2024年04月15日

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5――国と企業の微妙な温度差

[図表7]中国向け・半導体製造装置の輸出額 各国の半導体戦略が同時期に動き始めたことで、企業の経営戦略は複雑さを増している。国は安全保障面から半導体のサプライチェーンを変えようとしているが、企業のサプライチェーンは需要先である市場と密生に結び付いており、短期間で大きく変えることは難しい。また、各国の市場は、利益創出を目的とする企業にとって、それぞれ重要であり、必ずしも国の利害と一致しない面があるのも事実である。それを良く表しているのが、日本の中国向け・半導体製造装置の輸出状況である[図表7]。

日本の中国向け・半導体製造装置の輸出額は、米国が対中規制を強めた2018年頃に一度大きく増加し、その後も右肩上がりに増加している。これには、米国の規制強化を前に、中国が半導体製造装置の前倒しで調達を急いだことが要因と言われている。このような状況は、日本が米国など同盟国・同士国と連携を深める姿と矛盾した姿となっており、企業の利益が国益と必ずしも一致しないことを映し出している。

ただ、半導体のサプライチェーンを分断する動きは加速している。例えば、米国のCHIPSプラス法は、米国から資金支援を受けた企業に10年間、中国を含む懸念国での投資を禁じている。いわゆる、ガードレール条項と呼ばれる制約は、企業が懸念国において、先端半導体の製造能力を5%以上、レガシー半導体の製造能力を10%以上高めることを禁止し、懸念国の企業と共同研究や技術供与することも禁じている。既存施設での生産は継続することができるものの、新規の供給拡大を厳しく制限されたことで、技術水準の向上による市場シェアの低下は避けられそうにない。時間がたつほど、サプライチェーンの分断が進む仕掛けとなっている。
[図表8]中国の最終需要への依存度(国・地域別) 米国が主導する世界の分断は、とりわけ日本の半導体産業にとって、大きな影響を及ぼす可能性が高い。経済協力開発機構(OECD)の「Inter-Country Input-Output Tables」(2023年版)に基づいて、日米欧の産業別生産額における中国の最終需要への依存度(生産誘発依存度)を求めると、2020年時点の依存度は、コンピュータや電子製品などを含む「コンピュータ、電子製品、光学製品製造業」、集積回路など半導体等電子部品を含む「電気機器製造業」、半導体製造装置や工作機械などを含む「機械器具製造業」のいずれにおいても、日本が最も高くなっている[図表8]。
[図表9]日本における中国の最終需要への依存度 生産誘発依存度は、各産業の生産額が中国の最終需要に、どの程度誘発されたものであるかを示したものである。中国がWTOに加盟した2001年以降、半導体関連産業の生産誘発依存度は上昇を続け、日本の対中依存度は拡大の一途をたどっている[図表9]。米国による対中強硬政策は、急速に先鋭化しつつあり、日本に同様の措置を求める圧力も増している。米中のデカップリングという最悪を想定した場合、日本企業が深刻な影響を被ることはほぼ間違いない。企業には、悪化する国際情勢の変化に備えることが、これまで以上に求められる。

6――サプライチェーン分断と企業経営

6――サプライチェーン分断と企業経営

各国は国益に沿わない技術流出を、これ以上容認しない姿勢を示している。特に米国は、2022年10月の対中半導体輸出規制の発行に際し、通常の告知コメント手続(利害関係者との間で意見交換する仕組み)を経ない形で暫定最終規則を公表し、その大部分を即日施行するなど、国家の安全保障を経済に優先させことを明確にしている。今後、米国がどこまで規制を強化し、どこまで各国が追随するかは予見できないが、半導体が覇権争いの中核に位置付けられている以上、規制は強化されて行く可能性が高い。企業としては、米中双方の市場で利潤追求したいとの思いが強いだろうが、その実現はより困難さを増していくことが予想される。

現在、各国は半導体振興策により、世界的な半導体サプライチェーンの再構築を進めている。米国や欧州、日本などは、半導体の生産拠点や関連産業を国内に誘致し、価値観を共有する国と協力して不足を補おうとする一方、中国は他国に依存しない自前技術に基づくサプライチェーン構築に動いている。俯瞰して見れば、対中強硬姿勢に傾く米国と、緩やかに連携する日本と欧州という構図であり、各国企業が国の経済安全保障戦略に、基本的には合わせて動くだろうことを踏まえれば、中国との分断は一層進む方向にあると考えられる。すでに先端半導体の分野では、モノや技術を中国に出していくことが難しくなっている。企業は今後、中国市場で先端技術に依らない競争を強いられるだろう。そのとき、国からの強力な支援を受けて、技術競争力を高めていく中国企業と、どのように競争していくかは考えなければならない。ただ、中国が国内完結のサプライチェーン構築を目指す以上、技術水準の変わらない分野では、国内企業が優先されると考えることは自然である。技術面の優位性が低下した自動車企業が、中国市場でシェアを落としているように、市場やサプライチェーンの分断は、時間が経過するほど進む可能性がある。

仮に、以上のようなサプライチェーンの分断が、今後進んでいくことを前提とすれば、企業は早急に対策を講じる必要がある。サプライチェーンの再構築は、企業にとって「言うは易く行うは難し」であるが、外部環境の変化は待ったなしに進んでいる。各国の補助金を梃子にした政策は、企業にとってコストを下げるアメであるが、見方を変えれば、企業が中国にある製造能力を放棄する見返りであり、回収できない投資損失を穴埋めする補償の前払いである。企業が将来起こり得る損失を最小化しようとする場合、いまある産業補助金の活用は有用な選択肢となり得る。

なお、欧米を中心としたサプライチェーンの再構築は、企業にとって将来の事業基盤を築く、絶好のチャンスとなる。新たに構築されるサプライチェーンに参加し、確固とした地位を築くことができれば、収益源の多様化や製造能力の地理的分散を進めることができる。それは、企業が抱えた問題のいくつかを解決することにつながるだろう。この機会を活かし、如何に迅速に将来を見据えた動きができるか。それが勝負の分れ目となりそうである。

7――おわりに

7――おわりに

欧米を中心に進むサプライチェーンの再構築は、電機産業の生産基盤をフルラインナップで有し、モノづくりを得意とする日本にとって、決して悪い話ではない。既にある半導体製造装置や部素材などの強みを活かしながら、先端半導体の分野でも勢いを取り戻すことができれば、世界のサプライチェーンの中核を担うこともできるだろう。

ただ、その実現には、成長ドライバーである企業が、積極的にリスク・テイクしていくことが欠かせない。企業は、それぞれの見通しをもとに事業戦略を立案し、最適解を導き出していく。国はそのような企業を支援するため、諸外国の動きに不意を突かれることがないよう対話を重ね、国際協調の枠組みなども使いながら、予見可能性の高いビジネス環境を作ることが必要である。また国内では、政府方針を分かりやすく説明し、民間が国と方針を摺合せていける場を設けることも必要だろう。

各国の半導体戦略は、2030年頃までに自国・地域内でサプライチェーンを完結するという目標に向かって動き始めている。各国がそれぞれに戦略を形にした場合、国ごと・地域ごとに出来た複数のサプライチェーンが、緩く結合する世界ができているかもしれない。覇権争いの中核にある半導体産業が、今後どのような発展を遂げるのか。経済・産業面だけでなく、地政学の面からも大注目である。

【参考文献】

・太田泰彦(2021)『2030半導体の地政学 戦略物資を支配するのはだれか』日本経済新聞出版
・磯部真一「米国で盛り上がる半導体産業の振興と輸出管理」JETRO地域・分析レポート(2022年12月28日)
・角田昌太郎「米国の半導体関連政策の動向」国立国会図書館調査及び立法考査局No. 1234(2023年4月18日)
・片岡一生「バイデン政権の半導体サプライチェーン政策、米国内投資を促進」JETRO地域・分析レポート(2023年5月9日)
・経済産業省「半導体・デジタル産業戦略」(2023年6月)
・藪恭兵「従来の輸出管理から脱却へ、企業はどう対応すべきか(世界、日本)」JETRO地域・分析レポート(2023年9月8日)
・笠間 太介 久保田 巧輝 ほか「サプライチェーン分断時代をどう生きるべきか~正解のない課題と求められる経営判断力~」富士山会合ヤング・フォーラム(2023年11月13日)
・金丸恭文「半導体戦略の成否が国家の未来を決める」わたしの構想No.68、NIRA総合研究開発機構(2023年12月1日)
・神田茂「米中対立と相互の経済的規制措置-主な措置の概要と狙い-」参議院常任委員会調査室・特別調査室462号(2023年12月18日)
 
 

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴
  • 【職歴】
     2011年 日本生命保険相互会社入社
     2017年 日本経済研究センター派遣
     2018年 ニッセイ基礎研究所へ
     2021年より現職
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2024年04月15日「基礎研レポート」)

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【分断を深める半導体産業-日本への影響と企業の生存戦略】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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