は38年間、勤めた老舗の文具会社を定年退職。無遅刻無欠勤のマジメだけが取り柄の道太郎は生き甲斐を失います。さらに、家事を取り仕切っていた弓子から「主婦」引退宣言を突き付けられ、居場所がなくなります。

そんな中、道太郎は近所で喫茶店を営む女性、藤澤のぞみ(和久井映見)と出会います。のぞみは離婚後に喫茶店を経営するようになり、神田義彦(きたろう)、木島正幸(徳井優)らと一緒に、海を臨める近くの公園で毎朝、ラジオ体操の会を開催していました。元上司の並木晋(平泉成)から誘われた道太郎は、どこか蔭を感じさせるのぞみに惹かれ、体操会の常連になっていくのですが……。

ここまでの説明でお分かりの通り、映画は体操会を舞台に、結婚や子どもの独立、親子の愛情など人間ドラマが展開します。そして、この体操会は「通い」の場に通じる部分を持っています。確かに参加者の属性を見ると、60歳で退職したばかりで少しくたびれた雰囲気の道太郎だけでなく、子どもや若い人も多く含まれており、高齢者を想定している厚生労働省の「通い」の場とは異なります。

しかし、厚生労働省は「通い」の場を含めた地域づくりは「子育て支援、障害者支援、生活困窮者支援などに共通する考え方」(『これからの地域づくり戦略』)と強調しています。さらに映画でも、のぞみが道太郎を体操会に誘う際、「職場とか、家とかあって当然だった場所がなくなっちゃったら、誰だってぼんやりしますよ」と言っていますので、高齢者の社会参加を引き出す「通い」の場と共通点を持っています。

以下、介護保険制度改正で言われている「通い」の場と映画の体操会を対比させつつ、「通い」の場の論点を探っていきます。

3――「通い」の場に関する映画の描写

1市民活動の緩さと、制度化とのギャップ
まず、映画における体操会の描写です。道太郎が体操会に通うようになった始まりは元上司の並木の誘いです。さらに、弓子が父の行動にビックリするぐらい長続きしている主因は、のぞみに対する好意です。つまり、個人的な人の繋がりや「少しお得」という利己的な打算、そして人の繋がりが生み出す「楽しさ」が持続の理由になっています。これに対し、厚生労働省は「介護保険制度の持続可能性を確保するために『通い』の場が必要」と説明しており、住民の感覚に近い映画の描写とは根本的に異なります。

考えてみれば、戦前の国家総動員法のように国民を強制させる物騒な手段を用いない限り、高齢者を「通い」の場に通わせることは難しいので、「通い」の場における「楽しさ」「少しお得」は高齢者に自然と足を運んでもらう必要不可欠な要素と言えます。

さらに映画の体操会の性格として、市民活動の緩さを指摘できます。会長を務める神田によると、体操会のルールは一つだけ、「余計な詮索をしない」ことです。つまり、プライバシーには立ち入らないと、お互いに決めており、緩やかに集まっているのです。

さらに、神田はラジオ体操の直前、必ず「今日もそこそこ元気に楽しくやりましょう!」と掛け声を掛けています。つまり、個々人が自由で平等な立場の市民は誰からも命令されず、お互いに適度な距離感を保ちつつ、「そこそこ元気に楽しく」集まっていることになります。

ただ、法令や予算に縛られる行政は何かと言えば、ルールを作りたがります。むしろ、行政はルールに沿って運用しなければ、公権力の乱用に繋がりますので、行政の施策は杓子定規になります。

つまり、こうした市民活動の緩さと、行政の杓子定規ぶりは本来、相容れない関係と理解できます。厚生労働省が言う「通い」の場についても制度にした瞬間、「そこそこ元気に楽しく」という緩い雰囲気がなくなる危険性があると思うのですが、その点はどこまで考慮されているのでしょうか。
2|会社組織とは異なる市民組織の緩さ
さらに、こうした自由意思に基づくボランタリーな組織は少しの出来事で崩壊します。筆者自身も崩壊した市民活動の面倒臭い人間関係をいくつか見聞きしてきたし、映画でも体操会が道太郎の「独走」で分裂する場面があります。

分裂の発端は体操会長の神田のケガでした。適度な距離感で住民のお世話を焼く神田はみんなから一目置かれているのですが、ケガで体操会を欠席せざるを得なくなり、のぞみが会長代理に就きます。

ここで、のぞみに好意を持つ道太郎は「私が全力でサポートします」と宣言。几帳面な道太郎はユニフォームが必要と言い始めたかと思えば、「正しい体操」を会得するためのマニュアルも作ってしまいます。さらに、15分前の集合を参加者に呼び掛けるだけでなく、体操中にも他の参加者に対し、「かかとが離れている」「(注:腕を)大きく回しましょう」などと注意して回り、神田が会長に戻るまでに「技術の向上」が必要だと説教します。

しかし、木島は「余計なお世話なんだよ!私たちはもっと気楽に体操がしたいんだよ!」と怒ってしまい、翌朝から有志を集めて隣の広場で体操を実施するようになります。

一方、元の体操会に参加したのは、のぞみと道太郎などの5人だけ。つまり、道太郎の「善意」が体操会の分裂を招いたのです。のぞみと道太郎は木島に詫びますが、常日頃から「何で俺が会長じゃないんだ」と不満を持っていた木島は「佐野を切って(注:分裂した木島の体操会に)合流するか、それとも5人で寂しく続けるか」と述べ、のぞみに踏み絵を迫ります。

その後、体操会がどうなったのか、詳細はDVDをご覧頂くとして、この場面から言えることは2つです。1つは道太郎の「善意」が逆効果だった点です。一連の行動を見ると、道太郎に全く悪意はありませんが、ボランタリーな市民組織は会社のような上意下達の指示を出せないし、就業規則みたいな書類も特にありません。何よりもルールは「余計な詮索をしない」の一つだけです。

ただ、市民活動の現場では「会社組織に長く所属していた人(特に男性)がコミュニティで浮きやすい」という話をよく耳にします。これは会社の流儀を地域に持ち込んでしまうためで、道太郎の行動と共通しています。道太郎の「勇み足」は地域社会で起きている現象の一端を面白く描いています。
3コミュニティの排他性
2つ目はコミュニティの排他的な側面です。厚生労働省は「高齢者が集えば、地域が変わる」(『これからの地域づくり戦略』)と美しい言葉を使いつつ、コミュニティの重要性を強調しています。もちろん、その趣旨に反対しませんが、道太郎の「暴走」に怒った木島は「佐野を選ぶか、俺を選ぶか」という選択肢を迫っています。これは典型的な「排除」であり、厚生労働省が期待する社会的包摂とは真逆の事象です。

つまり、「通い」の場を作っても、その場は包摂的になるとは限らないし、全ての人にとって幸せな場になるとは限らないのです。別に「通い」の場という考え方自体は否定しませんが、コミュニティを介護保険制度の「受け皿」にすれば課題が解決すると考えるのは早計と言わざるを得ません。

4――映画に観る「通い」の場を拡大するヒント

では、「通い」の場を拡大するためには、どんなことが必要なのでしょうか。そのヒントは映画に眠っているように感じます。具体的には、神田がラジオ体操の音楽開始とともに、参加者に発している「今日もそこそこ元気に楽しくやりましょう!」という言葉です。つまり、行政が作り出す杓子定規のルールではなく、道太郎が慣れ親しんだ会社組織のような厳密さでもなく、多くの人が自発的に集まり、「そこそこ元気に楽しめる」場を作る重要性です。

特に、自発的な「通い」の場を制度として取り込む時には注意を要します。別に住民は行政のために集まっているのではなく、「そこそこ元気に楽しめる」ので「通い」の場に足を運ぶのではないでしょうか。映画では全く行政が登場しませんが、仮に生真面目な市町村の職員が登場し、体操会の参加者に対して、「介護保険制度の持続可能性を確保するため…」「厚生労働省が『通い』の場を拡大すると言っておりまして、我々としても…」「体操会に行政の支援が必要と考えておりまして…」などと説明する場面があるとしたら、それは最早パロディです。

こうした事態を防ぐ上では、現場を預かる市町村が杓子定規に考えたり、いきなり体操会のような「通い」の場を制度に取り込んだりするのではなく、「そこそこ元気に楽しめる場」を住民主体で作り上げていけるように、住民を応援するスタンスが求められます。

5――おわりに

ノーベル賞を受賞した経済学者のアマルティア・センはコミュニティの包摂性と排他性について、以下のように述べています(『アイデンティティと暴力』)。
 
アイデンティティは人を殺すこともできる。しかも、容易にである。(略)仲間内の団結心は、集団相互の不和をあおりやすい。(略)住民が本能的に一致団結して、お互いのためにすばらしい活動ができるよく融和したコミュニティが、よそから移り住んできた移民の家の窓には嫌がらせのための煉瓦を投げ込むコミュニティに同時になりうるのだ。排他性がもたらす災難は、包括性がもたらす恵みとつねに裏腹なのである。

インド出身のセンは若い頃、ヒンズー教徒とイスラム教徒の対立を目の当たりにしており、コミュニティの二面性を痛感したようです。実際、地域では人の好き嫌いや噂話を含めて、複雑で生々しい住民の生活が営まれています。そして、何かと言えば面倒な近所付き合いを避け、人々はプライベートな世界を大事にするようになり、主に大都市ではコミュニティが失われて行ったのです2

こうした中で、持続可能性が危ぶまれている介護保険制度の「受け皿」をコミュニティに求めたとしても、簡単に「解」が見付かるとは思えません。むしろ、厚生労働省の資料や説明を聞いていると、介護保険制度の負担増や給付対象範囲の縮小など、国民に厳しい選択肢を迫る事態を回避するため、「地域づくり」という綺麗な言葉を多用している印象も受けます。

こうしたコミュニティの二面性を意識しつつ、高齢者が気軽に足を運べる「そこそこ元気に楽しい」場をどう作っていくか。そんな問題意識を持って『体操しようよ』を観ていると、厚生労働省が重視する「通い」の場を成功させるヒントが隠されているように思います。
 
2 プライバシーを求めた結果がコミュニティの崩壊を生んだ経緯については、小津安二郎監督による1959年の作品『お早よう』に見受けられます。詳細は『お早よう』と2005年製作の『ALWAYS 三丁目の夕日』と対比させた『ダイヤモンド・オンライン』寄稿の拙稿をご覧頂きたい。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2019年07月18日「研究員の眼」)

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