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介護の「保険外」サービスとは何を指すのか?-制度の基本構造から「正体」を探るとともに、普及策を検討する

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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では、今回の議論では「保険外」が普及しない原因として、どんな点が問題視されているのでしょうか。まず、先に引用した財政審建議では以下のような問題意識が示されています。
地方公共団体によってルールの解釈が異なり、保険外サービスが認められないところもある(いわゆるローカルルール)、といった声も聞こえる。このため、地方公共団体のローカルルールの実態把握を行った上で、国民の利便性向上に資するよう、介護保険外サービスの柔軟な運用を認めるべきである。
つまり、自治体独自のルールである「ローカルルール」に原因を求め、その是正の必要性が強調されており、この点を別に全て否定するつもりはありません。少し古いデータになりますが、公正取引委員会が2016年9月に公表した報告書7では、26.5%の株式会社と16.2%の社会福祉法人が「保険サービスと保険外サービスの併用に係るルールが曖昧、または地域差がある」と答えていました。
さらに、厚生労働省の委託調査8でも「訪問介護と保険外サービスの区分・区切りが明確となるような提供手順・方法」を求めている団体が95%を超え、市町村が「保険」「保険外」を区別するため、ヘルパーに対してエプロンを付け替えるような対応を求めていることも明らかになっています。そこで、ローカルルールの透明化などの対応策が必要と思います。
しかし、「保険」「保険外」では利用者負担の金額が違うので、何らかの線引きは欠かせません。しかも、「保険」には多額の公費(税金)や保険料が投入されている以上、「何でもかんでも保険と保険外をミックスしてOK」という議論は有り得ません。それなのに、「保険」「保険外」の線引きに関わるローカルルールを「柔軟に運用」すれば、「保険外」が普及するのでしょうか。
しかも、介護保険の運用は市町村に委ねられており、ある程度のローカルルールは止むを得ない面があります9。そもそも建議を読み直すと、「……といった声も聞かれる」と腰が入っていない文章になっているので、何か明確な根拠を持っているとは思えません。
一方、「保険外」が拡大しない理由として、経済産業省は「認知度不足」に求めており、筆者もPRの必要性を全否定しません。往々にして、厚生労働省の施策は「規制」に傾きがちであり、産業政策を所管する経済産業省が認知度向上を通じた「振興」に乗り出すことは重要と思います。
それでも既述した通り、様々な報告書や事例集が公表されており、時代を遡ると、1987年に「シルバーサービス振興会」が発足するなど、高齢者ビジネスの振興は相当以前から話題になっています。それなのに認知度不足だけが原因なのでしょうか。以上のように考察すると、ローカルルールや認知度不足が「保険外」の普及を阻む大きな障壁とは思えません。
7 公正取引委員会2016年9月「介護分野に関する調査報告書」を参照。回答数は株式会社238件、社会福祉法人173件。
8 日本総合研究所(2018)「介護保険サービスと保険外サービスの組合せ等に関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)を参照。
9 2022年6月の規制改革実施計画では、ローカルルールの実態調査と相談窓口の設置が盛り込まれるなど、見直しが始まっている。その以前のローカルルールの経緯や論点などに関しては、2019年4月12日拙稿「介護保険の『ローカルルール』問題をどうすべきか」も参照。
5――「保険外」の普及に必要な施策の検討
では、「保険外」の普及に向けて、どんな施策や制度改正が考えられるでしょうか。思考実験として補助金や税制上の優遇といった財政面の支援が検討できるかもしれません。
しかし、「保険外」の「正体」は自治体独自のサービスか、民間企業のサービスに過ぎず、財政支援するのであれば、いくらカネがあっても足りなくなります。
さらに、何らかの基準をクリアした商品やサービスを「認定」することも想定できます。実際、これに近い文言は2022年12月の社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護保険部会意見書に盛り込まれました10。
しかし、「保険外」の「正体」である自治体や民間企業のサービスに対し、行政が何らかの形で線引きを設定すれば、「制度化された保険外」という不思議な仕組みが生まれることになります。その結果、高齢者のニーズを踏まえた施策やサービスを検討しなければならない自治体や企業の自由な発想が失われる危険性を伴います。
このほか、市町村と企業のマッチングが考えられるし、この意義も否定しません。しかし、筆者が藤田医科大を中心とする市町村支援プログラム11などで関わっている範囲で言うと、意外と市町村は高齢者の暮らしを知りません。この状況でマッチングに取り組んでも、高齢者の暮らしに沿った「保険外」が生まれるとは思えません。
このため、▽住民とのネットワークづくりなどを図る「生活支援体制整備事業」で配置されている「生活支援コーディネーター」と他の専門職の連携強化、▽多職種連携などを図るため、市町村や地域包括支援センターが開いている「地域ケア会議」などの議論を通じたケアマネジャーへの情報共有、▽「保険外」の概要を掲載したリストやマップの作成――など市町村の工夫が重要になります。
10 意見書の内容に関しては、2023年1月12日拙稿「次期介護保険制度改正に向けた審議会意見を読み解く」を参照。
11 藤田医科大、愛知県豊明市を中心とした市町村支援プログラム(老人保健事業推進費等補助金)。
http://www.fujita-hu.ac.jp/~chuukaku/kyouikushien/kyouikushien-96009/index.html
さらに、筆者は「本丸」の制度改正として、ケアマネジャー向け報酬の見直しも指摘したいと思います。ケアマネジャーは本来、介護サービスの調整だけでなく、「保険外」とされるサービスをケアプランに組み込むことで、高齢者の暮らしを支えることが期待されています。
しかし、ケアマネジャーの報酬(居宅介護支援費)は現在、ケアプランに介護保険サービスを組み込まないと、一銭も受け取れない構造になっています。その結果、仮に「保険外」だけでケアプランを作っても、ケアマネジャーは居宅介護支援費を受け取れず、タダ働きになってしまいます。
ここでも具体的に検討したいと思います。仮に偏屈なミハラさんのため、担当ケアマネジャーがミハラさんの意向を聞きつつ、デイサービスを使わず、自費ヘルパーなど「保険外」だけのケアプランを作ったとします。そのため、ケアマネジャーは事業者との調整などに多大な時間と労力を費やすわけですが、居宅介護支援費は受け取れません。
こうした構造で、ケアマネジャーの関心事が介護保険サービスの調整に終始するのは止むを得ない面があります。誤解を恐れずに言うと、ケアマネジャーは「介護」支援専門員として、「保険」「保険外」の両面を見つつ、高齢者の生活支援を検討する立場なのに、今は「介護保険」支援専門員になっている状況です。それにもかかわらず、ケアマネジャー向け研修では現在、介護保険以外の地域資源などを組み込むことが推奨されており、タダ働きを促すという一種、倒錯した状況が生まれています。このため、報酬を見直せば、ケアマネジャーが「保険外」に目を向ける契機になると思います。
さらに、「保険外」という言葉が使われているわけではありませんが、企業との連携で言うと、軽度者を対象とした介護予防・日常生活支援総合事業(以下、総合事業)の見直しなどが関わります。
ここで言う総合事業とは、要支援者向け給付のうち、訪問介護とデイサービスを介護予防事業に統合させるとともに、市町村の裁量で住民主体の運動教室などにも助成できるようにした制度。短期集中のリハビリテーションを強化するとともに、住民主体の体操教室など外出機会を増やすことで、高齢者の状態を維持・改善することに力点が置かれています。
その後、厚生労働省は2023年4月、制度改正や現場の運用改善を話し合う検討会を発足させ、同年12月に取りまとめが公表されました12。総合事業が2015年度改正で創設された後、10年近い歳月が経っているのに、市町村の間で普及していないため、テコ入れ策が議論されたわけです。
この時、高齢者の暮らしを支えるため、市町村が官民の「多様な主体」の力を組み合わせることが強調され、連携先の一つとして民間企業も列挙されました。例えば、総合事業などの枠組みを使い、企業と連携して市町村が体操教室を作るなど、現場で工夫できる余地は大きいと思います。
このほか、認知症の人に配慮したサービスや商品の開発とか、「保険」と組み合わせた高齢者の移動支援など、「保険外」と理解されていない領域でも企業が関与できる部分は少なくありません13。このため、「保険外」という言葉ではなく、高齢者の暮らしから発想する視点を持つことが重要と思います。
12 総合事業の見直しに関しては、2023年12月7日拙稿「介護軽度者向け総合事業のテコ入れ策はどこまで有効か?」を参照。その後、ガイドラインなどが2024年8月に改正された。
13 2024年1月に施行された「認知症基本法」では、接遇改善などで企業の主体的関与が期待されている。認知症基本法などの内容は2024年6月25日拙稿「認知症基本法はどこまで社会を変えるか」を参照。このほか、移動支援では2024年度報酬改定でデイサービスなどの送迎に関わる規制が見直された。従来は利用者の自宅と事業者間の送迎しか認められなかったが、近隣の親戚の家などに寄り道することが部分的に緩和された。ボランティア主体の移動支援に関しても、国土交通省が所管する道路運送法の通知が大幅に改正され、利用者に負担を求める費用の範囲が広がるなどの見直しが講じられた。これらも本来、「保険外」の普及策として位置付けられる制度改正である。
最後に、居宅介護支援費の有料化論議にも言及します。現在、居宅介護支援費の全額が保険給付で賄われており、利用者負担はありません。この仕組みについて、制度創設に関わった官僚の書籍では、「従来の医療保険にはない事務的サービスの給付であり、利用者に費用負担の対価であるという認識を持ってもらうには時間を要するのではないかという配慮」に基づいていると説明されています14。
これに対し、財政審建議ではケアマネジメントが定着したことを理由に、居宅介護支援費の有料化が提案されています。つまり、居宅介護支援費を他の介護サービスと同列に扱い、「もう定着したんだから、特別扱いする必要はないよね」と言っているわけです。制度が定着した点とか、厳しい財政事情を踏まえると、こうした給付抑制策を検討すること自体、全て否定するつもりはありません。
しかし、実際に有料化すれば、「保険外」も考慮できる居宅介護支援費の特殊性が失われ、ケアマネジメントは単なる介護保険サービスの調整、ケアマネジャーは介護保険サービスの調整役になるリスクを伴います。これでは益々、ケアマネジャーが「介護保険」支援専門員として理解されるようになり、「保険外」拡大の可能性を閉ざすかもしれません15。
実際、ケアマネジャーの全国組織である日本介護支援専門員協会は2024年5月の意見書で、「介護保険制度内のサービスにとどまらず、医療・保健・福祉等の多様なサービスやインフォーマルサービスを含め調整を主たる業務とする居宅介護支援を介護サービスと同列の支援と見做すことに無理がある」と指摘しました。ここで言う「インフォーマルケア」が本稿の「保険外」であり、居宅介護支援費の有料化に反対するロジックとして、「保険外」も意識できる特殊性を指摘しています。
以上を踏まえると、「保険外」の普及に期待感を示しつつ、居宅介護支援費の有料化を提唱している点で、財政審建議のスタンスは矛盾しているように映ります。
14 堤修三(2018)『社会保険の政策原理』国際商業出版p241を参照。
15 なお、筆者は「保険外」も対象とする居宅介護支援費の特殊性とか、有料化の弊害を指摘している。2022年9月18日拙稿「居宅介護支援費の有料化は是か非か」、2020年7月16日拙稿「ケアプランの有料化で質は向上するのか」を参照。
6――おわりに
別に筆者自身、「保険外」の必要性などを否定する気はありませんが、誤った言葉遣いや認識で議論を進めると、当然にして間違った結論が導かれます。その結果、規制改革の必要性など見当違いのボタンを再び押すことに繋がりかねません。むしろ、「高齢者の生活支援」という広い視点で議論を深めて欲しいと思います。
(2024年08月28日「研究員の眼」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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