コラム
2019年12月26日

エンタメ狂の独り言-アメリカの良心はセサミストリートへ続く

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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アメリカ国民の良心である「セサミストリート」

2019年11月10日、セサミストリートが放送開始から50年を迎えた。セサミストリートと言えばユニークで愛くるしいモンスターが出演するアメリカの教育番組である。同番組は放送開始当初からアメリカの抱える諸課題に向き合ってきた。本コラムではこれまで当番組が向き合ってきた13の課題1について振りかえった上で、2019年10月にセサミストリートが新たな取り組むべき課題として取り上げた「オピオイド中毒」について述べる。セサミストリートを見ればアメリカが抱える本当の課題を知ることができるかもしれない。
 
1 Taylor Pittman “11Moments On 'Sesame Street' That Championed Diversity And Inclusion” Huffpost 2018 /02/08

1. セサミストリートが向き合ってきた13の取り組み

セサミストリートは、アメリカのNPO法人セサミワークショップが制作する子ども向けテレビ教育番組で、1969年のPBS2での放送開始以来、世界140以上の国と地域で放送・展開されている長寿番組である。日本のNHK番組「おかあさんといっしょ」のように、数字や言葉を、歌を通して幼児に学ばせる知育コンテンツとして広く愛されてきた。キャラクターが愛くるしいこともあり、マーチャンダイジングとしても成功を収めている。一方でセサミストリートはアメリカの抱える問題に正面から向き合ってきた番組でもある。図表1はセサミストリートがその時代時代で向き合ってきたアメリカが抱える13の課題への取り組みである。ここで挙げる取り組みは、「個人に対して社会がどうするべきなのか」と「社会が抱える課題に対して個人はどのように向き合えばいいのか」という大きく分けて2つの側面を持っている。

例えば「個人に対して社会がどうするべきなのか」という取り組みでは、自閉症の症状がある子と社会の関わり方を課題の一つとして取り上げている。アメリカ疾病予防管理センターの調査3によると、学校に通う子ども68人に1人に自閉症の症状があるという。こうした状況に対してセサミストリートでは、2015年子どもたちが自閉症の友人とどう遊んだらいいのかを理解するための一助として自閉症のキャラクターを登場させた。
図表1 セサミストリートが取り組んできたアメリカの抱える課題
「社会が抱える問題に対して個人はどのように向き合えばいいのか」と言う取り組みでは、例えば1985年には養子縁組をテーマとし、家族のあり方が血縁によって成立するわけではないと説いている。アメリカでは1年間で約11万件5の養子縁組が成立している。家族を構成する上で養育を目的として養子を受け入れることが多いアメリカ社会において、養子を迎かえることは普通のことであると子どもたちに意識付けしようと取り組んだといえる。

1993年には肌の色による差別の問題を取り扱い、「肌の色が違うと遊んではいけない」と言うのは大きな間違いであると子どもたちに説いた。アメリカにおいては1991年にマイケルジャクソンが「ブラック オア ホワイト」をリリースするなど、人種差別について活発に議論されていたころである。 

また、2018年には子どものホームレス問題に着目した。2018年のアメリカのホームレス人口は552,830人6とされている。ホームレスといっても定義が日米で異なり、日本では「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」と、路上生活者のみを指すが、アメリカは自身の住所を持たない、シェルター入居者も含む。例えばニューヨーク市には路上生活者が3,675人、シェルター入居者は60,000人いるという7。またシェルター入居者のうち子どもは21,540人いるという8。ホームレスの生活においては、シェルター内の盗難や衛生的な問題からあえて路上生活を好むものもいるようだが、路上生活においても殺人事件などに巻き込まれてしまう事も多く、ホームレス問題を根底から改善するためには様々な障壁がある9。また、ホームレスの多くが双極性障害や鬱、統合失調症といった精神障害を抱えており、彼らへのメンタルケアも重要な課題である10,11。その中でもセサミストリート制作陣はホームレスの子どもの心のケアに重点を置き、番組が取り組むべき課題の一つとしている。
 
2 PBS(Public Broadcasting Service)は、アメリカ合衆国で会員数349のテレビ放送局を有する、非営利・公共放送ネットワークのこと。
3 Centers for Disease Control and Prevention  “Autism Spectrum Disorder: From Numbers to Know-How”
 https://www.cdc.gov/grand-rounds/pp/2014/20140422-autism-spectrum.html(2019/12/23閲覧)
4 1970年代当時アメリカにおける母乳育児率は最低となった。母乳で育てることは決しておかしいことではないと主張している。これは母乳を推奨しているわけではなく、母乳を選ぶことも粉ミルクを選ぶことも個人の選択であると説いている。
 https://www.cdc.gov/grand-rounds/pp/2014/20140422-autism-spectrum.html(2019/12/23閲覧)
5 厚生労働省「平成29年度里親及び特別養子縁組の現状について」https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/0000148755.pdf(2019/ 12/23閲覧)
6 The 2018 Annual Homeless Assessment Report (AHAR) to Congress https://www.wpr.org/sites/default/files/2018-ahar-part-1-compressed.pdf(2019/12/23閲覧)
7 Tyler Blint-Welsh,“Federal Data Show Nearly 80,000 Homeless in New York City,”The Wall Street Journal Oct. 24, 2019 https://www.wsj.com/articles/federal-data-show-nearly-80-000-homeless-in-new-york-city-11571922000(2019/12/24閲覧)
8 https://www1.nyc.gov/assets/dhs/downloads/pdf/dailyreport.pdf(2019/12/24閲覧)
9 Greg B. Smith“How Shelter Chaos Drives Many Homeless to Live on Streets and in Subways”The City Nov. 18, 2019
https://thecity.nyc/2019/11/nyc-homeless-shelter-chaos-drives-many-to-streets-and-subway.html(2019/12/24閲覧)
10 Harvard Health Publishing “ The homeless mentally ill” Harvard University,   March, 2014 https://www.health.harvard.edu/newsletter_article/The_homeless_mentally_ill(2019/12/25閲覧)
11 例えばノースウェスタン記念病院はホームレスに対して住宅支援、社会復帰、精神障害の治療といった支援をしている。

2.セサミストリートが立ち向かう新たなアメリカの課題

半世紀にわたってアメリカの課題と向き合ってきたセサミストリートが、今年新たに取り組むべき課題として着手したのが「オピオイド中毒」である12。オピオイドは処方鎮痛剤やヘロインなどに含まれる化合物のことで、アメリカ疾病管理予防センターによると、1999~2017年の間にオピオイドに関連した死亡例は増加しており、2017年には4万7,000件に上る13。これは、全米で1日に約130人がオピオイドの過剰摂取で亡くなっていることを意味する。2019年10月に登場したキャラクターは、母親がオピオイド中毒で、里親の下で育てられていると言う設定である。セサミストリートを制作するセサミワークショップによると、アメリカでは11歳未満の子ども約570万人が、薬物中毒の親と共に暮らしているという14。中毒と闘う親を持つことは、幼い子どもやその家族が直面するもっとも孤独でストレスのかかる状況であり、セサミストリートはオピオイド中毒を親に持つ子どもを周りの人間がケアしてあげようと、発信している。
 
12 NEWS JAPAN「セサミストリート、オピオイド中毒の親をもつキャラクターが登場」 https://www.bbc.com/japanese/50010815(2019/12/23閲覧)
13 https://www.cdc.gov/drugoverdose/data/statedeaths.html(2019/12/24閲覧)
14 https://twitter.com/sesamestreet/status/1182067154226679809

3.セサミストリートの本質

開始当初は難民の子どもが英語を学ぶ機会としての位置づけが大きかった当番組だが、今では音楽、健康、読み書き、二カ国語の修得、就学の準備、食育等、多くの事柄に焦点が当てられている。また差別やスティグマに対して真摯に向き合うことで、子どもたちの未来が明るくなるように子どもたちを勇気付けてきた。

悲しいことに世界には多くの差別の問題が存在し、心無い言葉や態度で苦しんでいる人々がいることは紛れもない事実である。しかし、その差別をする人々も決して生まれた時からのレイシストであったわけではない。成長する過程で、家族の言動や、学校など社会に身を置くことで「差別」に対する意識が形成されてしまうのである。これに対してセサミストリートは、幼少期から子どもたちに対して潜在的に人類は平等であり、差別などしてはいけないという大人でも立ち向かうことが難しい「大きなメッセージ」を発信し続けている。この大きなメッセージの本質への理解を、子どもたちに求めるのは難しいかもしれない。しかし、子どもたちは純粋であるが故、ビッグバードやエルモが言うように「みんなで仲良く」することができる。むしろ大人になりセサミストリートを子どもと視聴している時、初めてその本質に「ハッ!」と気づかされるのである。確かにセサミストリートの各々の取り組みは、我々日本人にとっては馴染み深いものではないかもしれない。しかしその根底にある本質は「なぜみんな仲良くなれないのだろう」というシンプルな問いであり、我々がヒューマンビーイング15である限り向き合い続けないといけない問題なのである。

セサミストリートは、アメリカの良心として、子どもたちのみならず大人にとっての道しるべとなっている。我々もセサミストリートからの大きなメッセージを通して、「開けゴマ!」と、社会が抱える諸問題に対する理解の扉を開くことができるかもしれない。
 
15 人間という種族と言う意味
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2019年12月26日「研究員の眼」)

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