コラム
2023年07月19日

ポリアの壺問題の問題-一歩間違えると、受験生の精神力や忍耐力ばかりを問うことに !?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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数学の確率の問題には、よく用いられる“グッズ”がある。代表的なものが、コインとサイコロだ。普通は、表も裏も2分の1の確率で出る公正なコインや、どの面も6分の1の確率で出る公正なサイコロが用いられる。だが、問題によっては、表の出る確率が2分の1ではなかったり、1の目の出る確率が6分の1ではなかったりする歪んだコインやサイコロか使われることもある。
 
問題には、トランプもよく使われる。4種類のマーク(スーツ)と、絵札や数札からなるA~Kの13枚のカードがあり、さまざまな確率を問う問題が考えられる。1組52枚という分量も、出題するのに手頃なサイズと言えるだろう。
 
もう1つ、外側から中が見えない壺の中に、いくつか色の違う球を入れておいて、その中から球を取り出すというのも定番だ。球の色は、赤や白や黒などさまざまだ。球は、色は違っていても、手で触った感触は同じであることが必要な条件と言えるだろう。
 
コインやサイコロやトランプは身近にあるものだが、球を入れた壺というのはあまり目にしない。実際にやってみようとすると、中が見えない適当な大きさの壺と、手触りは同じで色だけが異なる球を必要な数だけ用意しておく必要がある。それにもかかわらず、数学の試験では、「赤い球が5個、白い球が4個入った壺があります。この中から同時に2つの球を取り出したときに、2つとも赤い球である確率はいくらでしょう?」(答えは、“5個から2個を選ぶ組み合わせの数”を、“9個から2個を選ぶ組み合わせの数”で割り算して、18分の5)などという問題が、当たり前のように出題される。
 
問題で、壺から球を取り出すときには、あるルールが設けられていることが一般的だ。「取り出した球はそのままにしておき、壺に戻さない」というルール。「取り出した球は色を確認した後、壺に戻す」というルール。この2つのルールのどちらかが、多いように思われる。
 
もう1つ、「取り出した球を壺に戻すとともに、それと同じ色の球を追加で壺に入れる」というルールもある。「ポリアの壺」といわれるルールだ。今回は、このポリアの壺について、見ていこう。

◇ポリアの壺問題には、問題がある !?

この壺は、ハンガリー出身のアメリカの数学者ジョージ・ポリア氏が考案したことから、この名前が付けられている。彼は、スイスのチューリッヒ工科大学や、アメリカのスタンフォード大学の数学教授を歴任した。数論や確率論、数値解析、組合せ論の分野で功績を挙げた著名な学者だ。数学における問題解決の手法についても、発表を行っている。“How to Solve It”(邦題「いかにして問題をとくか」G. ポリア 著、柿内賢信 訳(丸善、原書は1945年・翻訳版は1954年に刊行))などの名著ものこしている。
 
さて、そのポリアの壺だが、球を取り出すごとにそれと同じ色の球を追加するわけだから、たくさんの球が入れられるよう、相当大きな壺にしておかないといけない。その辺りのことは、特段気にされることのないまま、とにかく、大学入試では、ポリアの壺はよく出題される。

(問題)
赤い球が5個、白い球が4個入った壺があります。この中から、1つ球を取り出して、取り出した球が赤い球ならば、その赤い球と新たにもう1個の赤い球を壺に戻すことにします。取り出した球が白い球ならば、その白い球と新たにもう1個の白い球を壺に戻すことにします。このような作業を繰り返して行います。このとき、4回目に取り出した球が赤い球である確率はいくらでしょうか?

典型的なポリアの壺の問題である。その性質を知っている人は、一瞬で、9分の5、と解けてしまう。
 
知らない人は、場合分けをして地道に解いていく必要がある。例えば、場合分けの木を書きながら、次のような感じで取り組んでいくことになる。
 
「1回目が赤い球の場合(9分の5の確率)は、赤い球が1個追加となる。2回目の前には壺の中に赤が6個、白が4個の状態だから、2回目に赤が出る確率は10分の6。一方、1回目が白い球の場合(9分の4の確率)は、白い球が1個追加となる。2回目の前には壺の中に赤も白も5個ずつの状態だから、2回目に赤が出る確率は10分の5。したがって、2回目に赤が出る確率は、5/9×6/10+4/9×5/10=30/90+20/90=50/90=5/9と計算できる。次に、3回目に赤い球が出る確率は、……。」
 
問題で問われている4回目まで進むには、まだ、かなりの場合分けと計算が必要となる。計算ミスをしないことと、(他の問題もあるので)あまり時間をかけないことが求められる。一歩間違えると、受験生の数学能力よりも、精神力や忍耐力といったものが試される感じになってくるかもしれない。
 
実は、ポリアの壺の場合、何回目であろうと、1回目と同じ確率で球を取り出すことになる。それを知っている人は、1回目に赤い球が出る確率である、9分の5を答えることができるわけだ。
 
この性質を知らない人からすると、性質を知っていてそれを使って、大変な場合分けや計算もせずに、あっさり解いた人は「なんか、ずるい」という気がするかもしれない。考える能力を問うはずの数学の問題なのに、知っている人と知らない人の間の知識の格差を生じさせるものとも言えるだろう。
 
なかには、「(ポリアの壺の)こんな性質を知っていても、受験でしか使えないテクニックに過ぎず、実社会ではなんの役にも立たない」といった批判の声があがるかもしれない。こうして、「やっぱり数学は嫌いだ」という人が、生まれてしまうのかもしれない。ポリアの壺問題には、問題があるということになるのだろうか?

◇ ポリアの壺は証明問題にも、問題がある !?

そこで、ということかどうかはわからないが、大学入試では、ポリアの壺は証明問題として出題されることがある。次のような感じだ。

(証明問題)
赤い球がr個、白い球がw個入った壺があります。この中から、1つ球を取り出して、取り出した球が赤い球ならば、その赤い球と新たにもう1個の赤い球を壺に戻すことにします。取り出した球が白い球ならば、その白い球と新たにもう1個の白い球を壺に戻すことにします。このような作業を繰り返して行います。このとき、何回目に取り出した場合でも、その取り出した球が赤い球である確率は、r/(r+w) であることを証明してください。(rやwは、1以上の整数とします。)

ポリアの壺の性質を問題文中で明らかにしたうえで、それを証明してもらう。証明問題ならば、受験生がその性質を知っていようが知っていまいが条件は同じで、公平な出題となるはず…。出題者の考えは、そんなところだろうか。
 
こういう「何回目に取り出した場合でも…」といったことを証明するときには、通常、「数学的帰納法」が用いられる。
 
まず、1回目に取り出した球が赤い球である確率はr/(r+w)。これは、まあ当たり前だ。
 
次に、kを1以上の整数として、k回目に取り出した球が赤い球である確率をr/(r+w)と仮定すると、(k+1)回目に取り出した球が赤い球である確率もr/(r+w)となる ― このことが証明できればよい。
 
ところが、証明のテクニックを知らない受験生はここで、深い悩みに陥ってしまう。おそらく、次のような感じで考えてみることになるだろう。
 
「まず、(k+1)回目に取り出す前の状態はどうなっているのだろう? もしこれまでのk回ですべて赤が出ていたら、壺の中の赤い球の数は(r+k)個、白い球の数はw個のままとなっているはずだ。この状態で取り出す球が赤い球である確率は(r+k)/(r+w+k)ということになる。
 
過去k回ですべて赤が出ていたという確率は、r/(r+w)×(r+1)/(r+w+1)×…×(r+k-1)/(r+w+k-1)なので、2つの確率を掛け算して、r/(r+w)×(r+1)/(r+w+1)×…×(r+k-1)/(r+w+k-1)×(r+k)/(r+w+k)。
 
次に、これまでのk回のうち、1回だけ白い球が出ていたとして、それが1回目の場合は………。
 
なんか、この線で検討を進めていっても、とりとめもない感じがしてくる…。検討範囲がどんどん広がってしまい果てしない…。そもそも数学的帰納法の仮定は、一体どこに使えるのだろうか?……」
 
一方、証明のテクニックを知っている受験生は、次のように考えていく。
 
「たしか、ポリアの壺の証明問題は、k回の後に1回取り出す(k+1)回目ではなく、1回の後にk回取り出す(k+1)回目として、考えるのがポイントだったな。
 
まず、1回目が赤い球の場合、その確率はr/(r+w)。壺の中には、赤い球が(r+1)個、白い球がw個入っている。ここで、2回目~(k+1)回目までのk回について数学的帰納法の仮定を使って、この場合に、(k+1)回目に取り出した球が赤い球である確率は(r+1)/(r+w+1)となる。
 
次に、1回目が白い球の場合、その確率はw/(r+w)。壺の中には、赤い球がr個、白い球が(w+1)個入っている。2回目~(k+1)回目までのk回について数学的帰納法の仮定を使って、この場合に、(k+1)回目に取り出した球が赤い球である確率はr/(r+w+1)となる。
 
そこで、r/(r+w)×(r+1)/(r+w+1)+w/(r+w)×r/(r+w+1)=(r2+r+rw)/{(r+w)(r+w+1)}=r/(r+w)となって、(k+1)回目に取り出した球が赤い球である確率もr/(r+w)。よし、これで証明できた!」
 
つまり、この証明問題では、数学的帰納法の仮定を2回目~(k+1)回目までのk回について使う、というテクニックを知っているかどうか、がポイントとなる。
 
やはり、「(ポリアの壺の証明問題の)こんなテクニックを知っていても、受験でしか使えないものに過ぎず、実社会ではなんの役にも立たない」といった批判の声が出かねない。またもや、数学嫌いの人の増加は避けられないかもしれない。ポリアの壺は証明問題として出題しても、問題があるということになるのだろうか?
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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