コラム
2001年07月02日

不透明感増すユーロ圏経済と英国のユーロ参加の行方

経済研究部 上席研究員   伊藤 さゆり

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1.先行き不透明感増すユーロ圏経済

2001年初の時点では、今年の欧州経済は低インフレと堅調な景気の拡大を実現し、対米景気格差の縮小や金利差の逆転などでユーロ安に歯止めがかかるとの見方が優勢であった。しかし、上半期中にユーロ圏の景気減速は鮮明化する一方で物価上昇テンポは加速(下図)、ユーロ相場は、欧州中央銀行(ECB)の政策対応の遅れへの不信感もあり年初をピークに再び減価基調に転じた。
年初の楽観的な見通しに狂いが生じた理由は主として二つである。第一は景気の下振れリスクとして外部環境悪化の影響が過小評価されていたことである。欧州は貿易面で域内依存度が高いため米国の景気減速の影響を受けにくく、ユーロ導入を前に財政、企業、労働市場の改革が進められた効果から内需は底固いと見られていた。しかし、実際には輸出を通じた直接的な影響に加え、欧州企業が事業再編の過程で米国への投資に積極的に取り組んだ結果、企業業績を通じた影響の度合いが高まったこと、クロスボーダーな資本移動を通じた株価の連鎖的な下落などから、米国の景気減速の影響は予想を上回るものとなった。第二の物価上昇テンポの加速は、昨年の原油高の二次的影響に加え、天候不良や狂牛病・口蹄疫の影響から食品価格が高騰したことによるものである。
   今後、ユーロ圏の景気は、輸出の不振、設備投資の抑制に加え、個人消費が雇用の改善ペースの鈍化、消費マインドの悪化、消費者物価上昇の影響から鈍化することで、さらに減速するものと予想される。しかし、一部で懸念されているようなスタグフレーションに至るリスクは小さい。インフレの主要因となった原油高やユーロ安による圧力が下期からはマイナスに転じること、景気減速下で賃金の伸びの抑制などから、インフレ率は徐々に落ち着く見込みである。ECB はインフレ鈍化が確認され次第、追加利下げに踏み切るであろう。減税による下支え、秋口以降の米国の持ち直し、金融緩和の効果などから、2002年入り後にユーロ圏経済は緩やかに回復に向かうと予想される。

2.英国のユーロ参加のハードル

英国では、6月7日の総選挙で与党・労働党が圧勝したことでユーロへの早期参加観測が台頭した。ポンド相場は、与党勝利が確実になった選挙戦の後半から、ユーロ参加に向けて対ユーロで1~2割割高とされるポンドの減価調整を急ぐとの思惑からポンド売りが加速した。総選挙後の12日には、対ドル相場が一時16年振りという安値をつけたことで(下図)、中央銀行のイングランド銀行、財務省は揃ってユーロ参加への慎重な姿勢を強調し、市場を牽制、対ドル、対ユーロ相場は落ち着きを取り戻した。
   実際には、与党は総選挙での勝利で英国のユーロ参加に向けたハードルの一つを乗越えたに過ぎない。この先には、対ユーロ為替相場の調整と国民投票という大きなハードルが残されている。
   対ユーロでの為替の安定は、英国がマーストリヒト条約で規定されているユーロ参加国に共通する5つの条件のうち唯一満たしていないものである。「対ユーロでの為替安定を図るプログラム『ERMⅡ』に2年以上参加」という規定に対し、英国はポンド危機で前身のERM から離脱しており、現在もERMⅡに参加していない。当局者の発言からは、この条件は、ある程度柔軟に適用される見込みであるが、経済の安定を保ちながら、英国にとって持続可能でユーロ圏諸国にとって受入れ可能な水準に為替相場を調整するという難題に取り組む必要がある点に変わりない。
   国民投票についても、世論調査で6~7割がユーロ参加に反対という結果が出ている現段階では賛成多数となる可能性は決して高くない。英国政府は国民投票前に独自に設けた5つの条件の検証結果を明らかにする予定であるが、ここで、国民に対して、ユーロ参加による国益を説得力のある形で示す必要がある。
   新政権が5年の任期中にユーロ導入のプロセスを完了させるためには事前の準備期間は2年程度に限定される。果たして英国は限られた時間の中で、これらのハードルをスムーズに乗越え得ることが出来るのか。ユーロ圏の良好な経済パフォーマンスの実現、ユーロとECBの信認向上の成否も重要な鍵となろう。

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経済研究部   上席研究員

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
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