コラム
2023年10月17日

特徴肯定性効果の認識-目に見えないものは意識できない!?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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人は、日々生活するなかで、さまざまな意思決定をしている。通常、意思決定はある条件のもとで行われる。

例えば、夕食の献立を考えつつ、スーパーマーケットで買い物をしているとしよう。人によっても異なるだろうが、頭の中で献立が完全に決まっていて、それに合わせて淡々と食材を買い揃えていく、ということはあまりないように思う。

むしろ、野菜のコーナーで新鮮なゴーヤが特売されているのを見て「今日はゴーヤチャンプルーにしよう」とか、ベーカリーのコーナーでナンが安く売られているのを見て「今晩はカレーとナンで、インド風の料理にしよう」などと、献立を決めていく。

つまり、目の前に存在しているものをもとに意思決定をしている。当然だが、存在しているものは意識しやすい。存在していないものは想像するしかない。そのため、人は、存在しているものを重視しがちになる。ここに、思考にとって、一種のバイアスが生じるわけだ。

これは、心理学の用語で、「特徴肯定性効果 (feature-positive effect)」と呼ばれる。今回は、この効果が、生活の中でどのように影響を及ぼしているか、考えてみることしよう。

◆ ベートーヴェンの「第十」は気にならない

まず、芸術の分野でみてみよう。クラシック音楽、特にオーケストラによる交響曲の演奏が好きだという人は多い。よくコンサートホールにいくという人もいれば、毎晩家でレコードをかけて聴いているという人もいるだろう。

交響楽にもいろいろ種類があるが、多くの人になじみ深いのはベートーヴェンだ。ベートーヴェンは、生涯で9つの交響曲を作曲した。第3番「英雄」、第5番「運命」、第6番「田園」といったところは、ポピュラーだ。日本では、師走がおとずれると、あちこちで第9番「第九」の演奏が行われる。第4楽章の「歓喜の歌」を大勢で合唱すれば、年末の気分を大いに盛り上げることもできる。

そんなときに、「第九」があって本当によかった、と感動するわけだ。だが、“交響曲第10番”について、考えることはまずない。「もし、ベートーヴェンが長生きをして、第10番『第十』を作曲していたとしたら、どんな曲になっただろうか。きっと、ものすごく感動的な曲だったはずだ。」などと、考えることはない。

大げさに言えば、人類はベートーヴェンの交響曲第10番を味わうことが永久にできないわけだが、そのことを残念がる人はほとんどいない。これは、特徴肯定性効果によるものといえる。

◆ タバコの警告表示は「喫煙は」で始まるものが多い

タバコを吸うことが健康に深刻な影響を与えることについて、各国で警告表示が行われている。2005年に、世界保健機関(WHO)が管理する、たばこ規制枠組条約が発効した。日本は、この条約に原加盟している。このときに、タバコのパッケージの表示内容が大幅に見直された。

現在、日本では、たばこ事業法、同法施行規則(財務省令)と、一般社団法人日本たばこ協会の自主規準によって、表示内容が規定されている。紙巻たばこについては、次の通りとなっている。
紙巻たばこの表示文言
これらの文言で注目すべき点は、「たばこの煙は」や「喫煙は」で始まっているものが多いことだ。「喫煙をすると、○○になってしまう」という言い方にすることで、警告の効果を高める狙いがあるといわれる。もしこれが「禁煙すれば、肺がんのリスクを減らすことができます。」などと、禁煙を主語に書かれていたら、警告のインパクトは薄れてしまうだろう。

これからタバコを吸おうとしている人には、喫煙が健康に悪影響を及ぼすことをストレートに伝えるほうが警告の効果が高い。これは、特徴肯定性効果を用いたものといえる。

◆ マイナスのことを書かないでおく、という悪用の懸念も

特徴肯定性効果は、上手に用いれば、効果的に警告を伝えることができる。一方、これを悪用して、マイナスの情報を書かないということも考えられる。

例えば、スナック菓子を製造するメーカーが、製品の成分表示を記載する場合を考えてみよう。たんぱく質、鉄分、ビタミンといった健康を促進する成分の表示だけを行い、脂質や熱量といった情報については何も記載しなかったとしたらどうか。

たいていの消費者は、特段、成分表示に不記載の内容についてメーカーに問い合わせることはせず、そのスナック菓子を食べることになるだろう。もちろん、スナック菓子に脂質や熱量があることは知っているが、成分表示に書かれていないものは存在しないもののように感じられて、気にならなくなるためだ。これは、特徴肯定性効果を悪用したものといえる。

(なお、2020年度より食品表示制度が完全施行されており、現在は栄養成分表示が義務化されている。たんぱく質、脂質、炭水化物、ナトリウムの量と、熱量は、表示が義務付けられており、上記のような不記載はできない仕組みとなっている。)

◆ 学術分野では「公表バイアス」に発展する

成分表示の不記載ほどの悪用ではなくても、特徴肯定性効果が自然に入り込んでしまうことがある。有名なものは、学術分野における研究成果の論文発表だ。

例えば、化学や工学では、実験の結果、技術の有用性や安全性が示されたものは、学術論文として発表されやすい。一方、有用性や安全性に問題があることが判明した場合には、研究結果が論文として日の目を見ることは少ない。こうしたことは、学会誌における掲載などでもみられる話だ。これは、「公表バイアス(publication bias)」と呼ばれる。

論文として公表されるのは、一定の成果があった実験の事例ばかりで、失敗の事例は表に出てこない。しかし、失敗事例には価値がまったくない、というわけではない。

失敗事例が公表されれば、少なくとも類似の失敗を繰り返すことを避けるきっかけになるだろう。また、将来、全然別の形で、その失敗事例の技術が活用できるかもしれない。こう考えると、特徴肯定性効果による公表バイアスは、知らず知らずのうちに、学術活動の成果を減じてしまっていると言えるかもしれない。

◆ まずは「特徴肯定性効果」を認識することから

以上、特徴肯定性効果の活用や弊害について見てきた。

最後に1つ重要なのは、こうした特徴肯定性効果があるということ自体を想像して認識することだ。「目に見えないものは意識しづらい。そのこと自体、認識が難しい。」となっては、ただ目の前にある狭い世界を近視眼的、短絡的に見ながら、生きていくことになってしまう。

他の動物と違って人間だけが持つ想像力を発揮して、「目に見えないものも意識してみよう」と努力する。そうすることで、広い視野や長期的な視点から、物事を考えることができるようになると思われるが、いかがだろうか。

(本稿をまとめるにあたり、参照した文献やWebサイト)
 
「クラシック音楽 ベートーヴェンの交響曲一覧と解説」(MUSICA CLASSICAホームページ)
https://tsvocalschool.com/classic/beethoven-stmphony/
 
「注意文言等の広告表示に関するマニュアル」(一般社団法人日本たばこ協会, 2019年6月14日改定)
 
「栄養成分表示について」(消費者庁ホームページ)
 https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/nutrient_declearation/
 
「思考の図と地:フレーミングによる肯定・否定の非対称性」服部雅史(立命館大学, 2014年3月)
 
“The Art of Thinking Clearly”Rolf Dobelli (HarperCollins, 2013年)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2023年10月17日「研究員の眼」)

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