2025年03月21日

東南アジア経済の見通し~景気は堅調維持、米通商政策が下振れリスクに

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2-4.フィリピン
フィリピン経済は、2024年前半は輸出の回復や建設投資の拡大に支えらえて順調に推移したが、年後半は台風被害の影響で景気が減速、通年の成長率が前年比+5.6%となり2023年の同+5.5%から若干上昇したものの、政府目標の6.0%~6.5%には届かなかった。また10-12月期の成長率は前年同期比+5.2%となり、2四半期連続の低成長だった(図表11)。

10-12月期は内需の伸び悩みと農業部門の落ち込みが低成長に繋がった。フィリピンは昨年10月から11月にかけて台風が立て続けに到来して農林水産業が同▲1.8%と低迷し、観光業も打撃を受けた。需要側をみると、民間消費(同+4.7%)は消費マインドが冷え込み、2四半期ぶりに+4%台に鈍化した。投資(同+4.8%)は設備投資が失速して低調だった。外需は観光業が打撃を受けたが、情報通信サービスやビジネスサービスなどを中心にサービス輸出(同+13.5%)が好調だった。財貨輸出(同▲4.6%)は主要輸出品である電子部品(同▲10.7%)の出荷が低迷し、2四半期連続で減少した。

先行きのフィリピン経済は内需を中心に堅調な推移を予想する。消費は労働市場の改善による賃金上昇やインフレ圧力後退により実質所得が増加して回復に向かうだろうが、トランプ米政権の不法移民対策の影響が在米フィリピン人に波及して本国送金が減って消費が下振れる恐れがある。投資は公共投資のけん引力が鈍化するが、民間投資の拡大を支えに順調に推移するだろう。2025年度国家予算ではインフラ整備計画「Build Better More」プログラムはGDP比5.2%の1.5兆ペソで前年並みの水準だ。政府は国家予算の負担を減らすため官民連携事業を推進している。従って、民間投資は金融緩和に伴う借入コストの低下も追い風となり底堅い伸びが続くだろう。なお、今年5月に中間選挙が予定され、4-6月期は投資が弱含むものの政府消費が拡大するだろう。外需は海外経済の低成長や貿易政策を巡る不確実性の高まりから財輸出が緩やかな増加にとどまるが、外国人観光客の回復とIT-BPO産業の成長によってサービス輸出は順調に増加するだろう。一方、輸入も内需拡大により増加するため、外需の成長率へ影響は限定的となりそうだ。

金融政策はフィリピン中銀が2022年5月から金融引締めを開始して政策金利(翌日物借入金利)を6.5%まで引き上げたが(図表12)、長引く高金利で個人消費が鈍化したため昨年8月に金融緩和に転じると3会合連続の利下げにより政策金利を5.75%とした。今年2月の消費者物価上昇率は同+2.1%と、コメの輸入関税の引下げなどの価格安定化策もあり落ち着いた水準にある。先行きは米国の利下げ観測の後退等による自国通貨安がインフレリスクとなるが、国際原油価格の下落やサプライチェーンの改善によりインフレ率は物価目標圏内(+2.0%~4.0%)で落ち着いた推移となるだろう。フィリピン中銀は外部環境が不安定化するなか景気下支えに向け2025年末にかけて利下げを3回実施して政策金利を5.0%まで引き下げると予想する。

実質GDP成長率は2025年が前年比+6.1%となり、台風被害で成長率が押し下げられた2024年の同+5.6%から上昇して政府目標の+6.0%~8.0%を達成、2026年が同5.9%と小幅低下を予想する。
(図表11)フィリピンの実質GDP成長率(需要側)/(図表12)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナム経済は、2024年が好調な輸出により通年の成長率が前年比+7.1%と、2023年の同+5.1%から上昇、当初の政府目標である6.0~6.5%を上回った。また同年10-12月期の成長率は前年同期比+7.6%(7-9月期:同+7.4%)と3四半期連続で上昇し、景気の力強さが確認できる結果だった(図表13)。

10-12月期は主にサービス業の回復が成長率上昇に繋がった。輸出額(通関ベース)は前年同期比+10.4%となり、コンピュータ・電子部品や衣料品の出荷が伸びて二桁増を維持している。輸出の好調で製造業(同+10.0%)は高成長を維持した。また公共投資の拡大により建設業(同+8.3%)が加速した。サービス業(同+8.2%)は貿易と観光が活発で成長が加速、運輸・倉庫業(同+10.0%)や宿泊・飲食業(同+10.3%)の好調が続いている。このほかインフレの鈍化や労働市場の改善、最低賃金引上げ、付加価値減税の継続などにより家計の購買力が向上して卸売・小売業(同+9.0%)が堅調に拡大した。市場の回復が遅れる不動産業(同+4.8%)は改善した。

先行きのベトナム経済は、製造業と観光業の増勢鈍化により成長率が低下するものの、建設業や消費者向けサービス業を中心に力強い成長を維持するだろう。輸出は当面コンピュータ・エレクトロニクス関連の輸出が堅調に推移するだろうが、中国と米国の景気減速や世界貿易の見通しが不透明なため2024年と比べて増勢が鈍化しよう。トランプ米政権による貿易政策の転換により世界貿易が混乱した場合には成長率が下振れる恐れがある。もっとも米中対立を背景に多国籍企業のベトナム進出は続いている。今年1-2月累計の海外直接投資(FDI)認可額(同+35.5%)は好調だった。製造業は昨年より減速するが、高成長を維持するだろう。政府は今年+8%成長を目指して公共投資を前年比+40%近く増額する計画(約360億ドル)であり、建設業や不動産業は改善するとみられる。サービス業は観光業が鈍化するが、良好な雇用所得環境を背景に消費者向けサービス業を中心に意欲は旺盛であり堅調を維持するだろう。

金融政策は、ベトナム中銀が2022年に累計+2%の利上げを実施したが、2024年には景気減速を受けて累計1.5%の利下げを実施、その後は政策金利を4.5%で据え置いている(図表14)。2月の消費者物価上昇率は前年同月比+2.9%と、テト(旧正月)明けもあり落ち着いているが、今後は政府の景気刺激策により上昇傾向で推移するだろう。2月に政府はCPI上昇率の抑制目標を従来の+4.5%以内から+4.5~5%に引き上げており、物価上昇を容認する構えである。ベトナム中銀は、現行の緩和的な金融政策を維持すると予想する。

実質GDP成長率は2025年が輸出環境の悪化により前年比+6.7%(2024年:同+7.1%)と低下して政府目標の+8%を下回り、2026年が6.4%と小幅の低下を予想する。
(図表13)ベトナムの実質GDP成長率(供給側)/(図表14)ベトナムのインフレ率と政策金利

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(2025年03月21日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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