2024年02月16日

Amazonに対する競争法訴訟-事実上の最安値要求は認められるか

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

8――Amazonは他のオンラインストアの価格をアルゴリズム活用により上昇させている

本訴状の中で最も印象的なのがプロジェクトネッシー(Project Nessie、以下PN)である。これはAmazonが直接的に市場での価格を引き上げる操作を行っていたということであり、競争市場への直接的な弊害を及ぼしていたことを示しているとFTC等は主張する(図表19)35
【図表19】プロジェクトネッシー
これが事実であるとすれば、Amazonは自己の意思で市場価格を直接上昇させることができたということであるから、競争法上、重大な問題になると考えられる。
 
35 前掲注1 p123参照。なお、この個所は提訴当時黒塗りであったが、2023年11月には黒塗りがはがされていた。

1|PNは他のオンラインストアの価格を上昇させAmazonに利益をもたらす
2010年代前半にAmazonは、他のオンラインストアの価格アルゴリズムがAmazonのRetail(オンラインスーパーストア)の価格に追随しているかを実験した。その結果としてAmazonが価格を上げるとそれらオンラインストアの多くが価格をあげることが示された。

そしてAmazonはPNを構築した。PNは特定商品を最低価格で販売している他のオンラインストアが、Amazonの価格引き上げに同調するかどうかについて、その可能性を予測する。そして同調する可能性の高い商品について価格を引き上げ、Amazonは高騰した価格での販売を継続した。ただし、しばしばAmazonの価格引き上げとターゲットとなるオンラインストアの価格引き上げにタイムラグが生じたが、Amazonは最低20%の期間でAmazonと同価格にするのであれば、とることのできるリスクとした。

2018年単独でもPNは800万種の商品の価格を決定し、顧客に総計1億9400万ドルのコストを生じさせた。

2|PNは他のオンラインストアの価格を上昇させAmazonに利益をもたらす
Amazonは典型的にはPNをホリデーシーズンとPrime Day以外は稼働させた。これらのPNが稼働しない時期の埋め合わせのため、より多くの商品をPNの対象とした。AmazonはPNを稼働したり、稼働させなかったりを繰り返していたが、FTCの調査が入った2019年にはPNを停止させた。ただし、PNはいつでも再稼働できる状態にある。

9――Amazonの違反行為

9――Amazonの違反行為

Amazonの競争法に関する違反行為は以下の通りである36

(1) オンラインスーパーストア市場における独占の維持(15 U.S. Code§45)
FTCの訴えの一つ目である。Amazonはオンラインスーパーストア市場で独占を悪意でもって維持をしていると主張したものである。具体的な行為は1)Amazonの反割引行為であって価格競争を制限し、人工的な最低価格を設定したこと、2)Prime適格のために販売者にFBA利用を強制し、このことで競合社からの多様な商品の提供を阻止したことである。

(2) オンライン販売仲介サービス市場における独占の維持(15 U.S. Code§45)
FTCの訴えの二つ目である。Amazonはオンライン販売仲介サービス市場で独占を悪意でもって維持していると主張している。内容は上記(1)と同じである。

(3) 不公正競争行為(15 U.S. Code§45)
FTCの訴えの三つ目である。上記(1)(2)で記載した行為が不公正な競争手段に該当し、15 U.S. Code§45に違反するという主張である。

(4) 不公正競争行為(15 U.S. Code§45)
FTCの訴えの四つ目である。上記8-で述べたPNによる価格つり上げ行為が不公正競争行為に該当し、15 U.S. Code§45に反するという主張である。

(5) オンラインスーパーストア市場における独占の維持(15 U.S. Code§2)
州による訴えの一つ目である。連邦の反競争法であるシャーマン法違反を主張している。具体的な内容は上記(1)と同様である。

(6) オンライン販売仲介サービス市場における独占の維持(15 U.S. Code§2)
州による訴えの一つ目である。連邦の反競争法であるシャーマン法違反を主張している。具体的な内容は上記(2)と同様である。
 
36 前掲注1 p129参照。

10――検討

10――検討

1|訴状の骨子
以上、訴状の内容を大幅に省略してまとめると以下の通りである。

(1) Amazonは膨大な販売者が存在することと、送料無料やビデオストリーミングサービスなどを提供するPrime会員制度によって顧客を囲い込んでいる。Prime会員を含む顧客のほとんどはBuy Boxから商品を購入する。

(2) 販売者はBuy Boxを獲得するために、Prime適格になる必要があり、そのためには保管・運送サービスであるFBAを利用する必要があり、複数のオンラインストアで販売する販売者の保管・配送サービスの効率化を阻害し、販売者のコストを上昇させた。また他のオンラインストアでAmazon以下の価格で販売しないことが事実上要請され、これに違反するとBuy Boxからの排除などのペナルティを受けるため、販売者はこれに従わざるを得ない。

(3) Amazonは市場で独占力を有しており、上記(1)(2)の結果、価格競争が阻害された結果、市場全体の商品価格が上昇し、消費者に被害を及ぼした。
 
2|検討
論点はたくさんあるものの、中心的な課題、すなわち、Buy Box獲得のために他のオンラインストアよりも安価な価格を維持するよう要請し、独占を構築・維持している点に絞って検討する。
 
(1) 各国における最恵国待遇の取扱い
本訴訟を理解するためには、まず最恵国待遇(most favored nation、MFN)条項の問題性を認識する必要がある。MFN条項とは巨大なプラットフォーム提供者と第三者小売業者の間で締結する契約において、当該プラットフォーム以外で当該プラットフォーム以下の価格で販売しないことを約するものである37

EUでは、このような行為はプラットフォーム間の競争を制限し、ひいては消費者が利用できるオンライン販売仲介サービスの選択を制限するとして、デジタル市場法で、指定された巨大プラットフォーム提供者について禁止している(5条3項)。

日本ではデジタルプラットフォーム透明化法で、指定されたプラットフォーム提供者が最恵国待遇を求める場合には、その内容と理由を商品等提供利用者に開示しなければならないとされている(規則6条)。日本では明示的に禁止とされてはいないが、市場における有力な事業者であるプラットフォーム提供者が最恵国待遇を求める場合においては、取引事業者で「自由な判断によって個別的に決定すべきものを拘束」することになり38、拘束条件付き取引として不公正な取引方法12項に該当し、違法となる可能性がある39

米国ではAmazonのMFN条項に関して、コロンビア特別区法務長官室は2021年5月25日に反トラスト法違反としてSuperior Court of the District of Columbiaに提訴した40。この判決が2022年3月18日に出ており、特別区側の主張を棄却したものになっている(2022年判決)。2022年判決に対してはコロンビア特別区が棄却命令の撤回申立てを行っている41

2022年判決時において、AmazonはMFN条項の適用を既に廃止し、新しい契約ではAmazonでの価格がその前後で提供された他のオンラインストアでの価格より大幅に高くなることを禁止しているにとどまっていた。2022年判決からは必ずしも明確ではないが、契約上MFN条項が存在しないことがシャーマン法違反ではないとしたとの判断につながった大きな要素になったものと考えられる。そうすると本訴訟において問題となるのは、MFN条項が原則として存在しない中で、最安値を事実上強制した行為にシャーマン法違反あるいは不公正競争行為が認められるかということである。
 
37 旅行サイトで「〇〇なら最安値!」というCMなどはよく見られる。
38 最高裁判決昭和50年7月10日和光堂事件
39 独占的なプラットフォーム提供者が行えば私的独占の禁止違反に該当するおそれがある(独占禁止法3条)。
40 基礎研レポート「デジタル・プラットフォーマーと競争法(3)-Amazonを題材に」 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=67955?pno=2&site=nli#anka3 参照。
41 前掲注31参照。
(2) MFN条項がない本件についての私見
米国ではないが、欧州ではAmazonのBuy Box、すなわち一定の条件を満たした特定商品を有利に取り扱うウェブ上の商品紹介枠の運用(=契約上の規定ではない)に関して、2022年6月に欧州機能条約102条違反であるとの暫定的評価(preliminary assessment)が欧州委員会によって行われた。ここで欧州機能条約102条は米国のシャーマン法、クレイトン法、日本の独占禁止法に該当する条文であり、私的独占の禁止等を規定するものである。この暫定的評価について欧州委員会は、Amazonからの確約計画(commitments)案の提出を受けて、2022年7月14日、一般に向けて意見募集を行い42、最終的に承認をしている。確約計画は欧州機能条約違反を確定するものではないが、Amazonサイドとしては訴訟で完全に勝訴する確信がもてなかったとも推測できる。いずれにしても、契約関係の存否とはかかわりなく、Amazonのような巨大プラットフォームが、一定の条件を満たした販売者の商品を優遇することが競争法上、否定的評価を受ける可能性があることを示すものと考えられる。

ところでEUではFBA利用販売者を優遇するといった、自社・関連会社優遇と同じ文脈で問題視されていたが、本訴訟においてはFBAを利用しない、あるいは他のオンラインストアでAmazon以下の価格で販売している販売者にペナルティを与える(=Buy Box、さらには検索結果からの排除する)ことの競争法上の問題として設定したものである。

この点、さまざまな意見があると思うが、一定の条件下で特定者を優遇することが競争法上否定的評価を受けているのは、優遇された事業者の事業活動への影響ではなく、優遇されなかった事業者の事業活動への競争法上の悪影響を問題にしているものである。したがって、EUでの確約計画のもととなった考え方は、Amazonでの商品価格が最安値であることを確保するために、一定の条件下で特定者を排除することとの問題性である。米国でEUの事例が先例となるものではないが、本訴訟でも競争法上の否定的な評価を受けることになる可能性がある。

なお、上述したAmazonブランド標準プログラム(Amazon’s Standards for Brands program、ASB)(6.2|)では契約上MFN条項があるため、FTC等の主張が事実であれば、違法判断が下ると思われる。
 
42 基礎研レポート「EUにおけるAmazonの確約計画案-非公表情報の取扱など競争法事案への対応」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=73040?pno=3&site=nli 参照。

11――おわりに

11――おわりに

これまで述べてきたところは、FTC等の主張であって、Amazonの反論は記載していない。Amazonサイドに立ってみると、Prime会員という制度を開発し、ネットワーク効果を生じさせ、善意の努力で巨大化したと言えるだろう。また、Buy Boxは消費者の商品検索コストを削減し、購買体験を向上させるものであるとの主張もあろう。

巨大プラットフォーム提供者の競争法上の行為の是非を語るときには、このような善意の努力の結果であったとしても事業者として巨大化すると市場における競争の健全性という観点から問題視されるという点にある。本件もどのように訴訟が進むのか、注目していきたい。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2024年02月16日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【Amazonに対する競争法訴訟-事実上の最安値要求は認められるか】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

Amazonに対する競争法訴訟-事実上の最安値要求は認められるかのレポート Topへ