2023年08月09日

全世代社会保障法の成立で何が変わるのか(上)-高齢者も含めた応能負担の強化、制度の複雑化は進行

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――前期高齢者財政調整の見直し

1|前期高齢者財政調整の仕組み
前期高齢者財政調整とは、65歳以上75歳未満の医療費について、高齢化率の高い国民健康保険に対し、高齢化率の低い健康保険組合、協会けんぽ、共済組合が保険料を納付する仕組みである。

制度の趣旨を説明すると、以下のように整理できる。通常、健康保険組合や協会けんぽ、共済組合に加入している勤め人は退職すると、原則として国民健康保険に移行する。一方、一般的に加齢に伴って医療ニーズは高くなるため、制度間で比較すると、国民健康保険が多くの医療費を負担する構造となっている。

そこで、高齢化率の違いに着目し、高齢化率の高い国民健康保険に対し、高齢化率の低い健康保険組合などが費用を拠出する仕組みが採用されている。その際、拠出される保険料は「納付金」、拠出を受ける保険料は「交付金」と呼ばれており、納付金の規模は2022年度概算で約3兆円。

分かりやすく言うと、若い年齢層の保険者が納付金を国(社会保険診療報酬支払基金)に支払う一方、高齢者を多く受け入れている国民健康保険が国から交付金を受け取る仕組みであり、イメージは図3の通りである。
図3:前期高齢者財政調整のイメージ
2制度改正の内容
今回の制度改正では、前期高齢者財政調整の配分ルールを段階的に変更する。具体的には、現在は加入者の数に応じて、交付金の割当額が決まっているが、健康保険組合や協会けんぽ、共済組合など被用者保険に課される納付金のうち、3分の1については、「報酬水準に応じた調整」(報酬調整)が2024年度から導入されることになった。

その結果、相対的に高所得の健康保険組合の負担が増える一方、主に中小企業の従業員と家族で構成する協会けんぽの負担が減るため、協会けんぽの国庫負担が浮く。つまり、健康保険組合に負担を付け替える代わりに、国の社会保障費を減らす意図である。

厚生労働省の試算によると、健康保険組合で約600億円、共済組合等で約350億円、国民健康保険で約20億円、それぞれ保険料負担が増える一方、協会けんぽは970億円程度のマイナスとなる。これに伴って、国費は1,290億円程度、減少する。さらに、この制度改正に伴って著しく財政負担が増える健康保険組合に対し、国庫補助金が支出されることになった。

以上、今年の通常国会で成立した全世代社会保障法の改正内容のうち、後期高齢者医療制度の見直しと前期高齢者財政調整の見直しについて、主な内容を考察した。これらの制度改正を総括すると、(1)高齢者を含めて全世代で能力に応じて負担する流れが顕著になった、(2)帳尻合わせが続き、制度全体の複雑化が進行した――という2つの点を指摘できると考えており、以下で2つの点を順に述べる。

5――今回の改正に対する評価(1)

5――今回の改正に対する評価(1)~全世代で応能負担を強化する流れが顕著に~

第1に、全世代で応能負担を強化する流れが顕著になった点である。今回の法改正では、出産育児一時金に関する財源を後期高齢者医療制度にも求めるだけでなく、所得の高い75歳以上高齢者に課される保険料の上限も引き上げられており、世代間の格差を是正する視点が目立った。その際には所得の高い人に多くの負担を求める「応能負担」の要素が一層、強まった。

しかも、2022年10月から所得の高い75歳以上高齢者の一部については、患者負担が2割(従来は1割)に引き上げられている点7を考えると、高齢者を含めた全世代で応能負担を強化する流れは顕著になっていると言える。

そもそもの整理で言うと、所得再分配は税制の役割であり、患者負担や社会保険料で応能負担を強化する方向性については、税金と社会保険料の役割分担を不明確にする危険性がある。

しかし、国・自治体の厳しい財政状況にもかかわらず、増税に対する国民のアレルギーが強いため、消費税を含めた税財政改革を進めるのは困難な情勢である。このため、患者負担や社会保険料の制度改正を通じて、全世代で応能負担を強化する流れは避けられないと思われる。
 
7 高齢者医療費の患者負担に関しては、2022年1月12日拙稿「10月に予定されている高齢者の患者負担増を考える」を参照。

6――今回の改正に対する評価(2)

6――今回の改正に対する評価(2)~制度全体の極端な複雑化~

1|会計操作、帳尻合わせ
第2に、制度全体の複雑化が極端に進んだ点である。その一例として、前期高齢者財政調整に関する負担ルールの見直しに着目すると、2022年12月に示された医療保険部会の「議論の整理」では、「被用者保険者間における負担能力に応じて公平に負担する仕組みの強化」という文言で整理されている。厚生労働省幹部も「負担能力に応じた負担という意味において、公平だと言えます」「保険者間の格差が余りに大きすぎるのは、被用者保険として持続可能ではありません」と説明している8

しかし、実際には国の予算編成上の都合という事情も見逃せない。つまり、「報酬調整の導入→健康保険組合の保険料負担引き上げ→協会けんぽの負担軽減→協会けんぽに対する国庫負担の削減」という経路を通じて、国の社会保障費の抑制が目指されている。

もう少し背景を説明すると、政府は毎年の予算編成に際して、社会保障費の自然増を5,000億円程度に抑制する方針を掲げており、歳出抑制額を捻出するための制度改正が求められている。その際、財務省など関係者は抑制に繋がる制度改正を「弾」と呼びつつ、できるだけ抑制できる金額が大きく、国民や国会、メディア、関係団体の反対が小さい「弾」を探している。こうした中、前期高齢者の医療費に関する報酬調整の導入は最大1,000億円を超える国費を抑制できるため、予算編成上は非常に重要な存在と言える。

しかし、この対応でも医療費全体の抑制に繋がるわけではない。むしろ、租税財源から保険料への負担の付け替えであり、分かりやすく言うと「割り勘」ルールの変更、誤解を恐れずに言えば「帳尻合わせ」「会計操作」に過ぎない。
 
8 2023年8月1日『社会保険旬報』No.2899における伊原和人保険局長インタビュー。
2|3回目の会計操作?
さらに、こうした対応は今回に限らない。実は、後期高齢者医療制度や介護保険制度でも同様の改革が実施された経緯があり、今回が3回目になる。このうち、後期高齢者医療制度では、前期高齢者財政調整と同様に、加入者の数に応じた案分ルールとなっていたが、健康保険組合など被用者保険については、所得に応じた負担ルール(総報酬割)が2010年度から段階的に実施され、2017年度から全面移行した。

介護保険についても、40歳以上65歳未満の保険料で加入者の数に応じた負担ルールとなっていたが、所得に応じた負担ルール(総報酬割)が2017年度にスタートし、2020年度までに段階的に全面移行した経緯がある9。つまり、今回の対応は3度目の「会計操作」「帳尻合わせ」になる。

このように「会計操作」「帳尻合わせ」が望まれる背景には、増税や歳出抑制に対するアレルギーがある。例えば、診療報酬の引き下げや患者負担の引き上げに踏み込んだ場合、その分だけ税金や保険料の負担を減らせるが、国民やメディア、日医など関係団体、野党の非難も予想される。

一方、増税には国民の不満が強く、社会保険料を引き上げるシナリオに対しては財界や労働組合の反発が出やすい。そこで、国民や関係者の反発や非難を回避しつつ、国の社会保障費を抑制するため、「会計操作」「帳尻合わせ」が好まれていると言える。
 
9 介護保険の総報酬割移行に関しては、2018年1月11日拙稿「介護保険料引き上げの背景を考える」を参照。
3|制度複雑化が進行
その反動として、制度の複雑化が極端に進行している実態を指摘できる。例えば、上記の説明が複雑かつ分かりにくいのは筆者の筆力の問題だけでなく、制度改正の内容が複雑な点を指摘せざるを得ない。実際、こうした制度改正の詳細を理解している人は極端に少ないだろうし、機会費用(手間暇)を支払ってまで冗長な筆者の説明を読もうと思う人も、もっと減るに違いない。

誤解を恐れずに言えば、今回の法改正の採決に加わった約700人の国会議員のうち、「何人が制度改正の細部まで理解しているか」と問われると、かなり心許ないと言わざるを得ない。つまり、複雑な制度が一種の参入障壁となり、幅広い制度の理解を妨げていると言える。

その一例として、医療保険に絡む保険料や税金(公費)のフローを図4で示す。ここでは全てを取り上げない(一つ一つの矢印を説明し始めると、最低でも半日は要するかもしれない)が、国、都道府県、市町村、それぞれの保険者同士で複雑に保険料や公費(税金)が複雑に入り組んでいる様子を見て取れる。

しかも、図4は一層、複雑化することが見込まれる。例えば、図4では簡略化するため、健康保険組合に対する国庫補助を記入していないが、今回の制度改正を通じて増強される予定になっている。このほか、岸田文雄政権が掲げる「次元の異なる少子化対策」でも、児童手当の拡充などの財源確保策として、医療保険料を上乗せする案も浮上している10
図4:医療保険制度の資金フローの概要
 
10 2023年5月26日『朝日新聞デジタル』などを参照。なお、2023年6月13日に閣議決定された「こども未来戦略方針」では、「企業を含め社会・経済の参加者全員が連帯し、公平な立場で、広く負担していく新たな枠組み」として、医療保険料を念頭に置きつつ、新たな支援金制度を作る旨が盛り込まれたが、結論は年末に先送りされている。児童手当の拡充など少子化対策の主な財源として、社会保険料を充当する問題点については、2023年5月24日拙稿「少子化対策の主な財源として社会保険料は是か非か」などを参照。
4|社会保険方式の利点を失わせる?
このような極端な制度複雑化はマイナス面が大きいと考えられる。その一例として、社会保険料を主な財源とする社会保険方式の利点を失わせる危険性がある。

そもそも社会保険方式のメリットを支持する意見として、「給付と負担水準の合意を当事者自治に委ねることによって自律的なガバナンス機能を発揮することが期待できる」という考え方が多く聞かれる11。つまり、負担と給付の関係性が紐付いている分、被保険者は「これだけ医療費を使ったら保険料が上がった」とか、「保険料を抑えるために節約する必要がある」といった形で、被保険者が負担と給付の水準を理解しつつ、その合意形成プロセスに参加しやすくなるメリットがあるという指摘である。

しかし、図4のように保険料と税金が複雑に絡み合っている現状で、どこまで上記のような教科書的な説明が実効的なのか、疑問を持たざるを得ない。具体的には、図4のように極端に複雑な仕組みの下では、被保険者が負担と給付の関係を理解することが難しくなり、被保険者による自治や自律的なガバナンス機能が失われ、その結果として社会保険方式のメリットを損なうことになりかねない12
 
11 島崎謙治(2020)『日本の医療(増補改訂版)』東京大学出版会p231。
12 付言すると、「当事者自治」に対する期待も、あくまでも教科書的な説明であり、実際の制度運用では再検討の余地がある。例えば、健康保険組合に関しては、事業主、労働者の代表で構成する理事会で意思決定することになっており、確かに労使代表が保険料の水準を決定する仕組みなっているが、前期高齢者財政調整や後期高齢者医療制度支援金については、意思決定が及ばない。さらに、「自治」の仕組みが整っていたとしても、自律的なガバナンス機能の発揮には、代表選定や意思決定に関する民主的プロセスが必要だが、実際に自治的に運用されているのか、管見の限りでは調査研究などを見た記憶がない。協会けんぽでは、事業主、被保険者、有識者の9人で構成する運営委員会が組織されているが、厚生労働相の任命であり、対象事業所や被保険者が関与しにくい仕組みである。国民健康保険については、市町村議会が保険料を最終決定しているが、市町村議員は国民健康保険の被保険者だけでなく、被用者保険や後期高齢者医療制度の加入者からも選ばれており、市町村議会は純粋な意味で、「被保険者代表」とは言えない。後期高齢者医療制度についても、本文で後述する通り、広域連合のトップや議員は市町村長、市町村議員の互選であり、75歳以上高齢者が意思決定に関われる余地は非常に小さい。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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