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コラム
2019年06月12日

内集団・外集団バイアス-ファンやサポーターは、どうして熱中するのか?

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

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春から夏、秋にかけて、さまざまなスポーツが花盛りだ。毎週末、野球やサッカーなど、たくさんのスポーツの試合が行われている。野球でもサッカーでも、チームごとにファンやサポーターがいて、その熱狂的な応援が試合を盛り上げる。だが、応援が高じて、トラブルを起こすこともある。そもそもファンやサポーターは、どうして熱中するのだろうか。人の集団について、すこし考えてみたい。
 
元来、人は集団をつくって生きる存在だ。誰も1人だけで生きていくことはできない。集団をつくり、その中で情報を交わしたり、助け合ったりすることで、いろいろなことができるようになる。みんなで協力しあうことは、社会生活をしていくうえでプラスとなることが多い。

しかし、時には集団に加わることが弊害となる場合もある。ここで、心理学で有名な「内集団・外集団バイアス」を紹介しよう。
 
イギリスの社会心理学者ヘンリー・タジフェルは、人の集団について、つぎのような実験を行った。

最初に、お互いに、まったく見ず知らずの人を何人も集める。そして、コインを投げて、表か裏かで、この人たちを2つの集団A、Bに分ける。ただし、集団に分けられた当人たちには、コイン投げでランダムに分けたことは伝えない。そのかわりに、集団Aのメンバーに対して、「この集団の方々は、みなさん、独特の芸術を好んでおられます」と伝える。さて、なにが起こっただろうか。

まず、集団Aのメンバーは、もともとまったく見ず知らずどうしのはずなのに、お互いを理解し合うようになった。「独特の芸術」という共通の嗜好があるように伝えられて、お互いに親近感がわいたのである。そして、それは「自分たちの集団は、もう片方の集団よりも優れている」という集団意識の形成にもつながった。これは「内集団バイアス」または「内集団びいき」などと呼ばれる。

つぎに、集団Aのメンバーは、「集団Bは、みな同じような人たちの集まりだ」と感じるようになった。実際には、集団Bに入った人には、さまざまな個性があるはずだが、集団Aのメンバーにはそれが見えなくなった。そして単に、「自分たちとは別の集団に入っている人たち」というレッテルを貼ったのである。これは、「外集団同質性バイアス」と呼ばれる。固定観念や偏見が始まるきっかけとなる。

集団への帰属意識は、このような内集団バイアスや、外集団同質性バイアスを生み出しかねない。そして、それは、過度の仲間意識や、差別意識の形成という弊害につながっていく恐れがある。
 
注意しなくてはならないのは、最初はあまり意識せずに、なんとなく集団に属していたはずなのに、ふと気がついてみると、いつの間にか自分の集団に対して強い愛着心が芽生えていることである。バイアスは、知らず知らずのうちに生じてくるのである。

たとえば、野球やサッカーなどのスポーツでは、チームごとに、ファンやサポーターがいる。このファンやサポーターは、多かれ少なかれ、こうしたバイアスの意識を持っている。
 
あるチームの熱狂的なファンを考えてみよう。このファンは、そのチームに関するものは何でも大好きだ。公式戦がある日は、なにがあっても競技場に駆けつける。試合が始まれば、声を枯らして応援をヒートアップさせる。そして、試合に勝てば歓喜し、負ければがっくりと肩を落とす。

こういう熱狂的なファンは、チームの個々の選手というよりも、チームそのものに愛着心を持っていることが多い。その証拠に、ある選手がトレードなどで別のチームに移籍したとする。すると、移籍先のチームとの対戦のときに、その選手に対して、ひときわ大きなブーイングを浴びせたりする。
 
ヘンリー・タジフェルは、自分と自分の所属集団を同一化し、誇りや恥ずかしさなどの感情的意味合いが加わると、集団意識が「社会的アイデンティティ」と呼ばれるものに高められると唱えた。こうなると、自分の所属集団を他の集団と比べたときの相対的な優劣が、自分自身の優越感や劣等感に直結しやすくなる。この社会的アイデンティティにとらわれると、人はさまざまな極端な行動に走りかねない。

スポーツチームのファンやサポーターの例でいえば、試合の後に、街中でさまざまな騒ぎを起こしたりする。ヨーロッパのサッカーで、フーリガンなどと呼ばれて問題になった行為だ。こうしたことが高じて、民族や国民といったレベルで集団意識に火がつくと、紛争や戦乱の発端となる恐れもある。
 
それでは、こうしたバイアスに陥った場合には、どうしたらよいだろうか。有効と思われるのは、一度、集団という枠を取り払って、一人ひとりが個人に立ち返る機会を設けることだろう。

「実際のところ、自分はこのチームのどこに惹かれているのか?」
「本当に、むこうの集団のメンバーは、みんな同じような人たちなのか?」
「いまの集団に属すること自体が、目的になっているのではないか?」

このように一歩引いて冷静に考えることができれば、バイアスから抜け出すきっかけになるはずだ。
 
集団が好ましい効果をもたらすのであれば、集団を形成する意味がある。しかし、集団をつくることによる弊害が見え始めたら、いちど集団から抜け出して、個々に立ち返ってみる。そうした柔軟さが必要といえるだろう。

日本では、これから、さまざまな国際的なスポーツイベントが目白押しだ。熱の入った応援が、いつの間にか、バイアスに変化しないように注意する必要があると思われるが、いかがだろうか。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品、保険計理

(2019年06月12日「研究員の眼」)

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