2017年03月31日

製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)-我が国の高度部材産業の今後の目指すべき方向

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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(2)製造や研究開発のスマート化
AIが人間の知能を超えるという「シンギュラリティ(Singularity:技術的特異点)」と関連付けて、「AIは大量の雇用を奪う」との見方も根強いが、AIを活用した未来社会がどのようなものになるかを決めるのは、AIではなく、それを開発・進化させる科学者やそれをツールとして社会に実装・活用する経営者など、人間自身であるはずだ。筆者は、AIを単なる人員削減のための道具として使うのではなく、AIが人間に寄り添いサポートする役割やAIにしか出来ない役割をAIに担わせるように、人間自身が強い意思を持って導くことが重要であり、AIの活用によって、人間はより創造的な業務を行ったり、創造的な時間を享受したりすることが在るべき姿だと考える。

製造業の現場でも、人件費削減ありきではなく、人間が分析・判断するには限界があるほどの膨大な工場関連データや研究開発関連データなどを業務に活かすためにこそAIを活用すべきであり、それによって、フィジカル空間では、ビッグデータの分析時間の短縮(ワーカーは浮いた時間を創造的な活動に回せる)、判断ミスの防止、精緻な予知・予測といったアウトカムがもたらされるだろう。

工場のスマート化では、最終フェーズでは、ドイツが目指すインダストリー4.0のように、機械装置に取り付けられたセンサー等で収集したビッグデータを企業間など組織の枠を越えて活用し、複数の企業間で「つながる工場」を実現することが望ましいが、いきなりそこに到達するのはハードルが高いため、まずはフェーズ1として、自社の工場エリア内でのIoT・ビッグデータ・AI活用の取り組みを早急に進めるべきではないだろうか。先進的な大企業の中には、そのような取組を始める事例が出てきている。

東芝では、半導体のNAND 型フラッシュメモリー事業を担う四日市工場において、制御対象の200機種・5,000台の製造装置や検査装置などが出力する1日20億件超のビッグデータをリアルタイムで収集している26。例えば、欠陥検査工程では、SEM(走査型電子顕微鏡)画像データを1日30万枚取得しているが、これまで人間中心で判定していた分類作業にAIのディープラーニング(深層学習)を2016年春から適用し、自動化率が約30%向上し、分類作業の効率化、属人性を減らし検査品質の安定化に寄与したという。これにより、工程内問題の早期発見と原因特定を行い、歩留まり改善につながったという。

化学大手の三井化学と大手ITベンダーのNTTコミュニケーションズは、ガス製品製造過程において、原料や炉の状態などの51種類のプロセスデータと、ガス製品の品質を示すガス濃度との関係を、AIのディープラーニングを用いてモデル化することにより、プロセスデータ収集時から20分後のガス製品の品質を高精度で予測することに成功したと、16年9月に発表した27。三井化学は、プラント設備の信頼性向上(安全・安定運転)、運転効率化、プラント保全のスマート化を目指し、IoT、ビッグデータ、AIなどを用いた次世代生産技術の活用検討を進めるという。

以上の2つの事例は、AI活用によりプロセス・イノベーションに取り組む事例だ。

一方、製造現場だけでなく、大手化学メーカーなどが手掛ける高度部材である機能性材料の設計・開発工程といった研究開発業務にも、ビッグデータやAIの活用を取り入れようとする動きが出て来つつある。これは「マテリアルズ・インフォマティクス(materials informatics)」と呼ばれる、最適な材料設計のための新たな方法論であり、科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)によれば、「計算機科学(データ科学、計算科学)と物質・材料の物理的・化学的性質に関する多様で膨大なデータとを駆使して、物質・材料科学の諸問題を解明するための科学技術的手法」と定義される。「従来の機能性材料開発は、これまで蓄積してきた多くの組成、構造、物性データをもとに「勘と経験」に基づく仮説をたてて、それを実験によって検証するといったプロセスを繰り返すことで最適な組成、構造を導き出してきた。そのため多くの試作回数、長い開発期間を要してきた。このような非効率な開発プロセスを刷新し、高速な材料開発基盤技術を構築することが我が国素材産業の提案力の高度化、ひいては産業全体の競争力強化につながる」28と考えられている。マテリアルズ・インフォマティクスの狙いは、高速な材料設計によるプロセス・イノベーションとともに、新規材料の探索によるプロダクト・イノベーションの創出だ。

本節にて前述の通り、複数の企業間でIoTにより「つながる工場」を実現するのは、ハードルが高いと述べたが、実は、サポーティングインダストリーを担う危機意識の強い一部の中小企業の間では、つながる工場に向けた取組が進展しており、自前主義や守秘義務への意識が強い大企業より進捗しているように思われる。政府も「第4次産業革命を我が国全体に普及させる鍵は、中堅・中小企業である」(日本再興戦略 2016)と考えている。

例えば、東京都江戸川区では、ステンレス加工、溶接、組み立てといった異なる技術を持つ3つの町工場が「つながる町工場プロジェクト」を推進している29。このプロジェクトでは、インターネットを使った共通のシステムを導入することで、互いの生産工程を一元化し、3つの町工場があたかも1つの工場のように稼働することで、各々の技術を活かした付加価値のある部品を作るのが狙いだ。新たなシステムでは、各工場の作業状況がリアルタイムで見えるため、納期変更に備えた余計な予備日が必要なくなり、これがコストを抑えることにつながるという。また、これまでは大手メーカーの求める製品のみを作ってきたが、プロジェクト効果で捻出された空いた時間で、3社のオリジナル製品の開発も進めているという。

プロセス・イノベーションにとどまらず、プロダクト・イノベーションにもつながり得る取組であると評価できる。本章3節で述べた「サポーティングインダストリーにおける企業間連携」による共同受注・共同開発の体制をさらに進化させた取組と言えよう。
 
26 東芝の四日市工場に関わる以下の記述は、同社HP「四日市工場のご説明」(2016年12月7日)に拠っている。
27 三井化学、NTTコミュニケーションズの本件に関わるリリース資料(2016年9月15 日)を参照した。
28 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「『マテリアルズ・インフォマティクス等に関する周辺動向調査』に係る公募要領」(2016年6月20日)から引用。
29 つながる町工場プロジェクトに関わる以下の記述は、NHKおはよう日本(2016年10月24日)「ITで激変!中小企業のモノ作り」に拠っている。
(3)第4次産業革命による市場の拡大
AIやIoTの重要な要素技術は半導体であり、第4次産業革命により、半導体産業は新たな成長フェーズに入る可能性が高まっている。インターネットにつながるモノの状態を把握するための各種センサーから始まり、AI用半導体として高速処理に対応したGPU(Graphics Processing Unit:画像処理用プロセッサー)やCPU(Central Processing Unit:中央演算処理装置)、データ量の急増に対応するデータセンターのサーバーに記憶装置として搭載されるSSD(Solid State Drive)向けNAND型フラッシュメモリーやサーバー用CPU、通信用無線モジュールなど、AIやIoTのキーデバイスとして用いられる各種半導体の需要が拡大するとみられる。

このように第4次産業革命において半導体の重要性が高まる中、半導体産業の勢力図に大きな変化を及ぼしうる動きが出て来ている。ソフトバンクは、スマホなどモバイル機器向けの半導体設計において圧倒的なシェアを持ち、CPUコアのIP(知的財産権)ベンダーである英アームを、IoT時代のキードライバーとして高く評価し、約3.3兆円で2016年に買収し、半導体事業に参入した。また、グーグルやアマゾン・ドット・コムなどの有力なソフトウェア企業が、半導体の自社開発に乗り出している。グーグルは、AIのディープラーニング専用プロセッサーであるTensor Processing Unit(TPU)を開発し、2015年から自社のデータセンターで利用しているという。韓国のプロ棋士に勝利した囲碁AIのAlphaGo(アルファ碁)にも、TPUを使用していたという。

また半導体以外では、例えば、自動運転に用いる電気自動車(EV)に搭載されるリチウムイオン電池や、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)型バーチャルリアリティ(VR)に搭載される有機ELパネルや高精細液晶パネルなども、IoT時代のキーデバイスに位置付けられるだろう。

第4次産業革命による、半導体、リチウムイオン電池、薄型ディスプレイなどのキーデバイスの市場拡大を受けて、半導体用材料、リチウムイオン電池用材料、液晶ディスプレイ用材料などの機能性部材メーカーは、第4次産業革命の実現に貢献すべく、各材料の需要拡大にしっかりと応えていくことが求められる。

3――おわりに

後編の本稿では、我が国の高度部材産業の競争力強化に向けた今後の在り方について、6つの視点から検討・考察を行ってきたが、ポイントをまとめると、以下のようになるだろう。

<(1) 先端分野での技術優位性を磨き続ける不断の努力>
  • 日本企業が依然として強みを持つ、技術難易度が高い製品群の競争力を支える技術優位性を磨き続ける不断の努力が、部材メーカーにとって不可欠であるとともに、先端分野の研究開発助成など行政の支援も強く求められる。国レベルの技術ポートフォリオ上、フル活用すべき既存技術とともに、「テクノロジードライバー」となる先端技術を併せ持つことが重要。企業体力の強い業界大手や起業家精神旺盛な企業などが先端技術分野のイノベーションを主導することが求められる。
     
<(2) 戦略的パートナーとしての「ソリューションプロバイダー」への脱皮>
  • 部材メーカーが「ソリューションプロバイダー」へ脱皮するためには、顧客の川下メーカーのニーズ把握力、提案力・コンサルティング力、製品開発力・生産技術力・財務力などに裏打ちされた部材開発・生産の実効力を獲得し磨かなければならない。
     
<(3) ポーティングインダストリーにおける企業間連携の推進>
  • ポーティングインダストリーを担う中小企業にとって、企業間連携による共同受注・共同開発の体制構築が有用であり、大企業との連携のチャンスや技能伝承・事業承継問題の解決につながる可能性もある。このような中小企業の企業間連携の推進では、中小企業の技術シーズの掘り起こしや中小企業の情報発信能力向上の促進とともに、行政・公的機関による支援が期待される。
     
<(4) 川下のエレクトロニクス産業の復権>
  • 高度部材産業とマザー工場に進化した比較優位を持つ川下産業が国内にバランスの取れた形で集積し、濃密かつ迅速な擦り合わせにより互いに技術を磨き合うことが、製造業の国際競争力の源泉となるため、川下の電機産業の復権が望まれる。2000年代以降、アップルが日本の電機メーカーに代わって、優れた日本の部材メーカーをいち早く見い出してきたが、優れたサプライヤーをきめ細かく厳選するスタンスは、社会的ミッションの実現が起点となっている。「社会変革への高い志・思い」を経営の原動力とする視点は、川下メーカーだけでなく部材メーカーにおいても、組織風土として醸成しなければならない。
     
<(5) オープンイノベーションの場の形成>
  •  社会を変える革新的な製品・サービスの開発には、外部の叡智や技術も積極的に取り入れる「オープンイノベーション」が必要となっている。多様な企業や大学・研究機関の研究者・エンジニアが連携を図れる「場」として産業支援機関の役割が重要だ。我が国では、科学的で高度なイノベーション創出を本格的に支援する産業支援機関の整備が遅れている。成功事例のベルギーIMECのように、産業支援機関が研究企画力や技術サービス力を磨くことで、異質で多様な叡智を世界中から引き寄せ、適正なサービス使用料の徴収により結果として組織の自立化を図る必要がある。高度部材産業についても、産学官連携を促進するオープンイノベーションの場が求められ、三重県が先駆的取組を展開している。
     
<(6) 製造業の重要性が高まる第4次産業革命での積極的な貢献>
  • AIやIoTの重要な要素技術は半導体であること、AIによるビッグデータ解析が活かされるのは、インターネットにつながったモノが存在するフィジカル空間であることから、第4次産業革命では製造業の重要性が高まる。高度部材産業と川下産業には、製造や研究開発のスマート化の推進により、業務効率化や新技術・新事業の創出が望まれる。危機意識の強いサポーティングインダストリーでは、「つながる工場」の実現に向けた取組が進む。新たな成長フェーズに入る半導体に加え、自動運転に用いるEV用リチウムイオン電池やHMD型VR用薄型パネルなども、IoT時代のキーデバイスに位置付けられ、機能性部材メーカーは、第4次産業革命の実現に貢献すべく、これらのキーデバイス向け材料の需要拡大にしっかりと応えていくことが望まれる。


以上の6つの視点を踏まえて、産学官での取組を加速させることにより、我が国のエレクトロニクス産業の復権と高度部材産業の競争力強化を図ることが求められる。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

(2017年03月31日「基礎研レポート」)

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