2024年09月06日

14年振りの英労働党政権-短かったハネムーン期間

基礎研REPORT(冊子版)9月号[vol.330]

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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本稿公表のタイミングは、7月4日の英国総選挙で勝利した労働党のスターマー新政権の発足から2カ月の節目、通常なら新政権を国民やメディアが温かく見守る「ハネムーン期間」にあたる。

しかし、新政権のハネムーン期間は、あったとしてもごく控えめで、すでに終わったようにも見える。YouGovの世論調査によれば、政権発足後、スターマー首相を「好感している」という回答の割合は上昇し、「好感していない」が上回る状況が一旦解消したが、1カ月も経たないうちに政権発足前の状態に戻ってしまった[図表]。
[図表]スターマー党首/首相への好感度

議席数獲得数と真の得票率の乖離

スターマー政権のハネムーン期間が長続きしない可能性は、当初から指摘されてきた。議席数が示すほど、幅広い支持を集めた訳ではないからだ。

7月の下院選での労働党の獲得議席は過半数を大きく超えたが、得票率は34%で前回19年の32%からわずか2ポイント上昇しただけだ。単純小選挙区制は二大政党に有利だ。今回は、長期政権を維持した保守党がオウンゴールを重ねて支持を失い、新党の右派ポピュリスト政党のReformUKが14%の票を獲得した。右派の票が割れたことが、労働党の地滑り的な勝利をもたらした。

実は、労働党の「真の得票率」は3割よりも、さらに低い。今回の下院選挙の投票率は59.9%と2001年以来の低水準であった。その上、そもそも投票率の分母に含まれない有権者登録をしていない人々の割合が、若年層を中心に高まっている*1
 
*1 Toby James “Voter turnout lowest in decades – an expec ted resul t and electoral rules may have played a role” The Conversation, July 9, 2024

暴動の拡大と移民を巡る深刻な分断

スターマー政権のハネムーン期間の終わりは、英国内での反移民、反イスラムを主張する暴動の拡大と重なった。

暴動のきっかけは、7月29日にイングランド北西部サウスポートのダンス教室で女児3人が刃物で殺害された事件の17歳の容疑者が「ボートで英国にきたイスラム教徒」という偽情報が拡散したことだ。英国の公共放送BBCは、影響力の強い複数の「インフルエンサー」が情報を拡散し、抗議行動を呼びかけたと伝えている*2。

YouGovの世論調査によれば*3、国民から「暴動に多大な責任がある」と見られているのは「暴動への参加者(回答者の71%)」、「ソーシャルメディア(同56%)」、「極右グループ( 同53%)」である。「労働党政権( 同17%)」、「スターマー首相( 同16%)」という回答は、ReformUK党首の「ナイジェル・ファラージ(26%)」、「保守党による前政権(24%)」より低い。

ただし、スターマー首相の暴動への対応は全体では「悪い」を選択した割合が49%で「良い」の31%を上回る。「悪い」という回答は、保守党の支持者では69%、移民政策を看板とするReformUKの支持者では89%を占める。ReformUKは下院選で「賃金の引上げ、公共サービスの保護、住宅危機の解消、犯罪の削減のため」の不必要な移民の凍結、不法移民の拘留と強制送還、外国人犯罪者の即時退去など移民管理の強化を訴えた*4。暴動を引き起こした人々を表す言葉として、全体ではスターマー首相が用いた「凶悪犯(67%)」や、「暴徒(65%)」、「人種差別主義者(%8%)」を選んだが、ReformUKの支持者は「正当な懸念を持つ人々」を選択する割合が49%で最も高い。

スターマー政権も国境管理と警察機能強化を挙げており、新議会の施政方針「国王演説」には関連法を整備する方針が盛り込まれたが、右派は「生ぬるい」との批判を止めないだろう。
 
*2 [解説]イギリスの騒乱はなぜ起きたのか、BBC NEWS JAPAN、2024年8月9日
*3 Difford and Smith “The public reaction to the 2024 riots” YouGov UK, August 06, 2024
*4 Our contract with you: Reform UK Manifesto 2024

厳しい財政制約、使命は実現できるか?

スターマー政権は期待値が低いだけに、実績が期待を超える余地も大きい。移民や治安対策、医療、教育など公共サービスの改善、成長の加速とクリーンエネルギー大国化というマニフェストで掲げた使命に着実な成果を挙げれば、政治不信や社会の分断にも歯止めが掛かるだろう。

新政権の行方を占う試金石として10月30日に公表される2025年予算案に注目したい。

(2024年09月06日「基礎研マンスリー」)

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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