- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 保険 >
- 保険会社経営 >
- 努力の正当化の回避-長い行列に並んだ後の料理はやっぱり美味しい?
努力の正当化の回避-長い行列に並んだ後の料理はやっぱり美味しい?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
そうしたお店のグルメは、食してみると本当に美味しいことが多い。ただ、「うまい、美味しい」といった感覚は、人それぞれだ。なかには、「それほどでもなかった」と感じる人もいるかもしれない。
そんなとき、その人は後でどう考えるか。「1時間も行列に並んだ末に、ようやく食べることができたのだから本当は美味しかったに違いない。さっきは自分の感覚が少し変だったのかもしれない。そうだ、いま思い返すと料理にだし汁がほのかにきいていて、なかなか味わい深かったような気がする。やはり、長い行列に並んだ甲斐はあったようだ。」などと、行列に並んだ努力を正当化しようとする。
これは、心理学では「努力の正当化 (effort justification)」として知られている。努力の正当化は、単に自分の気持ちを正当化するだけならば特に問題はない。だが、努力の正当化にとらわれて、不合理な選択に固執したり、無意味な努力を続けたりする恐れもある。今回は、努力の正当化について、見ていこう
◇ 努力の正当化はどのように生じるのか?
一般に、努力して達成した結果の客観的な価値が低い場合、「あんなに努力をした」という認知と、「それにもかかわらず客観的な価値が低い」という認知が同時に生まれる。
この2つの認知には矛盾が生じる。こうした2つの認知間の矛盾は、心理学的には「認知的不協和 (cognitive dissonance)」と呼ばれる。これは、アメリカの心理学者レオン・フェスティンガー氏によって提唱されたものだ。
人は、認知的不協和が生じると、ストレスを感じるようになる。そこで、それを解消して、自分に都合のよいように正当化を図ろうとする。努力の正当化は、客観的な価値との対比を無意識のうちに避けることにより、認知的不協和から生じるストレスを解消しようとするもので、そうした正当化の一つと考えられている。
◇ 努力の正当化の例
(1) 入団時の試練
何かの組織や団体に入るときに、希望者が簡単には入団できないよう、さまざまな試練を課す場合がある。代表的なものとして、企業の入社面接や、大学や高校の入学試験などが挙げられる。
その試練を乗り越えた人だけが、組織や団体に入いることを認められる。苦労して入団した人は、試練を乗り越える努力をしたことにより、たとえ以前に思っていたほどの価値が感じられなかったとしても、入団できたことに誇りや価値を見出すようになるという。愛社精神や愛校心は、こんなところから生まれるものなのかもしれない。
(2) DIY
別の例としてDIY (Do It Yourself, 専門業者でない素人が自分で修理や修繕をすること)が挙げられる。
スウェーデン発祥の大手家具量販店IKEAには、この店に由来した「イケア効果 (IKEA effect)」があるとされる。これは、ハーバードビジネススクールのマイケル・I・ノートン氏、イェール大学のダニエル・モション氏、デューク大学のダン・アリエリー氏により、2011年に発表されたものだ。
IKEAは、主として、客が自動車で持ち帰ることのできる半組立家具を開発、販売している。購入した客は、家具を自分で組み立ててから使う。その際、自分が作ったものには愛着がわき、家具の価値が高まったように感じられる。そうした心理効果が、イケア効果だ。
DIYに取り組んだ結果、出来上がったものが思っていたものと何か違うと感じられたとしよう。そんなときにイケア効果が働いて、完成したDIYの結果に何らかの価値を見出そうとする。つまり、努力の正当化が図られる。
◇ 製品開発時に努力の正当化が考慮されることもある
そこで、製粉メーカーはそれらを適度に配合したものをインスタント・ケーキミックスとして販売するようになった。発売当初、「この製品は間違いなくヒットするだろう」とメーカーの経営者は考えた。ところが、このインスタント・ケーキミックスを買った人はすぐに使わなくなったという。メーカーはその理由を分析して、「パンケーキをつくる過程があまりにも簡単になりすぎたからだ」と結論づけた。そこで、メーカーはインスタント・ケーキミックスに粉末全卵を入れるのをやめて、パンケーキを作る際に卵を割って粉と混ぜるよう、あえてひと手間を増やした。この新たなインスタント・ケーキミックス製品は売れた。その成功の理由として、パンケーキづくりの達成感が高まり、努力の正当化が図られるようになったためとされている。
このインスタント・ケーキミックス製品に関する卵の逸話は、アメリカではよく知られている。だが、実はどうやら作り話のようだ。1950年代にこの製品の売り上げが横這いとなり、一部のメーカーが市場から撤退する事態となった。その際に、イノベーションとなったのは、卵ではなく、フロスティング(ケーキの上にかける糖衣)だったようだ。これにより、ウェディングケーキのようなケーキをつくり、デコレーションをすることが、人々をとりこにしたという。卵を割ることではなく、デコレーションをすることが、本当の努力の中身であったわけだ。
この卵の逸話は、努力の正当化が一人歩きをして、最近生成AIで問題となっている“ハルシネーション”(「幻覚」: 事実に基づかない情報を生成する現象)を起こしたものといえるだろう。
(2025年01月07日「研究員の眼」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/28 | リスクアバースの原因-やり直しがきかないとリスクはとれない | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
2025/04/22 | 審査の差の定量化-審査のブレはどれくらい? | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
2025/04/15 | 患者数:入院は減少、外来は増加-2023年の「患者調査」にコロナ禍の影響はどうあらわれたか? | 篠原 拓也 | 基礎研レター |
2025/04/08 | センチネル効果の活用-監視されていると行動が改善する? | 篠原 拓也 | 研究員の眼 |
新着記事
-
2025年05月01日
ユーロ圏GDP(2025年1-3月期)-前期比0.4%に加速 -
2025年04月30日
2025年1-3月期の実質GDP~前期比▲0.2%(年率▲0.9%)を予測~ -
2025年04月30日
「スター・ウォーズ」ファン同士をつなぐ“SWAG”とは-今日もまたエンタメの話でも。(第5話) -
2025年04月30日
米中摩擦に対し、持久戦に備える中国-トランプ関税の打撃に耐えるため、多方面にわたり対策を強化 -
2025年04月30日
米国個人年金販売額は2024年も過去最高を更新-トランプ関税政策で今後の動向は不透明に-
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【努力の正当化の回避-長い行列に並んだ後の料理はやっぱり美味しい?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
努力の正当化の回避-長い行列に並んだ後の料理はやっぱり美味しい?のレポート Topへ