2020年06月23日

新型コロナが及ぼす医療制度改革への影響-高齢者負担増は審議ストップ、地域医療構想は見直し不可避

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――新型コロナが及ぼす医療制度改革への影響

新型インフルエンザ対策等特別措置法に基づく「緊急事態宣言」が解除されるなど、新型コロナウイルスの感染拡大は一応の収束を見たが、昨年末までに想定されていた医療制度改革は仕切り直しを余儀なくされている。

例えば、昨年末に取りまとめられた全世代型社会保障検討会議(議長:安倍晋三首相)の中間報告では、高齢者医療費の自己負担を引き上げる方向性を明記しており、今夏にも詳細について結論を出す予定だった。さらに、医療行政に関する都道府県の権限強化を図る「医療行政の都道府県化」に関しても法改正が秋以降に意識されていた。

しかし、コロナ禍の影響で議論がストップし、全世代型社会保障検討会議の最終報告が今年の年末にずれ込むなど、スケジュールの変更を迫られた。さらに、病床削減や在宅医療の充実などを図る「地域医療構想」についても内容やスケジュールの見直しが避けられない情勢だ。

本稿ではコロナ禍を受けて、昨年末までに想定されていた医療制度改革論議のうち、(1)高齢者医療費の自己負担引き上げ、(2)地域医療構想、(3)医療行政の都道府県化――の3つについて影響を考えるとともに、今後どう推移するのか検討を試みる。
 

2――医療制度改革が主な影響

2――医療制度改革が主な影響

1|高齢者医療費の自己負担引き上げ
後期高齢者(75 歳以上。現役並み所得者は除く)であっても一定所得以上の方については、その医療費の窓口負担割合を2割とし、それ以外の方については1割とする――。全世代型社会保障検討会議が昨年12月に取りまとめた中間報告では、こうした文言が盛り込まれていた。つまり、現在は原則1割の75歳以上高齢者の医療費自己負担に関して、所得の高い人は2割とする方針である1

さらに、中間報告はスケジュールについて、人口的にボリュームが大きい団塊世代が75歳以上になり始める2022年度までに制度改正を終わらせる必要があると強調。その上で、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)でも検討を開始し、「今夏に結論→今秋の臨時国会での法案提出」という流れを意識しつつ、「速やかに必要な法制上の措置を講ずる」と定めていた2

その後、年初から社会保障審議会医療保険部会で議論が始まっていたが、コロナ禍を受けて検討作業がストップした。全世代型社会保障検討会議の最終報告も今夏から今年末に先送りされ、スケジュールに影響が出ている。
 
1 高齢者医療費の自己負担については、2020年2月25日拙稿『高齢者医療費自己負担2割の行方を占う』を参照。
2 ここでは詳しく触れないが、中間報告では大病院に患者が集中するのを防ぐため、紹介状なしに大病院に行った場合、5,000円を追加で負担する制度に関しても、対象病院を400床以上から200床以上に拡大する方針が盛り込まれた。その後、2020年度診療報酬改定で200床以上の地域医療支援病院(かかりつけ医などを支援する拠点的医療機関)が対象となったが、全ての200床以上の病院に拡大すべきかどうか関係審議会で議論が続いている。
2|地域医療構想
全世代型社会保障検討会議の中間報告では重点事項となっていなかったが、医療提供体制の改革を目指す「地域医療構想」についても、昨年末の時点で決まっていたスケジュールの変更を強いられている。
表:地域医療構想に関する主な経緯
地域医療構想とは全ての団塊世代が75歳以上となる2025年を意識し、病床削減や在宅医療の充実などを通じて医療提供体制を改革する政策3。各都道府県が2017年3月までに策定し、都道府県が中心となって民間医療機関の経営者や市町村、介護事業者、住民などと協議しつつ、医療提供体制改革を進めることが想定されている。地域医療構想を巡る経緯は表の通りである。

しかし、思った以上に病床削減が進まなかったため、厚生労働省は公立・公的病院の見直しを優先させ、昨年9月には「再編・統合に向けた見直しが必要な公立・公的病院」として424病院を「名指し」した(その後、リストを一部修正)。

これに対し、地方自治体は「全国一律のデータだけで再編統合を推進するのは不適切」などと猛反発4したため、厚生労働省は地方側に対して説明に追われたほか、全国知事会など地方代表と昨年末までに3回に渡って協議した。結局、十分な予算措置が確約されたことなどを理由に、地方側も矛を収め、今年9月頃をメドに再編・統合に向けた結論を出す流れになっていた。

しかし、新型コロナウイルスの拡大を受けて、議論はストップしており、加藤勝信厚生労働相も「時期あるいは進め方についても改めていろいろなご意見を聞きながら、整理をしていきたい」5と述べており、こちらも軌道修正を余儀なくされた形だ。
 
3 地域医療構想については、過去の拙稿を参照。2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2019年11月11日「『調整会議の活性化』とは、どのような状態を目指すのか」。コロナ禍の影響に関しては、拙稿2020年5月15日「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」も参照。
4 平井伸治鳥取県知事のコメント。2019年9月27日『読売新聞』『日本海新聞』
5 2020年6月5日加藤大臣会見概要。
3|医療行政の都道府県化
地域医療構想を含めた医療政策に関する都道府県の責任と権限を大きくする「医療行政の都道府県化」についても制度改正が意識されていた。具体的には、全世代型社会保障検討会議の中間報告では、2020年度から本格スタートした医師偏在是正6、2024年度から始まる医師の働き方改革、既述した地域医療構想の3つを「三位一体」で進めるとし、秋の臨時国会を意識して制度改正も模索されていたが、新型コロナウイルスの拡大を受けて、制度改正議論は仕切り直しを余儀なくされた。

さらに、医師偏在是正も影響を受けている。ここで言う医師偏在是正とは、都道府県に策定を義務付けた「医師確保計画」「外来医療計画」を指す。このうち、前者では医師の教育過程を通じて、医師が少ない地域でも若手医師が働きやすい環境を整備することに主眼を置いており、後者では外来の医師数が過剰となっている地域で開業を希望する医師に対し、在宅医療など地域で不足する機能を担うよう求めるのが目的。当初の想定では、今年3月までに全都道府県の計画は出揃うはずだった。

だが、新型コロナウイルス拡大の影響なのか、各都道府県のウエブサイトを見ると、幾つかの県が計画を依然として公表しておらず、ここでもスケジュールが影響を受けている。

では、これらの議論は今後、どうなって行くだろうか。新型コロナウイルスの再拡大が懸念される中、先行きを見通すのは難しい面があるが、今後を展望することにしたい。
 
6 医師偏在是正については、2020年2~3月の「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か」(2回シリーズ、リンク先は第1回)を参照。
 

3――今後の見通し

3――今後の見通し

1|高齢者医療費の自己負担引き上げは政局の影響を受ける?
まず、高齢者医療費の自己負担引き上げ問題について見ると、全世代型社会保障検討会議は2月以降、開催されていなかったが、5月22日から再開している。現時点では新型コロナウイルスの拡大を踏まえた社会保障制度の在り方などを話し合っており、今後は高齢者医療費の自己負担問題など、積み残した課題も議論して行くと思われる。

しかし、昨年末までと異なる展開になる可能性がある。昨年末の中間報告の時点では、社会保障費や現役世代の負担を抑制する観点に立ち、首相官邸サイドが2割負担の対象者を大きくすることで、「原則2割」とするよう主張。これに対し、与党や日本医師会は2割負担に増える人を小さくすることで、「原則1割」の維持を主張し、中間報告は玉虫色の表現となった。

この点について、安倍首相は「現役世代の負担上昇に歯止めを掛けることは引き続き重要な課題」としつつ、引き続き2割負担の実施に向けて議論すると述べており、昨年末のスタンスを概ね踏襲しているように見える7

ただ、新型コロナウイルスへの対応などを巡って内閣支持率が下がる中、政策決定過程における首相官邸の影響力が下がっており、政局の変化が議論に影響する可能性がある。
 
7 第201回国会会議録2020年5月26日参院厚生労働委員会における発言。
2|地域医療構想の見直しは不可避か
地域医療構想に関しては、病床削減に特化した議論は後退しそうだ。昨年までの議論では経済財政諮問会議(議長:安倍首相)が「無駄なベッドの削減は増加する医療費の抑制のために大変重要」8といった激しい言葉遣いを用いつつ、厚生労働省や都道府県にプレッシャーを掛けるなど、病床削減に力点を置いた議論となっていた。

しかし、コロナ禍で医療需要が一時的に急増した中、病床削減の議論は展開しにくくなっており、軌道修正が求められている。例えば、日本医師会サイドからは「感染症が流行した時に対応できる病床を維持しておくべきだ」9、「病床稼働率が低い公立・公的医療機関等、特に病棟単位で空いているケースは、そのまま空けておくのも一つの在り方」10などの意見が示されている。

実際、大阪府など一部の地域では稼働していないベッドを感染症対策用に振り向けるなどの動きが出ており、地域医療構想を巡る論議に感染症対策の要素を加味する必要に迫られそうだ。
 
8 2019年10月28日経済財政諮問会議議事要旨における新浪剛史議員(サントリーホールディングス社長)の発言。
9 2020年5月27日『毎日新聞』夕刊における日本医師会の横倉義武会長インタビュー。
10 2020年5月2日『m3.com』配信記事における日本医師会の中川俊男副会長に対するインタビュー。
3|コロナ禍で見えて来た医療行政の都道府県化に関する論点
全世代型社会保障検討会議の最終報告が今年末に先送りされたことで、制度改正論議が見えにくくなったが、今回のコロナ禍の下では、新型インフルエンザ対策等特別措置法で実効権限を付与された都道府県が病床確保や検査の充実などに関して独自の施策を展開した。これらの動向を見ると、都道府県が医療行政に関して責任を持てることが立証されたと言える。実際、厚生労働省は秋以降の感染再拡大に備えるため、7月上旬までに病床確保計画を策定するよう都道府県に要請している。

ただ、医療用マスクや防護服などの資材に関しては、都道府県がバラバラに調達・保管するのではなく、有事の際には国が一元的に管理するような集権的な方法も必要になるかもしれない。今後の医療行政の都道府県化に向けた論議では、都道府県の権限強化だけでなく、感染症対策に関して国の権限を強化または明確にする議論が必要になると思われる。
 

4――おわりに

4――おわりに

患者の受診控えに伴う医療機関の経営悪化、オンライン診療の拡大など、コロナ禍は様々な変化を医療現場に及ぼしており、現時点で影響を見極めるのは困難である。

しかし、人口減少や高齢化の進展などの影響は長期に及ぶ分、これまでの改革を全否定する必要性も感じない。今後は既存の制度改革の方向性も踏まえつつ、感染症対策の要素を加味するなどの柔軟な対応が求められる。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2020年06月23日「保険・年金フォーカス」)

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