コラム
2024年05月14日

ダチョウとミーアキャットの間-好ましくない情報にはどう対処する?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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人は、日々、さまざまな情報に接しながら生活している。特に、現代の情報化社会では、朝から晩まで、膨大な情報のなかで過ごすことが一般的となっている。
 
情報の中には、自分にとって好ましいものもあれば、好ましくないものもある。
 
好ましくない情報に接したときに、人はどうするか。行動経済学など人間の心理や行動の研究によると、「ダチョウ効果」(Ostrich Effect)や、「ミーアキャット効果」(Meercat Effect)と呼ばれる行動が見られたという。今回は、これらの動物の名前がつけられた効果について見ていこう。

◇ ダチョウ効果 : ネガティブな情報からは目を背ける

まず、ダチョウ効果から見ていく。この言葉は、金融分野での投資家のリスク認識に関する研究が発端であった。(*1)
 
(*1) “The 'Ostrich Effect' and the Relationship between the Liquidity and the Yields of Financial Assets”Galai, Dan; Sade, Orly (2003), SSRN Electronic Journal. doi:10.2139/ssrn.431180. ISSN 1556-5068. S2CID 154904068.
 
1999年2月~2002年11月に、イスラエルで1年ものの定期預金と国債の金利比較が行われた。定期預金は、イスラエルの大手商業銀行の預金。国債は、テルアビブ証券取引所で売買されるイスラエル政府短期証券“Makam”だ。
 
定期預金は途中引き出しができないため、流動性は国債よりも低い。また、金融商品の信用度という点でも、国債よりも低い。つまり、流動性リスクや信用リスクの観点からは、定期預金のほうが国債よりもリスクが大きいといえる。
 
一般的な金融リスクの理論からみると、リスクの大きい金融商品はリスクの小さい金融商品よりも高金利となる。リスクの大きい金融商品の場合、金利にリスクプレミアムが上乗せされるためだ。
 
ところが実際には、調査期間中、定期預金のほうが国債よりも金利が低かった。この現象を説明するために、研究者たちが名づけたのが、ダチョウ効果だ。
 
通説によると、ダチョウは危険に接したときに、砂に頭を埋めて状況を回避しようとする。つまり、危険が見えなければ、そうした危険が存在しないかのようなふりをする。定期預金の投資家も、リスクから目を背けていた。その結果、このような金利の逆転現象が起こった、という考察が研究者たちによってなされたわけだ。
 
なお余談ではあるが、実際にダチョウが砂に頭を埋めることはない。ダチョウは、危険が迫ると身を伏せ、目立たないように長い首を地面に押し付ける。ダチョウの羽毛は遠くから見ると砂地とよく調和するので、砂に頭を埋めているように見えるのだろうと推測される。((*2)「ダチョウ」(動物大図鑑, ナショナルジオグラフィック日本版サイト)を参考に、筆者がまとめた。) ダチョウにしてみれば、「ダチョウ効果は、とんだ誤解だ」ということになるだろう。

◇ ダチョウ効果は乳がんの定期検診にも見られる

このダチョウ効果は、金融以外にもさまざまな分野であらわれる。まず、予防医療で乳がんの定期検診の事例が有名だ。(*3)
 
(*3) “Experiencing Breast Cancer at the Workplace” Zanella, Giulio; Banerjee, Ritesh (2014), Rochester
 
2002~2004年に、2万人以上の従業員(うち70%は女性)を擁する大規模非営利の医療保険組織を対象に調査が行われた。この保険には、40歳以上のすべての女性を対象として、年1回、無料でのマンモグラフィ検診(乳がん専用のX線撮影)を受けられることが含まれていた。この検診は、職場に近い場所で受けることができ、検診にかかる時間は15~30分の短時間で済むというものであった。
 
この検診の受検率を調査したところ、空間的に近い職場の同僚が乳がんと診断されると、受検率が低下していたという。研究者たちは、その原因について、さまざまな考察を行った。例えば、
 
✓ 乳がんであることを雇い主に知られた同僚の、その後のキャリアへの影響を見て、結果を知られないよう職場以外で検診を受けることに変えたのではないか。(そもそも乳がんの罹患がキャリアに影響してしまうこと自体が問題とも言えるが..。)
 
✓ 乳がんと診断された同僚が労働時間を減らされ、その仕事を肩代わりした結果、検診に行く時間が確保できなくなったのではないか。
 
✓ 集団の罹患率が一定の水準だと思えば、同僚が乳がんと診断されたことで、自分まで乳がんにかかっている可能性は低くなったと考えたため(心理学でいう「少数の法則」)ではないか。
 
などだ。そして、これらとあわせて考えられたのが、潜在的にネガティブな情報は、受け取ること自体を避けようとしたという、ダチョウ効果だ。つまり、乳がんと診断された同僚を見て、自分に好ましくない情報を回避しようとして、受検を控えてしまうというわけだ。

◇ ダチョウ効果は気候変動問題の認識にもあらわれる

ダチョウ効果は、エネルギー枯渇問題に関する2012年の研究にもあらわれている。 (*4)
 
(*4) “On the perpetuation of ignorance: system dependence, system justification, and the motivated avoidance of sociopolitical information” Shepherd, Steven; Kay, Aaron C. (2012)., Journal of Personality and Social Psychology. 102 (2): 264–280. doi:10.1037/a0026272. hdl:10012/6813. ISSN 1939-1315. PMID 22059846.
 
エネルギー枯渇問題に対する認識を見るための調査に、163人のアメリカ人(男性70名、女性93名(平均年齢32.5歳))が、オンラインウェブサイト上で募集された。参加者は、2つのグループに分けられた。片方のグループには、「アメリカは、あと240年は石油を保有するだろう」というポジティブな情報、もう片方のグループには、「アメリカの石油供給量は、40年で減少するだろう」というネガティブな情報を示した。そして、更に関連の情報を知りたいかどうか、回答してもらった。
 
その結果、ネガティブな情報を示されたグループからは、エネルギー枯渇の可能性について知りたくないとの回答が多く見られたという。ここでも、ダチョウ効果により、不都合な真実から目を背けたいという意識が働いたものと見られる。
 
なお、「不都合な真実」といえば、元アメリカ副大統領のアル・ゴア氏が執筆してベストセラーとなった書籍であり、それをもとにしたドキュメンタリー映画が2006年に公開されている。映画では、大気中の二酸化炭素レベルの上昇が気温上昇につながることを劇的に示して、人々の問題への認識を高めて、脱炭素化に向けた行動につなげようとしたものと理解できる。
 
これは、昨今の気候変動問題の動きを先取りした、画期的な内容であったと位置づけることができる。しかし実際には、「不都合な真実」は、人々の行動喚起ではなく、政府への依存を招くものだったかもしれない。この研究の冒頭では、そのようなことが述べられている。

(2024年05月14日「研究員の眼」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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