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「理由不十分の原則」の怪-何の情報もない場合、とりあえず「確率は同じ」と置くと…

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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例えば、ある日の朝、その日の午後の天気がどうなるかを考えるとする。前日までに、テレビ、ラジオ、インターネットなどの天気予報は視聴しておらず、午後の天気の予想に役立つ情報は何も持っていなかったとしよう。
朝、ベッドで目が覚めた瞬間には、前日までと同じ状態で、何も情報を持っていない。このとき、『午後の天気がどうなるかは、まったくわからない。』
しかし、カーテンの隙間から日の光が差し込んでいるのに気づけば、いま晴れていることがわかる。そして、いま晴れているのなら、『午後も晴れの可能性が高そうだ』と思えてくる。
さらに、ベッドから起き、テレビをつけて天気予報を見る。「○○地方は、今日午後は晴れ、降水確率は0%」との予報であることがわかる。それを見て、『午後は晴れるだろう』と確信を強めていく。
何も情報がない状態から、カーテンの隙間から差し込む日の光、テレビでの天気予報といった情報を得ることで、予想の確信度を高めているわけだ。
これは、あるデータを手に入れる前に想定していた確率(事前確率)を、そのデータを用いて修正して更新した確率(事後確率)に置き換えることで、予想や推測の精度や確信度を高めていくことに相当する。
それでは、何も情報がない状態では、どのように事前確率を置いたらよいだろうか。今回は、この点について、確率に関する哲学的な話を含めて、少し考えてみよう。
◇ 「理由不十分の原則」 : 何も情報がない状態ではどの場合の確率も同じ
「何も情報がないのだから、なんらかの先入観にもとづいて偏った確率を想定すべきではない。ここは、十分なバランス感覚に根差して、科学的に物事を判断する態度から、『どの場合の確率も同じ』との前提を置くことが適切だ。もし、これと違う確率を想定しようというのならば、そこにはなにか合理的な理由が必要なはずだ。」などと、堂々と主張する人がいるかもしれない。
歴史的に、確率の哲学的な議論では、これは「理由不十分の原則 (principle of insufficient reason)」と呼ばれてきた。多くの数学者、物理学者、経済学者などを巻き込んで、さまざまな議論が行われてきた。
確率理論の基礎を築いたとされるスイスの数学者ヤコブ・ベルヌーイは、あるイベントがどのような方法で発生するかを知らない場合(したがって、ある方法が別の方法と比較して優先的に発生すると信じる理由がない場合)、各イベントはどのような方法でも同じ確率で発生するであろう、としている。(*1)
(*1) “Ars Conjectandi.”J. Beroulli (Basle, 1973年)について英語で説明している“Principle of Insufficient Reason”(Wolfram Mathworld)のサイトの内容を筆者がまとめた。
また、20世紀の経済学の最重要人物の一人とも言われるジョン・メイナード・ケインズは、ある1つの場合が他のものよりも好ましいと断言できるような既知の理由が存在しないとき、そのような知識に基づけば、これらのどの場合も同じ確率を持っている、としている。(*2)
(*2)「確率は迷う: 道標となった古典的な33の問題」Prakash Gorroochurn 著, 野間口謙太郎 翻訳(共立出版, 2018年)より。
理由不十分の原則は、数学や経済学などの権威者によって、認められてきたといえるだろう。
◇ 理由不十分の原則の定義づけ
アメリカのワシントン大学の物理学者エドウィン・トンプソン・ジェインズは、“最大エントロピー”という概念を使って、理由不十分の原則の定義づけを試みている。
ここで、哲学的な話を具体的に捉えるために、つぎのような問題の形で考えることにしよう。
(箱の中のボールの個数の問題)
ある箱の中には、0個、1個、2個のいずれかの個数だけ、ボールが入っていることがわかっています。
箱を開けてみないと、ボールの個数はわかりません。このとき、箱の中のボールの個数の確率分布は、どのように置くべきでしょうか?
これを、“エントロピー”という概念を用いて計算する。エントロピーとは、「確率の対数の負値の期待値」をいう。分布が離散型(ボールの個数のように、確率変数がとびとびの値をとるケースの分布)で、全部でn個のケースがあるときは、各ケースの確率をp1~pn (p1+…+pn=1)として、次のような算式となる。
エントロピー H = p1×(-log p1) + p2×(-log p2) + …… + pn×(-log pn)
(ただし、0×(-log0)=0とする。)
上記の問題では、n = 3だ。
p1をp、p2をqと置くと、p1+p2+p3=1なので、p3は(1-p-q)となり、
H = p×(-log p) + q×(-log q) + (1-p-q)×(-log (1-p-q))
となる。このエントロピー Hが最大となるようにpとqを設定する - これが、ジェインズの考え方だ。
実際に、そのような考え方のもとで、pとqを求めてみると、p = q = 1/3 を示すことができる。(計算の詳細が気になる方は、稿末の (参考) をご参照いただきたい。)
◇ 理由不十分の原則が矛盾を引き起こすこともある
(1) ワインと水の比の問題
まず、オーストリア・ハンガリー帝国出身の数学者リヒャルト・フォン・ミーゼスが提示したワインと水の比の問題をみてみよう。
(ワインと水の比の問題)
ワインと水を混ぜたコップがあります。混合の割合について、水は、少なくともワインと同量はあり、多くても2倍までである、ということがわかっています。
水がワインの1倍~○倍のいずれかである確率が0.5となるように、○の値を設定するものとします。○は、どのような値とすべきでしょうか?
このとき、理由不十分の原則に従えば、水がワインの1倍~1.5倍のいずれかである確率は、1倍~2倍の半分なので、0.5ということになる。つまり、○の値は1.5とすればよいことになる。
次に、ワインは水の何倍か、というように見方を変えてみる。水はワインの1倍~2倍のいずれか、ということは、ワインは水の0.5倍~1倍のいずれかということと同じだ。
理由不十分の原則に従えば、ワインが水の0.75倍~1倍のいずれかである確率は、0.5倍~1倍の半分なので、やはり0.5ということになる。これは、水はワインの1倍~1.333…(3分の4)倍のいずれかである確率が、0.5ということを意味する。○の値は1.333…(3分の4)とすればよい。
つまり、水はワインの1倍~2倍と、ワインは水の0.5倍~1倍は、同じことを言っているのだが、前者と後者では、○の値として設定すべき値が、1.5と1.333…のように違ってしまうことになる。
(2) 2人きょうだいの男の子の数の問題
ワインと水の比の問題は、確率変数が連続的に値をとる、連続型の分布であった。箱の中のボールの個数のように、確率分布が離散型であれば、理由不十分の原則で、ヘンなことは起こらないのではないかという考え方もあるだろう。そこで、次に、2人きょうだいの男の子の数の問題をみてみる。
(2人きょうだいのうちの男の子の人数の問題)
ある家には、2人きょうだいの子どもたちがいます。ただし、それぞれの子どもの性別はわかりません。このとき、この2人きょうだいのうち、男の子の人数の確率分布は、どのように置くべきでしょうか?
2人のきょうだいには、当然ながら、年上の子と、年下の子がいる。年上の子と、年下の子の性別を考えると、その組み合わせは、(兄、弟)、(兄、妹)、(姉、弟)、(姉、妹)の4つの場合がありうる。男の子と女の子が生まれる確率についてはわからないが、理由不十分の原則により「男の子と女の子の生まれる確率は同じ」とすると、4つの組み合わせは同じ確率、つまり4分の1ずつの確率で、起きることとなる。
これは、男の子が0人の場合(=(姉、妹)の場合)と、2人の場合(=(兄、弟)の場合)を4分の1。男の子が1人の場合(=(兄、妹) または (姉、弟) の場合)を2分の1として、確率分布を設定するのが適切であるということを意味する。
(2023年12月19日「研究員の眼」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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