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2025年05月15日

若手人材の心を動かす、企業の「社会貢献活動」とは(3)-「行動科学」で考える、パーパスと従業員の自発行動のつなぎ方

生活研究部 准主任研究員 小口 裕

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3――従業員の文化へと昇華させるには――「内発的動機」の維持と進化の設計

従業員が持続可能な行動を実践することで、「制約感」を乗り越えた先に「使命感」が醸成され、それに伴って「責任意識」も高まっていく。この段階までくれば、行動は徐々に習慣化し、やがて日常業務の一部として定着していくと思われる。

ただし、ここに一つの落とし穴がある。行動が習慣化すると、その「そもそもの動機」である責任意識が薄れていく可能性が解析から明らかになっており、これは活動が形骸化してしまう典型的なパターンと思われる。
1形骸化の落とし穴~習慣化の先に“初動の記憶”を維持が重要
こうしたリスクを防ぐには、行動がルーティン化した後でも、定期的に「なぜその活動をするのか」を振り返る機会を組み込むことが必要であろう。

たとえば、最近では次のような取り組みを導入する企業も出てきている:

・リマインド研修や振り返りワークショップの定期開催
・社内イントラでのパーパスに関するストーリーの再共有
・社員が活動を通じて得た実感や学びを社内で語る機会の創出
 
こうした取り組みは、社員の内発的な「責任意識」を再点火する“薪(まき)”の役割を果たすと思われる。
2ミッションを「語り続ける」ことの効果~「対岸のスタンス」で留まる人材を取り込む
さらに、内面的な動機の維持には、責任意識の再点火だけでなく、企業のパーパスや理念と活動とのつながりを定期的に語り直す“対話”の仕組みも不可欠となる。なぜなら、使命感が喚起されなければ、従業員の一部は「批評者」として距離を置いたままになるリスクがあるからだ
成果共有イベント たとえば、「自分は問題意識はあるが、会社の活動には共感できない」といった「対岸のスタンス」で留まる人材を取り込むには、パーパスの「再物語化」の様なアプローチが効果的と思われる。企業によっては、以下のようなアクションを通じてこの構造転換を試みている:

・成果共有イベントの開催
・活動に参加した社員を表彰する制度の導入
・社内SNSでの活動レポート配信とリアクション促進


こうした取り組みを通じて、従業員にとっての「社会との関わり意識(S:社会的影響)」を高める土壌となり、次なる「自分ごと意識(使命感)」の再生産へとつながっていくと思われる。
3行動が“文化”へと変わる条件とは
組織社会学の視点では、ある行動が繰り返されることで「集団的な慣行」が形成され、やがてそれが組織の規範や文化として内在化されていくプロセスが重視される。

本稿の分析に照らせば、「積極行動」の成果が「社会的影響」への自覚を生み、それが再び「使命感」につながるというポジティブな循環(バイラルループ)形成されていると読み解ける。
 
このループが強化されることで、従業員一人ひとりが「何をしないか」ではなく「何をするか」に価値を見出すようになり、最終的には企業文化そのものが変容する——つまり、「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」が起きることが期待される。

4――従業員の社会貢献活動促進に向けた実務への示唆

4――従業員の社会貢献活動促進に向けた実務への示唆

1SXのバイラルループを回す「5つの問い」
ここまでの解析と考察を踏まえて、企業の持続可能な成長のために、社会貢献活動参加促進を通じたSXを現場から回すには、以下の5つの問いを常に自問しながら制度・文化を設計していくことが求められる。

・なぜ、この活動を行うのか?(使命感の再確認)
・この活動を阻んでいる要因は何か?(制約の把握と除去)
・参加したいと思ったときにすぐ参加できるか?(導線の整備)
・行動が形骸化していないか?(振り返りの仕掛け)
・この活動が組織全体にとってどのような価値になっているか?(成果の可視化と共有)

このような問いをベースに、SHIFTやサステナ意識因子を実務に応用することで、従業員の自発性と持続可能な行動が自然と企業活動に組み込まれていくはずである。
2サステナビリティ経営における「社会貢献活動を通じた、人の力」の再定義
本稿で論じてきた通り、企業がパーパス(存在意義)に基づく社会貢献活動を進めるうえでは、それを単なるCSRやイメージ戦略にとどめるのではなく、自社の「価値創造ストーリー」を形づくる核心的プロセスとして捉え直す必要があると思われる。

伊藤レポート3.09や価値協創ガイダンス2.010が指摘するように、今後は、短期成果に終始する経営から脱し、長期的な価値創造のビジョンと、それを支える持続可能なビジネスモデルの構築・進化が、企業経営の本筋となっていく。

その中核に据えるべきは、やはり「人」であると思われる。とりわけ、社会との関わりを自らのキャリアと重ね合わせていく社員の姿勢こそが、企業のサステナビリティを支える推進力となることが期待される。社会貢献活動に参加した社員が、自身と自社のパーパス、そして社会とのつながりを自覚し、「自分ごと意識」を醸成することは、結果として内発的動機を高め、従業員としての主体的な行動の循環を生み出す起点となりうる。

この循環とは、本稿の解析から見えた 「共感から生まれる使命感(F)」、「それを引き受ける責任意識(I)」、「社会的影響への実感(S)」という3つの要素が連動する構造であり、まさに企業と社員が共に価値を生み出すサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の実装基盤と言えるだろう。
 
本稿の冒頭で示した様に、そのための具体的な実務的論点は、以下の5つに集約されると思われる。

・使命感の設計:社員の「自分ごと意識(=使命感)」をどのように育てていくか
・障壁の除去:時間的・心理的な制約をどのように取り除くか
・参加導線の設置:活動機会をわかりやすく、参加しやすく提示するにはどうすべきか
・形骸化の抑止:継続的に意味づけを行い、行動を習慣化する仕組みをどう保つか
・価値創造との接続:活動の成果を企業の中長期的価値創造とどう結びつけて発信するか

今後、労働人口の減少が一層進む中、特に若年層の獲得と定着は企業の競争力を左右する最重要課題の一つとなる。社員が日々の業務のなかで社会との接点を実感し、「意味ある仕事」として活動に取り組める環境を整えることは、エンゲージメントの向上と持続可能な経営の両立に資すると思われる。
 
社会貢献活動とは、決して「企業のためにやること」ではない。それはむしろ、「社会と共に価値をつくる体験」であり、社員一人ひとりが企業の「未来を担う当事者」となるフォアキャスティング(forecasting/未来予測)のプロセスでもあると言えるだろう。企業が制度の整備にとどまらず、社員の内面的な動機に寄り添い、それを引き出す社会貢献のストーリーと実感をデザインする力を持てるかどうか。そこにこそ、人を動かすSX(サステナビリティー・トランスフォーメーション)経営としての真の価値創造の道筋があるのではないだろうか。
 
9 経済産業省『伊藤レポート3.0:SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)時代における価値協創ガイダンスの再構築』経済産業省、2023年7月
10 経済産業省『価値協創ガイダンス2.0:企業価値の向上と持続的成長に向けた統合的開示・対話ガイダンス』経済産業省、2022年8月

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月15日「基礎研レター」)

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生活研究部   准主任研究員

小口 裕 (おぐち ゆたか)

研究・専門分野
消費者行動(特に、エシカル消費、サステナブル・マーケティング)、地方創生(地方創生SDGsと持続可能な地域づくり)

経歴
  • 【経歴】
    1997年~ 商社・電機・コンサルティング会社において電力・エネルギー事業、地方自治体の中心市街地活性化・商業まちづくり・観光振興事業に従事

    2008年 株式会社日本リサーチセンター
    2019年 株式会社プラグ
    2024年7月~現在 ニッセイ基礎研究所

    2022年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)
    2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
    2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
    2007年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化委員会 専門委員

    【加入団体等】
     ・日本行動計量学会 会員
     ・日本マーケティング学会 会員
     ・生活経済学会 准会員

    【学術研究実績】
    「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年 日本行動計量学会*)
    「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年 人工知能学会*)
    「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年 電子情報通信学会*)
    「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年 人工知能学会*)
    「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年 日本マーケティング・サイエンス学会*)
    「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年 日本消費者行動研究学会*)

    *共同研究者・共同研究機関との共著

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レポート紹介

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