コラム
2025年03月19日

孤独・孤立対策の推進で必要な手立ては?-自治体は既存の資源や仕組みの活用を、多様な場づくりに向けて民間の役割も重要に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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2|小津安二郎の映画に観る繋がりの消滅
しかし、そんなに単純に事態は解決しません。現実的には地縁や血縁、会社の繋がりの消滅は「人間関係の希薄化」という否定的な言説で説明されるものの、「閉鎖社会」からの「解放」という前向きな評価も可能なためです3。言わば「人間関係の希薄化」と「閉鎖社会からの解放」はトレードオフの関係にあることを意識する必要があります。

これを理解するため、1959年に公開された小津安二郎の映画『お早よう』を取り上げたいと思います4。映画は林敬太郎(笠智衆)、専業主婦の林民子(三宅邦子)、小学校に通う2人の息子の林実(設楽幸嗣)と林勇(島津雅彦)という4人家族を中心に展開されます。一家が住む家の周囲には4~5軒の平屋が長屋のように並んでおり、近所に住む2人の主婦が井戸端会議でヒソヒソ話を続けているシーンから映画が始まります。

具体的には、「自分達は先月分の婦人会の会費を支払ったはずなのに、ウチらの組だけ徴収されていないらしい」「婦人会の会長宅が電気洗濯機を買ったので、自分達の支払った会費がネコババされたのでは」といった噂話です。結局、この疑惑は簡単に解決します。婦人会長の母が会費を預かったことを忘れていたに過ぎず、この話は一旦、収まります。

これだけ読むと、何の変哲もない日常のように聞こえるかもしれませんが、こうした噂話のわずらわしさは映画の随所に現れます。例えば、丸山家という若い夫婦世帯は少し奇抜な恰好を好んだため、隣近所から「昼間に西洋の寝間着を着ている」「(注:妻が)池袋のキャバレーにいた」などと噂を立てられ、映画の後半で引っ越しを決めます。

さらに、林家でも家庭内の些細なイザコザを近所の井戸端会議で揶揄されたことで、民子が丸山家の引っ越し風景を見つつ、「何だかんだ言って、隣近所がうるさいからね。うちも引っ越したくなっちゃった」とボヤくシーンがあります。

その半面、映画では隣近所で声を掛け合うなど、今の暮らしでは減ってしまった地域の繋がりが描写されています。例えば、最後は引っ越ししてしまう丸山家は近所で唯一、テレビを持っており、実と勇は近所の子どもたちと放課後、テレビを見るため、丸山家に遊びに行く描写が見られます。

当時、白黒テレビの普及率は10%程度であり、丸山家は私的空間だけど、地域に開かれた場所、今で言うと「居場所」になっていたと言えます。

しかし、エンディングでは敬太郎がテレビを買って来るシーンがあります。その結果、テレビを目当てに、林家兄弟が外出することはなくなります。それでも普及率が低い時点では、テレビを持っていない家の子どもたちが林家に集まるかもしれないですが、やがてカラーテレビの普及率が100%に近付けば、テレビは完全に私的空間で独占されることになります。この結果、各家庭におけるテレビの保有が地域の繋がりを失わせる一つの契機になったことに気付きます。

要するに、映画では、中間集団としての地縁が住民同士の繋がりを作り上げていた半面、「テレビを家庭で楽しむ」「隣近所の煩わしい付き合いを避ける」という便利さや快適さを追求する私的空間の拡大が地縁の消滅を招いた経路にも気付かされます。

実際、同じような事象は様々な場面で起きたはずです。例えば、小津安二郎が1953年に作った『東京物語』では、家族が縁側で涼を取っている時、隣近所の人から声を掛けられるシーンがありますが、クーラーの普及に伴って、こうした機会は減りました。

さらに、同じ時期の日本映画を見ていると、女性が川や洗い場で洗濯しているシーンを多く見掛けます。これは女性の家事負担となり、家事を巡る性的役割を固定化させる一因になっていた半面、近所の人と顔を合わせたり、時には共同で作業したりする空間になっていた面もあります。その後、洗濯機が普及したことで、こうした負担から女性が解放された半面、地域の繋がりを減らす要因になったと考えることもできます。

つまり、戦後の日本社会がプライバシーや便利さ、快適さを追求した結果、中間集団やソーシャル・キャピタルが失われたと言えます。しかも、近年はデジタル技術の発達やSNSの普及など、情報を取れる選択肢が増えたことで、家族や会社の同僚でも同じテレビ番組やニュースを話題にすることさえ難しくなっています。

それだけ個人化と呼べるような事態(社会学では原子のように小さくなることを指して、「アトム化」と言う時もあります)が進んでいると言えます。もちろん、都会に比べると、地方では地縁や血縁が残されており、「地域の実情」は詳しく見る必要がありますが、少なくとも社会全体として、今から時計の針を逆回転させ、中間集団やソーシャル・キャピタルを元のように戻すことは相当、難しいと言わざるを得ません。
 
3 石田(2011)前掲書pp33-38を参照。
4 映画『お早よう』のシーンを使った考察については、2018年3月9日『ダイヤモンド・オンライン』でも一度、言及したことがある。今回の内容の一部は重複している。
https://diamond.jp/articles/-/162744

4――官民に求められる対応を考える

1|自治体に求められる対応は?
以上のように考えると、自治体が孤独・孤立対策を検討する上では、時代の趨勢に合った対応策が求められると思います。例えば、趣味や関心事に応じたイベントや場など、多様な選択肢を作る努力です。分かりやすく言うと、個人が「安心できる」「面白い」「楽しい」「参加したい」と思えるような場を多く形成していく努力です。

ただ、筆者が見る限り、多くの自治体職員は「官製の場を増やす」「官製の場に集まる人を増やす」という発想に陥りがちです。もちろん、こうした場を市町村が増やしたり、そこに専門職が関与したりすることは重要なのですが、それだけで多くの人の関心を引き付けられるとは思えません、実際、高齢者の介護予防やフレイル(虚弱化)対策では、市町村が健康体操教室を開いても、健康な人しか集まらないという倒錯した事象が生まれています。

しかし、少し視点を変えれば、全ての地域資源が孤独・孤立対策に繋がると気付くはずです。例えば、カルチャースクールや公民館で開かれている趣味の場とか、スポーツクラブ、図書館、映画館、ジョギングや犬の散歩の集まりなどです。

筆者の経験で言うと、少し前に雀荘に行った時、「18時まで何時間でも1,500円」というシニア割を目当てにした男性高齢者が多数訪れていました。その後、シニア割の時間が終わると、今度は完全禁煙の雀荘だったため、女性を含めた若い人で賑わいました(人気を博している麻雀プロリーグ「Mリーグ」の影響も大きいと思われます)。このため、工夫次第では雀荘における多世代交流だって不可能ではないかもしれません。

さらに、地域の繋がりを形成するための仕組みが既に数多く整備されている点も強調したいと思います。いわゆる福祉領域だけでも、住民参加の支え合い形成を目指す「地域福祉計画」が2000年に制度化されているほか、▽主に要支援認定を受けた高齢者の状態悪化を防ぐ「介護予防・日常生活支援総合事業(以下、総合事業)」、▽高齢者の生活支援に向けて、地域のネットワーク形成を図る「生活支援体制整備事業」、▽分野・属性を問わず、相談体制の整備や地域の繋がりづくりなどを一体的に進める「重層的支援体制整備事業(以下、重層事業)」、▽就労の機会や社会参加の確保などを通じて、生活保護になる前の人や、生活保護から離脱した人の暮らしを支援する「生活困窮者自立支援事業」、▽自殺を防ぐため、相談体制や地域の声掛けなどを強化する「自殺対策基本法」に基づく施策――などが整備されており、地域のネットワーク形成や居場所づくりなどの点では全て孤独・孤立対策と共通しています5。このほか、福祉の領域以外でも、地域防災や産業・農業、観光、まちづくりなど様々な分野で地域の繋がりを作る施策が展開されています。

特に生活困窮者自立支援事業の検討過程では、孤独・孤立の予防を組み込むことが意識されており、2018年改正で「地域社会から孤立しているもの」が対象に追加されました。さらに、内閣府のイベントなどで地域の好事例を見ていると、重層事業を活用しているケースも散見されるため、既存の仕組みとの関係性を意識する必要があります。

このため、関連する施策に取り組んでいる自治体は既存の取り組みを少し工夫することで、孤独・孤立対策に対応する柔軟な姿勢に期待したいと思います。少し分かりやすい例で言うと、既に地域の関係者が集まる協議会が幾つも整備されているのに、官民連携プラットフォームを別に組織するような対応は現場の負担感を重くするだけなので、現に戒めて欲しいと思います。
 
5 総合事業の論点に関しては、2023年12月27日拙稿「介護軽度者向け総合事業のテコ入れ策はどこまで有効か?」、重層事業の論点は「地域の実情」という言葉に着目した第6回で言及した。さらに、地域福祉計画や生活困窮者自立支援、重層事業や自殺対策については、宮本太郎ほか編著(2023)『生活困窮者自立支援から地域共生社会へ』全国社会福祉協議会、永田祐(2021)『包括的な支援体制のガバナンス』有斐閣、鏑木奈津子(2020)『詳説 生活困窮者自立支援制度と地域共生』中央法規出版、望月昭ほか(2011)『自殺者三万人を救え! 』NHK出版、牧里毎治ほか編著(2007)『協働と参加の地域福祉計画』ミネルヴァ書房、武川正吾(2006)『地域福祉の主流化』法律文化社などを参照。
2|民間への期待
さらに、NPOや民間企業も大きな役割を果たせると思っています。先に引用した基本計画の記述に見られる通り、孤独・孤立の状況や原因は多様であり、当事者などの状況に応じて多様なアプローチや手法が求められます。

こうした中、行政は先例やルールに縛られるほか、議会や納税者への説明責任を求められるため、ややもすると官製の居場所は杓子定規で面白くない場になります。このため、「安心できる」「面白い」「楽しい」「参加したい」と思ってもらえる場を数多く作る上で、柔軟な発想と手法で対策を考えられる民間の役割は大きいと思います。

例えば、自治体がNPOに場所を定期的に開放することで、緩く楽しく集まれる居場所を作る方法とか、企業が再開発する際に地域の繋がりを作り出せるような開放空間を事前に作る方法などが考えられそうです。このほか、企業の空きビルなどを貸し出すことで、住民やNPOがサロンやサークルを定期的に開催できるようにする手立ても考えられます。

5――おわりに

本稿では社会学の言説や小津映画を素材にしつつ、孤独・孤立対策の方向性や官民に求められる対応を検討しました。具体的には、孤独・孤立の発生プロセスは多様ですし、個人の内面に関わる問題なので、一律な対応策が困難である点を論じました。さらに、ややもとすると杓子定規になりがちな行政だけでなく、自由な発想でNPOや民間企業が選択肢を広げる重要性も論じました。

その際、実は『お早よう』は一つのヒントを提示してくれていると思っています。映画では、アパート住まいの失職者として、翻訳の仕事を手伝っている福井平一郎(佐田啓二、中井貴一の父)が節目で登場しており、林兄弟に英語を教えています。さらに、林兄弟がテレビをねだった際、平一郎が「余計なことを言うな」と叱り飛ばしたため、2人が何も喋らないボイコット戦術に出ていたので、それを念頭に、こんなことを平一郎が言う場面があります。
 
「(注:お早うなどの挨拶が)案外、余計なことじゃないんじゃないかな。それ言わなかったら、世の中、味も素っ気もなくなっちゃうんじゃないですかね」
「無駄があるからいいんじゃないかな、世の中」
「無駄が世の中の潤滑油になってんだよ」

これは孤独・孤立対策(あるいは重層的事業が目指す「地域共生社会」)でも言えると思います。つまり、身近な無駄なことの積み重ねが重要と言っているわけです。もし「無駄」という言葉の響きが悪ければ、紙で言う「余白」、車のハンドルの「遊び」みたいな感覚でしょうか。

つまり、いきなり「孤独・孤立を感じない地域社会を作る」「住民や民間を巻き込んで場を作る」などと大それたことを考えるのではなく、一見すると無駄かもしれないけど楽しいことを経験できるような場を作る努力が必要なのではないでしょうか。具体的には、住民の関心が高い子育てや防災の情報提供とか、地域のイベントやボランティアに参加してもらえる機会を作る方策です。さらに、SNSも含めて、緩やかに人と人が繋がる安全な場を作ることも一つの重要な手立てになると思います。

もちろん、実行は難しく、手探りにならざるを得ないですが、孤独・孤立対策に当たる自治体(特に住民の暮らしに身近な市町村)は「地域の実情」に応じて、民間と連携しつつ、多様な場づくりやネットワークの形成に努めて欲しいと思います。

資料:「地域の実情」という言葉に着目した医療・介護・福祉制度の論点を考察する拙稿コラム
  • 第1回(2023年3月31日)
    ・「地域の実情」を多用した政府審議会報告や自治体の実情などを考察。
  • 第2回(2023年4月28日)
    ・「地域の実情」を把握する上で、ミクロ(個別事例)とマクロ(データ)を組み合わせる必要性などを強調。
  • 第3回(2023年7月26日)
    ・地域の関係者を交えた合意形成プロセスの重要性を強調。
  • 第4回(2023年11月30日)
    ・同時並行で進む医療提供体制改革と、都道府県の役割を考察。
  • 第5回(2024年4月5日)
    ・高齢者介護に関する制度改正の動向と、市町村の役割を考察。
  • 第6回(2024年12月5日)
    ・重層事業の論点と、市町村に求められる対応を考察。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
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(2025年03月19日「研究員の眼」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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