- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 暮らし >
- 人口動態 >
- 人口動態データ解説-合計特殊出生率誤用による少子化の加速に歯止めを-自治体間高低評価はなぜ禁忌か
人口動態データ解説-合計特殊出生率誤用による少子化の加速に歯止めを-自治体間高低評価はなぜ禁忌か
生活研究部 人口動態シニアリサーチャー 天野 馨南子
はじめに-合計特殊出生率比較濫用がもたらす「少子化の加速」
「田中町は鈴木町よりも出生率が低いので、少子化対策で劣っている」
「斎藤市は昨年より出生率が低下したので、少子化対策が劣化した」
「山田県は昨年より出生率が上昇したので、少子化対策が奏功したといえる」
しかしこれらは全て、TFRについて「べからず」的使用方法である。
その理由は本レポートにて詳説するが、これらはTFRの計算式がよく理解されていないことから発生する、出生率比較トラップにはまった議論といえる。
TFRの誤用が特にそのエリアにとって大きな影響がないならば看過することもできる。
しかしながらこの誤用によって、その自治体で生まれる子どもの数の減少速度が加速化している、本来は少子化(=子どもの数の減少)対策をより強化するべきはずの自治体において、
「わが県はまだまだ出生率が高いほうだ。だから少子化対策では遅れていないのだ」
「わが市は出生率が下がっていないので、出生率が下がったあの市よりも少子化対策については優位にある」
そこで本稿では、きわめてシンプルな設定数値を用いて、TFRの計算式が一体何を示しているのか平易に解説するとともに、「TFRのみを比較することがもたらす、自治体の少子化加速トラップ」を明示したい。
自治体がTFR比較のトラップに翻弄されることなく、正しい人口動態の統計的理解のもとにエリア少子化(自治体で生まれる子どもの実数の向上)対策を実施していくことを願いたい。
1――TFRとは何なのか
TFRは、日本全体の少子化対策(日本で生まれる子どもの数の向上)指標としては、経年推移比較において有効(TFRの低下=少子化の加速、TFRの上昇=少子化の減速)であるが、自治体の経年推移、もしくは自治体間比較では、使用してもあまり意味をなさない状況にある。
出生率の高い自治体ほど子どもが増える、もしくは子どもの減少スピードが遅い、といった傾向は残念ながら我が国においてはない。
これについての仕組みはあとで解説するとして、実証分析としては、2019年のレポート
「人口減少社会データ解説 「なぜ東京都の子ども人口だけが増加するのか」(上)」にて紹介した分析結果を再掲しておきたい。
国勢調査年の確定値を使用し、各都道府県の10年間の子ども人口増減率を「2015年子ども人口を2005年の子ども人口で割った値」とする。また都道府県TFRは「2005年~2014年の各年のTFRの単純合計を10で割った10年間平均値」とする。
以上の2データによって、各都道府県の10年間のTFRの平均的な高低と子ども人口の10年間での増減率が、どの程度かかわりを持っているかを分析した。
分析の結果、都道府県の10年間平均TFRと同期間の子ども人口増減の相関係数は-0.101となり、「両データ間には、ほぼ関係性がみられない」という結果となった。
つまり、都道府県の10年間にわたるそれぞれのTFRの相対的な高さ、もしくは低さが、都道府県それぞれの10年間の子ども人口増減の相対的なランキングに反映されていない、ということになる。
つまり、TFRの高低を比較することによって、各都道府県の子ども人口増加政策(少子化対策)の成果の成否をうかがい知ることはできない状況である、ということが明確に示されている(図表1)。
それはなぜだろうか。TFR算出の計算式を用いて説明したい。
TFRについて一般的に理解されていると思われる定義は以下の通りである。
-1- そのエリアの15歳から49歳のすべての女性を対象として計算される
-2- 測定年におけるそのエリアの女性の出生力を表す、統計的指標である
-3- 例えばX年の出生率が1.5であるとすると、そのエリアの女性が生涯に授かる子どもはX年時点では1.5人とみられる
以上の3つの定義は間違いがない。
しかしながら、この定義の3番目だけを根拠に、TFRが1.5の自治体よりは1.8の自治体のほうが少子化対策は奏功している、優れている、という解釈がされてしまうことが大きな問題となっているのである。
それでは、TFRという統計指標の性質を理解するために、その計算式についてみてみたい。
TFRの計算式は
X年において、Aエリアの女性たちは、10代では子どもを産まず、20代では6割が子どもを産み、30代では4割が子どもを産み、40代では2割が子どもを産む、という出産ライフデザイン傾向が見て取れる。
もしくは
X年において、Aエリアの女性は、10代では子どもを授からず、20代では6割の確率で授かり、30代では4割の確率で授かり、40代では2割の確率で授かる、という出産ライフデザイン傾向が見て取れる。
ということになる。
TFRが「そのエリアを代表する女性1名が生涯にもつ子どもの数」という、わかったようで非常にわかりにくい説明をされることがあるが、その意味するところは、この計算実習の結果から理解いただけるであろう。
では、このTFRの高低によって、A県とB県の少子化度合いを比較できるかどうか、については、図表1で「今の日本においてはそれができない」ということを示した。なぜなのか。
実は、1-1で示した計算の仕組みのTFRの利用には大前提がある。
そもそもTFRは国家レベルでの経年推移をみる(日本の出生率10年の推移など)使用方法の場合であっても、
「人口を著しく失う戦争や大災害などがあった年のTFRは比較に利用できない」
という大前提のある指標である。
計算実習で示した通り、TFRはそのエリアに住む女性の「出産ライフデザイン」を示す指標である。ゆえに、そこに居住する大多数のライフデザインがひっくり返されるような事象が起こる、もしくは、そこに居住する人口の一部が大きく入れ替わる、といった人口動態の変動状況がある場合には、正確なライフデザインの変化の測定指標としては堪えなくなるからである。
TFRは「あくまで同じ中身の人口グループにおきた出産ライフデザインの変化を測定する」ためには有効な指標なのである。
ゆえに、戦争や災害などによる死者の発生よって、その「元の人口グループを形成していた人々」の一部が大きく欠損する場合、それは同じ中身の比較ではなく、違う中身の比較になり、統計的に意味をなさなくなる。
これを自治体レベルで例えていうなら、同じA県のTFRとはいうものの、もし昨年と今年でその人口の中身(女性人口)がそれなりの数で入れ替わってしまったら、「それはリンゴとミカンの糖度の比較のような状況となってしまう」ことになる。
一国レベルでみると戦争や大災害がTFRの比較を無効化することが知られているが、自治体レベルにおいては、県→市→町とその規模が小さくなればなるほど、よりわずかな女性の移動がTFRに大きな影響を与えてしまう。したがって、人口グループの中身が異なってしまうので、比較指標としては用いることが難しくなってくるのである。
以上から、14歳から49歳の女性の人口移動がある程度発生しているエリアでは、TFRの経年比較による少子化対策の優劣測定は無効となる。同様に、14歳から49歳の女性の人口移動がある程度発生している自治体間のTFR比較も意味をなさなくなる。
次章では、以上のことを先ほどの計算例を用いて示してみたい。
(2020年09月28日「基礎研レポート」)
関連レポート
- 人口動態データ解説-東京一極集中の「本当の姿」(上)
- 人口動態データ解説-東京一極集中の「本当の姿」(下)-なぜ「子育て世帯誘致」では奏功しないのか
- 人口減少社会データ解説「なぜ東京都の子ども人口だけが増加するのか」(上)-10年間エリア子ども人口の増減、都道府県出生率と相関ならず-
- 人口減少社会データ解説「なぜ東京都の子ども人口だけが増加するのか」(中)-女性人口エリアシャッフル、その9割を東京グループが吸収-
- 人口減少社会データ解説「なぜ東京都の子ども人口だけが増加するのか」(下)-女性人口を東京へ一体なにが引き寄せるのか
- 強まる東京一極集中(総数編)社会純減2019都道府県ランキング分析-最新純減ランキングにみる新たな動向-
- 令和元年2019人口動態データ分析-強まる東京「女性」一極集中(1)~追い上げをみせる大阪府、愛知県は社会減エリアへ
- 強まる「女性」東京一極集中(2)~転出男女アンバランス 都道府県ランキング-高まる地方男性の未婚化環境-
- データで見る「東京一極集中」東京と地方の人口の動きを探る(上・流入編)-地方の人口流出は阻止されるのか-
- データで見る「東京一極集中」東京と地方の人口の動きを探る(下・流出編)-人口デッドエンド化する東京の姿-
03-3512-1878
- プロフィール
1995年:日本生命保険相互会社 入社
1999年:株式会社ニッセイ基礎研究所 出向
・【総務省統計局】「令和7年国勢調査有識者会議」構成員(2021年~)
・【こども家庭庁】内閣府特命担当大臣主宰「若い世代の描くライフデザインや出会いを考えるワーキンググループ」構成員(2024年度)
・【こども家庭庁】令和5年度「地域少子化対策に関する調査事業」委員会委員(2023年度)
※都道府県委員職は年度最新順
・【富山県】富山県「県政エグゼクティブアドバイザー」(2023年~)
・【富山県】富山県「富山県子育て支援・少子化対策県民会議 委員」(2022年~)
・【高知県】高知県「元気な未来創造戦略推進委員会 委員」(2024年度)
・【高知県】高知県「中山間地域再興ビジョン検討委員会 委員」(2023年度)
・【三重県】三重県「人口減少対策有識者会議 有識者委員」(2023年度)
・【石川県】石川県「少子化対策アドバイザー」(2023年度)
・【東京商工会議所】東京における少子化対策専門委員会 学識者委員(2023年~)
・【愛媛県法人会連合会】えひめ結婚支援センターアドバイザー委員(2016年度~)
・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する情報発信/普及啓発検討委員会 委員長(2021年~)
・【主催研究会】地方女性活性化研究会(2020年~)
・【内閣府特命担当大臣(少子化対策)主宰】「少子化社会対策大綱の推進に関する検討会」構成員(2021年~2022年)
・【内閣府男女共同参画局】「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会」構成員(2021年~2022年)
・【内閣府委託事業】「令和3年度結婚支援ボランティア等育成モデルプログラム開発調査 企画委員会 委員」(内閣府委託事業)(2021年~2022年)
・【内閣府】「地域少子化対策重点推進交付金」事業選定審査員(2017年~)
・【内閣府】地域少子化対策強化事業の調査研究・効果検証と優良事例調査 企画・分析会議委員(2016年~2017年)
・【内閣府特命担当大臣主宰】「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会」構成メンバー(2016年)
・【富山県】富山県成長戦略会議真の幸せ(ウェルビーイング)戦略プロジェクトチーム 少子化対策・子育て支援専門部会委員(2022年~)
・【長野県】伊那市新産業技術推進協議会委員/分野:全般(2020年~2021年)
・【佐賀県健康福祉部男女参画・こども局こども未来課】子育てし大県“さが”データ活用アドバイザー(2021年~)
・【愛媛県松山市「まつやま人口減少対策推進会議」専門部会】結婚支援ビッグデータ・オープンデータ活用研究会メンバー(2017年度~2018年度)
・【中外製薬株式会社】ヒト由来試料を用いた研究に関する倫理委員会 委員(2020年~)
・【公益財団法人東北活性化研究センター】「人口の社会減と女性の定着」に関する意識調査/検討委員会 委員長(2020年~2021年)
日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)
日本労務学会 会員
日本性差医学・医療学会 会員
日本保険学会 会員
性差医療情報ネットワーク 会員
JADPメンタル心理カウンセラー
JADP上級心理カウンセラー
天野 馨南子のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2024/11/05 | 【少子化対策・人口動態データ報】2013~23年 都道府県出生数減少率(少子化)ランキング-合計特殊出生率との相関は「なし」- | 天野 馨南子 | 基礎研レター |
2024/07/11 | 【地方創生・人口動態データ報】2023年 都道府県転入超過ランキング~勝敗を決めたのはエリアの「雇用力」~ | 天野 馨南子 | ニッセイ基礎研所報 |
2024/07/08 | 【人口戦略会議レポート解説】消滅可能性自治体割合都道府県ランキング-勝者に学ぶ。そして勝者は世界を目指せ- | 天野 馨南子 | 基礎研レター |
2024/06/07 | 2023年20代人口流出率にみる「都道府県人口減の未来図」-大半が深刻な若年女性人口不足へ | 天野 馨南子 | 基礎研マンスリー |
公式SNSアカウント
新着レポートを随時お届け!日々の情報収集にぜひご活用ください。
新着記事
-
2024年12月04日
日本の木造中古戸建て住宅価格の中央値は1,600万円(2023年)~アメリカは39万ドル余で日本の3倍以上だが、経年減価が米国並みになり為替も購買力平価に収斂すれば同程度に~ -
2024年12月04日
中国の社会保障財政(2023年) -
2024年12月04日
次期私的年金改革の方向性で大筋合意 -
2024年12月04日
東京の出生率はなぜ低いのか ――少子化をめぐる「都市伝説」 -
2024年12月04日
求められる非上場株式の流通活性化
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
【人口動態データ解説-合計特殊出生率誤用による少子化の加速に歯止めを-自治体間高低評価はなぜ禁忌か】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
人口動態データ解説-合計特殊出生率誤用による少子化の加速に歯止めを-自治体間高低評価はなぜ禁忌かのレポート Topへ