コラム
2018年11月08日

サンクコストの呪縛-もったいないから、やめられない?

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

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経済学や経営学では、物事を実施する場合に、費用対効果という考え方が用いられる。どんな事業でも、何らかの費用をかけねば、効果を上げることはできない。そこで、かける費用に見合っただけの効果が上げられるのかどうかを見積もるわけだ。そして、費用対効果が高い事業は進める、低い事業は見送る、と判断する。ただし、実際に事業を開始してみると、計画どおりに進むとは限らない。費用対効果が高いとみられた事業が、いつも成功するとはいい切れないのだ。

なぜだろうか? それは、どんな事業にも、常にリスクがつきものだからだ。事業を始めた後に、費用対効果を見積もっていたときと比べて、収益環境や競争条件が変化してしまうことは、よくあることだ。ひどい場合には、環境や条件が大きく変化して、効果が全く見込めなくなってしまうことだってある。そういう場合、着手していた事業は中止とすべきだろう。ところが、中止の判断はそんなに簡単にはできない。それまでに既にかかってしまった費用が、事業中止の判断に水をさすのである。ひとつ、身近な例で考えてみよう。

サッカーやラグビーで、お気に入りのチームが出場する試合のチケットを購入したとしよう。試合の日がくるのを、毎日、楽しみにしていた。ところが、あいにく試合当日の天気は大雨。ゲームは、どしゃぶりの雨の中で行われることとなった。雨中の観戦は壮絶なものとなる。観客にとって、試合を観戦することの効用よりも、大雨のせいでずぶぬれになってしまう不効用の方が勝ってしまうかもしれない。ところが、それにもかかわらず、チケットを購入した人は、試合観戦に行こうとする。

なぜか? チケットの費用は、既に支払ってしまったので、試合を見にいってもいかなくても、とりかえせない。それならば、どんなにひどい大雨でも、かかった費用の分だけ試合を観戦して効用を得ないと損だ、と考えるからだ。

このように、既にかかってしまっていて、いまさらとりかえせない費用のことを、経済学では「サンクコスト」(埋没費用)と呼んでいる。サンクコストは、過大視されやすい。人は、サンクコストにこだわり過ぎて、ついつい不合理な判断をしてしまうといわれる。

ここで、もし、試合のチケットが自分で購入したものではなく、誰かからもらったものだったとしたらどうだろう。この場合、サンクコストはない。試合観戦の効用と、大雨による不効用を天秤にかけて、不効用のほうが大きいと判断すれば観戦にはいかない。そういう合理的な判断が可能だ。

サンクコストは、過去に起こってしまった費用である。今後、どのように判断したり、行動をとったりしても、とりかえすことはできない。逆にいえば、サンクコストがどれだけかかっていようと、これからの判断や行動によって生まれる効用や不効用に影響を及ぼすことは、本来ないはずである。

つまり、過去のサンクコストと、現在や将来の効用や不効用は、時制が異なっているので切り分けて考えるべきだ。合理的に考えると、サンクコストにこだわるのはナンセンスといえるのだ。にもかかわらず、サンクコストは、どうしても気になってしまう。そこには、「もったいない」という日本の人によく見られる意識も、影響しているのかもしれない。

「既に買ってしまったチケットがムダになるのは、もったいない。試合観戦を楽しんで、チケットの費用を少しでも取り返さなくては……」と、そんな風に考えて、どしゃぶりの雨の中で試合を観戦する人がいるかもしれない。「もったいない」という意識は、物を大切にしようという意味では、すばらしい考え方であろう。そのままでは廃棄してしまう資源を、上手に再利用して、社会や生活を豊かにする。そうした意識は、日本発で世界中に広めていくべき美徳であろう。この考え方は、資源の廃棄と再利用が、どちらも現在や将来の同じ時制になっていることがポイントといえる。

しかし、「過去にかけた費用が取り返せないので、もったいない」というときの、「もったいない」は、これとはニュアンスが異なる。サンクコストの時制は、あくまで過去である。正確にいえば、「もったいない」のではない。「もったいないことになってしまった」のである。サンクコストを「もったいない」と現在の時制で語るとき、あきらめのつかない気持ちや、他人のそしりを受けたくないという見えが、人の心の中に潜んでいるのかもしれない。

特に、事業が大規模になると、サンクコストは一種の呪縛となって、関係者にのしかかってくる。建設工事などでは、「これまでに、〇〇億円もの多額の費用を投入してしまった。いまさら、建設予定地の地盤が軟弱だとわかっても、もう後戻りはできない。地盤改良工事でもなんでもできることは全部やって、とにかく是が非でもこの事業を成功させなくてはならない…。」こんな思いに駆られる経営者は、少なくないだろう。その結果、ますます事業に費用をつぎ込んで、巨額の赤字に至ってしまう恐れもある。

それでは、実際にサンクコストが生じてしまった場合、どうしたらよいだろうか。まず、サンクコストは時制が違うということを思い出すべきだろう。過去と現在、将来を切り分けないと、ズルズルといってしまう。そして、なんらかの心の割り切りをつけて、事業から撤退するしかない。

心の割り切りをするための例は、いろいろありうる。たとえば、「他の事業と併せてみれば、全体では黒字を確保できている。この事業単独では赤字だが、これはもうしょうがない。いまが、引き時だろう。」「今回、この事業では損を出してしまった。でも、他では味わえない貴重な経験をすることができた。この経験を糧として、これからの経営の発展に活かすようにしよう。」「この事業では思わぬ赤字となったが、いまの赤字規模ならば、なんとか自己資本で処理できる。うまく損失を処理して事業を撤退することも、大切な経営判断だ。」このように考えることができれば、サンクコストの呪縛から解放されたことになるだろう。

「もったいない」と思って無理をする気持ちが芽生えたときには、少し立ち止まって、「もしかしたら、これはサンクコストなのでは?」と冷静に考えてみる必要があると思われるが、いかがだろうか。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品、保険計理

(2018年11月08日「研究員の眼」)

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