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2025年09月12日

スマホ競争促進法の指針-Digital Markets Actとの比較

保険研究部 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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10――法8条4号(アプリストアに係る指定事業者の禁止行為その4)

1|法8条4号の概要(指定事業者の利用者確認の方法の利用強制の禁止)
法第8条第4号は、アプリストア指定事業者が、アプリストアにおいて、指定事業者等が提供する利用者確認の方法のみを使用することを利用条件とすることを禁止している(図9)。
【図9】指定事業者の利用者確認の方法の利用強制の禁止
2|考え方31
利用者確認の方法とは、会員登録を要する個別ソフトウェアにおいては、スマートフォンの利用者が会員登録済みの者であるか否かを識別するために、当該利用者のメールアドレス等の入力を求め、これに加えて、パスワード又はこれに代わるものとして指紋情報といった生体情報を入力することで、スマートフォンの利用者の識別を行うための方法をいう。

法8条4号は利用者確認をアプリストア指定事業者が提供するものに制限することを禁止する。
 
31 指針p66~p67
3|小括(DMAとの比較等)
DMAでは上述した5条7項が識別サービスの利用強制を禁止している。識別サービスは個別ソフトウェアの運営事業者にとって事業運営上必須のものであり、かつこれらにより事業の最適化が可能となるものである(DMA前文43)。アプリストア指定事業者が自社の識別システムを強制することで個別アプリ事業者の依存度が高まり、競争上の制約条件となることから禁止されている。

11――法9条(検索エンジン指定事業者の禁止行為)

11――法9条(検索エンジン指定事業者の禁止行為)

1|法9条の概要
法第9条は、検索エンジン指定事業者(子会社等を含む)が、利用者が検索により求める商品・役務情報を表示する際に、正当な理由がないのに、自社が提供する商品又は役務を競争関係にある他の商品又は役務よりも優先的に取り扱うことを禁止している(図10)。
検索エンジン指定事業者の禁止行為
2|考え方32
検索エンジン指定事業者が表示する検索結果について正当な理由なく、自社優遇することが禁止されている。また、例えば、「広告」や「スポンサー」と表示されるものであっても、公正かつ非差別的に行われた結果としてではなく、指定事業者等の商品又は役務に係る情報のみが表示される場合には、競争関係にある他の商品又は役務よりも当該指定事業者等の商品又は役務を正当な理由なく優先的に取り扱うものとして、法第9条の規定の対象と認められうる。
 
32 指針p68~p72
3|想定される例33
ある個別ソフトウェアの名称を検索語句として入力した検索結果において、指定事業者等のアプリストアからのダウンロードを促す表示を最上位に固定して表示することや、 他の役務の名称を検索語句として入力した検索結果において、当該役務と同種の指定事業者等の役務に係る情報の表示を広告であるとして最上位に固定して表示することなどが挙げられている。
 
33 指針p72
4|正当化事由にかかる例34
正当化事由がある例として、ある商品又は役務を提供する他の事業者のウェブページがセキュリティ上の脆弱性により悪意のあるコンテンツにハッキングされていることが判明したため、スマートフォンの利用に係るサイバーセキュリティの確保という目的の下で、その問題が解決されるまでの間、当該ウェブページが検索結果において表示されないように操作した結果、当該商品又は役務と競争関係にある指定事業者等の商品又は役務を提供するウェブページが相対的に上位に表示されることとなる場合などが挙げられている。
 
34 指針p73~p75
5|小括(DMAとの比較等)
DMAでも検索結果表示において自社優遇は禁止されている。具体的に、GK は GK 自身によって提供されるサービスや製品に関するランキングと、それに関連するウェブサイト索引付与と巡回(indexing and crawling)について、類似する第三者のサービスや商品より有利に取り扱ってはならない。GK はランキング付与等にあたって透明性、公平性および非差別的条件を適用しなければならない(DMA6条5項)とする。

事例としてはGoogle Shopping事件がある。これはGoogle(Alphabet)が自社の分野別検索サービスであるGoogle Shoppingの検索結果をGoogle検索で優先的に表示したことが競争法に反するとされた事案である35。また、DMA施行後、欧州委員会は、Googleが宿泊、旅行、EC、コンテンツ作成などの分野で活動する競合他社よりも自社の分野別検索サービスまたは仲介サービスを優遇している疑いがあり、DMA6条5項に違反するとして、2024年3月25日にAlphabetに対する調査を開始している。
 
35 基礎研レポート「グーグルショッピングEU競争法違反事件判決-欧州一般裁判所判決」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=69734?site=nli 参照。

12――法とDMAの全体的比較

12――法とDMAの全体的比較

1|適用範囲
DMAと法を比較すると、最も大きな違いとして、DMAはデジタルプラットフォーム提供者に幅広く適用されるのに対し、法では規制対象が基本動作ソフトウェア指定事業者、アプリストア指定事業者、およびブラウザ指定事業者および検索エンジン指定事業者に限定されていることである。より端的に言えば、法の適用はAppleとGoogle(Alphabet)に限られている。

そうするとまず、DMAで指定を受けているAmazon、ByteDance、Meta、Microsoft、Bookingには適用がない。また、例えば法の適用があるAlphabetのサービスでも上記サービスに含まれないもの、例えば動画配信プラットフォームであるYouTubeには法の適用がない。

欧州の事例を見ると、例えばAmazonでは自社プラットフォームであるMarket Place上で出店事業者に最安値を要求する最恵国待遇条項やプラットフォームを利用する事業者のデータを競合する自社サービスに流用することなどで問題となったことがある36。この点、適用範囲を広げるかどうかについてはなお議論の余地がある。
 
36 米国の事例として基礎研レポート「Amazonに対する競争法訴訟-事実上の最安値要求は認められるか」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=77581?site=nli、欧州の事例として基礎研レポート「EUにおけるAmazonの確約計画案-非公表情報の取扱など競争法事案への対応」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=73040?site=nli 参照。
2|規定内容
各章の小括で述べてきた通り、法の各規定はDMAにも類似規定が存在する。そこで逆にDMAにあって法にないもののうち、主要なものを挙げたい。

一つ目は「個人データの結合等の禁止(DMA5条2項)」である。DMAでは異なるプラットフォーム間で個人のデータを突合することが禁止されている。具体的な事例としては、Metaが、2023年11月に「支払か同意か」という広告モデルを採用したケースがある。MetaはFacebookやInstagramのユーザーに対して、パーソナライズされた広告を表示させる選択肢(すなわちMetaの広告プラットフォームでの情報結合)と広告なしの月額サブスクリプションサービスという選択肢とを与えることとした。これに対し2024年3月に欧州委員会はDMA5条2項違反かどうかの調査を開始し、2024年7月1日に暫定的な調査結果としてDMA違反の懸念を公表したというものであった。なお、類似の規定として、プラットフォームの利用者に他のプラットフォームへの登録要求をしてはならないとする条文がある(DMA5条8項)。

二つ目は広告主への広告手数料の開示(DMA5条9項)、媒体社への報酬開示(DMA5条10項)がある。これは端的に言えばAlphabetのオンライン広告サービスへの規制である。AlphabetはGoogle検索に伴う一般検索テキスト広告市場での独占行為が違法であるとの判決が米国で下っている37。日本でも公正取引委員会が排除命令を出している38

一般検索テキスト広告市場にとどまらず、オンライン広告全体での独占を問題視する主張もみられるところであり、広告プラットフォームでの規制はいずれかの形で導入することが考えられる。

ちなみに、本論では述べなかったスマートフォンにプレインストールされたアプリの削除とデフォルト設定変更を容易にすべきとの規定(DMA6条3項)やデータポータビリティの確保(DMA6条9項)などの特徴的な規定については、前者は法12条、後者は法11条が定めており、日本とEUで類似の規定となっている。
 
37 基礎研レポート「米国連邦地裁におけるGoogleの競争法敗訴判決~一般検索サービス市場と検索テキスト広告市場」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=80571?site=nli
38 研究員の眼「公取委、Googleに排除命令-その努力と限界」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=81705?site=nli 参照。

13――おわりに

13――おわりに

最後に独占禁止法と法の適用関係について触れておきたい。以前の基礎研レポートで述べた通り、DMAがEU競争法(欧州機能条約)の予防的法令として制定されたと同様、法は独占禁止法違反に類型的に該当する行為を禁止するものとして立法された39。指針では「形式的な行為要件への該当性に基づき違反に係る事実認定を行うことで、競争制限行為を迅速に排除することを念頭に法を新たに制定した趣旨をふまえれば」独占禁止法より、法を優先して適用するものとされている。

DMAでも同様であるが、独占禁止法(競争法)では排除行為や支配行為が行われた後に、その競争制限効果を公正取引委員会(競争当局)が立証する必要がある。法によって、何が違法となるかを事前に明確化し、行為が行われれば正当化事由がない限り違反と確定する仕組みとなった。事業構造が刻々と変化し、また勝者がすべてを獲得するというネット事業においては、迅速な解決が必要であり、法の制定意義は大きいものと考える。
 
39 指針p4

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年09月12日「基礎研レポート」)

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保険研究部   研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月 専務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月 取締役保険研究部研究理事
     2025年7月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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