コラム
2024年06月25日

米国で広がるチップフレーション-高いチップの要求にウンザリする消費者

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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米国で広がるチップフレーション

米国では飲食店や理髪店、タクシーなどを利用した際にチップを要求されることが一般的だ。しかし、近年では小売店で商品を購入する際にもチップを要求されるなど、従前はチップを要求されなかったようなサービスに対してもチップを要求される機会が増加している。ウォールストリートジャーナル(WSJ)による中小企業517社に対する調査1では会計時にチップを残すように顧客に要求する企業の割合は19年の6.2%から23年は16%に増加したことが示されている。また、ピューリサーチによる23年8月の調査2でも米国成人の72%が5年前に比べてチップを求められる場所が「増えている」と回答しており、「変わらない」(23%)や「減った」(5%)を大きく上回っている。

実際に筆者も昨年から米国出張を再開する中で、ドラッグストアのセルレジなどでチップを要求されて辟易とした。これはコロナ禍前では考えられないことだ。チップを支払うかどうかは基本的に任意のため、支払いを拒否することも可能だが、支払わないことで毎回心にモヤモヤした感じが残った。

さらに、チップの額についても従前の標準的な支払金額の15%の水準から、30%を要求されるなど一部に増加する傾向がみられている。

このようにチップを要求される機会の増加やチップ金額の増加などの現象に対して、米国ではチップとインフレーションを組み合わせた「チップフレーション」の造語で表現されている。
 
1 ウォールストリートジャーナルが従業員管理ソフトウエア会社Homebaseに依頼した調査。https://www.wsj.com/articles/tipping-businesses-cant-stop-asking-cc1aca6c
2 https://www.pewresearch.org/2023/11/09/tipping-culture-in-america-public-sees-a-changed-landscape/

チップフレーションの背景

チップフレーションの背景としてコロナ禍の影響と決済アプリやタッチスクリーンの普及が指摘されている。コロナ禍では経済的に困窮しているサービス産業の従業員を支援するために多くの人がより寛大にチップを払うようになった結果、食事の宅配サービスを利用した際に30%のチップを払うケースが多々あり、その傾向が今でも続いているようだ。

また、コロナ禍で非接触型決済が求められたこともあって、中小企業でも採用可能な手軽な決済アプリやタッチスクリーンが普及した。これらのデジタル決済では顧客に対して事前に設定されたチップ金額を尋ねることが容易になった。具体的には顧客はデジタル決済の会計時に、15%、20%、30%などと表示されたチップのボタンを選択するように迫られるようになった。

さらに、23年7月23日のWSJでは「企業がチップを求めるのをやめられない理由」と題した記事3の中で、新たにチップをはじめた企業が、チップを競争的な労働市場で価格を低く抑えつつ従業員を確保するための手段と捉えていることが指摘されている。このため、企業にとって人件費を抑制しつつ従業員給与を上げるために、人件費の一部を顧客に負担させるチップの活用が進んでいるようだ。

チップフレーションは諸刃の剣

企業が従前に比べてチップに依存していることの弊害について、前述のWSJの記事ではニューヨーク大学のモーダック教授(経済学)のコメントとして「ほとんどの人はチップを安定した収入と考えがちだが、多くの企業で季節ごとにチップ額に影響する売上額が変動するため、従業員の給与は上下する。また、チップを受け取るサービス業従事者は、多くの場合、収入が低く、このような変動に対処するのに苦労している」と述べており、従業員の手取り額が不安定化していることを警告している。このため、チップの活用が従業員の待遇改善に必ずしも結びついていない状況を示唆している。

また、チップフレーションに対して米国人の中で否定的な見方が多くなっている。米消費者金融サービス会社のBankrateによる23年5月の調査4では、米国成人の66%がチップに対して否定的な見方をしているほか、41%が企業はチップに頼りすぎるのではなく、従業員にもっとチップを除いた高い給料を払うべきだと考えていることが示されている。

さらに、前述のピューリサーチの調査では決済端末などでチップの金額を提示することに対して、米国成人の40%が反対と、賛成の24%を上回るなど、このような慣習に抵抗を示している。

これまでみたように、企業が給与原資としてチップに依存することで従業員の給与が不安定化していることから、従業員確保にどの程度貢献しているかが不透明なほか、顧客のチップフレーションに対する不満も高まっていることから、今後は行き過ぎたチップフレーションには歯止めがかかる可能性が高いだろう。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2024年06月25日「研究員の眼」)

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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