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センチネル効果の活用-監視されていると行動が改善する?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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例えば、商業施設、繁華街、公共交通機関などでは、防犯カメラの設置が一般的となっている。「カメラの向こう側から誰かに見られている」と認識させることで、犯罪者を威嚇したり、犯行を思いとどまらせたりするなど、犯罪の抑止に一定の効果があるとされている。制服を着た警察官が繁華街を巡回することにも、同様の効果が期待できる。
「誰かに監視されている」との認識により、規範に従った行動がしやすくなるという現象は、心理学で「センチネル効果(sentinel effect)」と呼ばれる。この効果は、防犯以外にもさまざまな形で役立てることができる。
今回は、センチネル効果について見ていこう。
◇ 医師がデータを見ていることを知ると、患者は健康回復のために努力をする
センチネル効果の例としてよく取り上げられるのは、子どもが、キッチンのテーブルに置かれているクッキーの入った缶をあけるかどうかという話だ。子どもは、誰にも見られていないとわかると、お菓子の誘惑に負けて缶をあけ、クッキーを数枚食べてしまうことが多い。しかし、親などの大人が近くにいて、見られるかもしれないと思うと缶には手を付けない。「そういえば幼い頃、そういうことがあった」と心当たりのある読者もいるだろう。
この場合、親などの大人からすれば、いちいち声を出して注意しなくても、子どもの行動の改善を促すことができたことになる。これは、ただ監視するだけ(もしくは監視すらせず、そこにいるだけ)という消極的な管理手法だが、大きな効果を得ることができたと言える。
センチネル効果は、特に、医療の現場で用いられることが多い。医師や看護師などの医療関係者に見られていると感じる患者は健康や衛生への意識が向上するとされる。
例えば、生活習慣病などの持病を抱えた患者の自宅療養に、電子医療記録を用いることが挙げられる。患者の体温、血圧、血糖値等をモニタリングデータとして電子医療記録にアップロードする。患者が操作しなくても、定期的にセンサーが自動的にデータを取得してアップロードする場合もある。医師は、電子医療記録をもとに患者の状況を把握して、必要があれば診療を行うこととなる。
こうした、電子医療記録を用いた自宅療養には、データの連携による医療の効率化とともに、センチネル効果による健康状態の改善が期待されているという。
患者は、医師や看護師が見ていることをよく知っていて、彼ら、彼女らを失望させたくないので、健康回復のために懸命に努力するようになるという。患者のなかには、医師や看護師が見ていることを知っている場合にだけ、自己モニタリングデータのアップロードをするという人もいるようだ。
◇ 監視されていると、従業員は業務に集中するようになるが…
パソコン使用時のログ、出退勤記録、営業員のように外回りの多い職員のGPSツールによる追跡などの監視システムを導入すると、従業員が監視されていることを認識して、さぼったり私的な活動をしたりすることが減り業務に集中するようになる。その結果、業務効率の向上が期待できる。
ただし、過度に監視を行えば、従業員がプレッシャーを感じて精神的な負担が大きくなったり、委縮して自由な発想や創造的なアイデアを生み出しにくくなったりする弊害も生じうる。また、企業と従業員の間の信頼関係が損なわれてしまう可能性もある。
センチネル効果は、監視運用の透明性を保ちながら適度・適切に行うことで、その効果の発揮につなげていくべきものと言えるだろう。
◇ 保険のセンチネル効果 : 申込者は厳しい条件の契約加入を避けて緩い条件に集中
申込者は自分の健康状態をよくわかっており、医師による厳格な診査を避けて、申込者の告知だけで足りる契約に加入する。ただし、加入できたとしても、事実を告知していなかったり事実とは異なることを告知していたことが発覚すると告知義務違反となり、契約が取り消しとなる可能性もある。
こうしたセンチネル効果は、異なる基準を設けている複数の保険会社がある場合、より緩い条件の会社に申し込みが集中するといった問題を引き起こすこともある。例えば、告知のみで加入できる保険金額の上限をA社は300万円、B社は500万円と設定していたとする。この場合、センチネル効果により、300万円超500万円以下の保険に告知のみで加入しようとする人は、B社に集中することになる。
◇ ホーソン効果は、注目されていることに伴う行動の改善
センチネル効果は監視されることに伴う効果なのに対し、ホーソン効果は注目されることに伴う効果という違いがある。センチネル効果は見られて評価されることに伴うが、ホーソン効果は見られることそのものに伴うといった違いだ。
「ホーソン」は、1920年後半から1930年代にかけて、アメリカのシカゴ郊外ホーソンにあるWestern Electric社の工場で行われた実験にちなんでいる。この実験は、産業史で大変有名なものの1つであり、よく知られたものだ。
電話部品工場で、作業現場の照明が労働者の生産性に与える影響を研究するために計画された。照明を増やした場合には生産性が向上した。これはまあ想定通りの結果だ。だが、それだけではなく、なんと照明を減らした場合にも生産性が向上したという。この実験結果に、研究者たちは困惑した。さらに、作業現場の照明だけではなく、労働時間や休憩時間などを変更した場合にも、生産性が向上する結果となった。
この結果を受けて、研究者たちはその原因を考察した。そして、労働者の生産性は労働条件の変化によって影響を受けているのではなく、実験で注目されたという事実によって影響を受けているものと結論付けた。つまり、注目されているとの認識により、行動が改善したという結論だ。
量子力学のようなミクロ領域の自然科学では、観察するという行為が観察される現象に変化を与えるという「観測者効果」が論じられてきた。いま盛んに研究されている量子暗号・量子通信の技術においては、観測者効果が情報の盗聴を防ぐ役割を果たす(具体的には、盗聴されて光子の状態が変化した鍵データは捨て、それ以外の盗聴されていない鍵データを用いて通信をする)と言われている。
それとは仕組みがまったく異なるが、注目されることで変化が生じるという類似の事象が、社会科学や心理学ではマクロの世界で起こるとされているわけだ。
ただし、ホーソン効果については、その後、実験の欠陥や効果の真偽について、さまざまな批判が行われた。実験のサンプルがわずか数人の労働者であり、時間経過とともにメンバーが変化したり、研究者のマスク化 (被験者が実験群と対照群のどちらに割り付けられているのか、わからないようにすること)がなされず、バイアスが混入した可能性があったりしたためだ。
◇ センチネル効果を踏まえた訓練の意義
地震などの自然災害に備えるための避難訓練では、あらかじめ実施日時を知らせずに行う抜き打ち型の訓練と、実施日時を予告して行う事前予告型の訓練の2つがある。
どちらも避難訓練であることに変わりはないが、訓練でチェックすべきポイントは異なる。抜き打ち型の訓練の場合、平常時にどれだけ災害に対する準備ができているかがチェックされるポイントとなる。
一方、事前予告型の訓練の場合、十分に準備ができている状態での避難者のパフォーマンスがチェックポイントとなる。これは、訓練の評価者に自分の避難時の振る舞いが見られている、と認識した状態で、どれだけ適切に避難行動がとれるかが問われていることになる。
もちろん抜き打ち型の訓練でも評価はされるだろうが、突然の訓練であるため評価者の目を意識する余裕があまりなく、事前予告型に比べるとセンチネル効果は小さくなると考えられる。
事前予告型の訓練では、センチネル効果が十分に機能している状態で避難を行うとしたら、最高でどれだけのことができるか ― 頭ではよく理解していたとしても、実際に身体での行動にどれだけ最高に生かせるかが、チェックされるわけだ。
訓練や検査の場面で、こうしたことを意識することはあまりないかもしれない。だが、この訓練や検査は外部からどう見られるのかを気にかけてみると、それらの意義を深めることができるだろう。
次回、職場、学校、居住地などで行われる避難訓練に参加するときには、センチネル効果やホーソン効果を意識して取り組んでみると意義深いように思われるが、いかがだろうか。
(参考資料)
“The Sentinel Effect: 4 Ways Transparency Drives Better Business Outcomes” (Onit, February 2, 2021)
“Making health addictive: Use the sentinel effect” Joseph C. Kvedar (HIMSS, May 30, 2014)
“The Value of the Sentinel Effect — Revisited” Richard Bergstrom (SOA, News Direct Newsletter, Issue No.29, Fall 1998)
“Hawthorne Effect Definition: How It Works and Is It Real” Will Kenton (Investopedia, Updated October 1, 2024)
(2025年04月08日「研究員の眼」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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