2024年07月12日

建設・物流の「2024年問題」で労働時間はどのくらい減るのか

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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●建設・物流の「2024年問題」で労働時間はどのくらい減るのか

時間外労働の上限規制の概要 (時間外労働の上限規制が建設事業、自動車運転業務でも適用)
働き方改革の一環として、時間外労働の上限規制が労働基準法に規定され、2019年4月(中小企業は2020年4月)から適用されている。時間外労働の上限は、原則として月45 時間かつ年360 時間となり、臨時的な特別な事情があって労使が合意する場合でも、年720 時間、月100 時間未満(休日労働含む)、2~6 ヵ月平均80 時間(休日労働含む)が限度、月45時間を超えることができるのは年6ヵ月までとなっている。また、従来の限度基準告示による時間外労働の上限は、罰則による強制力がなかったが、法改正によって違反した場合には罰則が科されることになった。建設事業、自動車運転の業務、医師、鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業については、時間外労働の上限規制の適用が5年間猶予されていたが、2024年4月から適用が開始され、いわゆる「2024年問題」が人手不足に拍車をかけることが懸念されている(図表1)。
産業別年間労働時間 2024年4月から時間外労働時間の上限規制が適用される建設事業、自動車運転に従事する労働者が多く含まれる建設業、運輸・郵便業は労働時間が長い。厚生労働省の「毎月勤労統計」によれば、2023年度の総労働時間(一人当たり)は建設業が1961時間、運輸・郵便業が2010時間となっており、全産業の1636時間よりも約2割長い(図表2)。新たな規制の適用に伴う労働時間の減少によって、建設業では工期の遅れ、物流業では配送能力の低下などの悪影響が出る恐れがある。また、労働時間の減少に伴う給与の減少によって、業界のさらなる若者離れ、人材不足が進むリスクなどが指摘されている。
 

●主な需要項目の動向

月間労働時間別就業者数 (労働時間区分別に見た就業者数)
時間外労働の上限規制の主眼は長時間労働の是正であり、必ずしも平均労働時間を短くすることではない。しかし、調査対象が企業(事業所)である「毎月勤労統計」で公表されるのは労働者一人当たりの平均労働時間である。一方、総務省統計局の「労働力調査」は調査対象が世帯(個人)であり、2023年1月から「月間平均就業時間」1が公表されている。同調査では労働時間の内訳(所定内、所定外)は区別されていないが、労働時間区分別の就業者数が公表されているため、時間外労働の上限規制の対象となる就業者数を概ね把握することができる。

「労働力調査」によれば、2023年度の就業者6756万人のうち、最も多いのが月間労働時間141~160時間の1471万人で全体の約2割を占めており、それに続くのが161~180時間の1174万人、181~200時間の805万人となっている(図表3)。1ヵ月当たりの法定(所定内)労働時間を160時間(1日8時間×20日)、それを上回る時間を時間外(所定外)労働時間とした場合2、時間外労働の上限規制に抵触している就業者(月間労働時間221時間以上)が1割弱存在していることになる。しかし、「労働力調査」の労働時間にはサービス残業が含まれていることに加え、報告者の認識や記憶違いによって労働時間が過大に報告されている可能性があること3、管理監督者や裁量労働制適用者など労働時間規制の適用を除外されている者が含まれることなどから、これらの就業者が必ずしも法律を遵守していないわけではない。
 
1 労働力調査では「就業時間」が用いられているが、毎月勤労統計等と合わせるため、以下では「労働時間」と表記する。
2 パートタイム労働者など所定内労働時間が短い者は月間160時間未満でも残業が発生するが、ここでは無視している。
3 たとえば、「労働力調査」で報告すべき就業時間は通勤時間・食事時間・休憩時間を除いたものだが、これらを含んだ就業時間を回答しているケースも一定程度存在している可能性がある。
(長時間労働の割合が高い建設・物流業界)
2024年4月から時間外労働の規制対象となっている建設事業、自動車運転の業務4は、産業別には建設業、運輸・郵便業に多く含まれる。ただし、建設業、運輸・郵便業には、事務、販売、管理等に従事する就業者が含まれ、これらの就業者は2019年4月(中小企業は2020年4月)から規制の対象となっている。2023年度の建設業の就業者480万人のうち、建設・採掘従業者は249万人(建設業の52%)、運輸・郵便業の就業者347万人のうち、輸送・機械運転従業者は137万人(運輸・郵便業の39%)である。なお、建設・採掘従業者(275万人)の91%が建設業、輸送・機械運転従業者(219万人)の63%が運輸・郵便業に含まれる。

産業別(建設業、運輸・郵便業)に加え、職業別(建設・採掘従業者、輸送・機械運転従業者)の月間労働時間を確認すると、2023年度の平均月間労働時間は建設業が167.4時間、運輸・郵便業が175.1時間、建設・採掘従業者が175.6時間、輸送・機械運転従業者が182.7時間と、いずれも全体の平均(151.3時間)を大きく上回っている。労働時間区分別には、建設業、運輸・郵便業は全体と同じく141~160時間の就業者が最も多いが、建設・採掘従業者、輸送・機械運転従業者は月間時間外労働時間が20~40時間に該当する181~200時間の就業者が最も多い(図表4-1~4)。
 
4 医師、鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業も2024年4月から規制の対象となるが、データの制約があるため、ここでは取り扱わない。
月間労働時間別就業者数
月間労働時間別就業割合 月間労働時間区分別の就業者割合を見ると、法定労働時間の160時間以内に収まっている就業者の割合は全体では53.7%と半分を超えているが、建設業が40.8%、運輸・郵便業が38.9%、建設・採掘従業者が34.2%、輸送・機械運転従業者が33.8%と低い。一方、月間労働時間221時間(時間外労働時間60時間)以上の就業者の割合は全体の7.7%に対し、建設業が10.0%、運輸・郵便業が17.3%、建設・採掘従業者が12.4%、輸送・機械運転従業者が20.1%と高い(図表5)。
時間外労働の上限遵守による労働時間の減少幅 (時間外労働の上限規制による労働時間減少幅の試算)
このように、産業別には建設業、運輸・郵便業、職業別には建設・採掘従事者、輸送・機械運転従事者は、2023年度の労働時間が上限規制を超えている就業者の割合が高いため、2024年4月以降の上限規制の適用開始によって労働時間の減少幅がより大きくなることが想定される。

ここで、全ての就業者の時間外労働が、原則の年360時間(月30時間)に収まった場合の2024年度の労働時間の減少幅(対2023年度)を試算すると、全体が▲4.3%、建設業が▲4.9%、建設・ 採掘従業者が▲5.7%、運輸・郵便業が▲8.1%、輸送・機械運転従業者が▲9.1%となった5

また、時間外労働が特例(全体、建設業、建設・採掘従業者は年720時間(月60時間)、運輸・郵便業、輸送・機械運転従業者は年960時間(月80時間))に収まった場合の労働時間の減少幅(対2023年度)を試算すると、全体が▲2.3%、建設業が▲3.0%、建設・採掘従業者が▲3.5%、運輸・郵便業が▲3.0%、輸送・機械運転従業者が▲3.4%となった6(図表6)。
 
5月間労働時間221時間以上の就業者の月間労働時間が201~220時間になったとして試算した。
6 全体、建設業、建設・採掘従業者は月間労働時間201時間以上の就業者の月間労働時間が181~200時間、運輸・郵便業、輸送・機械運転従業者は労働時間241時間以上の就業者の月間労働時間が221~240時間になったとして試算した。
長時間就業者割合の推移 時間外労働を特例の範囲内で収めた場合には、労働時間の減少幅に産業、職業で大きな差は生じない。これは長時間労働が多い自動車運転の業務では特例の上限が高いためである。一方、時間外労働を原則の年360時間以内に収めた場合の労働時間の減少幅は、運輸・郵便業、輸送・機械運転従業者で極めて大きなものとなる。

これらは、あくまでも全ての就業者が時間外労働の上限規制を遵守した場合の単純な試算結果であり、実際の労働時間はここまで大きく減少しないだろう。ひとつには、前述した通り、労働力調査の労働時間には、裁量労働制適用者など労働時間規制の適用を除外されている者の労働時間が含まれており、全ての就業者が時間外労働の原則に収まることはないと考えられるためである。

また、時間外労働の上限規制は建設事業、自動車運転の業務等を除いて2019年4月(中小企業は2020年4月)から適用されているが、2019年度、2020年度の総労働時間の減少幅はそれぞれ前年比▲1.7%、同▲2.9%であった。2019年度は景気後退、2020年度は新型コロナウイルス感染症の影響で労働時間が落ち込んだ面もあるため、時間外労働の上限規制によって減少した部分はこれよりも小さかったと考えられる。

さらに、建設業、運輸・郵便業等、建設・採掘従業者、輸送・機械運転従業者の長時間労働者の割合は、上限規制の適用が猶予されていた2019年度、2020年度にも大きく低下していた(図表7)。猶予期間であるにもかかわらず、前倒しで長時間労働の是正を進めていたことが推察される。

このため、「2024年問題」によって労働時間が非連続的に急激に落ち込むことはないだろう。しかし、建設・物流業界は長時間労働の割合が非常に高く、他の産業、職業に比べて上限規制の影響をより強く受けやすいことも事実である。平均労働時間だけでなく、時間外労働の上限規制を超える就業者の動向が注目される。
 
 

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(2024年07月12日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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