2025年05月27日

「外向型ポテトチップス」×「内向型ポテトチップス」-消費の交差点(11)

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

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5――“自分を言い当てられる心地よさ”を楽しむ「遊び」

ポテトチップスのような軽い買い物であれば、診断結果に基づく影響は限定的で、ネタ的な側面が大きいのかもしれないが、前述した通り、パーソナルカラー診断や骨格診断は、「何を買えばいいのか」「何が自分に似合うのか」といった消費に対する問いに“最適解”を与えてくれる存在となっている。一方で、消費に失敗したくないと慎重になりすぎるがあまり、診断結果を過度に信頼し、「この服はかわいいけれど、私は骨格ストレートだから似合わない」と、そもそも試着すらしない若者も少なくない。さらに、SNS上では、投稿された写真に対して「この人、ブルベ冬なのにこの色は浮いてる」「骨格ウェーブにしては肩幅広くない?」といった、まるでパーソナル診断士のようなコメントが飛び交う光景も日常化している。他者が勝手にその人の見た目を分類し、評価することで、診断という行為が個人の自由な選択をむしろ制限する枠組みに変わりつつある側面もあるのだ。

また、MBTIをはじめとした性格診断についても、「自分の欠点や不得意さを肯定するための理由」としても使われがちだ。「私はこういう性格だから無理なんだ」「この診断結果だから、これは向いていない」と、都合よく診断に依存し、チャレンジを避ける口実にしてしまうこともある。併せて、「自分は○○タイプだから生きづらい」と語ったり、「○○タイプは性格が悪い」「○○とは関わらない方がいい」と、診断=他者による定義づけに依存した消費行動や対人関係の形成も実際に見受けられる。こうした“型にはめた理解”は、対人関係の柔軟性を奪ったり、本来なら可能だった新しい経験の機会を、自ら手放してしまうことにもつながりかねない。このような性格診断は自己理解を深める手助けとなる一方で、診断結果に従うことで、自分を知った“つもり”になったり、自分(他人)に期待しすぎない口実にもなっているのだ。

しかし、そもそもMBTI診断の妥当性については批判的な意見も多く、また、前述した通り、回答を偽った経験がある者もおり、“理想の人物像”を恣意的に構築もできてしまう。「“E(外交的)”だと思ったのに“I(内向的)”なの?意外」「私はENFP(広報運動家型)だけど、今度会う人ISTJ(管理者)らしい。絶対合わないよね」――そんな会話も今ではすっかり定番化している。こうしたやりとりから思い出されるのは、「A型っぽいよね」「いて座だから自由奔放」といった血液型性格診断や星座占い、かつて一世を風靡した「動物占い」などだ。それらと同様にMBTIも、仕組みこそ違えども、“自分を言い当てられる心地よさ”を楽しむ「遊び」の一種であるべきなのだ。

6――アイデンティティの輪郭

6――アイデンティティの輪郭

「自分に何が似合うのか」「自分はどんな人間なのか」といった問いは、本来であれば自分自身が人生をかけて少しずつ探っていくものである。しかし現代では、他人が作った性格診断やパーソナル分析を通じて、短時間で“自分とはこういう人間だ”と断言してもらえることに、ある種の安心感や効率の良さ――いわば“タイパの良さ”を感じる人が増えている。 他にも、筆者の過去の推し活レポートでも述べたように、Z世代には「自分が何者であるか」を他者に示す手段として、オタクであることや特定の趣味をアイデンティティ化する傾向が強い。また、話題の作品を短く要約した「ファスト映画」が流行した背景には、「手っ取り早く内容を知りたい」「詳しくなったと思われたい」という焦りのような欲求も垣間見える。「あなたは○○オタクだよね」「映画に詳しいよね」と他人から言われることは、そのまま“自分が誰なのか”=他人からどう見られているか、を定義してもらうことに等しい。Z世代の若者たちは、こうした承認を通じて、アイデンティティの輪郭を得ているのだ。

若者期は誰しもが「自分はどんな人間なのか」「自分の強みは何か」と模索する時期である。だからこそ、性格診断のように、手軽に「自分は○○タイプ!」と自分自身を言語化できるツールは、現代の若者にとって非常に魅力的なのだ。 また、MBTIなどの性格診断が支持される背景には、「自己定義を通じて社会との関係性をスムーズにしたい」という願望もあるのかもしれない。「私はこのタイプだから、こういう環境が向いている」「このタイプの人とは相性がいい」といった情報は、友人関係や進路選択といった場面における“指標”として機能する。あるいは、そう信じることで、自分の選択に対して納得感を持ちたいという気持ちもあるだろう。

7――まとめ

7――まとめ

自己理解の手助けとしての性格診断や診断型コンテンツの流行は、若者の消費やコミュニケーションスタイルを象徴する現象である。若者たちは「自分が何者か」という問いに対して、自分自身で時間をかけて探し出すよりも、他者やアルゴリズムから“定義してもらう”ことに安堵を感じている。その背景には、自己に対する漠然とした不安や、選択の失敗を恐れる慎重さ、あるいは「本当の自分がわからない」という根源的な苦悩がある7

MBTIを始めとした性格診断は、ある種の“共通言語”として、自分を言語化し、納得できる枠組みに落とし込んでくれる。その“わかった気になること”が、現代における新たな自己理解のかたちであり、自分自身の “取扱説明書”としての役割を果たしているのだろう。
 
7 現代の若者は、日々「自分は何者か?」という問いを突きつけられている。SNSを開けば、他人が何かを達成した投稿や、同世代が自己実現を果たす姿が次々と目に入り、「他人が何者か」が半ば強制的に可視化される。そんな環境に置かれれば、否応なく「自分はどうか」という比較や焦りが生まれるのも当然だ。にもかかわらず、人間関係はどこか希薄で互いのパーソナルスペースには立ち入りにくい。だからこそ、「人との関係性の中で自分がどんな人間かが見えてくる」といった手段ではなく、「自分がどんな人間かをあらかじめ知っておくこと」が、コミュニケーションの前提になりつつある。

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(2025年05月27日「基礎研レター」)

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生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・公益社団法人日本マーケティング協会 第17回マーケティング大賞 選考委員
    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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