2024年03月18日

企業は女性を管理職に「登用」すれば良いのか~ダイバーシティ経営を生産性向上につなげるために~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

文字サイズ

1――はじめに

2023年、経済ニュースで話題となったものの一つが「日本のGDP、4位転落 ドイツに抜かれる」だろう1。筆者も驚いた。日本よりも人口が少なく、日本の背を追うように高齢化が進むドイツに、なぜGDPで抜かれるのだろうか。報道では「円安やドイツの高インフレによる影響が大きい」と伝えられているが、そんな短絡的な見方で済む話なのだろうか。何か、もっと根本的な問題があるのではないか――。マクロ経済は筆者の専門ではなく、GDP逆転の要因やインパクトは分からないが、女性のライフデザインを研究する身として、一つの事実が頭に浮かんだ。「ドイツはジェンダーギャップが小さく、女性が能力を発揮しているから、人口が少なくてもGDPが高いのではないか」。世界経済フォーラムによると、男女平等を表すジェンダーギャップ指数は、世界146か国中、ドイツは6位だ2。そして「日本のGDPが停滞しているのは、ジェンダーギャップが大きく、人口の半数を占める女性が能力を発揮できていないからではないか」とも。日本は125位と世界最低水準なのだから――。

読者の中には違和感を覚えた方もいるかもしれないが、「ジェンダー平等と経済力」は、決して関連の薄い話ではない。「ジェンダー平等が進んでいる国は、一人当たりGDPが高い傾向にある」3、「女性の就業希望者171万人全員が就業すると、GDPを約1.8%押し上げる効果がある」4、「女性取締役のいる企業は、いない企業に比べ、株式パフォーマンスが良い」5――。女性活躍の指標と、経済成長の相関関係を示すデータは、数多くある。だからこそ、2013年と2014年の日本の成長戦略の中に、女性活躍が位置付けられたのだ。2014年の成長戦略は、女性と高齢者が働きやすい環境を作ることが、労働力人口を維持し、労働生産性を向上させる“鍵”を握っている、と明言している。

それから10年。2016年施行の女性活躍推進法によって、労働者101人以上の企業は、女性活躍に関する自社の状況を把握し、行動計画を策定するように義務付けられ、競うように女性登用を進めている6。しかし、個々の企業において、女性登用によって「生産性向上」につながっているかどうかという点は、あまり検証されていない。と言うよりは、女性管理職比率の数字を上げることが、自己目的化しているきらいもある。

近年は、企業の中には「女性活躍」をダイバーシティ施策の一環と捉え、自社の経営戦略として掲げるケースも増えているが、現場ではなぜ、女性登用の経営効果に関する検証が行われないのだろうか。それは、現時点で登用した数が少ないということもあるが、そもそも女性登用を生産性向上に結び付けるまでのプロセスを、描けていないからではないだろうか。何となく「人材の多様性を確保すれば良い」と考えているだけで、どうすれば能力を発揮してもらえるか、言い換えれば、女性登用と並行して、企業自身がどんな取り組みを進めないといけないのかについて、検討していないからではないだろうか。そのことが結局、登用が進まない要因にもなっているように思える。

そこで本稿では、どうしたら女性活躍が企業経営にプラス効果をもたらすのか、企業にはどのような取り組みが求められるのか、そして現時点で企業の女性登用の効果はどうか、といった点について、先行研究や、定年後研究所とニッセイ基礎研究所が昨年10月に行ったアンケート「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~「一般職」に焦点をあてて~7の結果を用いて考察する。
 
1 日本経済新聞朝刊(2023年10月25日)
2 World Economic Forum 2023, Global Gender Gap Report.
3 「森まさこ総理補佐官主催『女性と経済』に関する勉強会」第3回資料(2023年9月)
4
5 経済産業省(2014)「成長戦略としての女性活躍の推進」
6 2022年4月の法改正で、対象の企業規模が、常時雇用する労働者が「301人以上」から「101人以上」に拡大された。
7 調査対象は、全国の、従業員500人以上の大企業に正社員として勤める45歳以上で、コース別雇用管理制度がある企業では「一般職」と「総合職」の女性。コース別雇用管理制度がない企業では、「主に基幹的な業務や総合的判断を行う職種」と「主に定型的な業務を行う職種」に就く女性。及び、定年前にこれらのコースや職種に就き、定年後も同じ会社で、継続雇用で働いている女性。有効回答数1,326(「一般職」1,000、「元一般職」39、「総合職」258、「元総合職」29)。

2――ダイバーシティ経営の成果を出すために必要な「5つの柱」

2――ダイバーシティ経営の成果を出すために必要な「5つの柱」

「女性」に限らず、属性や価値観などにおいて、多様な人材を活用する「ダイバーシティ経営」を取り入れることには、様々な“成果”が期待されている。経済産業省の整理では、直接的な効果(財務的価値)としては、創造性や生産性が増したり、新しい商品やサービスの開発・改良が生まれたりすること、間接的な効果(非財務的価値)としては、企業のブランドイメージが上がって良い人材を確保しやすくなったり、市場評価が上がったりすることが挙げられる8

しかしながら、佐藤博樹・武石恵美子・坂爪洋美(2022)『多様な人材のマネジメント』(中央経済社)によると、これまでの先行研究の結果、ダイバーシティ経営がプラス成果を及ぼすというものと、マイナス効果を及ぼすというものの両方があり、評価は定まっていない。例えば「情報や視点の多様性が増し、革新的で創造的な経営活動が期待できる」というプラス面がある反面、「個人の違いによってコミュニケーションの問題や対立が起きる」というマイナス面も指摘されている。

従って、企業としては、ダイバーシティ経営がプラス効果を出し、かつマイナス効果を緩和させる条件を満たすこと、つまり、プラス効果を大きくするための環境整備を行うことが重要となる。そのために必要なこととして、同書が提唱している「5つの柱」を紹介する(図表1)。
図表1 ダイバーシティ経営に必要な「5つの柱」
それぞれのポイントを、筆者の解釈を含めて簡潔に紹介すると、以下のようになる。まず(1)「理念共有経営」とは、価値観や考え方が多様な人材が集まっても、目指す方向がバラバラにならず、企業の求心力を維持し、メンバーが協力し合って働けるように、企業の経営理念を多様な人材に浸透させることである。

(2)「多様な『人材像』を想定した人事管理システムの構築」とは、従来の日本企業に多かった、転勤、終身雇用、仕事中心の価値観を前提とした人事管理システムから脱却し、多様な人材が能力を発揮し、公正に評価されるように、人事評価の仕組みや異動の在り方、人材育成の考え方など、人事制度全般を見直すことである。

(3)「多様な人材が活躍できる土台としての『働き方改革』の実現」とは、長時間労働を前提とせず、限られた時間内に最大の付加価値を生み出そうとする意識を、メンバーに定着させることである。働く時間や働く場所の柔軟化、それらを円滑にする仕事の「見える化」も必要となる。

(4)「多様な部下をマネジメントできる管理職と職場の『心理的安全性』」とは、管理職自身が、部下の多様な価値観を理解し、多数派とは意見が異なると分かっていても、安心して自分の意見を表明できるような職場風土づくりをすることである。

(5)「働く一人ひとりの多様性の実現」は、働く人が、自身の個性を発揮すると同時に、異なる価値観を持った他のメンバーとも円滑にコミュニケーションをとることである。

また、同書はこれらの点とは別に、全体を通して、経営トップが強くコミットする必要性を説いている。ダイバーシティが自社にとってなぜ必要で、そのために何をすべきかについて、方向性を明示し、日常的にも繰り返し社内に発信すべきだとしている。

以上のポイントを、女性活躍の具体的な施策に落とし込むと、結婚・出産・育児というライフステージを迎えた女性への両立支援策や、キャリア支援策、成果による評価、メンバー間の職務のサポート体制、デジタル化やシステム化による業務の効率化、時間単位の有給休暇やフレックスタイム制、在宅勤務の柔軟な運用などが想定されるだろう。

また(4)「多様な部下をマネジメントできる管理職と職場の『心理的安全性』」については、管理職と非管理職との関係だけではく、トップと女性管理職との関係にも当てはまるだろう。例えば、社内の幹部会議で、少数派である女性管理職が、多数派の男性管理職に忖度して、自身の意見を述べられなければ、多様な人材を登用した意味がない。経営層が少数派の意見にも耳を傾け、慣習や前例ではなく、企業の経営理念や方向性に照らし合わせて判断する風土を、構築していくべきではないだろうか。
 
8 経済産業省(2015)「平成26年度 ダイバーシティ経営企業100選ベストプラクティス集」

3――現状における女性登用の成果

3――現状における女性登用の成果

3-1│職場の女性社員からみた「女性管理職登用の効果」
次に、現状における、企業の女性登用の効果についてみていきたい。定年後研究所とニッセイ基礎研究所は昨年10月、大企業で働く45歳以上の女性を対象に、Webアンケート「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~「一般職」に焦点をあてて~」を実施した。その中で、職場に「女性管理職がいる」と回答した女性1,006人に、その効果を尋ねた結果(複数回答)が図表2である。

肯定的な選択肢のうち、組織運営・組織風土に関するものの回答割合を見ると、例えば「多様な考え方や価値観が認められるようになった」は15.4%、「経営判断や組織運営が硬直的でなく、柔軟になった」は8.2%、「職場の風土が保守的でなく、合理的になった」は8.1%と、いずれも1割前後にとどまっている。「オンライン会議やビジネスチャットなど、デジタルのビジネスツールの活用が増えた」は5.2%にとどまっている。従って、組織運営・組織風土へのプラス効果は小さいと見られる。

次に、働き方に関連する選択肢を見ると、「ワーク・ライフ・バランスに対する職場の意識が改善した」は18.7%と、比較的高かったが、「労働時間が短いことに対して、理解が浸透した」は5.1%にとどまった。働き方に対するプラス効果も低調である。

また否定的な選択肢では、そもそも「会社が女性管理職の数値目標を達成するために登用しただけで、あまり効果が感じられない」(図表2の記載では「女性管理職の数値目標を達成するために登用し、あまり効果が感じられない」)という回答が7.8%あった。

このように、中高年女性社員の目から見た女性登用の効果は小さいと言える。日本では、企業における女性管理職比率は現時点で12.7%に過ぎないため、効果が表れにくいとも考えられる。
図表2 中高年女性社員からみた女性管理職登用の効果や課題(複数回答)
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【企業は女性を管理職に「登用」すれば良いのか~ダイバーシティ経営を生産性向上につなげるために~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

企業は女性を管理職に「登用」すれば良いのか~ダイバーシティ経営を生産性向上につなげるために~のレポート Topへ