2025年02月20日

2022偽情報に関する実施規範-EUにおける自主規制

保険研究部 取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

1――はじめに

前回の基礎研レポートでは選挙におけるSNS対策に関するEUのガイドラインを紹介した。このガイドラインはデジタルサービス法(DSA)に基づいて特に大きなオンラインプラットフォーム等に適用されるものであった。今回はより広い事業者を対象とし、法的裏付けのない自主規制の仕組みである「2022年 偽情報に関する実施規範(以下、「規範」)1」の概要を紹介したい。規範は当時存在した「2018年 偽情報に関する実施規範」を改訂したもので、2022年6月に作成・公表された。

規範は、規範の実施に同意する事業者2が署名することで、その事業者が自発的に拘束される(以下、署名した者を単に「署名者」という)。署名者にはプラットフォーム提供者のほか、広告主やアドテク企業、ファクトチェック機関3、市民社会団体などが含まれている。規範は全部で40頁ほどの分量なので、そのすべてを記載することはできないことから、要点だけの紹介となる。

本項「1-はじめに」では、前文の重要部分を見てみる。署名者は「誤情報、偽情報、情報影響工作および情報空間における外国からの干渉を含む『偽情報』との戦いに貢献する役割を認識する」とされる。そして「署名者は『開かれた民主主義社会は、十分な情報を得た市民が自由で公正な政治プロセスを通じて自らの意思を表明できるような公開討論にかかっている』ということを認識・同意する」としつつ、一方で「署名者は、表現の自由、情報の自由、プライバシーに対する基本的権利に留意・保護することと、合法的なコンテンツの拡散や影響を制限するために効果的な行動をとることとの間で、微妙なバランスを取らなければならないことに留意する」ものとされる。

すなわち、規範は表現の自由といった民主主義国家で最も重要な基本的権利を擁護しつつ、偽情報を可能な限り特定し、公表するか、排除することを宣言するものである。

規範は前文を除き、9つのパーツからなっている。具体的には図表1の通りである。
【図表1】規範の全体像
 
1 https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/code-practice-disinformation 参照。
2 GoogleやMeta、Microsoftなどが署名している。Appleは署名していない。
3 ファクトチェック機関とは、情報の正確性や妥当性を検証する専門組織である。日本ではたとえば日本ファクトチェックセンターなどがある。https://www.factcheckcenter.jp/ 参照。

2――広告出稿の精査

2――広告出稿の精査

本節の該当部分は図表2の色付き部分である。
【図表2】広告出稿の精査
1|コミットメント

約束1 署名者は広告掲載にあたって偽情報の収益化を防止するために方針を策定する。

約束2 署名者は広告システムを悪用して広告メッセージの形で偽情報を広めることを防止する。

約束3 署名者は関連事業者とベストプラクティスを交換し、協力を強化する。

2|解説と具体的取組
本節は、偽情報が広告付きコンテンツとして流布される(すなわち収益化される)こと、および偽情報が広告として流布されることを防止することを目的とした約束(コミットメント)である。この約束は次項の政治広告に限らないので、たとえばCOVID-19やそのワクチンに関するデマ情報の拡散といった情報にも適用される(下記「3-政治広告」を除き、以下同様)。

(1) 約束1は、有害な偽情報の公表・流布を防止し、健全な広告市場を維持することを求めている(施策1.1)。これは端的に言えば偽情報のコンテンツに広告がつくことで偽情報の収益化を防ぐことを目的としている。悪質な陰謀論などをYouTubeやTikTokで動画化し、それにより収益を得るなどの行為を防止するものである。具体的には、広告の配信を行うメディアプラットフォームや広告の仲介を行うアドテク企業では広告を出稿するコンテンツについて審査要件を厳格にし、当事者を精査することが求められる(施策1.2)。また、広告主や広告代理店を含め、広告を購入する署名者は、偽情報コンテンツの隣や偽情報を繰り返し掲載する場所に広告を掲載しないよう、効果的かつ透明性の高い措置を講じている広告販売業者を通じて広告を掲載する(施策1.4)こととされている。

(2) 約束2は、約束1とは異なり、偽情報が広告として流布されることを防止するものである。約束2はそのための方針(ポリシー)を策定し、それを実施することを求めている。
具体的には、まず偽情報について広告システムを悪用して、広告メッセージとして拡散することを防止する広告指針(ポリシー)を策定する(施策2.1)。そして、署名者は、有害な偽情報広告を特定して措置を講ずる手法を開発する(施策2.2)。そして、署名者は広告ポリシーに違反する広告が掲示されないようにする。他方で、この偽情報掲示回避措置に関して、偽情報広告を出稿したとされた広告主が異議を述べられるよう、異議申し立て手続を広告主に明確にする(施策2.4)ことが求められる。

(3) 約束3は、署名者はファクトチェック機関などの他の主体と協力し、有害な偽情報へ対処するための情報流通を促進する(施策3.1)ことを求めている。

これは約束1、2を実行するために前提となる、何が偽情報かをより正確に認識するための取組について述べた部分である。このため、署名者は偽情報の傾向や、戦術・技術・手順に関する情報を各関係者と交換する(施策3.2)。そして署名者は独立した情報源格付けサービス4やファクトチェック機関と協力を行う(施策3.3)。
 
4 日本では富士通が「情報格付けビジネスシステム®」(富士通の登録商標)を提供している事例等がある。

3――政治広告

3――政治広告

本節の該当部分は図表3の色付き部分である。
【図表3】政治広告
1|コミットメント

約束4 署名者は「政治広告および争点広告」について共通の定義を採用する。

約束5 署名者は、自社サービスにおける政治広告や争点広告に一貫したアプローチを適用し、そのような広告が自社サービスにおいて許可または禁止される範囲を、広告ポリシーに明示する。

約束6 署名者は、表示されるコンテンツが政治的または争点に関する広告であることを明確に表示し、有料コンテンツであることを区別できるようにする。

約束7 署名者は、政治や争点に関する広告を掲載するスポンサーや、スポンサーの代理を務める広告サービスの提供者に対し、適切な身元確認システムを導入する。署名者は、そのような広告の掲載を許可する前に、ラベル表示やユーザーに対する透明性の要件が満たされていることを確認する。

約束8 署名者は、そのサービス上でユーザーが目にする政治広告や争点広告について、ユーザーに対して透明性に関する情報を提供する。

約束9 署名者は、ユーザーが政治広告や争点広告を目にする理由について、明確で理解しやすく、包括的な情報を提供する。

約束10 署名者は、政治広告や争点広告のリポジトリ(広告保管場所)を維持し、その最新性、完全性、使いやすさ、質を確保する。

約束11 署名者は、政治広告や争点広告の広告リポジトリ内で、ユーザーや研究者がカスタマイズされた検索を行えるようにする。

約束12 署名者は、政治的・争点的広告の監視を強化し、政治的・争点的広告の方針および慣行の作成、実施、 改善において、適宜、建設的な支援を行う。

約束13 署名者は、政治広告や争点広告における偽情報に関連するリスクを理解し、対応するために、継続的な監視と調査に取り組む。

2|解説と具体的取組
本節は政治広告および争点広告(political and issue advertising)についての取扱いを定めたものである。政治広告等に偽情報が含まれないように方針や規則を作成して、透明性を確保することが求められている。

(1) 約束4は本節の義務の対象となる政治広告と争点広告の範囲を画定すべきことを定めたものである。この点、政治広告と争点広告とは「政治広告の透明性とターゲティングに関する規則5」の定義6に沿って解されるものとされている(施策4.1)。

(2) 約束5は、政治広告等における各社の規則・ガイドラインの作成、および一貫した規則・ガイドラインの適用を署名者に求める。具体的には、政治広告およびまたは争点広告の定義に関する自社の方針規則またはガイドラインを、一般に利用可能でわかりやすい方法で作成・公表する。そのうえで、すべての政治広告および争点広告について、表示、透明性、検証にかかる規則を適用する(施策5.1)とされている。

(3) 約束6は、表示される広告が有料の政治広告又は争点広告であることを一般に知らしめる必要があるとする。具体的には、署名者は、政治広告や争点広告に付されるマークやラベルについて、共通のベストプラクティスと事例を作成し、それらを各自のサービスで実施する(施策6.1)といった施策が盛り込まれている。このラベルには政治広告スポンサーの身元情報やそれに関連する情報などが含まれる(施策6.2)

(4) 約束7は、署名者に対し、政治広告等を掲載する前に、1)広告主の身元確認、2)ラベルの貼付、3)透明性要件の充足を署名者が確認・検証することを求めている。なお、ラベルについては上記(3)を、透明性要件については下記(5)を参照。

(5) 約束8は、政治広告等について透明性情報を署名者がユーザーに提供することを定めている。透明性情報とは「政治広告の透明性とターゲティングに関する規則(前述)」の定める、スポンサーの身元情報、表示期間、広告費などである(施策8.1)。これら情報はレポジトリ(広告保管場所、後述(7)参照)に保管し、リンクを一般に提供する(施策8.2)。

(6) 約束9は、特定のユーザーがなぜその広告情報を目にするのかを署名者がユーザーに明らかにすることを求めている。ユーザーが目にする理由についての情報をユーザーが簡単に入手できるようにする(施策9.1)。この理由については、人口統計(年齢層)、地理、文脈、関心、行動などシンプルでわかりやすい言葉で説明する(施策9.2)。

(7) 約束10は政治広告等のリポジトリ(広告保管場所)の設置・維持を求めている。リポジトリには、スポンサーの特定、広告掲載日時、広告に費やされた総額、インプレッション(閲覧)数、受信者を決定するために使用された基準、広告を見た受信者の属性と数、広告がみられた地理的地域などの関連情報を含み(施策10.1)、5年間は一般公開する(施策10.2)。

(8) 約束11はユーザーや研究者が上記(7)で構築されたリポジトリを容易に利用できるようにすることが定められている。具体的にはAPI(Application Programing Interface)7やその他の方法により、研究者がシステムに直接接続することができ、かつ検索可能にすることなどが求められる(施策11.1)。

(9) 約束12は政治広告等の調査、監視等に関する署名者の実務能力の向上に向けた取組を要請する。そのために政治広告精査のためのツールやデータを作成し(施策12.2)、他の署名者への注意喚起を行う(施策12.3)こととされる。

(10) 約束13は政治広告等にかかる偽情報リスクへの継続的取組を要請する。署名者は個々に、あるいは他の署名者等とタスクフォースを構成し、本規則の定める対応等について議論を行う(施策13.1)。なお、常設のタスクフォースについては後述「9―常設の対策本部(タスクフォース)」を参照。
 
5 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32024R0900 参照。
6「政治広告」とは、(a)純粋に私的な、または純粋に商業的な性質のものでない限り、政治的行為者によって、政治的行為者のために、または政治的広告キャンペーンの一環として、通常、報酬を得て、または組織活動を通じて提供されるメッセージの準備、配置、宣伝、公表、配信、または普及を意味し、(b)選挙または国民投票の結果、投票行動、または連邦、国家、地域、または地方レベルの立法または規制プロセスに影響を与えることを目指し、影響を与えるように設計されたものを意味する。
7 ソフトウェア同士が通信するためのインターフェース(=橋渡し役をするもの)を指す。

(2025年02月20日「基礎研レポート」)

このレポートの関連カテゴリ

Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【2022偽情報に関する実施規範-EUにおける自主規制】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

2022偽情報に関する実施規範-EUにおける自主規制のレポート Topへ