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全世代社会保障法の成立で何が変わるのか

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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その後、2023年7月に示された国の基本方針では、「議論の整理」を踏まえた内容として、幾つかの制度改正が実施された。基本的には「議論の整理」と重複しているため、これまでに触れていない点を重点的に挙げると、住民の健康増進に関して、「高齢者の心身機能の低下等に起因した疾病予防・介護予防の推進」が追記された。
さらに、「一体的実施」と呼ばれる施策についても、俯瞰できる立場の都道府県が推進目標を定める必要性が言及された。ここで言う一体的実施とは、後期高齢者医療制度を運営している都道府県単位の広域連合(構成者は市町村)と、市町村が一体的に健康づくりに取り組む事業を指しており、2020年度からスタートしている。これを医療費適正化計画の枠組みの下、都道府県がバックアップする方向性が示されたと言える。
医療現場で品薄になっている後発医薬品に関しては、従来の数量ベースの割合ではなく、金額ベースの観点も踏まえつつ、国が新たな数値目標を検討すると規定。これを踏まえて、都道府県が2024年度中に、医療費適正化計画における新たな数値目標を定めるという方向性も示された。さらに、一部の都道府県では、数量ベースのシェアが第3期目標の80%に達していないため、「当面の目標」として、可能な限り早期に80%以上に到達するという方向性が示された。
このほか、遺伝子組換技術などを用いた「バイオ後続品」(バイオシミラー)の数値目標を設定する必要性が提起された。バイオシミラーは先発薬とほぼ同じ有効性や安全性を有しているのに安価であるとされており、厚生労働省は既に2029年度の目標として、「バイオ後続品に数量ベースで80%以上置き換わった成分数が全体の成分数の60%以上に到達」とする目標を設定している。基本方針では、この目標に言及しつつ、使用拡大の方向性が示された。
医療提供体制の部分では、▽効果が乏しいエビデンスがある医療の適正化、▽医療資源の投入量に地域差が見られる医療の適正化、▽リフィル処方箋の拡大――に関して、患者や医療機関、薬局に対する普及啓発や訪問指導の実施、電子処方箋の利用促進、重複投薬の是正などについて、都道府県が数値目標を設定する必要性が提示された。
市町村を中心に介護保険財源の枠組みで実施されている「在宅医療・介護連携推進事業」39についても、都道府県による市町村支援、広域調整などについて数値目標を設定することが考えられるとされた。今後、増加が予想される高齢者の大腿骨骨折対策として、早期受診や退院後のフォローアップ、悪化防止などの施策と目標が必要という考えも打ち出された。
医療費見込みについては、従来の計画と同様、「入院」「入院外・歯科」に分けて算出する方針が踏襲されたが、計画期間中の制度区分別医療費と、計画最終年度における国民健康保険と後期高齢者医療制度の1人当たり保険料の機械的な試算も公表する方針も掲げられた。
具体的なイメージは基本方針の参考資料に示されており、図表3の通りである。これを見ると分かる通り、医療費の予想は「全体」「市町村国民健康保険」「後期高齢者医療」「被用者保険等」に制度別で区分けされており、2024年度から2029年度時点まで各年度の見通しを記入することになっている40。
さらに、医療費適正化に向けた施策を実施しなかった場合の試算を記入するように求めるとともに、国民健康保険と後期高齢者医療については、1人当たり保険料の機械的な試算を示す考えも示されている41。ただし、実際の計画における記載とか、1人当たり保険料の機械的な試算に至る計算式は都道府県の判断で変更可能とされている。
39 市町村が地域の医師会と協力しつつ、医療・介護事業者に対する研修や住民向け啓発などを実施する事業。2015年度制度改正で創設された。介護保険20年を期した拙稿コラムの第12回を参照。
40 医療費見込みの記載イメージでは、医師など特定の職業を対象とした「国民健康保険組合」と、自治体が運営する「市町村国民健康保険」が分けられており、前者は「被用者保険等」に組み込まれている。本稿では煩雑さを避けるため、自治体運営の後者を「国民健康保険」と表記している。さらに、一部の引用では「国保」と表記する。
41 参考資料では、加入者が都道府県をまたいで所在するため、被用者保険等の保険料を試算しないとされている。
11――保険者協議会の法定化
今回の制度改正では、高確法の「加入者の高齢期における健康の保持のために…」という規定が「加入者の高齢期における健康の保持及び医療費適正化のため…」と改正され、医療費適正化の文言が明記された。さらに、「保険者協議会を組織するよう努めなければならない」という条文も「保険者協議会を組織する」と変わり、必置化された。
つまり、保険者協議会を必置化するとともに、上記で述べた医療費適正化計画の機能充実と併せて、地域ごとの医療費適正化に関する役割を法律で明記したと言える。ただ、全ての都道府県で保険者協議会は既に設置されており、必置化は大幅な制度改正とは言えない。
42 保険者協議会は元々、健診の円滑な実施などを議論する場として、2004年に設置された。その後、地域医療構想を制度化した2014年の法改正を通じて、都道府県が地域医療構想を策定したり、6年サイクルの医療計画を改定したりする際、保険者協議会の意見を聴取することが義務付けられた。さらに、設置根拠が通知にとどまっていたため、2015年の高確法改正を通じて法的な根拠も定められた。2018年の制度改正では、(1)都道府県が医療費適正化計画を策定する際、保険者協議会と事前に協議する、(2)都道府県は計画に盛り込んだ施策を実施する際、保険者協議会を通じて協力を求めることができる、(3)国民健康保険の財政運営責任を持った都道府県が保険者として保険者協議会に参画する――といった見直しも講じられた。
12――国民健康保険の運営方針見直し
今回の法改正では、都道府県が作っている「国民健康保険運営方針」の見直しも講じられた。これを理解する上では、2018年度に実施された国民健康保険の都道府県化を踏まえる必要がある43。
元々、国民健康保険は戦後、長らく市町村直営だったが、2018年度の制度改正を通じて、都道府県が財政運営の責任主体に位置付けられた。その際には、都道府県が財政運営の責任主体として中心的な役割を担う一方、資格管理や保険給付、保険料率の決定、賦課・徴収、保健事業など住民に身近な事務事業については、市町村が引き続き担当する役割分担になった。
さらに、都道府県が統一的な算定ルールに基づき、理論上の保険料である「標準保険料」を市町村ごとに設定し、市町村が加入者の所得や世帯の状況、医療費などを勘案しつつ、保険料を決定することになった。
ここで言う標準保険料とは負担と給付の「見える化」に向け、市町村ごとの保険料を比較できるようにする理論的な保険料を指しており、市町村の責任では解決できない高齢化や所得などの影響が考慮されている。このため、市町村が標準保険料率を課し、都道府県が設定する標準的な収納率で保険料を徴収できれば、基本的に赤字は発生しない状況となった。
こうした制度改正が実施された第1の理由として、国民健康保険の脆弱な財政基盤を指摘できる。国民健康保険は元々、農林水産業従事者や自営業者のために設立されたため、収入が安定している健康保険組合など被用者保険と比べると、財政基盤が脆弱だった。その後、国民健康保険に対する国庫補助は徐々に充実されたが、産業構造の転換に伴い、国民健康保険は会社を退職した高齢者とか、被用者保険の対象にならない非正規雇用者の受け皿となり、運営赤字が恒常化していた。そこで、2018年度改正に際して、国からの税金投入を強化するとともに、運営単位を広域化することで、財政基盤の安定化が図られた。
さらに国民健康保険の都道府県化には、「医療提供体制改革とのリンクを強化させたい」という別の意図もあった。先に触れた通り、地域医療構想など都道府県単位で医療提供体制改革が進んでおり、国民健康保険の財政運営を都道府県単位にすることで、都道府県が医療サービスの受益面だけでなく、費用面でも責任を持たせようとしたのである。
実際、現在の制度改正の流れを作った2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では「地域における医療提供体制に係る責任の主体と国民健康保険の給付責任の主体を都道府県が一体的に担うことを射程に入れて実務的検討を進め、都道府県が地域医療の提供水準と標準的な保険料等の住民負担の在り方を総合的に検討することを可能とする体制を実現すべき」と記されていた。
43 国民健康保険の都道府県化の経緯や意義、当時の状況などに関しては、2018年4月1日拙稿「国保の都道府県化で何が変わるのか」を参照(全3回、リンク先は第1回)。
次に、今回の制度改正の焦点になった「国民健康保険運営方針」(以下、運営方針)を取り上げる。上記に挙げた制度改正を実効的にするため、都道府県は域内の統一的な方向性を示す運営方針を策定することになっている。さらに、都道府県の策定作業に役立ててもらうため、厚生労働省が「都道府県国民健康保険運営方針策定要領」(以下、策定要領)というガイドラインを作っている。
つまり、「国の策定要領の公表→都道府県による運営方針の策定」という順番で、制度運営の方向性が示されており、最初の策定要領は2016年4月に公表され、各都道府県は2017年度中に運営方針を策定した。その後、3年間の期限が到来したため、策定要領が2020年5月に改正され、2021年度から都道府県の新しい運営方針が始まった。
今回に関しても、法改正を受けて最新の策定要領が2023年6月に公表されており、これを基に都道府県は新しい運営方針を2023年度末までに作ることになっている。
今回の制度改正では、運営方針の期間が6年で法定化された。過去の策定要領では「特段の定めはない」としつつ、6年サイクルの医療計画が中間年に必要な見直しを実施することを踏まえ、「3年間」という期間が例示されていた。実際、2017年12月に初めて策定された東京都の運営方針は2018年度から3カ年で運用され、その後も3年間の対象期間は継承されている。
これに対し、今回の法改正では対象期間を「おおむね6年」と定められた。この制度の変更の意図について、医療保険部会の「議論の整理」では「都道府県と保険者双方による一体的な医療費適正化の推進」を考慮することが重要と指摘されており、6年間と定められている医療費適正化計画、医療計画の期限と平仄を合わせることが意識されていると言える。
このほか、今回の制度改正を通じて、運営方針に記載する項目も拡充された。2020年5月に示された前回の策定要領では、(1)国民健康保険の医療に要する費用及び財政の見通し、(2)市町村における保険料の標準的な算定方法に関する事務、(3)市町村における保険料の徴収の適正な実施に関する事項、(4)市町村における保険給付の適正な実施に関する事項――の4つを運営方針に定めるように促していた。
これに対し、新しい策定要領では、上記4つに加えて、(5)都道府県等が行う国民健康保険の安定的な財政運営及び被保険者の健康の保持の推進のために必要と認める医療費の適正化の取組に関する事項、(6)市町村が担う国民健康保険事業の広域的及び効率的な運営の推進――が策定義務の対象として加わった。ここで言う「広域的及び効率的な運営」とは、資格管理など事務の共同化とか、レセプトの点検など医療費適正化の共同実施、保険料の徴収や健康づくりの共同実施などが想定されており、こうした施策を市町村単独ではなく、都道府県単位で実施するか、あるいは広域的に対応して行こうという意図を看取できる。
(2024年07月17日「ニッセイ基礎研所報」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
・関東学院大学法学部非常勤講師
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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