2024年04月24日

米国でのiPhone競争法訴訟-司法省等が違法な独占確保につき訴え

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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8――関連市場

1|スマートフォン市場の特徴25
スマートフォンは携帯電話に高度なハードウェアとソフトウェア要素を組み合わせたものである。電話をかけるだけではなく、音楽を聴いたり、テキストメッセージを送付したり、写真を撮ったり、ゲームをしたり、仕事用のソフトウェアにアクセスしたり、家計を管理したり、インターネットを閲覧したりすることができる。各個の機能を別のデバイスで代替することも可能だが、写真を写すだけのカメラはスマートフォンの代替とはならない。

スマートフォンの米国市場は、Apple、サムスン、Googleの3社で94%を占めており、Appleとサムスンだけで90%の売上高を占める。

スマートフォンのオペレーティングシステム(OS)はAppleのiOSとGoogleのAndroidの二種である。サードパーティにとってこれらOSは相互に代替できるものとは考えていない。ほとんどのサードパーティはスマートフォン利用者にリーチするため、両方のOSに対応するアプリを別々に構築する。

スマートフォンのアプリの相互運用性はミドルウェア(各OSに対応する閲覧ソフト)に依存すること、そしてそれは競争と無数の利益を増進することをAppleは理解していた。それはiPhoneが普及するきっかけとなったMicrosoftの訴訟でのApple社上級副社長の証言にも表れている。
 
25 前掲注1 p57~p62参照
2|関連市場としての高性能スマートフォン市場26
Appleはエントリーモデルを除く上位機種で競争することを選択している。高性能スマートフォン市場(パフォーマンス・スマートフォン)はより広範なスマートフォン市場の一部で、性能が高く、耐久性にも優れている。Appleはパフォーマンス・スマートフォンとエントリーモデル(ローエンド)のスマートフォンの違いを長い間認識してきた。消費者も通常、エントリーモデルのスマートフォンとパフォーマンス・スマートフォンとを異なる条件で購入する。

このようにエントリーモデルのスマートフォンとパフォーマンス・スマートフォンとは合理的な代替品とはならない。
 
26 前掲注1 p63参照
3|関連市場としてのスマートフォン市場27
Appleの独占が問題となるより広い市場はスマートフォン市場である。スマートフォンはほぼ電話のみの機能を有するフィーチャーフォンとは異なる。またタブレット、スマートウォッチ、ラップトップコンピュータといった他の携帯機器とは機能、サイズ、携帯性が異なり、市場として一線を画している。
 
27 前掲注1 p64参照
4|地域市場としての米国市場28
関連市場として地域的には米国となる。米国の利用者はスマートフォンを購入する際に、米国の小売業者が提供するサービスを求めている。
 
28 前掲注1 p65~p66参照
5|Appleはスマートフォン市場とパフォーマンス・スマートフォン市場で独占的な力を有する29
(1) 市場シェア Appleはパフォーマンス・スマートフォンの米国市場においては、Appleの市場シェアは70%を超えると試算されている。これら試算は現在のAppleの市場シェアを控えめに算出している可能性が高い。若年層や高所得層のApple所持率はこれらの数値よりも大きい。

また、エントリーモデルを含む、すべてのスマートフォン市場であっても、売り上げベースで65%以上である。

(2) 市場シェアの持続性 Appleの高い市場シェアは持続性がある。過去10年間、Appleは米国での販売シェアをほとんどの年で伸ばしてきた。

(3) 参入障壁 すでに十分スマートフォンが普及している米国においては、ほとんどの購入顧客が買い替えによるものだ。Appleのよって生み出され、あるいは悪化させられたスイッチングコストは競合する事業者にとって高い参入障壁となっている。実際に米国では90%近くがiPhoneからiPhoneへと乗り換えている。また、ある通信事業者ではiPhone利用の98%がiPhoneへと乗り換えた。

スマートフォン市場に新規参入するには、モバイルチップのような高価で希少な部品その他の入手するために多額の投資が必要である。また、スマートフォン市場に参入するには米国のすべての通信事業者の技術要件を満たさなければならない。さらに通信事業者あるいは小売業者に対して自社のスマートフォンを販売するように交渉しなければならない。また、すでに既存事業者について生じているネットワーク効果をも克服しなければならない。

これらの参入障壁の結果、著名な企業、たとえばAmazon、Microsoftなどがスマートフォン市場に参入したが、既に撤退している。

(4) 独占力を示す指標 Appleのスマートフォン1台当たりの利益率は競合社でつぎに利益を上げている業者の利益率をはるかに上回っている。Appleは通信業者(Carrier)がiPhoneを購入し再販するにあたって、競合他社よりかなり多くの料金を請求し、通信業者が競合するスマートフォンを販売する能力を阻害する契約条項を規定―ほとんどの消費者には隠された独占力である―している。デジタルウォレットでは銀行のクレジットカード決済に0.15%の料金を徴収している―競合他社は一切徴収していない。AppleはApple Payの収益が2025年までに10億ドルを稼ぎ出すだろうと予測している。近時、米国消費者保護局はこれら収益が増加し続けるとし、研究者はデジタルウォレットのタップ・トゥ・ペイは2028年まで150%増加するであろうと想定している。

AppleはApp Storeのアプリ販売の促進に関して開発者により多くの料金を徴収している。事実、Appleの中でも最も早く発展するサービスであり、利益は3分の1増加し、2022年度には44億ドルに至った。これらは関連市場における独占力の直接的な証拠である。
 
29 前掲注1 p66~p70参照

9――違反の主張と救済

9――違反の主張と救済

1|違反の主張
(1) 米国におけるパフォーマンス・スマートフォン市場における市場の独占、維持または保護したことがシャーマン法2条(私的独占の禁止)違反となる。

(2) ((1)の代替的主張)米国におけるパフォーマンス・スマートフォン市場における市場の独占、の試みがシャーマン法2条(私的独占の禁止)違反となる。

(3) 米国におけるスマートフォン市場における市場の独占、維持または保護したことがシャーマン法2条(私的独占の禁止)違反となる。

(4) ((3)の代替的主張)米国におけるスマートフォン市場における市場の独占、の試みがシャーマン法2条(私的独占の禁止)違反となる。

(5) ニュージャージー州法・ウィスコンシン州法の私的独占禁止規定違反の主張(略)
2|救済
(1) シャーマン法2条(私的独占の禁止)違反の認定
(2) 反競争的な損害を是正するために必要な救済の実施
(3) 本文で述べた反競争的慣行について、Appleが関与することの禁止
(4) 競争条件の回復のために必要な暫定的・恒久的な救済(以下略)

10――案件の検討

10――案件の検討

1|概観
スマートフォンにはiOS端末(iPhoneのみ)とAndroid端末(サムソン、日本や中国メーカーなど)の二種類があり、米国では台数ベースではほぼ市場を2分割している。すなわちiPhoneのシェアは5割にすぎない。一般に米国で私的独占が問題となるのは65%を超えるケースであることから、本訴訟には当初違和感があった。

しかし、二つのポイントにおいて、気になる数字が存在する。一つ目は本訴状でも若干触れているが、各種報道を踏まえると10代の若者のiPhone保有率が9割近いことである。そして本訴状にもある通り、iPhone利用者の9割(ある通信業者では98%)が次のデバイスとしてiPhoneを選択するというデータがある。これら若年世代が年齢を重ねても、引き続きiPhoneを購入するとすれば、iPhoneの販売台数が「5割にすぎない」という現状は早晩崩れざるを得ない。

もう一つも本訴状にある通り、iPhoneの金額ベースのシェアが65%あるいは70%を占めるという点である。これは高機能であるパフォーマンス・スマートフォンにおけるシェアが高いということである。iPhone⇒iPhoneのほかに、エントリーモデルとしてのAndroid端末⇒パフォーマンス・スマートフォンとしてのiPhoneという構図がありそうである。

日本でも起きていることとして、若年層が利用するデバイスはPCよりもスマートフォンである。そして、より高機能を求めてパフォーマンス・スマートフォンを購入するという流れがあるとすれば、スマートフォン登場以前のPC時代におけるMicrosoftに相当する存在になる可能性は高く、本訴訟につながったと考えられる。
2|関連市場
上記1|のような構図を競争法上の私的独占の禁止(シャーマン法2条)に落とし込むとすれば、(1)関連市場をパフォーマンス・スマートフォンで画定できること、あるいは(2)売上高が関連市場におけるシェア算定の基礎となることが前提になると思われる。

市場を画定するには、簡単に言えば、ある商品の値段を小さいけれども実質的な幅で上昇させたときに、需要が他に流れるかどうかで判断される。関連市場がパフォーマンス・スマートフォン市場であるとするならば、利用者が高機能なパフォーマンス・スマートフォンの価格が上昇したときに、エントリーモデルを購入するかどうかということである。しかし、この点について本訴状では十分な議論がなされていないように思われる。

他方、シェアを台数ベースではなく、売上高ベースで考えるべきことも本訴状では十分な議論がなされていない。したがってこの点が本訴訟でどう判断されるのかは判然としない。関連市場をパフォーマンス・スマートフォン市場とする画定の仕方に一つのハードルがあるように思われる。

ただし、関連市場をスマートフォンとすると上記のようなハードルはない。ただし、そうだとすると5割強のシェアで独占状態にあると言えるか、という別の論点が生じてきてしまう。一般にシャーマン法2条(私的独占の禁止)違反では65%以上というのが目安であるが、現状ではなく、将来訪れるだろう独占状態を現時点で問題にできるのか議論の余地が大きいように思われる。
3|排除行為・支配行為
主な排除行為・支配行為としては、以下のようなものが挙げられている。

(1) スーパーアプリに対する排除行為:Android端末への乗換ハードルを高める。

(2) クラウドストリーミングアプリに対する排除行為:Android端末への乗換ハードルを高めると同時に低スペック・スマートフォンへ需要が流れないようにする。

(3) メッセージアプリに対する妨害行為:Android端末への乗換ハードルを高める。

(4) スマートウォッチを利用した妨害行為:Android端末への乗換ハードルを高める。

(5) デジタルウォレットへの支配行為:Apple Pay以外の支払手段への排除行為

ここで(1)(2)(3)(4)はiPhoneの外堀を深くする排除行為に該当しそうである。このうち、(2)はパフォーマンス・スマートフォンが関連市場として画定された場合には、当該関連市場に閉じ込めるための堀を深くする行為と評価できそうである。(5)はApple独自のサービスの優遇にあたり、他の支払アプリに対する排除行為となりそうである。

ただ、これらが排除行為だとしても、上記2|の通り、関連市場の画定がそもそも認められるかがカギになる。

11――おわりに

11――おわりに

これまでの米国や欧州でAppleについて問題となっていたのは、App Storeにおけるゲームや音楽ストリーミングサービスに関する手数料の徴収、いわゆるApple税と呼ばれるものであった。Apple税はこれらアプリの販売あるいはアプリ内での購入について、必ずAppleのアプリ内課金システムを利用することとして手数料を課し、アプリ外での購入に誘導してはならないとするものであった。

本訴訟はこれらとは異なり、スマートフォンそのものの販売に関する競争法上の問題を扱うものである。しかし、本訴訟は一筋縄ではいかないように思われる。本文で述べた通り、市場の画定が一つのハードルである。たとえば乗用車という市場を考えたときに、高級スポーツカーと軽自動車とでは代替性がないように思われるが、ではどこに線が引かれるのかというのは自明ではない。

また、本文の検討のところでは触れなかったが、訴状ではAppleの利益が競合他社に比較して多額であるとの記載があるが、これが競争法違反行為による超過収益なのかどうかも本訴状には記載がない。

おそらく本訴訟は数年程度係属するのではないだろうか。継続してトレースをしていきたい。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2024年04月24日「基礎研レポート」)

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