コラム
2019年10月31日

現代消費文化を覗く-「新宿の目」に映るラグビーワールドカップとトキ消費

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1.「ルールを知らなくたって、にわかで、いいじゃないか。」

2019年9月20日、日本でアジア初となる「ラグビーワールドカップ」が開会した。海外からも多くの観客が訪れる本大会において、大会組織委員会は経済効果を4300億円と見込んでおり、自治体や企業の期待は大きい1。オリンピックやサッカーワールドカップと比較すると国内での知名度がまだまだ低かったラグビーワールドカップであるが、その心配はどこ吹く風で少なくとも首都圏においては、盛り上がりを見せているように思われる。本大会のワールドワイドスポンサーである「ハイネケン」は、本大会におけるキャッチコピーとして「ルールを知らなくたって、にわかで、いいじゃないか。」と掲げている。わからなくても盛り上がれればその瞬間、盛り上がろうとしない人よりかは楽しい時間を過ごすことができるというメッセージとして読み解くことができるだろう。かく言う筆者もラグビーに関しては素人で、本大会においても、ニュースで結果を知る程度だろうと開催前は思っていたが、このお祭り騒ぎを思わぬところで経験することとなった。
 
1 日本経済新聞「ラグビーW杯 経済効果「4300億円」に期待 20日開幕 」2019年9月19日

2.「新宿の目」

先日新宿駅西口に降り立った私の目に、新宿スバルビル跡地に立てられた「MEGASTORE(メガストア)」とだけかかれたイベントスペースの紫色の看板が入った。新宿スバルビルといえば文字通り「新宿の目」として1960年代から新宿の変化を見守ってきたビルであるが、富士重工業のエビススバルビルの移転に伴いその役目を終え、2018年8月より解体作業が進められていた。その後2019年5月に解体が完了し、小田急電鉄が「SHINJUKU ODAKYU PARK(新宿小田急パーク)」として当分の間、暫定利用することが決まっており、その第1弾として、ラグビーワールドカップの公式店舗「メガストア」が期間限定でオープンしていたのである。

新宿駅チカに立てられたその紫のイベント会場が非日常に思えた筆者の足は、自然とメガストアに向かっていた。会場に着くと様々な国籍の旅行客が行き来しており、そこで初めてラグビーワールドカップオフィシャルストアであることを認識した。外装は日本人が好きそうな「IKEA」や「コストコ」を髣髴させるようなウェアハウス系(倉庫風)の作りで、興味をそそる。入店するとオフィシャルグッズなどで装飾され、各国のユニフォームを着たラグビーファンたちがカゴ一杯に買い物している風景が飛び込んできた。たくさんの外国人が記念品や名産物をこぞって買うワイワイとしたメガストアの空間には、かつて筆者が訪れたことのあるアメリカやオーストラリアの移動式カーニヴァルやサーカスと同様の非日常的な雰囲気が溢れていた。ラグビーに詳しくない人々向けに小物やTシャツなどが集約されているスペースもあり、メガストアに来た記念に何か手に取ってみようと思わせるような売り場作りもされていた。

3.トキ消費からみるラグビーワールドカップ

「トキ消費」と呼ばれるような「いまだけ、ここだけ」と言う価値の下、消費が行われるようになった現代消費社会において、「非再現性」「参加」「貢献」という欲求を満たすことを消費者は求めている。SNSの普及により我々は、非日常をより身近に感じられることができるようになった。「友達の友達は友達」という言葉が以前流行ったが、SNSを開けば友達が、もしくは友達の友達が体験した非日常を「シェア」と言う形で目の当たりにし、非日常は自身から遠いものではないと実感できるようになった。SNSにながれる疑似体験が手に入りやすくなったこと反動で、「いまだけ、ここだけ」という点に人々が価値を見出しているのかもしれない。

メガストアにおいても「トキ消費」が反映されている。

通常スポーツイベントを主体的に盛り上がろうとすると、会場で試合を見る、もしくはパブリックビューイングやスポーツパブなどで他の客と交流しながら楽しむことが想起される。ワールドカップなどの試合の後に渋谷駅に人が集うのも同じ動機で、大勢で盛り上がることで、大勢で「いまだけ」を共有したいのである。しかし、にわかにとっては参加するにはハードルが高い。オフィシャルショップと言う点から見ても、通常、グッズは会場内に開かれた特設のオフィシャルショップで販売されるため、にわかがオフィシャルショップに行く機会も少ないだろう。そういった中で、会場と分離された一般空間に設置されていて、会場内の大勢と一緒に盛り上がらなくても、盛り上がりを感じることができる、すなわち「ワールドカップが日本で開かれている」と実感ができるメガショップでは「非再現性」「参加」「貢献」をゆるく満たすことができるのである。このように「にわか」でも参加しやすいという点は特質すべき点であると言えよう。たとえそのときノリで買ったグッズがタンスの肥やしになったとしても、それはその人にとって「日本でワールドカップがあった証」ではなく、「ワールドカップがあったという事実の証人としての証」になるのである。

4.カーニヴァル化する日本

鈴木謙介はワールドカップやオリンピックの盛り上がりを「日常生活の中に突如として訪れる、歴史も本質的な理由も欠いた、ある種、度を過ぎた祝祭」と表現し、「カーニヴァル化」と名づけている2。現代社会は、共同体や伝統や組織といった確固たる基盤が失われているが故に流動的であり、一方、人々は常に自身の帰属心を得る源泉を求めている。そして今や我々は、確固たるコミュニティに自身を帰属させなくとも、「繋がりうること」によって生まれる共同性によって充足することが可能となった。パブリックビューイングやスポーツパブなどでの他の客と交流は、「ラグビー」という繋がりうることをきっかけとした瞬発的な盛り上がりによって、人々の集団への帰属心の源泉となっている。この瞬発的な盛り上がりが「カーニヴァル化」であり、トキ消費の本質ともいえるだろう。
 
2 鈴木謙介(2005)『カーニヴァル化する社会』講談社現代新書

おわりに

盛り上がったラグビーワールドカップも終わりを迎えつつある。今では国民のお祭り騒ぎとして定着したサッカー日本代表戦も、2002年の日韓ワールドカップで国民がサッカーの「盛り上がり」を生で体験したことがターニングポイントになったと筆者は考える。ラグビーもこのひと月の熱を失わず、日本国民がにわかであり続ければきっと定着するだろう。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
          ニッセイ基礎研究所入社

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2019年10月31日「研究員の眼」)

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