2024年01月19日

経済対策の地域格差~地方に恩恵が大きい燃料油価格激変緩和策~

経済研究部 研究員 安田 拓斗

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1――はじめに

政府は2023年11月2日にデフレ完全脱却のための総合経済対策を発表した。その中で、物価高の影響を受けて厳しい状況にある生活者・事業者への支援として、燃料油と電気・都市ガス価格の負担軽減策の延長を発表した。

ロシアのウクライナ侵攻や為替が円安方向へ進んだことなどを背景に、エネルギー価格は高水準となっており、エネルギーのおよそ9割を輸入に頼る日本の燃料油、電気・都市ガスの価格も上昇している。燃料油、電気・都市ガスは生活に欠かせないものであり、価格が急騰すると国民生活に大きな影響を与える。そのため、激変緩和策は国民生活の安定のために有効な政策だろう。しかし、燃料油、電気・都市ガスの使用量は地域によって差があり、その価格を引き下げる政策は一部地域を優遇した政策と言える。本稿では、地域ごとの消費構造を確認したうえで、経済対策における物価高・エネルギー高対策の地域格差について考える。

2――激変緩和策の中身

2――激変緩和策の中身

1燃料油価格激変緩和策
燃料油価格激変緩和対策事業は、原油価格高騰がコロナ下からの経済回復の重荷になる事態を防ぐため及び国際情勢の緊迫化による国民生活や経済活動への影響を最小化するための措置である。

2022年1月に開始され、2024年4月末まで実施される予定である。対象の油種はガソリン、軽油、灯油、重油となっており、2022年5月以降は航空機燃料が追加された。支援は2023年6月以降補助率を引き下げて運用されてきたが、9月以降は再び補助が拡充された。現在1は、1リットルあたりの全国平均ガソリン価格が基準価格の168円に17円を加えた185円を超える分については全額支給され、168円から185円の部分は60%支援される。
燃料油価格の激変緩和事業の推移
 
1 2023年10月5日以降適用
2電気・ガス価格激変緩和策
電気・都市ガス価格激変緩和策は、困難な状況に直面する家計や価格転嫁が困難な中小企業等の負担が過重なものとならないようにするための措置である。

2023年1月使用分(2月請求分)から開始され、2024年4月使用分まで2実施される予定である。支援開始後の値引き単価は、電気は低圧(主に家庭)が1kWhあたり7円、高圧(主に企業)が1kWhあたり3.5円、都市ガス3が1m3あたり30円だったが、2023年9月使用分(10月請求分)以降は値引き額が引き下げられ、電気は低圧が1kWhあたり3.5円、高圧が1kWhあたり1.8円、都市ガスが1m3あたり15円となった。
電気・都市ガス価格激変緩和策
 
2 ただし、2024年5月は激変緩和の幅を縮小して実施
3 家庭および年間契約料1000万m3未満の企業が対象

3――地域ごとの消費構造分析

3――地域ごとの消費構造分析

1地域の消費分析
地域によって気候や都市化の程度が異なるため、消費には地域ごとの特徴がみられる。総務省の家計調査では、地域ごとの消費構造が公表されている。今回の経済対策における燃料油、電気・都市ガス価格の激変緩和策の影響を受ける品目は、電気代、都市ガス、灯油、ガソリンの4品目となる。これらへの支出が消費支出全体に占める割合を地域ごとに分析することによって、物価高・エネルギー高対策の地域格差をみていく。
2|地域ごとのエネルギー関連支出の割合
地域ごとに激変緩和策の影響が出る前の2021年のエネルギー関連支出の消費支出(一世帯当たり)に占める割合をみると、エネルギー関連の中で最も消費額が多い電気代の割合は高い順に四国、沖縄、北陸となった。地方では都会に比べて大家族が多く、住宅の専有面積も広いことから1世帯あたりの電気代は高くなる。一方、関東、近畿など都市部では、単身世帯や核家族が多いため電気代が消費支出に占める割合が低くなる。

都市ガスの割合は近畿が最も高く、次いで関東、東海となっている。日本で使用されるガスは主に都市ガスとプロパンガスがあり、都市ガスは地下のガス導管が必要なため、主に都市部で使用されている。

灯油の割合は北海道で最も高く、次いで東海、北陸となっている。灯油はエネルギー関連支出の中で最も地域差が大きく、全国平均が0.4%であるのに対して、北海道は2.5%、東北は1.4%、北陸は0.8%と高い。灯油は主にストーブなどの暖房設備や融雪に使われるため、積雪地域での使用量が多く、それ以外の地域では消費量が少ないため地域差が大きいと考えられる。

ガソリンの割合は沖縄で最も高く、次いで北陸、東北となっている。沖縄でガソリンの割合が高い理由は、輸送コストが高いからだと考えられる。最南端の製油所は大分県にあるため長距離輸送が必要となる。関東、近畿では鉄道が発達しており乗用車を使う頻度が少ないためガソリンへの消費が少ない。

以上を合計した、1世帯あたりの消費支出に占めるエネルギー支出の割合は北海道(9.7%)が最も高く、次いで東北(8.9%)、北陸(8.8%)となっており、関東(6.0%)、近畿(6.6%)が全国平均(6.9%)を下回った。
1世帯当たりのエネルギー支出割合
3激変緩和策の効果
燃料油価格の激変緩和策が開始された2022年1月から、データが取得できる直近の2023年11月までの23か月で、燃料油、電気・都市ガス価格激変緩和策の効果を試算4すると、激変緩和策によって削減された1世帯当たりの消費支出の割合は高い順に、北海道(1.18%)、東北(1.13%)、北陸(1.03%)、沖縄(0.92%)、四国(0.90%)、中国(0.88%)、東海(0.86%)、九州(0.79%)、関東(0.71%)、近畿(0.71%)となった。全国平均は0.82%だった。

北海道、東北、北陸といった寒冷地で削減効果が大きいのは、灯油の影響が大きい。灯油の削減効果は全国平均では0.07%だが、北海道は0.40%、東北は0.23%、北陸は0.11%と全国を大きく上回っている。

一方で、関東、近畿といった都市部で削減効果が小さいのは、ガソリンと電気代の影響が大きい。ガソリンの削減効果は全国平均では0.27%だが、関東、近畿は0.21%と全国を下回っている。また、電気の削減効果は全国平均では0.39%だが、関東は0.36%、近畿は0.35%とどちらも全国平均を下回っている。
激変緩和策の効果
 
4 激変緩和策の開始時期が異なるため、燃料油は2022年1月から2023年11月の23か月間、電気・都市ガスは2023年2月から2023年11月の10か月間の削減効果を試算。

4――まとめ

4――まとめ

経済対策(燃料油、電気・都市ガス価格激変緩和策)の地域格差について検証した結果、気候や都市化の程度に違いがあることを背景として、都市部よりも地方で削減効果が大きいことが確認できた。具体的には北海道、東北、北陸といった寒冷地で削減効果が大きく、関東、近畿といった都市部で削減効果が小さい。その原因は寒冷地で灯油への支出割合が高く、地方全体でガソリン、電気への支出割合が高いことである。

今回の物価上昇局面では特にエネルギー関連が高騰した。地方はエネルギー関連消費が多いため都市部よりも悪影響を受けたが、経済対策は地方により大きな恩恵をもたらした。経済対策には政策意図と合致しない意図せざる格差が生じることもある。今後も今回のような分析を実施していきたい。
 
 

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経済研究部   研究員

安田 拓斗 (やすだ たくと)

研究・専門分野
日本経済

経歴
  • 【職歴】
     2021年4月  日本生命保険相互会社入社
     2021年11月 ニッセイ基礎研究所へ

(2024年01月19日「基礎研レター」)

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