コラム
2024年07月01日

英労働党政権誕生で変わること、変わらないこと

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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選挙戦最終盤でも労働党の大幅なリードは変わらず

7月4日の英国の総選挙では14年ぶりの労働党政権の誕生が見込まれる。選挙戦に入ってから、労働党の支持率は低下気味だ。原因は、英国が、EU離脱の国民投票に向かう一因ともなったナイジェル・ファラージ氏が新たに立ち上げた「Reform UK」、自由民主党(LDP)が支持を伸ばしていることにある。それでも、労働党が与党・保守党を20ポイントほどリードする状況は変わっていない。

失点続きの保守党の支持率が回復しないのは当然だろう。保守党内を二分したEU離脱を巡る混乱、ジョンソン元首相を退任に追いやったコロナ禍の行動規制下でのパーティー疑惑、トラス前政権期の大規模減税策を巡る混乱、さらに選挙戦に入ってからもスナク首相がノルマンディー上陸作戦80周年記念式典の途中退席して批判を浴びた上に、スナク首相の側近や保守党議員らによる選挙日程を巡る賭博疑惑まで飛び出した。

5日日本時間午前に大勢判明、保守党は歴史的大敗を喫する可能性

英国の下院選では二大政党以外の票の獲得は難しいとされる。各選挙区から1名の当選者を選ぶ単純小選挙区制では、死票を嫌う投票行動で、二大政党以外の議席獲得が阻まれやすい。実際、2019年の選挙では定数650に対して保守党が376議席、労働党が197議席と9割近くの票を獲得した。地域政党の壁もある。2019年の選挙で第3党となったのはスコットランドで48議席を獲得した地域政党のスコットランド民族党(SNP)である。ウェールズ、北アイルランドでも、地域政党がそれぞれ安定的に議席を占める(図表1)。

ただ、今回は異例の展開になるかもしれない。Electoral Calculusの議席予測(6月27日更新)によれば、LDPは8議席から71議席に大幅に増加、Reform UKも新たに6議席を獲得、緑の党の獲得議席も前回の1議席から3議席に増える。地域政党ではスコットランドで動きがある。2015年の総選挙以降、国政に打って出たSNPがスキャンダルに足をとられて大きく議席を減らす見通しである。SNPの議席減は、SNPの国政進出以前にスコットランドで多数の議席を有していた労働党への追い風となり、465議席で単独過半数を確保する。一方、保守党は376議席から65議席への大幅な減少が見込まれている。現実のものとなれば、LDPを下回り、最大野党としての地位も得られない歴史的な大敗である。

労働党は、議席数では、保守党の長期政権から労働党政権に交代した1997年のブレア政権の誕生時(418議席)を上回る大勝が見込まれるものの、当時のような熱気はない。ブレア党首(当時)は「ニューレイバー」、旧来の社会主義でもなく新自由主義でもない「第3の道」を掲げ、政策転換への期待を集めた。今回は、労働党は「変化」を掲げるが、勝利をもたらすものは政策への期待ではなく、敵失であることが、熱気が乏しい理由であろう。

4日は、投票が締め切られる英国時間午後10時(日本時間5日午前6時)に出口調査の結果が公表、開票結果は午後11時頃から判明し始め、午前7時(同午後3時)頃に最終結果が判明する。

労働党の勝ち方以上に、保守党の負け方が、見出しとして大きく取り上げられることになりそうだ。
図表1 2024 年英国下院選議席予想

世論調査通りなら5日にはスターマー首相が誕生、労働党マニフェストが政策の叩き台に

総選挙が世論調査通りの結果となった場合、翌日の5日には労働党のスターマー党首がバッキンガム宮殿で国王チャールズ3世から任命を受け、首相に就任、ダウニング街10番地の首相官邸前で首相として最初の演説を行う。6~7日の週末にかけて政府が樹立、閣僚の任命が行われる。基本的には労働党の影の内閣のメンバーが新政権の閣僚に就任する見通しである。

新議会は9日に召集され、17日に行われる見通しの国王の演説で、会期中の優先事項と計画が示される。

有権者の関心が高い経済、NHS、不法移民対策重視の姿勢は政権交代後も変わらず

労働党は「変化」を掲げたマニフェストで、(1)経済成長の加速、(2)英国をクリーン・エネルギー大国にする(エネルギー政策)、(3)街路を取り戻す(治安対策)、(4)機会への障壁を打ち破る(教育政策)、(5)将来に適応したNHS(国民保険サービス)を構築することを「5つの使命」、長期の目標と位置付けている。

その上で、「変化のための第1歩」として優先的に取り組む課題を6つ挙げている(図表2)。新議会における国王演説では、これらの方針が反映されることになるだろう。
図表2 労働党マニフェスト 「変化のための第1歩」の6つの取り組み
スナク政権とスターマー政権では、経済、NHS、不法移民対策を優先課題として取り組む姿勢が共通する。2022年10月に就任したスナク首相が2023年の年頭に掲げたのは5つの優先課題だった。(1)インフレの半減、(2)経済成長、(3)政府債務の削減、(4)NHSの待機リストの削減、(5)英仏海峡を渡る小型ボートの阻止であった。

これらが共通の優先事項となるのは、有権者が最も懸念している課題であるからだ(図表3)。調査会社IPSOSが毎月行っている「英国が今日直面する課題」に関する世論調査では、「最も重要な課題」として選択した割合が最も高かったのは「経済(18%)」であり、「インフレ(15%)」、「NHS(14%)」、「移民(14%)」と続く。「その他の重要な課題」も含めると41%がNHS、33%が経済、30%が移民を課題として認識している(図表3)。
図表3 世論調査:英国が今日直面する課題

不法移民対策はアプローチを転換

優先課題は共通でもアプローチには違いがある。特に、移民政策は、保守党の支持者は最も重要な課題として認識している割合が高く、保守党の方が強硬な政策に傾きやすい。保守党政権は、不法移民対策としてアフリカのルワンダに移送する政策を打ち出し、非人道的との批判や英最高裁による違法との判断にも関わらず、今年4月に法案を成立させた。スナク首相は続投の場合、移送を実行に移す構えだ。

これに対して、労働党はルワンダへの移送はとりやめ、国境警備の強化による不法入国業者の撲滅や不法移民の安全な国への速やかな移送を行うという。

(2024年07月01日「研究員の眼」)

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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