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産業クラスターを通じた脱炭素化-クラスターは温室効果ガス排出削減の潜在力を有している

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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1――はじめに
2015年の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)ではパリ協定が締結され、「産業革命以前に比べて世界の平均気温の上昇を2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標が掲げられた。この目標達成に向けて、各国で脱炭素化に向けたさまざまな取り組みが進められている。
化石燃料の使用を削減して、再生可能エネルギー等のクリーンエネルギー(温室効果ガスを排出しない、または排出量を抑えたエネルギー)にシフトする。それを通じて、温室効果ガスの排出を実質ゼロにするネットゼロを2050年に実現する等の目標や宣言が各国から示されている1。そのための取り組みの1つとして、産業クラスター(以下、「クラスター」と呼称)を通じた脱炭素化の動きがある。世界経済フォーラム(WEF)は、2025年1月に、この取り組みに関してホワイトペーパー2を公表している。本稿では、その内容を参考にしながら、クラスターと脱炭素化について概観することとしたい。
1 日本、アメリカ、イギリス、EU、カナダ、メキシコ、ブラジル、シンガポールは2050年。中国、ロシア、インドネシア、サウジアラビアは2060年、インドは2070年にネットゼロを達成するとしている。
2 “Unleashing the Full Potential of Industrial Clusters: Infrastructure Solutions for Clean Energies”(World Economic Forum, White Paper, Jan 2025)
2――クラスター
クラスター(cluster)という用語は、企業間のイノベーションと学習を促進するものとして、経済地理学の分野で用いられてきた。提唱者は著名な経済学者であるマイケル・ポーター氏で、その定義を“a geographically proximate group of interconnected companies and associated institutions in a particular field, linked by commonalities and complementarities”(「共通性と補完性によって結ばれた、特定の分野における相互に関連した企業と関連機関の地理的に近接したグループ」)としている3。
イギリスやEUではクラスターという用語が用いられるが、アメリカやオーストラリアではハブ(hub)という言葉であることが多いようだ。
エネルギー産業や製造業等の企業が個々に進めるよりも、複数の企業が連携して取り組んだほうが、効率的、効果的に脱炭素化を進めることができるため、クラスターを通じた脱炭素化の動きが活発になっている。
3 “Competition, and Economic Development: Local Clusters in a Global Economy”M.E. Porter (Economic Development Quarterly, Volume 14, Issue 1, pp.15–34, 2000)
WEFは、移行産業クラスター(Transitioning Industrial Clusters, TIC)イニシアティブを通じて、エネルギー移行、経済成長、雇用を推進するために、同じ場所にある企業や公的機関の協力と共通のビジョンを進展させることに取り組んでいる。2025年3月24日現在、このイニシアティブは16ヵ国、33のクラスター、60の公的機関に渡っており、8億3200万トン(CO2換算ベース)の温室効果ガス排出削減の可能性を示している4。これは、2023年の国別排出量5と比較すると、世界9位のサウジアラビア(8億7900万トン)や10位のカナダ(8億トン)に匹敵する規模となっている。
4 2024年1月のWEF年次総会(ダボス会議)以降に、新たに13のクラスターが参加した。
5 “CO2 and Greenhouse Gas Emissions”(Our World in Data)より
3――クラスターを通じたエネルギー転換の必要性
エネルギー転換は、単に化石エネルギーを代替するというだけではない。クリーンエネルギーを生産したり、脱炭素化を行うためのインフラを世界規模で協調して開発することが求められる。
インフラとして、太陽光発電や風力発電等の再生可能エネルギーの導入、輸送拠点(港湾等)の脱炭素化、電気自動車(EV)の充電や水素電池自動車(FCV)の水素充てんスポットの整備などが挙げられる。また、脱炭素化に向けて、炭素回収・利用・貯蔵(CCUS)の導入、建築におけるセメント等の製造工程でのCO2回収、炭素の代わりに水素を利用した製鉄などが進められている。
これらのインフラ整備は、さまざまな課題を抱えている。典型的には、化石エネルギーを代替するだけの安定した生産規模に至っていないこと、クリーンエネルギーを輸送するインフラ(港湾施設、パイプライン等)が十分に整備されていないこと、生産技術の確立や運用に多額のコストを要すること、インフラによっては安全面等について世論の賛否が分かれていることなどだ6。
背景には、単一の企業だけでは整備を進めにくいことや、再生可能エネルギーの買取制度や温室効果ガス排出量取引制度などの社会制度が不十分なことなどが要因として考えられる。
6 たとえば石炭火力発電におけるアンモニア混焼の是非、原子力発電の推進の是非など。
各国の政府は、エネルギー転換戦略の制定や各種制度の整備などの政策をとっている。
アメリカでは、2022年のインフレ抑制法(IRA)と2021年の超党派インフラ法により、クリーンエネルギーインフラへの投資が促進されている7。
EUでは2023年に、2030年までに温室効果ガスの排出を55%削減する“Fit for 55”の政策パッケージについて、主要法案が成立している。炭素国境調整メカニズム(CBAM)やEU排出量取引制度(EU ETS)などの措置を通じて、重工業のエネルギー転換を推進・支援する枠組みを整えている。
日本では2021年に、経済産業省が中心となって「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が策定された。成長が期待される14分野の産業8を示したうえで、規制改革・標準化、予算、税制などの面で、さまざまな政策が示されている。
7 ただし、2025年の新政権によるエネルギー・環境政策の変更のなかで、大統領は気候変動対策の補助金・融資の支出を凍結するよう指示を出しており、IRAの見直しや撤回の可能性が高まっている。
8 (1)洋上風力・太陽光・地熱産業(次世代再生可能エネルギー)、(2)水素・燃料アンモニア産業、(3)次世代熱エネルギー産業、(4)原子力産業、(5)自動車・蓄電池産業、(6)半導体・情報通信産業、(7)船舶産業、(8)物流・人流・土木インフラ産業、(9)食料・農林水産業、(10)航空機産業、(11)カーボンリサイクル・マテリアル産業、(12)住宅・建築物産業・次世代電力マネジメント産業、(13)資源循環関連産業、(14)ライフスタイル関連産業
一方、民間企業の側では、これまでのところインフラ整備がなかなか進んでいない。企業単独では限界があり、この状況を打破するためにはクラスターを構築したうえで、クラスター内外での協調を図る、といった取り組みが不可欠となっている。インフラ開発主体、エネルギー供給者、投資家、政府、規制機関など、多様なステークホルダーが連携して、政策支援、資金調達、基準や認証の統一・整備などの枠組みを強化することが求められる。
特に、輸送・物流産業(海運等)は、複数の異なる地域のクラスターをまたいで事業を展開するため、相互運用性を確保することが必要となる。国際的な協力を通じて持続可能なクリーンエネルギーインフラを構築することが急務となっている。
(2025年03月25日「基礎研レター」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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