2020年07月16日

Brexitの軌跡-紆余曲折を経て実現したEU離脱とその後

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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再延期後の英国のEU離脱の行方~削がれた離脱への勢い

[要旨]
 
4月10日のEU首脳会議で英国のEU離脱の期限の再延期を決めた。5月の欧州議会選挙への参加を唯一の条件に長期の延長を認めた点で、EU首脳会議は寛容だった。
 
メイ首相は、与野党協議を通じて妥協点を探り、早期の協定承認を目指す方針だ。2回の「示唆的投票」結果からは、メイ首相の協定案、あるいは、関税同盟などソフトな将来関係のソフト化案と、協定の信認を問う国民投票を組み合わせるという党派の妥協の余地はありそうだが、切り捨てられる強硬離脱派には容認し辛い方向転換だ。
 
そもそも、2度にわたる期限延期の結果、妥協を通じて離脱を推進しようという機運は低下している。世論調査では、離脱プロセスを舵取りしながら、期限内の離脱に失敗した与党・保守党への風当たりは強く、ナイジェル・ファラージ氏率いる「Brexit党」という受け皿の出現が、支持率低下に拍車を掛けている。労働党のコービン党首にとっては、政権交代への好機と言え、敢えて与野党合意を急ごうとはしないだろう。
 
英国のEU離脱プロセスは、離脱日に終るわけではない。離脱後に予定される移行期間中の将来関係協定のための協議の対象は、離脱協定よりもはるかに広範だ。
 
世論の分断を抱え、政治の混乱が深まるばかりの英国が、果たしてEU離脱のプロセスを遂行しきれるのか、疑念を抱き始めている。
 
Weeklyエコノミスト・レター2019年4月23日号
再延期後の英国のEU離脱の行方~削がれた離脱への勢い
 

ポスト・メイのEU離脱

ポスト・メイのEU離脱-次の局面は強硬派新首相の瀬戸際戦術

[要旨]
 
メイ首相が、与党・保守党の党首を辞任する方針を表明した。野党に譲歩を促すための「新たな提案」が、与党内で強い反発を招き、4度目の離脱案の採決という最後の挑戦は許されなかった。
 
英国のEU離脱混迷の根本の原因はキャメロン前首相がEU離脱の判断を国民投票に委ねたことにあるが、EUへの離脱意思通知のタイミングや解散総選挙という賭けなどメイ首相も判断ミスを繰り返した。「悪い協定を結ぶよりも協定を結ばない方がまし」というフレーズを繰り返し用いたこともその1つだ。
 
次期首相となる保守党の党首選の候補者でボリス・ジョンソン前外相は頭一つ抜きん出ている。賛否は分かれるものの、最強硬派で発信力のあるジョンソン前外相に「選挙に勝てる顔」としての期待が掛かりやすい。ポスト・メイのEU離脱は、強硬派の新首相が、合意なき離脱も辞さない構えで「いいとこどり」を求める瀬戸際戦術を試す局面となりそうだ。
 
強硬派の新首相の瀬戸際戦術は「合意なき離脱」の確率を高める。EUは合意なき離脱は望んでいないが、EUの原則を曲げる譲歩をしてまで阻止しようとは思っていない。EUへの影響を抑える一方的、時限的対応はすでに準備済みだ。「管理された合意なき離脱」に応じることもないだろう。
 
「合意なき離脱」が現実味を帯びてくれば、不信任案の可決ないし自主解散による総選挙が歯止めとなる可能性がある。欧州議会選挙では、党内の分裂で離脱戦略が曖昧な二大政党が得票率を下げ、「合意なき離脱」派と「離脱撤回・再国民投票」派に票が割れた。今後、保守党は「合意なき離脱」派寄り、労働党は「離脱撤回・再国民投票」派寄りに動きそうだ。
 
強硬派首相の瀬戸際戦略の次の局面では、「合意なき離脱」派と「離脱撤回・再国民投票」派のどちらが連携を実現できるかにEU離脱問題の進路が委ねられるのかもしれない。
 
メイ首相が退場しても、EU離脱を巡る霧が晴れるまでには、なお時間が掛かりそうだ。
   

ジョンソン首相誕生は「合意なき離脱」への道か?

ジョンソン首相誕生は「合意なき離脱」への道か?

[要旨]
 
ジョンソン首相の誕生は、必ずしも「合意なき離脱」への道ではないが、政策の予見可能性が一段と低下し、ただでさえ迷走し続けてきたEU離脱のプロセスは、さらに混乱しかねない。しかし、国民投票によって引き起こされた問題の収拾には、EUに強硬姿勢で向き合う(と期待される)首相が舵を取るプロセスが必要なのだろう。
 
「合意なき離脱」はジョンソン首相のプランCであるにも関わらず、可能性が高いと見られるのは、(1)「より良い合意に基づく離脱」というプランAも、「離脱と新たなFTAを現状維持協定でつなぐ」プランBも、EUが否定している上に、10月末までの短期間での実現が不可能なこと、(2)「合意なき離脱」が議会に阻止されないよう休会にする選択肢も排除していないからだ。
 
10月31日に「合意なき離脱」となる可能性は「合意あり離脱」よりも高いが、政権基盤の弱さにより抑えられるため、5割を大きく超えるメイン・シナリオではないと見ている。すでに、保守党内、議会では「合意なき離脱」阻止の動きが出始めている。他の手段が尽きれば、野党と与党からの造反派の賛成による不信任案の成立、総選挙という流れになるだろう。ジョンソン首相が、より柔軟な姿勢に転換することもあり得る。
 
そもそも、10月31日が「合意あり離脱」にせよ「合意なき離脱」にせよ、総選挙のための「離脱延期」になるにせよ、先行き不透感は解消しない。「合意なき離脱」も「ブレグジットの終着点」ではない。離脱延期の末に再国民投票を経て、離脱を撤回しても、英国内に深い亀裂が残り、失われた信用を取り戻すことはできない。
 
Weeklyエコノミスト・レター2019年7月24日号
ジョンソン首相誕生は「合意なき離脱」への道か?
 

英議会の異例の長期閉会と「合意なき離脱阻止」の選択肢】

英議会の異例の長期閉会と「合意なき離脱阻止」の選択肢】

[要旨]
 
ジョンソン首相が、異例の長期閉会を決めたことで、議会が「合意なき離脱」を阻止する機会は、9月初旬と10月下旬に狭められた。
 
議会の「合意なき離脱」阻止の手段は、(1)ジョンソン首相の合意の承認、(2)期限延期を強制する法案の制定、(3)内閣不信任決議だが、9月初旬の段階では、選択肢は(2)の法案の制定に絞られる。時間的に厳しく、反対派の足並みが揃わない可能性もある。
 
ジョンソン首相は、「アイルランドの国境の開放を維持するための安全策を削除し代替策に置き換えた新たな合意」に基づく離脱を目指している。9月は週2回のペースでEUと協議する方針も明らかにしている。
 
「女王演説」後の10月17~18日にはEU首脳会議が予定されており、この時点までに、ジョンソン首相がEUとの合意に漕ぎ着けていれば、(1)の合意の承認が、首相の「合意なき離脱」を目指す姿勢が鮮明になっていれば、(3)の内閣不信任決議が選択肢となる。不信任動議の可決の場合、反対派が暫定政権の樹立で足並みを揃える必要がある。
 
反対派の協調行動の可否以上にブレグジットの行方に影響を持つのはジョンソン首相の意思だ。首相にとって「3度目の延期」は極めて困難な選択肢だ。「合意なき離脱」こそが首相の真の狙い、EUとの協議は責任転嫁のアリバイ作りという見方も根強い。しかし、混乱が生じれば事態の収拾に陣頭指揮を執らなければならないのは首相であり、「合意なき離脱」は得策ではない。次期総選挙での勝利にもつながらないと思うのだが、果たして、どうなるだろうか。
Weeklyエコノミスト・レター2019年8月30日号
英議会の異例の長期閉会と「合意なき離脱阻止」の選択肢
 

英国の合意なき離脱:

英国の合意なき離脱:対策と影響-「終わりの始まり」ですらない

[要旨]
 
英国議会で離脱延期法案の成立の見通しとなったが、「合意なき離脱」のリスクは消滅した訳ではない。
 
「合意なき離脱」の場合、激変緩和のための「移行期間」がなく、離脱日をもってEU法の英国への適用が停止、EU法上の地位は「加盟国」から「第3国」となる。その影響は広範な分野に及ぶ。

英国とEUは「合意なき離脱」に、それぞれが一方的に行う対策を準備し、個人や企業への対応を促している。英国の対策は、混乱回避のため継続性を重視しているが、持続可能ではない。EUの対策は、単一市場の一体性を確保し、英国の「合意あり離脱」とEU圏内へのビジネス移管を促す狙いもあり、期間も分野も限定している。
 
「合意なき離脱」の混乱は経済への下押し圧力となる。英国経済への離脱直後の影響は、離脱期限の延期で対策のための時間的猶予が設けられたことで、当初想定されたよりは穏当と見られるようになっている。それでも、ある程度の混乱は避けられない。影響は数年にわたり続くとの見方が多くの専門家に共通する。

EU加盟国ではアイルランドが最も影響を受けやすく、開放度の高い中小国が続く。自動車産業への影響が大きいため、ドイツも影響を受けやすい。

「合意なき離脱」は、スコットランドの独立、アイルランド統一の機運を高め、連合王国の分裂の危機を引き起こすおそれもある。

また、「合意なき離脱」で生じた問題は、EUと協議して解決せざるを得ないが、「合意なき離脱」が英国のEUとの交渉上の立場を有利にすることはない。

「合意なき離脱」後は、米国からの通商交渉の圧力は強まる。米国とのFTAは、「グローバル・ブリテン」戦略の象徴的な成果となり得るが、米国のペースで交渉が進むことへの警戒も強い。
 
「合意なき離脱」のリスクを踏まえれば、議会が「合意なき離脱阻止」に動くのは当然だ。離脱のコストへの警鐘を「恐怖プロジェクト」と揶揄してきたジョンソン首相は、「合意なき離脱阻止」を「離脱の決定を覆そうとする動き」と位置づけ、自らの支持につなげようとしている。その戦略は成功を収めるかもしれない。

離脱期限を過ぎればEU離脱のプロセスが終わる訳ではない。「合意なき離脱」は「ブレグジットの終わり」ではなく、「終わりの始まり」ですらない。
 
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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