2025年03月07日

可処分所得を下押しする家計負担の増加-インフレ下で求められるブラケットクリープへの対応

基礎研REPORT(冊子版)3月号[vol.336]

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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1―依然としてコロナ禍前を下回る消費水準

コロナ禍で大きく落ち込んだ個人消費は、社会経済活動の正常化に伴い持ち直しているものの、依然としてコロナ禍前の水準を下回っている。

消費低迷の主因は可処分所得の伸び悩みである。内閣府の「国民経済計算年次推計」によれば、2023年の実質可処分所得はコロナ禍前の2019年を▲3.4%下回っている。名目可処分所得は2019年から3.4%増加したが、この間に家計消費デフレーターが7.0%上昇し、名目可処分所得の伸びを大きく上回っているためである。名目可処分所得の内訳をみると、雇用所得環境の改善を背景に2023年の雇用者報酬は2019年から5.0%増加し、可処分所得を大きく押し上げているほか、好調な企業業績を受けた配当の増加を主因として財産所得(純)も大幅に増加している。一方、営業余剰・混合所得、社会給付(純)、所得・富等に課される経常税は可処分所得の押し下げ要因となっている[図表1]。
[図表1]実質可処分所得の増減要因

2―高まる家計の社会負担

コロナ禍以降の実質可処分所得減少の主因が物価高であることは確かだが、名目で見ても家計負担率は上昇している。家計の総収入*1に対する総負担*2の割合は現行の国民経済計算で遡ることが可能な1994年の29.4%から2023年には30.7%まで上昇した。このうち、税・社会負担比率は1994年の21.1%から2023年には27.0%まで上昇している[図表2]。社会負担比率は1994年の13.5%からほぼ一本調子で上昇しており、2023年には19.7%となった。一方、税負担比率は1994年の7.6%から2003年に5.8%まで低下した後、上昇傾向となり2023年は7.4%となった。
[図表2]家計の総収入に対する税・社会負担比率
家計負担のうち、社会負担は1995年度から2023年度までの約30年間で65.0%増加しているが、最も寄与度が大きいのが厚生年金(33.1%)で、それに続くのが介護保険(9.8%)、健康保険(8.0%)共済組合(4.0%)となっている。厚生年金については、保険料率が2004年の13.58%から2017年に18.30%まで引き上げられたことに加え、雇用情勢の改善や段階的な社会保険の適用拡大に伴う被保険者数の増加や賃金上昇による標準報酬月額の上昇などが負担の増加につながっている。また、介護保険、健康保険、共済組合についても段階的な保険料率の引き上げによって家計負担が増加している。
 
*1 総収入=雇用者報酬(受取)+財産所得(受取)+営業余剰・混合所得(純)+現物社会移転以外の社会給付(受取)+その他の経常移転(受取)
*2 総負担=所得・富等に課される税(支払)+純社会負担(支払)+財産所得(支払)+その他の経常移転(支払)

3―高まる家計の税負担

雇用者数や給与が増加すれば、家計の所得税額が増えることは当然だが、問題は給与総額以上に所得税額が増えていることである。

国税庁の「民間給与実態統計調査」によれば、2023年の給与所得者(1年を通じて勤務した給与所得者)の所得税額は前年比1.0%の11.9兆円となった。所得税額は新型コロナウイルス感染症の影響で2020年に減少したが、2021年からは3年連続で増加した。2023年の所得税額はコロナ禍前の2019年よりも15.6%増えている。所得税額の増加が続いている一因は、給与総額が増えていることだが、2020年から2023年にかけての給与総額の伸びは6.4%(うち、給与所得者数が1.5%、1人当たり給与が4.8%)で、この間の所得税額の伸びを大きく下回っている。このことは税額割合(給与総額に対する所得税額の割合)が高まっていることを意味する。

2000年以降の税額割合の推移を確認すると、2006年の5.07%をピークに2010年に3.86%まで低下した後、上昇傾向が続き、2023年には5.10%と2000年以降のピークを更新した[図表3]。

なお、2013年に税額割合が大きく上昇したのは、東日本大震災からの復興財源に充てるための復興特別所得税(基準所得税額に対して2.1%)が課せられた(~2037年までの予定)ためである。
[図表3]所得税額と税額割合の推移
給与所得者全体の税額割合は、給与階級別の税額割合と給与階級別の給与所得者数の構成比によって決まる。所得税は累進税率のため、給与階級の高い人の割合が高いほど税額割合が高くなるが、2023年の税額割合はいずれの給与階級でも全体の税額割合が最も低かった2010年よりも上昇している[図表4]。また、2010年から2023年にかけての給与階級別の給与所得者数の構成比の変化をみると、年間給与額100万円超~400万円以下が低下、年間給与額100万円以下、400万円超が上昇している[図表5]。総じてみれば、給与水準の高い層の割合が上昇している。
[図表4]給与階級別税額割合の変化
[図表5]給与階級別構成比(給与所得者数)の変化
ここで、2010年を起点とした所得税額の増加幅を、給与総額変化要因、給与階級別の税額割合変化要因、給与階級構成比変化要因に分解すると、2023年までの13年間で所得税額は5.0兆円増加したが、このうち給与総額変化要因が2.5兆円、給与階級別の税額割合変化要因が1.3兆円、給与階級構成比変化要因が1.1兆円となった[図表6]。所得税額増加のうち約半分は、給与所得者数の構成比が変化した影響も含めて、税額割合が上昇したことによるものということになる。
[図表6]税額増加の要因分解(2010年→2023年)
税額割合上昇の原因として考えられるのは、名目所得の増加によってより高い税率が適用される課税所得区分に移行することで、実質的な増税となる「ブラケットクリープ」が生じている可能性だ。

所得税率は2007年に見直しが行われた後は2015年の最高税率引き上げ(課税所得4,000万円以上を40%から45%に)以外変わっていない。全ての給与階級で税額割合が上昇していることは、給与の増加に伴う課税所得の増加によって、より高い税率が適用されるようになっている者が増えていることを示唆する。また、納税者割合(納税者/給与所得者)は2010年の82.5%から2023年には86.3%まで上昇している。賃金上昇に伴い給与水準が課税最低限を超える者が増えていることを表している。

2024年の結果はまだ公表されていないが、春闘賃上げ率が33年ぶりの高水準となったことを受けて名目賃金の伸びが大きく加速していることを踏まえると、ブラケットクリープ現象はより顕著となっている可能性がある。

4― 求められるブラケットクリープへの対応

個人消費が回復するためには、実質可処分所得を増やすことが不可欠である。実質雇用者報酬は2021年10-12月期から前年比マイナスが続いていたが、名目賃金の伸びが大きく高まったことを受けて、2024年度入り後プラスとなり、実質可処分所得の押し上げ要因となっている。

しかし、負担増が家計の可処分所得を抑制する状態は解消されそうにない。2025年度税制改正大綱では、基礎控除の引き上げと給与所得控除の最低保証額の引き上げが盛り込まれたが、この改正による減税額は6,000億円程度(平年度)と試算されており、2023年の家計の可処分所得(317兆円)比で0.2%程度にすぎない。また、各税率に対応する課税所得の区分は変更されなかったため、高い賃上げが実現しても実質的な税負担の増加によって可処分所得が十分に増えない構造は残されたままとなっている。

インフレや賃上げが定着しつつあるもとでは、ブラケットクリープによる実質的な税負担の増加がより深刻なものとなる可能性がある。物価や賃金の上昇に応じて各税率に対応する課税所得の区分を変更するなどの是正措置を講じることが不可欠と考えられる。

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(2025年03月07日「基礎研マンスリー」)

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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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