2017年03月31日

製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)-我が国の高度部材産業の今後の目指すべき方向

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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1――はじめに

前編の前稿1では、エレクトロニクス系製品分野を中心に、競争力等の視点から我が国の高度部材産業の現状と課題について考察した。前編のポイントを再掲すると、以下の通りである。
 
  • 日本のエレクトロニクス産業の国際競争力が急速に低下する一方、これらのエレクトロニクス製品を支える高度部材(機能性部材およびサポーティングインダストリー)の分野では、日本メーカーが依然として高い競争力を有しているものが散見される。
     
  • しかしながら、エレクトロニクス製品を支える高度部材の分野では、これまで日本企業が優位に立ってきたが、足下では一部の製品で韓国・台湾・中国などのアジア勢を中心とした海外メーカーの追い上げもあり、競争力が低下しつつある。日本の高度部材産業は、これまで日本の川下産業との緊密な擦り合せにより、技術力を向上させてきた面が強いため、川下のエレクトロニクス産業の競争力低下が一部の高度部材の競争力低下に拍車をかけている可能性がある。
     
  • これまで高い国際競争力を有してきた日本の高度部材産業では、一部の製品で競争力に陰りが見え始めている一方で、電子材料分野では、ArFフォトレジストやシリコンウエハーなど先端の半導体用材料、リチウムイオン電池用材料のセパレーター、金型分野では、高精度金型、アルミやハイテン(高張力鋼)など難加工材に対応したプレス金型など、技術難易度が高い製品群では、日本企業が依然として高い競争力を維持している。
     
  • アップルは、世界中の数多くの企業の中から、我が国の一部の中小企業が持つ技術をピンポイントで探し当て、それらの企業を重要なサプライヤーと位置付け、当該技術を製品開発に活かしているケースがみられる。このことは、アップルが社外の技術知見・ノウハウに関して卓越した情報収集力・目利き力・探索力を有するとともに、製品開発に最適な技術を世界中から何としてでも掘り起こすという強い気概・情熱を持っていることを示していると思われる。日々の偶然の出会いを大事にして、それを手掛かりに貪欲かつ愚直に情報収集・探索を行い、イノベーション創出にとって重要な情報を引き寄せるスタンスがうかがえる。
     
  • 高度部材産業と川下産業が国内にバランスよく集積することは、両者間での迅速かつ高度な擦り合わせを可能にするという視点にとどまらず、部材産業側の開発のモチベーションを維持するという視点にとっても重要である。部材メーカーとしては、国内の川下産業とともにイノベーションを起こし成長・発展したいとの気概を常に持ち続けることが、日本の産業競争力を強化する上で、極めて重要であると思われる。


後編の本稿では、前編での考察を受けて、まとめとして我が国の高度部材産業の競争力強化に向けた今後の在り方について、エレクトロニクス系高度部材産業を中心に検討を行うこととしたい。
 

2――高度部材産業の競争力強化に向けた6つの視点

本章では、6つの視点から、我が国の高度部材産業の今後の目指すべき方向についてまとめることとする。
 
1先端分野での技術優位性を磨き続ける不断の努力
前編4章で考察した通り、これまで高い国際競争力を有してきた日本の高度部材産業では、一部の製品で競争力に陰りが見え始めている一方で、技術難易度が高い製品群では、日本企業が依然として高い競争力を維持している。これらの製品群を維持強化すべく、その競争力を支える技術優位性を磨き続ける不断の努力が、日本の部材メーカーにとって、まず不可欠ではないだろうか。先頭を走るフロンティアとして技術を磨き続ける努力がなければ、海外の後発メーカーに追い上げられるリスクを高めることになりかねない。

一方、これまでにも海外メーカーの激しい追い上げに直面してきた日本の部材メーカーの中には、「技術難易度の高い先端分野で比較優位を一時的に持てたとしても、海外の後発メーカーにいずれキャッチアップされる」との想定の下で、この分野に経営資源を積極的に割かないという考え方を採る企業もあり得るだろう。先端技術分野では、研究開発に要するリードタイムが相対的に長く、投資規模も相対的に大きいため、研究開発に伴うリスクが大きい。また、先端技術分野のみにこだわらず、既存の成熟した「枯れた技術」を活かし切り、そこから残存者利益を安定的に確保する工夫も、企業戦略上極めて重要だ。しかし、だからと言って、我が国の部材産業がこのような先端技術分野において何も手を打たずに、海外メーカーの追い上げを待つだけのスタンスでよいだろうか。

筆者は、我が国では、フル活用すべき枯れた技術に加え、「テクノロジードライバー」と位置付けるべき先端技術を併せ持つことが、国レベルでの技術ポートフォリオ上、不可欠であると考える。先端技術分野に関わるイノベーションを社会の課題解決に向けて先導することは、欧米とともに先進国としての我が国が産学官を挙げて取り組むべき責務であり、また産学官の叡智を結集してそれに成功すれば、グローバル競争が激化する下で我が国の部材産業が差別化を図ることにつながっていくと考えられる。研究開発のリスクに耐えうるだけの強い企業体力を有する業界大手や、社会課題解決という社会的ミッションの実現に向けてハードルの高い研究開発に挑み、それをやり抜く気概を持つ起業家精神旺盛な企業などが、先端技術分野に関わるイノベーションを担い主導することが求められる。

また、現時点での先端技術は、次世代の製品開発につながり得ることにも着目すべきだ。例えば、薄型ディスプレイ分野では、低温ポリシリコン(LTPS:Low Temperature Poly-silicon)や酸化物半導体2といった先端のTFT(薄膜トランジスタ:Thin Film Transistor)基板技術は、共通のバックプレーン技術として、現行の液晶パネルだけでなく、次世代の薄型ディスプレイとして注目される有機ELパネルにも活用されている。

先端分野の高度部材や川下製品に関わる研究開発については、個別企業での技術優位性を磨く自助努力に加え、国・政府系関係機関の競争的研究資金等による産学官連携プロジェクト等への研究開発助成3や、産学官連携促進の触媒機能を担うオープンイノベーションの拠点整備(本章5節にて後述)などの行政支援も強く求められる。
 
2 代表的な酸化物半導体として、シャープが世界で初めて量産化に成功したIGZOが挙げられる。IGZOは、In(インジウム)、Ga(ガリウム)、Zn(亜鉛)、O(酸素)から構成される。
3 前編の4章1節(3)にて述べた通り、九州大学・安達千波矢主幹教授が開発に成功した、革新的な有機EL発光材料であるTADF材料は、内閣府最先端研究開発支援プログラム(通称:FIRST)の中で生み出された。本事案は、行政による高度部材分野での科学研究助成の重要性を示す、非常に顕著な事例の一つと考えられる。
2戦略的パートナーとしての「ソリューションプロバイダー」への脱皮
我が国の高度部材産業は、日本の半導体用材料メーカーの強みとして前編4章で指摘した「ソリューションプロバイダー」への脱皮を志向することが求められる。そのためには、顧客の川下メーカーのニーズを的確に把握しつつ、顧客先での製品開発や製造プロセスにブレークスルーをもたらしうる独創的な提案を行い、それを着実に実行するための一連の能力、すなわち顧客との濃密なコミュニケーションを通じたニーズ把握力、提案力(コンサルティング力)、製品開発力・生産技術力・財務力などに裏打ちされた部材開発・生産の実効力を獲得し磨かなければならない。

経済産業省が2005年に策定した「新産業創造戦略2005」では、当時の日本の高度部材産業の強みについて、「川下ユーザーの戦略も踏まえた中期・継続的な部材開発に取り組み、川下ユーザー側からは発想の困難な潜在的ニーズを、提案型ビジネスにより顕在化させ、市場における100%の占有率を誇るなど新しい付加価値創造へとつながっている場合が多い。この結果、いわゆる「下請」としての「中間財供給業者」の立場を脱し、川下ユーザー産業と「イコールパートナーシップ」の関係を構築している」と指摘されている。日本の部材メーカーは、この「戦略的パートナーとしてのソリューションプロバイダー」の視点に今こそ立ち返ることが求められている。
3サポーティングインダストリーにおける企業間連携の推進
サポーティングインダストリーを主として担う中小企業にとって、単独で大企業などパートナー関係を築くべき相手を見つけ出すことはハードルが高いと感じることが多いと思われる。このような場合、複数の中小企業が連携して共同受注・共同開発の体制を構築すれば、大きな相乗効果が生まれる可能性があると考えられる。このようなヨコ(水平方向)の連携関係が、前編の4章2節で述べたサポーティングインダストリーが抱える技能伝承・事業承継問題の解決への突破口になる可能性もあるだろう。

このような中小企業の企業間連携の成功事例の1つとして、三重県の強力な支援を受けて、四日市市のものづくり中小企業16社が共同出資により2011年に設立した、「試作サポーター四日市」4が挙げられる。同社は法人形態をとり、金属切削加工や機械部品加工など16社の持つ幅広い技術力と開発力を活かし、試作パートナーを探している顧客を共同で開拓している。IH(電磁誘導加熱)技術を活用した「IHチャーハン炒め機」が大手コンビニエンスストアの調理器具として採用されるなどの成果を上げている。

また、前編3章で東陽理化学研究所の事例考察にて言及した燕市では、2003年に燕商工会議所が事務局となり、米アップルの携帯音楽プレーヤー「iPod」の背面ボディーの鏡面仕上げなどを手掛けた研磨業者22社で共同受注を行う「磨き屋シンジケート」を発足させた5。同シンジケートでは新規顧客の開拓を強化し、大ロットの受注にも対応することを目的としており、顧客のあらゆる要望(技術・ロット・コスト)に応えるサービスの提供に取り組んでいる。

このような中小企業間の連携などにより、内外の大企業からの受注実績が積み重なってくれば、中小企業にとってそれが強力なプレゼンス構築につながり、大企業から製品開発に関わる相談を持ちかけられるなど大企業との連携へとチャンスが広がる可能性が高まるだろう。このような好循環に入れば、場合によっては東陽理化学研究所の事例のように、大企業からの出資を受けてその傘下に入り、大企業の経営資源をフル活用できるポジションを獲得できる可能性も出てくるとみられる。

試作サポーター四日市の事例では三重県、磨き屋シンジケートの事例では燕商工会議所が各々重要な役割を果たしており、中小企業の企業間連携では、行政や公的機関が触媒役となって促進・支援することが期待される。

また、中小企業は折角優れた技術を持っていても、それを形式知化できておらず、売り込みをうまく行えないケースも多いと思われる。中小企業の技術シーズの掘り起こしや中小企業の情報発信能力の向上に対する支援は、中小企業連携の促進・支援とともに、行政・公的機関による重要な産業支援機能の1つであると考えられる。
 
4 2009年に14社で活動を開始した。資本金は800万円。
5 磨き屋シンジケートに関わる記述は、サービス産業生産性協議会ホームページ「ハイ・サービス日本300選/第9回受賞企業・団体」から抜粋・要約した。
4川下のエレクトロニクス産業の復権
(1)川下産業と高度部材産業のバランスの取れた国内集積が重要
前編4章で考察した通り、一部の電子材料では、これまでの圧倒的な競争力に陰りが見え始めている。海外の部材メーカーの追い上げに加え、川下のエレクトロニクス産業の競争力低下が、日本の部材産業の競争力低下に拍車をかけているとみられる。

一方、画期的なイノベーション創出は、バーチャルなコミュニケーションではなく、フェースツーフェースの濃密なコミュニケーションが起点となることが多いとみられる。このため、イノベーションによる我が国の国際競争力強化の視点からは、比較優位を持つ川下産業と高度部材産業が国内にバランスの取れた形で集積し、双方向の濃密な擦り合わせを行うことが望ましいと考えられる。高度部材産業と川下産業の濃密かつ迅速な擦り合わせにより、両者が切磋琢磨して互いに技術を磨き合うことが、製造業の国際競争力の源泉であることに変わりはなく、我が国もこの視点に今こそ立ち返らなければならない。また、前編の4章1節③で日本の有機EL材料メーカーのエンジニアの言葉を引用したように、部材メーカーでの開発のモチベーションを維持するためにも、国内に比較優位を持つ川下産業が存在することが不可欠であると考えられる。

なお、競争力のある川下産業の国内製造拠点は、技術開発や設計・試作などの機能を併せ持ち、海外を含め他拠点へ展開する上でのベースとなる生産技術を育み、国際分業体制やサプライチェーンの中核を担う、旗艦拠点としての「マザー工場」に進化することが求められる。激しい国際競争にさらされながら、国内に競争力の高い生産機能を維持・強化する努力を行っている企業を国・自治体が積極的に支援することが極めて重要であり、そのための重要な視点としてマザー工場化を挙げることができる6
 
6 マザー工場化の推進を支援する行政施策については、拙稿「アベノミクスの設備投資促進策」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年7月31日を参照されたい。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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